急なパワハラどうした?
第1話 急なパワハラどうした?
私の名前はイロネ=マドリー、ギルド嬢をやっている。
普段は冒険者さん達の仕事を管理して、お金を振り込んだり、料理の手配をしたり——毎日忙しいけど、まあまあ充実している。
今日はちょっと特別だ。
ギルドマスターから「マスター部屋に来い」と呼び出されたのだ。
もしかして、昇進の連絡かも……!
もしそうなら、ついにあの人にも近づける——私の小さなつぼみのような願いは、マスターの第一声で一瞬で枯れた。
「君には、魔王に寝返ってもらう」
……今、堂々と裏切れって言った?
いやいや、そんなわけがない。
あの優しかったマスターが?
——毎日女性社員の尻を見て、安産型かどうかを判定してた、あの優しいマスターが?
——隣国出張のたびに経費を倍請求してた、あの勤勉なマスターが?
——ギルドに置かれてた聖水を家に持って帰ってる、あの真面目なマスターが?
……うん、言うな。絶対言うわ。
「……あの、マスター。理由を説明してもらえますか?
あとできれば警察に連絡してもよろしいでしょうか?」
マスターは理由を説明してくれた。
……しかもそこには、中抜きの連続と、この国の闇の一端が垣間見える話が隠れていた。
「最近、冒険者の人数が増えて戦力が強化された。国の研究者曰く、あと10年で魔王軍を全滅させられるそうだ」
——めちゃくちゃいいことじゃない。
そう思った瞬間、続きがあった。
「しかし、魔王が倒されては困る」
……は?
「まず、この国の冒険者が大量に無職になる。
共通の敵がいなくなれば、平和条約を結んでる隣国と争いになる。
何より——うちのギルドが潰れる」
——いや、それいいことじゃない?
ギルドが活躍してる世界の方が良くない?
というか、なんで私? これ国のトップがやればよくない?
私の顔を見たマスターが、私の心を読んだように続けた。
「国のトップが部下に金を渡して任せた。
その部下がお金を中抜きしてまた別の役人に任せた。
そいつも中抜きして、さらに下に……ここまで言えば賢いお前ならわかるな?」
……いやだ。理解したくない。
私の脳みそが、理解することを全力で拒んでる。
でも現実は変わらない。
——この国、腐ってる。
こうして私は——冒険者の足を引っ張る、ふざけた仕事をやることになった。
……とはいえ、私にだってプライドがある。
だから、絶対にやらないことは先に決めておこう。
1. 殺人
2. 麻薬
3. 一般人への被害
——この3つだけは、心の底から守る。
それが、私の固い意志。
……で、その意志を作り上げた直後、ギルドマスターから最初の命令が飛んできた。
「四天王首なしの騎士『イーニバル』を救出せよ」
……いや、よりによってソレ?
私の決まりが、初手からぐらぐらしてるんだけど。
でも——諦めるわけにはいかない。
あの人に、近づくために。