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婚約破棄代行「モーオソイ」

作者: ごろり

婚約している侯爵次男は妹と浮気している。しかし、両親は婚約破棄を認めてくれない。子爵令嬢であるカリナは婚約破棄代行業者「モーオソイ」の話を聞きつけ……


※5/12(月)追記:たくさんの方に読んでいただけた御礼に、後書きにその後の話を追加しております。

カリナ・エルフォードは、子爵家の令嬢として育ち、品格と知性を兼ね備えた女性だった。彼女は侯爵家の次男、ラルフ・グレンヴィルと婚約していた。ラルフは端正な顔立ちと穏やかな物腰で、周囲から「理想の貴公子」と称されていた。しかし、カリナはその裏の顔を知っていた。


ラルフはカリナの婚約者でありながら、自身の妹であるエミリアと密かに情事を重ねていた。エミリアは侯爵家の後妻の連れ子で、ラルフとは血の繋がりはない。エミリアは可憐で愛らしい令嬢として社交界で人気だったが、カリナにとっては裏切り者の象徴だった。


二人の関係は、ラルフの書斎で偶然見つけた手紙で発覚した。そこには、ラルフがエミリアに宛てた甘い言葉と、カリナとの結婚は仮初であること、そして、結婚後も表向きは兄妹として、その裏では変わらずに愛し合うことを約束する内容であった。


カリナはすぐさま婚約破棄を申し出たが、両親は取り合わなかった。

「侯爵家との縁を切るなど、子爵家にとって破滅だ!」

父の怒声が響き、母は涙ながらに「我慢しなさい」と繰り返した。侯爵家との縁は、子爵家の地位を保つための命綱だった。カリナの心は冷え切り、絶望が胸を締め付けた。


また、ラルフはカリナが二人の関係に何も口出しをされないことで調子付いたらしい。婚約者同士の二人きりのお茶会にも、エミリアを随行させるようになった。

「やあ、カリナ。今日もエミリアを連れて来たよ。なに、どうせ結婚したら家族になるんだからさ。え、エミリアの分のティーセットを用意していない? そんなの、君が遠慮したら良いじゃないか」

「カリナお姉様、ごめんなさいね。お兄様ったら、わたしを連れて行くって聞かないの。いつも快く迎えてくれて嬉しいわ」


自分という存在がはっきりとないがしろにされている。それでも、逃げることは許されない。カリナは気を抜くと立っていられなくなるくらいに、日々憔悴していった。


そんなある日、友人から奇妙な噂を耳にした。

「婚約破棄を請け負う秘密の業者があるのよ。名は『モーオソイ』。どんな困難な婚約でも、完璧に解消してくれるって」


半信半疑だったが、カリナは藁にもすがる思いで「モーオソイ」に連絡を取った。指定されたのは、街外れの古びた喫茶店。そこに現れたのは、黒いフードを被った女性だった。彼女は名を名乗らず、ただ一言、「依頼内容を」と告げた。


カリナは震える声で事情を話した。ラルフの裏切り、両親の反対、そして自分の望む自由。女性は静かに耳を傾け、話を終えると一枚の羊皮紙を差し出した。

「これに署名を。報酬は成功後にいただきます。ただし、モーオソイの方法は……少々、型破りです」

カリナは逡巡したが、背に腹は代えられなかった。このまま結婚をしたとしても、きっと私はいつか壊れてしまう。これがうまくいかなかったとて、結末が同じなら――彼女はペンを握り、署名した。


翌日から、奇妙な出来事が起こり始めた。

まず、ラルフとエミリアの密会が、社交界の有力者の目に触れる形で明るみに出た。誰かが匿名で、彼らの逢引の場所をリークしたのだ。血の繋がりがないとはいえ、兄妹としての触れ合いとしては度を超えたやり取りが目撃された。

続いて、ラルフの不誠実な行動を記した手紙が、侯爵家に届けられた。手紙の筆跡はラルフ本人のものと酷似していたが、彼は「身に覚えがない」と主張した。


噂が広まる中、カリナは侯爵家のサロンに招かれた。表向きは「婚約の進捗を話し合う」ための会合だったが、彼女は何か裏があると感じていた。サロンに足を踏み入れると、エミリアが待ち構えていた。彼女の目は憎しみに燃え、いつもは愛らしい顔が歪んでいた。


「あなたが…あなたが全てを台無しにしたのね!」

エミリアの声は震え、部屋に響いた。貴族の令嬢らしからぬ感情的な叫び声に、周囲の使用人たちが息を呑んだ。

「ラルフとの関係をでっち上げて、侯爵家の名誉を傷つけた! あなたのような子爵家の娘が、こんな卑劣な真似を!」


カリナは一瞬、言葉を失った。エミリアの厚かましさに怒りが込み上げたが、彼女は冷静さを保った。

「でっち上げ? エミリア、あなたがラルフと密会していたのは事実でしょう。手紙も、逢引の場所も、すべて証拠が揃っているわ」

彼女の声は静かだが、鋭い刃のようだった。エミリアの顔が青ざめた。


「それは……誰かが仕組んだ罠よ! あなたが……あなたが私たちを陥れたの!」

エミリアは一歩踏み出し、カリナに掴みかかろうとした。しかし、カリナは身を引いてその手を避け、冷ややかに言った。

「自分で蒔いた種を、私のせいにしないで。あなたとラルフが選んだ道が、こうなっただけよ」


エミリアは唇を噛み、涙を浮かべながら叫んだ。

「あなたにはわからない……ラルフは私を愛してる! あなたみたいな冷たい女には、彼の心は決してわからない!」

カリナは一瞬、胸に刺さる痛みを感じた。だが、すぐにそれを振り払い、微笑んだ。

「愛? あなたが信じる愛は、裏切りと嘘でできているわ。もう、いいかげんに目を覚ましなさい」

彼女はエミリアを一瞥し、サロンを後にした。


その後、事態はさらに加速した。

侯爵家の屋敷で深夜、エミリアがラルフの部屋に忍び込む姿が使用人に目撃され、噂は一気に広まった。侯爵家は面目を失い、ラルフの父は激怒。エミリアは地方の修道院に送られ、ラルフは軟禁状態に置かれた。


そして、決定的な一撃が訪れた。カリナの両親のもとに、侯爵家からの書簡が届いたのだ。そこには、「ラルフの不品行により、婚約を解消する」と記されていた。カリナの両親は渋々ながらも同意せざるを得なかった。子爵家の名誉を守るため、むしろ婚約破棄が最善の選択だと判断したのだ。


婚約破棄が正式に決まった日の夕暮れ、カリナは侯爵家の庭園に呼び出された。そこには、憔悴しきったラルフが立っていた。彼の目は血走り、かつての気品は消え失せていた。

「カリナ、頼む……この誤解を解いてくれ。エミリアとのことは、ただの過ちだったんだ。君を失いたくない!」

ラルフは膝をつき、彼女の手を握ろうとした。だが、カリナは冷ややかにその手を振り払った。

「過ち? あなたが私を裏切った瞬間から、すべては終わっていたわ」

彼女の声は静かだったが、鋭い刃のようにラルフの心を切り裂いた。

「今さら許しを乞うても、もう遅いのよ」

カリナは背を向け、夕陽に照らされた庭園の小道を歩き出した。ラルフの嘆く声が背後で響いたが、彼女は一度も振り返らなかった。その足取りは、まるで新たな人生への第一歩を踏み出すかのようだった。


全てが終わった夜、カリナは再び喫茶店を訪れた。黒フードの女性が待っていた。

「報酬を」と女性は静かに言った。

カリナは用意していた金貨の袋を渡し、尋ねた。

「どうやって……? あんな完璧に事を進めたの?」

女性は微笑み、こう答えた。

「モーオソイの秘訣は、人の心の隙をつくこと。ラルフの軽率さ、エミリアのあなたへの嫉妬、侯爵家の体面……全てが駒だっただけよ」


カリナは背筋に冷たいものを感じたが、同時に解放感に満たされた。彼女は新たな人生を歩む決意を胸に、喫茶店を後にした。

【エミリアのその後】

エミリアは、侯爵家の名誉を守るため、辺境の修道院へと送られた。華やかな社交界から一転、質素な生活は彼女にとって耐え難いものだった。だが、孤独な時間は彼女に過去を振り返らせた。ラルフとの情事を「愛」と信じていたが、カリナの言葉が蘇るたび、自分の軽率さを思い知った。

修道院での生活の中で、エミリアは子供たちに読み書きを教える役割を与えられた。彼女はそこで新たな目的を見出し、穏やかで思慮深い女性へと変わっていった。かつての令嬢の面影は薄れ、辺境の村で彼女の優しい笑顔は静かに語り継がれた。エミリアは過ちを背負いながらも、自分なりの人生を切り開いた。


【カリナのその後】

婚約破棄後、カリナは子爵家の期待を背負う生活から距離を置くことを決意した。両親は当初、彼女に新たな縁談を持ちかけたが、カリナはきっぱりと拒否した。「私は自分の道を歩むわ」と宣言し、彼女は家を出て王都の外れにある小さな屋敷に移り住んだ。


そこで、カリナは自身の知性と情熱を活かし、女性のための学び舎を設立した。貴族の令嬢から平民の娘まで、読み書きや礼儀、さらには自立のための知識を教える場だった。彼女は、かつて自分が感じた「自由を奪われる恐怖」を他の女性に味わわせたくないと考えていた。学び舎は次第に評判を呼び、多くの女性がカリナのもとに集まった。


ある日、カリナは学び舎の庭で、かつての自分を思い出した。ラルフの裏切り、エミリアの憎しみ、モーオソイの冷たい微笑み――全てが、彼女をこの場所へ導いた試練だった。彼女は空を見上げ、そっと呟いた。

「遅すぎることはなかった。私には、私の時間がある」


カリナの学び舎は、やがて王国の各地に広がり、彼女の名は「自由の灯火」として語り継がれた。社交界のしがらみを断ち切り、彼女は自分自身の物語を紡ぎ続けた。

その灯火の影で、「モーオソイ」もまた、女性たちを支え続けたという。

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― 新着の感想 ―
結婚しなくてよかったという事例がここにも! 結婚にも資格が必要ですよねえ。昨今の不倫ブームをみると、結婚するだけの中身のない人間ばかり。不倫はちゃんと重犯で厳罰が必要と制定して、長い間禁固刑とか、莫大…
面白かったです。 1話完結のシリーズで読んでみたいです。 GWが明けて、家族(管理職)は毎年恒例となった代行業者からの電話対応に追われています。
前に同様の婚約破棄代行会社のお話を読んだことがありましたが、こちらの会社はより直截に「婚約を破談にさせる」会社なのですね。 これだけ大々的に問題を公けにされたら、長男にまで問題が波及しそう。 侯爵家オ…
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