この私が悪役令嬢? いいえ、正しくはプロの悪役令嬢ですわ。
悪役令嬢×お仕事ものです。
「えっ? パンがないなら、ケーキを食べればいいのに」
ミーシャ様の台詞に、その場に居合わせた民衆は、皆等しく凍り付きました。しかし、当のミーシャ様本人は、相も変わらず無邪気なお顔で首をひねっていらっしゃいます。
我が国リンデロリアは、ここ数年の凶作により、その日のパンを手に入れるのにも苦労する状況。そのため、王太子殿下の婚約者であるミーシャ様、そして私たち貴族令嬢は、民たちへの慰問に訪れていました。
その中で放たれた、ミーシャ様の悪意なき一言。国民たちがわなわなと拳を震わせるのが目に入ります。
「ぷっ」
思わず私が吹き出すと、
「何がおかしいの、ヴィヴィアン?」
と、ミーシャ様が、小動物のような顔で私をにらみつけてきます。
「いいえ、ただ、あまりにもミーシャ様がお優しいものですから」
私はくすくす笑いをしながら、皆によく聞こえるよう、声を張ります。
「貧民たちにケーキだなんて、馬鹿げていますわ。貧相な舌をした生き物に、ケーキの味が分かるはずありませんもの。まったく、ミーシャ様のお考えときたら、まるで平民を自分と同等に扱うようで、おかしいったらありませんこと」
「俺たちが貧しいのは、お前のような女が贅沢をするからだろう!」
「お優しいミーシャ様と違って、なんて意地悪いのかしら!」
民衆は激昂して、口々に私のことを罵ります。
「ヴィヴィアン・バリュー。噂通りの腐った女——悪役令嬢だ……!」
*
私、ヴィヴィアン・バリューが悪役令嬢と呼ばれるようになって、かれこれ一年が経過しました。一年前、私の生家バリュー伯爵家は、国王陛下への謀反の疑いをかけられ、取り潰しが決定しました。両親はそのストレスで相次いで亡くなり、一人娘の私は、本来なら修道院へと送られるはずでした。
しかし、その私に目をつけたのが、現国王陛下です。結果、私は国王陛下の愛人という立場になり、将来の王太子妃たるミーシャ様と並ぶ権力者とされております。
そんな陛下のお気に入りである私ですが、陛下が亡くなられては元も子もないというもの。そのため、次期国王たる王太子殿下にもすり寄っていると、宮廷では皆様が顔をしかめています。殿下の寵愛を得るため、ミーシャ様に食って掛かる。まさに悪女というものでしょう。
さて、慰問から数日後のパーティーの最中。ミーシャ様が令嬢方に取り囲まれながら、満面の笑みを浮かべているのを、私は発見しました。
「見て、王太子様がプレゼントしてくださったの。素敵でしょう? オーダーメイドで作らせたのよ。この宝石は最高級の……」
新しい首飾りを自慢していらっしゃるミーシャ様。経営の厳しい辺境伯令嬢方が、古びた装身具を身につけていることにもお気づきでないようで。
「素敵? 笑わせないでくださるかしら」
会話に割って入った私は、得意のくすくす笑いを披露します。
「将来の国母ともあろう方が、こんな貧相な首飾りをつけるなんて、随分と倹約家でいらっしゃいますわね。地味なあなたにはよくお似合いでしてよ。まあ、私の首飾りは、ミーシャ様の十倍の値段はしますけれど」
「ひどいわ!」
涙ぐまれるミーシャ様。
「ヴィヴィアンの言うことなど、お気になさらず」
「そうですわ。倹約されていらっしゃるなんて、ミーシャ様の格の高さが伝わりました」
ミーシャ様が令嬢方に慰められていらっしゃるのを横目に、私はその場を離れました。ですが、ぐい、とふいに肩を掴まれ、振り向くと憎しみに顔を歪められた王太子殿下がいらっしゃいます。
「調子に乗るのもいい加減にしろ! 毎度毎度ミーシャに嫌がらせを!」
私は辺りに人のいないことを確認し、そしてゆっくりと口を開きます。
「以前にも申し上げましたわ。私がこうするのは……」
「ごたくはいい!」
殿下は私の話を遮って、怒鳴り声をあげられます。
「そうやって、私にすり寄っているつもりか? ミーシャを蹴落とせば、自分が王太子妃になれるとでも? ふん、笑わせるな。貴様のような汚い女、願い下げだ。父上のお気に入りだから大きな顔をできているが、私が王になったら……」
殿下はそこで口をつぐまれます。その言いようでは、病床に臥せっておられる陛下に、早く死ねと言っている風に聞こえてしまいますからね。
「貴様のような女を、悪役令嬢というらしいな。悪役は正義の下に処刑される。それだけは覚えておけ」
「ええ、心得ましたわ」
殿下に話が通じないのは以前から知っていたこと。私は悪役令嬢にふさわしい不敵な笑みを浮かべ、その場を去りました。
でも、まさか殿下の言葉が実現するのが、こんなにも早かったなんて。
次の日の早朝、国王陛下崩御を知らせる鐘の音が、王都中に鳴り響きました。葬儀は速やかに執り行われ、その日の昼には、送別のため、王都中の国民が大聖堂前に集められました。人々が見つめる中、王太子殿下が登壇され、そして——
「ヴィヴィアン・バリュー! 国王の愛人として権力を乱用し、あろうことか、わが婚約者ミーシャまでをも愚弄した! 次期国王たる私は、明日の戴冠式で、悪役令嬢ヴィヴィアンの処刑を行うことを、ここに宣言する!」
参列者たちは、しん、と静まり返った後、わああっ、と沸き上がりました。
「ついにヴィヴィアンに裁きがくだされるぞ!」
「新しい時代と、新しい国王陛下に万歳!」
葬儀とは思えない盛り上がりの中、私は取り押さえられ、そのまま処刑塔へと幽閉されたのです。
*
夜明け前の一番暗い時。私は牢屋の中、うずくまって処刑を待っていました。
朝が来れば、私はもうこの世から去らねばなりません。でも、これでいいのです。後悔はありません。私は最後まで、しっかり悪役令嬢を……。
その時、ガラガラッ! と音を立てて、壁の一面が崩れ落ちました。
「げほっ、ごほっ。ちょっとこれはやりすぎか……」
壁の穴から、見るからに胡散臭いことこの上ない男性が入ってきます。
「ってことで、どうも初めまして、ヴィヴィアンちゃん。お会いできて嬉しいよ」
「こんな時間に、しかも連絡もなしに訪問するなんて、無礼ではありませんこと?」
だけど、私は悪役令嬢。取り乱したりせず、あくまで冷静に対応します。
「おっ、さすが。いきなり来られても、しっかりキャラ貫いてんなぁ」
「キャラ、ですって?」
「だって、あんたの悪役令嬢は、全部設定だろ?」
どくん、と心臓が脈打って、気付けば私は、男性の顔をまじまじと見つめていました。
「悪役令嬢。その存在する意味を、俺は知ってる」
男性はゆっくりと口を開きました。
「悪役令嬢が登場するのは、大抵国の先行きが怪しくなった時だ。国民の怒りは、為政者に向かう。だけど、為政者ってのは、国民の人望や人気がなきゃやってられない。だから、代わりにヘイトを集める悪役が必要ってわけだ。あんたはそのための依頼を、おそらく前の国王から受けた。違うか?」
国王陛下が、没落した私に声を掛けたのは、愛人にするためではありませんでした。陛下は、王太子殿下、そしてミーシャ様のことを案じておられました。二人は失言が多く、国家窮乏の今、国民たちから多大なる憎しみを向けられていらっしゃったから。
陛下は私に悪役をさせ、ヘイト管理をさせることで、なんとか二人の評判をあげようとなさったのです。二人の失言を、それ以上の暴言でかき消し、加えてさりげなくカバーする。国民に分かりやすく、散財、贅沢ぶりを見せつける。それが私の仕事でした。
「あんたは完璧な悪役令嬢を遂行した。だけど、味方が馬鹿だった。王子も、女も、あんたのことを、自分たちに突っかかる嫌な女としか理解できない、絶望的な頭脳の持ち主だった。実際、どれだけ自分たちが助けられているのかにも気付かずにな」
悪役令嬢の仕事のことは、陛下から二人に説明されていた上、私からも何度も申し上げました。それでも二人は、最後まで悪役令嬢という役割を理解せず、挙句の果て、私がミーシャ様をライバル視していると本気で思い込み……。
「一番有能な仲間を処刑とは、見る目のない馬鹿はほんとに救いようがないなぁ」
ふっと笑った後、男性は地に膝をついて、私に手を差し伸べてきます。
「だけど、俺には分かった。決して表に出ることのない、あんたの才能と努力が。そして、それにほれ込んだ。なあ、ヴィヴィアンちゃん。プロの悪役令嬢として、俺と一緒に働かないか?」
「プロの、悪役令嬢ですって?」
「そうだ。あんたの力を必要とする人間が、この世にはごまんといる。ヘイト管理に悩んでるお偉いさんたち。そいつらへのヘイトを減らし、好感度を高める。要するに、陰の尻拭い役だ。場合によったら、国一個すら救う力があんたにはある。その才能を理解しない国のため、命を散らすのはもったいない。あんたの能力を、俺なら最大限まで活かしきれる」
その目には、今まで見たことのない、強い光が宿っています。
「それで、あなたへの見返りは何ですの?」
「これだ」
男性は、すがすがしい笑顔で、お金のマークを手で作ります。
「俺は商人。あんたをマネジメントして、金を儲ける。もちろん、あんたにも金は還元する。お互い損のない話なはずだ」
本当に胡散臭いことこの上ない話。そんなこと、分かりきっています。それなのに、なぜなのでしょう。この方にまっすぐ見つめられると……。
「いいでしょう。あなたのおっしゃる、プロの悪役令嬢というものになってみせますわ」
「よーし、そうと決まりゃ、さっさと脱出だ」
男性がぱんぱんっ、と手を叩くと、黒装束の集団が天井から降り立ちました。ふう、もう驚きませんわよ。
「こっちのルートだ」
集団に導かれ、私と男性は塔を駆け下りていきます。衛兵の姿が見当たらない限り、既にこの方々が対処済みなのでしょう。
「随分と特殊なお知り合いがいらっしゃるようで」
「こいつらはプロの隠密集団。俺の商会のメンバーだ。うちはこうやって、色んなプロを揃えて、クライアントの要望に応じて派遣する商売をやってるんだ」
「つまりあなたは、社長様ということで……」
塔を出てしばらくしたその時、爆発音が鳴り響き、振り返れば、炎上する塔が崩れ落ちていきます。
「プロの爆発屋だ。さすが、いい爆発っぷりだなぁ! ボーナスつけとくか」
「爆発屋なんて職業、ありますの……!?」
「もちろんだ。あ、それに、プロの隠蔽屋も呼んどいたぜ。後始末はやってくれるから、あんたはここで死んだことになる。これで、晴れて自由の身だ」
それから、無事に逃げ切った私たちは、港に停泊していた帆船へと乗り込みました。
「みんなー、スカウト成功だ! この子がヴィヴィアンちゃん。新しい社員だ。仲良くやってくれ」
船室のドアをバタンと開けると、部屋の中にいた方々が一斉にこちらに目を向けます。
「ということで、ヴィヴィアンちゃん、我が社——オズワルド商会へようこそ!」
こうして、私はオズワルド社長と出会い、その下で働くことになったのです。
*
「さーて、今日から悪役令嬢派遣を始めるぞ!」
数日後、社長は私、そして他の社員を集めて、そう宣言しました。
「最初のクライアントは、レガリッタ王国。王女様の好感度回復を頼まれた」
王族から直々に依頼が来るということは、おそらくオズワルド商会は、権力者たちご用達の裏組織といったところなのでしょう。
「ヴィヴィアンちゃん、紹介する。こっちがプロの化粧師、そしてプロの脚本家。仕事ごとに、見た目も名前も設定も変えて、別の悪役令嬢を演じるため、こいつらに協力してもらう。全員で任務達成目指して頑張ろう!」
「「「はい、社長!」」」
そして、私たちはレガリッタ王宮へと到着しました。既に私は、ティアナ・リンデル伯爵令嬢という架空の人物になりすましております。
「娘は失言と男性絡みの醜聞から、国民にかなり嫌われておりまして……。どうか、公務に差支えがない程度まで、評判を回復させてやってほしいのです」
国王陛下は私に頭を下げられます。
「かしこまりました。私にお任せを。必ずや評判を回復させてみせますわ」
その日から、プロの悪役令嬢としての仕事が始まりました。私は徹底的に姫君に挑戦し、時にはいじめまがいのことまで行いました。付け加え、プロの取り巻き、プロのやられ屋などなど、他の社員の力も借りながら、好感度アップのイベントを実行します。
人々の姫君への感情は、最初に同情、やがて好感へと変わり始めました。私にいじめられる中、健気さや素直さをアピールするよう、裏で入念に示し合わせましたからね。
そして、自作自演を繰り返すこと一月。王女様は最後、自ら私の断罪イベントを行い、完璧な好感度でフィナーレを迎えました。
「ありがとうございます! おかげさまで娘の好感度が回復いたしました!」
国王陛下、そして王妃様も、ぼろぼろと涙を流して喜ばれます。
「あなたには感謝してもしきれませんわ! 私、もう、国民に殺されるものかと……」
王女様も、大喜びで私の手を握り締めて……。悪役令嬢をやって、こんなにも喜んで、感謝していただけるなんて。初めての経験に戸惑いながら、なんだか目頭が熱くなるのを感じます。
「な、言っただろ。あんたの力は、この世界に必要なものだって」
肩を震わせる私に、社長はそう微笑みかけました。
「そう……だったのですね」
感動はやまやまですが、悪役令嬢に涙は厳禁。プロの仕事はまだ続いているのです。私はきっと前を見据え、悪役令嬢にふさわしい笑みを浮かべます。
「ふふ、また私を呼ぶことのないよう、せいぜい気を付けてくださいませ」
お決まりの意地悪い台詞に、それでも皆様、笑顔で頷かれました。
*
それからも、私はいくつもの仕事をこなしました。評判が評判を呼び、いつの間にか悪役令嬢は引く手あまた。売れっ子悪役令嬢なんて、なんだか変な響きですけれどね。
「悪役令嬢派遣は大評判だ! おかげでがっぽがっぽ、儲かってしかたないねぇ!」
おかげで社長は連日笑いながら、金貨や宝石を鑑定しっぱなしです。けれど、社長は決してがめついわけではないのです。しっかりお給金は出るし、労働環境も整っています。おかげで、社員たちにも慕われているようで、かく言う私もその一人です。
「どうしてこの商売を始めようと思われたのです?」
この機会に、私はずっと気になっていたことを尋ねました。
「うーん、それなりに生きてきて気付いたんだ。この世界には、あっと驚くような才能のある奴らがいっぱいいる。だけど、大抵はその才能を理解されず、活かせないまま埋もれていく。だから、そういう奴らが輝ける場所を作りたかったんだ。ま、俺自体は何の才能もないけどさ」
そう言って社長は笑います。ですが、人のいいところを見つけるプロ、それがオズワルド社長です。この方は、道端の小石の中に、輝くものを見出せる方なのです。その石が泥をかぶせられた汚いものでも、この方だけは、拾い上げてくれるのです。
なぜ私が、見ず知らずのこの方を信じようと思ったのか、ようやく分かりました。嬉しかったのです。嫌われ役の悪役令嬢の、背後にある努力に気付いてくれたことが。本当の私を見つけてくれたことが。だから、この方についてきたのです。
オズワルド商会のメンバーは、きっと誰しもそうして拾ってもらった人間なのでしょう。
「ボーナスだ。仕事でつけてる派手なやつより、こっちの方がヴィヴィアンちゃんには似合うと思ってさ」
気付けば、銀細工のネックレスが首にかけられています。これは……天然なのでしょうか? まったく、こういうところが上手い方ですわ。
「ヴィヴィアンちゃんのこと、俺は本気で尊敬してるんだ。上手に嫌われるってのは、好かれるのの何倍も大変だ。技術的にも、精神的にも。誰にでも務められる役じゃない。その才能も、努力も、そして根性も、あんたは一流だ。俺が今まで見てきた中でも、最高のプロだと思うよ」
まっすぐな目で見つめられると、なんだか顔が熱くなって、つい目が泳いでしまいます。
「これからもよろしくな」
「と、当然ですわ。私は今、心からこの仕事に誇りを持っていますの。悪役令嬢は私の天職。これからも社長についていかせていただきます」
この方になら、一生ついていける。いいえ、ついていきたい。それは、社長と社員という関係でなく、もっと……。なるほど。私は鈍感ヒロインではありませんので、素直に気付くことにしましょう。これが恋心というものなのだと。
*
さて、私がオズワルド商会で働き始めて、一年が経過しました。
「懐かしい場所から依頼が入ってる」
その日の依頼先には、特殊メイクも設定もなし、とのこと。ですが、私は訝ってしまいます。その場所は、最も私が正体を隠さなければいけない場所だからです。
「貴様はヴィヴィアン!」
「死んだはずなのに、なぜ!?」
国王夫妻は、私を見るや、目を飛び出さんばかりに見開かれます。
そう。依頼先は、私の祖国リンデロリア。依頼主は、かつて私に処刑を言い渡された王太子様——現国王陛下だったのです。
現在のリンデロリアにおいて、国王夫妻の評判は最悪です。国民の間には、退位を求める運動さえも起こる始末。ここまで嫌われるとは、いったいどれだけのことをやらかしたのか……。
「ま、まあ、細かいことはどうでもいい。今日は依頼のために貴様らを呼んだのだ」
私と社長を座らせて、国王陛下は話されます。
「悪役令嬢を派遣する商会の噂を、他国から聞いた。どれだけ民意が離れていようが、回復させてくれるのだとな。金ならいくらでも払う。分かったら、さっさと仕事をするのだ」
気が進みませんが、商会としてはお金を稼がねばなりません。ここは引き受けるしか——
「すみませんが、ブラックリスト入りのお客様との契約は致しかねます」
私は驚いて隣の社長を見つめます。
「かつてあなた方が、我が社員ヴィヴィアンの仕事を中断させ、おまけに処刑しようとさえしたこと。身に覚えがないとは言わせません」
「あ、あの時は……。そうだ、ヴィヴィアンの仕事の出来が悪くて!」
「そうよ! それに、ヴィヴィアンは仕事にかこつけて、本当に夫のことを狙ってたのよ!」
前のめりでまくしたてる国王夫妻に、社長は怒りのため息をつきました。
「私はあらゆるプロ、そしてその仕事に敬意を払っています。それができない大馬鹿野郎と、オズワルド商会は契約するつもりはありません。そういうことですので、この話はお断りします」
立ち上がり、扉から出ていこうとする社長。私もそれに続きます。
「下賤な商人はもういい! ヴィヴィアン、貴様に命令する! 我々のために働け!」
しかし、陛下は私の肩を掴み、引き留めようとなさります。
「お断りしますわ。社長の決定には逆らえませんもの」
「くそっ!」
振り下ろされる拳。しかし、それを受けたのは、私でなく社長でした。
「おいおい、坊ちゃん、うちのバックに誰が付いてると思ってるんだ?」
その手には、黄金のメダルが——
「そ、それは神聖フェビア教会の、教皇様の……!」
そういえば、三ヶ月前、教皇のお孫さんの好感度回復に尽力しましたっけ。
「あんまりうちに喧嘩を売らない方がいいぞ? 教皇様を敵に回したら、あんたらは破門だ。それだけじゃない。ヴィヴィアンちゃんが救った四の国、十の領地、十二の商会、そいつら全員がうちにはついてるんだ。これ以上何かしてみろ。うちのお得意様が、あんたらを潰しにかかる」
完璧な悪徳商人の笑みを浮かべる社長に、二人はすごすごと引き下がりました。
「悪人とつるんで金儲けなんて、いやらしい女……!」
「貴様はやはり、どこまで行っても悪役令嬢なのだな」
最後、私を憎々しげににらみつけてくる二人。
「この私が悪役令嬢?」
私はくすっとお得意の笑みを浮かべます。
「いいえ、正しくはプロの悪役令嬢ですわ。その点、お間違えなきよう」
*
「申し訳ございません。私の代わりに、怪我を……」
帰り道、私は社長の目尻の血をハンカチでぬぐいます。
「ヴィヴィアンちゃんはうちの大切な社員。社員を守るのは、社長として当然だ」
社長は、もういい、という動きで、私にハンカチをしまわせました。
「それに、これはちょっとした罪滅ぼしみたいなもんだ。あんたのことは、いっつも矢面に立たせてるからな。考えれば、本当にひどい仕事をさせてる。若い娘に、憎まれ役をさせて金を稼ぐなんて、俺はとんだ悪徳社長だよ」
「いいえ、いいのです」
私は首を横に振ります。
「全員に憎まれる役だったとして、たった一人、私を理解して、隣で笑いかけてくれる人がいる。それだけで、私は途方もなく幸福なのです」
オズワルド社長が私の隣にいてくれる。その限り、私はどんなことでもやっていけるのでしょう。
「やっぱりあんたに声をかけて正解だったよ。最高の悪役令嬢様」
社長はふっと笑いました。
「ふふ。そういえば、最近は悪役令嬢の他にも、目指したいものができたのですわよ?」
「ええっ、何だ!? まあ、ヴィヴィアンちゃんなら、何でもできるだろうけど……。それにしても何なんだ?」
思案する社長。
「さあ、何でしょうね」
私はいたずらっぽく微笑みます。
自分から売り込みむも良いですが、せっかくなら、社長直々にオファーをいただきたいものですね。プロの妻として、俺と結婚しないか? その台詞をもらえる日を、私は待っていますわ。もちろん、そのための自己研鑽は怠りませんけれど。
最後まで読んでくださりありがとうございます。まだまだ勉強中ですので、ご意見、アドバイスなどお寄せいただけると助かります……!