一目惚れした伯爵令息が王子から愛しい人を勝ち取るまで
たまたま気が向いて、花屋で花を買った時だった。
会計をしようとしてコインを落とした時に手が触れた。
「大丈夫でしょうか?」
そう声を出した彼女はとても美しくて一瞬で心を奪われた。
いつもなら一目惚れなんてことはない。だけど、どこか亡き母を思わせる凛とした美しさが心を掴んだ。
アルフォンスはゲルルフ伯爵家の嫡男でアカデミー時代に起ち上げた商会の運営がうまくいっていた。
恋愛よりも商売、これが信条だった。
自分を巡って女性たちが争っているところを見たことはある。だけど、彼女たちに関心を持てなかった。
“懸命になれるもの”を持っていないから。
(僕はなにかに懸命になれるものがある人がいい)
自分が商売をしているからこそ、相手にも同じように高い志を求めていた。
彼女はどうやら1人で店を切り盛りしているように見えた。いつも笑顔で丁寧に接客している。
(これは、一目惚れというやつだな)
その時は緊張して話せなかったが、もっと彼女と話したくて花屋に通う習慣ができた。
それでも、多くても二言三言しか話せなかった。
花屋を出ると自分の口下手さに落ち込んだ。
だから、恋愛指南本を読んで一生懸命に勉強した。勉強なら得意だから。
また、花屋へやってきた。しつこいと思われるかも……と冷や汗をかきながらここ3日ほど通っていた。
(今日こそもう少し話したい)
そう思いながら財布を出すと、またしてもコインが転がった。
「あ、すまない」
「いえ、私も注意が足りていなかったので」
「いやいや、僕の不注意だ。おわびにお茶でもご馳走させてもらいたいんだけど」
強引かもと思いつつ、思い切って言ってみた。
すると、彼女が困ったような表情をした。
「もしかして、私のことを口説かれてます?」
「そ、そういうふうに聞こえましたか?」
「ええ。よく同じ方法で誘われるんです」
とても恥ずかしかった。
「コインを落としたのはワザとではありません。……参ったな。そんなふうに思われたとは」
襟を直すフリをして、せっかくのチャンスなのにカッコつけてしまう。
「私の勘違いでしたか。変なことを言ってすみません」
彼女がペコリと頭を下げた。
「あ、謝らないで下さい!……正直に言います。もう少し話してみたいとは思っていました。だけど、それ以上どうこうとかそれは考えていなくて、その……」
恋愛指南本がボロボロになるまで読んだのに、肝心な時に言葉が出てこない。しどろもどろでいると彼女が笑った。
「ふふ、あなたはいい人みたいですね。良かったら、今度お茶をご馳走して頂けませんか?」
「本当に? 僕はアルフォンス・ゲルルフと言います。あなたのお名前は?」
「私はカミラです」
ずっと知りたいと思っていた彼女の名を知ることができた。
「都合はいつが良いでしょう?」
「実は……お茶と言いましたが、花の仕入れにちょっと付き合って頂きたいんです」
詳しいことを聞けば、仕入れが大変な重労働なのだという。
「いきなり僕を連れて行くのでいいのですか?」
つい、カミラに尋ねる。
「ほぼ毎日のように顔を合わせているではないですか。私は花を売る時に、相手がどんな方か観察しているのですよ」
「観察……されていたのですか」
恥ずかしくなってアルフォンスは赤くなった。
しっかりと好意を見抜かれていたようだ。気恥ずかしくなった。
――約束した日、約束の時間よりも早くついてカミラを待っていた。
カミラは察したのか、すぐに荷馬車を引いてきた。
慣れたように御者席に載って手綱を握って、隣の席をポンポンと叩く。
「こちらにお座り下さい。ちょっと狭いけれど、2人分座れますから」
言われるがまま座ると、彼女の身体と触れ合う部分が多くてアルフォンスはドキドキした。
「僕が手綱を持ちましょう。馬に乗れますから」
「では、お願いします」
――確かに仕入れは力仕事で時間もかかるし、女性だけは大変な作業だった。
(なのに、彼女はいつも笑顔だ。健気に頑張る彼女を守りたい)
気持ちが高ぶったアルフォンスは意を決して告白する決意をした。
アルフォンスは道の端に荷馬車を停めた。
「どうしました?」
「……その、突然ですが、私はあなたが好きです。お付き合いしてもらえませんか?私は、あなたの助けになりたい」
もうすでに好意は知られているが、自分の気持ちをきちんと言葉で伝えたかった。
「……ありがとうございます。でも、あなたと私では身分が違います」
自分の身分は伝えていた。
「それが問題というならば、僕がなんとか解決します。だから、僕にチャンスを下さい」
アルフォンスはカッコ悪いと思いながらも、懇願するように言った。
――突然、まわりが騒がしくなった。
刃物を持った賊が襲って来たのだ。
アルフォンスは剣を抜いて応戦した。
「カミラ、馬車を動かして!」
賊を振り切り、とにかく安全な大通りまで馬を走らせた。賊は追って来ないようだった。
「人目がある大通りまで来れば、深追いしないでしょう。大丈夫でしたか?」
「ええ……あなたのおかげで助かりました」
「役に立てて良かった」
震えるカミラの手を握った。
危機を乗り越えたからか、帰り道はカミラと親しく慣れた気がした。
店の前まで戻ると、改めてカミラに言った。
「先ほどは中途半端になってしまいましたが、僕の告白を受け入れて頂けるのでしょうか?」
「アルフォンス様……。あなたはとても素敵な方です」
カミラはアルフォンスに手を伸ばすと、彼の顔を両手で包む。
「なにを……」
まさか、と思った瞬間にはアルフォンスのくちびるに彼女のくちびるが重なっていた。
「答えになりましたか?」
くちびるを離したカミラが恥ずかしそうに微笑んでいた。
「明日……、明日も会えませんか?」
両想いになれたのだと嬉しくなり、アルフォンスはすぐ会う約束を取り付けたくなった。
カミラは素直にうなずいた。
「良かった!明日、仕事を終えたら行くから」
アルフォンスはウキウキして帰宅したのだった。
――だが、次の日驚くことが起きていた。
花屋がなくなっていた。
驚いてまわりに尋ねたが、カミラの素性は知らないようだった。
「ウソだろ……」
たまに立派な馬車が店の前に停まっていたと聞いた。
(そのこととカミラの失踪は関係あるのか?それとも賊にひそかにつけられていて攫われた?)
アルフォンスはすぐに捜査を警備隊に依頼した。
カミラを思うと、酒の量も増えて大事な商売も手につかなかった。
――そんなある日、国を騒がせるニュースが報じられた。
その日、カミラの姿を探し疲れて街のカフェで休憩していた。すると、隣のカップルの話が耳に入ってきた。2人は新聞を広げていた。
「亡命してきた美しき王女ですって。とてもキレイな方ね」
「我が国のエッカルト王子もすっかり王女の虜になっているってさ」
「へえ。男って、美人に弱いもんね」
「オレは君が一番だよ」
「そうでなくちゃ困るわ」
男が新聞をテーブルの端にやると、女性の手を握って2人の世界に入っている。
新聞には王女の姿が載っていた。
(信じられない……)
上等なドレスを着て、優雅に微笑んでいたのはカミラだった。
ただ、亡命してきた王女の名前はカミラではなく、ディートリンデという名だった。
(他人の空似か?でも、彼女の失踪とタイミングが同じ……)
そこで、馬車がたまに店前に停まっていたという話を思い出した。
(信じたくない。……ディートリンデ王女と言えば、エルマー王国の王女だ)
覇権争いでモメていた国だと記憶している。
信じがたい事実なのかもしれないことに、動揺していた。
アルフォンスは立ち上がると、胸の痛みを感じながらこれからどうすればいいか必死に考えた。
――数日後、アルフォンスは王宮へと向かう馬車の中にいた。
向かいに座る父のゲルルフ伯爵が話しかけてきた。
「お前が政治に関わりたいと言うようになるとは……。商売の方に夢中だと思っていたが」
「商会は部下に任せました。今の僕は、力が欲しいのです。商売だけでは得られない権力を持つためには政治の力が必要だ」
「ふむ。私もいずれは引退する。お前が野心的であれば安心だ」
ゲルルフ伯爵は政治の世界で権力を持つ人物だった。
城に入ると、王と共に王子が現れた。
会議中、王子はよく意見を聞き、自分の考えもはっきり述べる人物で切れ者だというのがすぐに分かった。
会議後、王子が中庭へ向かうのを見てついていくと、そこにはディートリンデがいた。王子は彼女に微笑みかけている。
胸が締め付けられた。
(カミラ……僕のことはもう忘れたのか?)
背後に気配を感じた。父だった。
「お前、ディートリンデ王女に興味があるのか?」
「とても美しい知り合いに似ているのです。」
「……あの王女が気に入ったなら、お前はもっとがんばらねばならん」
「わかってます」
アルフォンスは、力をつけるべく人脈つくりや政治の勉強に没頭した。
――何度目かの会議後、中庭にやって来た。
ディートリンデは時折、中庭に現れたが、いつも王子が側にいて近寄れない。
(少しでも姿を見ることができればと来てみたが、今日はいないか……)
ガッカリしていると、ふと視線を感じて顔を上げた。
驚いた顔をしているディートリンデだった。
「……カミラ」
声が震えた。違うかもしれないのに抑えきれなかった。
ディートリンデは迷ったように立ちすくんでいる。
すると、ディートリンデの後ろから王子が姿を現した。
「今、気になる名前が聞こえたな」
王子がアルフォンスを見ていた。
「今、彼女をなんと呼んだ?」
「……カミラと」
王子がディートリンデに尋ねる。
「この者が、あなたが話していた者か?」
「……はい、そうですわ」
(ああ、殿下は僕が彼女と出会ったところから全てご存知なのだ)
やはりカミラだと確信できた。
「不躾に見るんじゃない」
王子に不機嫌そうに言われ、アルフォンスは頭を下げた。
ディートリンデを見ると、彼女は瞳を潤ませていた。
「……ディートリンデ様は、殿下と一緒に人生を歩まれるおつもりですか?」
いてもたってもいられずに口から出た。
「なにを聞くのだ」
「殿下、私は彼には恩があります。お答えますわ」
久しぶりに聞いた彼女の声はとても済んでいた。
「殿下には感謝しています。でも、亡命した私には殿下と歩む資格はありません。……それに、私は誰であっても危険に巻き込みたくないのです」
ディートリンデは、最後の言葉を強く言った。それは自分に向けられた言葉だと思えた。
「……私はディートリンデを手元に置きたいと考えているのだがな。だが、私を選ぶつもりがないらしい」
王子は悔し気に、アルフォンスを見た。
「おそらくお前が原因だな。生意気なやつめ」
王子の言葉は厳しい言葉だったが、その声音にはどこか穏やかさも混じっていた。
「無理に妃にするのは私の信念に背く。それに立場上、気持ちだけでは動けない。実際、亡命した王女と結婚するのは難しい。……アルフォンス。お前はまだまだディートリンデを託すには実力が足らないな」
「え……」
王子はそっぽを向いていた。期待されているのだと都合よく解釈した。
――アルフォンスは、彼女の傍に立てる存在になろうと、昼夜を問わず努力を重ねた。
会議の発言でも次第に存在感を示し始めると、王子が初めて満足げに目を細めている。
ある日、王子に呼び出された。
「……お前はディートリンデが好きか?」
すぐにでも“好きです!”と答えたかったが、王子に正直に言っていいものか悩んだ。王子は彼女を好きなのだ。
「……大切な方です。国にとっても」
守りに入った言い方をした。すぐに怒られた。
「国のため、なんて言い訳は聞きたくない」
「申し訳ございません……好きです」
「やっと認めたな。お前が政治の世界に入ってきたのはディートリンデのためだろう?」
「……はい」
はい、と答えて冷や汗が背中に伝わる。それでも、ウソは言いたくなかった。
「なら、あとは2人で話し合え。私は用事がある」
そう言って踵を返した王子だが、ふいに立ち止まるとボソリとつぶやくように言った。
「ディートリンデを手放すつもりはなかった。……大切にする自信が無ければさっさと去れ」
「……いえ、お言葉ですが、それはあり得ません」
王子の背が一瞬、ピクリと反応したように見えたが、王子はそのまま去って行った。
それを見届けるようにして、ディートリンデが姿を現した。
「アルフォンス……」
「カミラ……いや、ディートリンデ様」
――2人は姿を消した後のことから長々と語り合った。
「君がここにいるなんて……信じられない。ずっと会いたかった」
「私もよ。あの時は言えないことばかりだった。だけど、こうしてまたあなたが私の元にやって来てくれた」
ディートリンデの目が潤んでいた。
「僕は、あなたを忘れた日など1日もありませんでした。あなたは、どうだったのでしょう?」
「忘れる日なんてあるわけないわ。殿下には申し訳ないのだけれど……」
王子は、ディートリンデの気持ちを優先して強引なことはしなかった、とディートリンデは話した。
「あなたが良ければ一緒に、未来を見ていきたい。……いや、どうかそうしてほしい。僕は殿下のように潔く諦める気にはなれない」
「私もあなたの側にいられたら幸せよ。側にずっといたいわ」
「良かった」
心底、ホッとした顔をアルフォンスがすると、ディートリンデが微笑んだ。
――現在、アルフォンスは積極的に国の政策を打ち出し、全身全霊で国を支えている。
「ただいま。今日はなにをしていた?」
「カタログを見ていたわ」
「カタログ?」
「ベビーウェアを買おうと思って」
「えっ!?」
アルフォンスはディートリンデを抱きしめ、この世にやって来た愛しい我が子の存在に涙したのだった。
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