第99話 命の重み
アンゴル・モアを倒してから1か月が経ち、さくらたちはいつもの日常を取り戻そうとしていた。
世界を救った英雄として世界中でオファーが来ていて、アルコバレーノは大忙しだ。
社長代理でもある晃一郎もアルコバレーノが売れていることに喜び、世界で最も影響のあるアイドルと呼ばれていることが誇らしかった。
そんな春先のことだった――
「ふぅ……」
「お疲れさまです、あなた」
「ああ、澄香もお疲れ様。あの子たちが世界中で活躍してから忙しいが、ちゃんと休まないと社長に怒られるからな」
「そうですね、社長は社員の休みを気にするお方ですから」
「だな。じゃあ仕事も終えた事だし……行くか」
「はい、そうですね」
晃一郎と澄香が向かったのは聖マリア医科大学病院で、そこには社長の純子が産科で入院している病院だ。
純子は赤ちゃんを妊娠し、産休で晃一郎に社長を任せている状態で、純子の夫とも株主総会で面識がある。
見舞いに行くために二人は聖マリア医科大学病院に着き、産科の受付で面会の手続きをしていた。
「すみません、黒田純子さんの面会ですが――」
「ああ、黒田純子さまですね。たった今、陣痛が起きたと聞きました」
「えっ……!?」
「あなた、これって……」
「ああ、あの子たちにも連絡を入れなきゃな。すみません、一旦外に出ます」
受付で面会の申請すると受付嬢から純子が分娩室へ移動したということを聞かされる。
晃一郎は慌てて電話を取り出し、外に出てさくらたちに連絡を入れる。
『社長が陣痛を起こした。おそらくもうすぐ生まれるだろう。仕事終わり次第、社長の元へ行ってあげてほしい』と一斉送信する。
『わかりました! 水野さんは今病院ですか? 仕事終わり次第すぐ向かいます!』
一番早く返事が来たのはさくらだった。
晃一郎はペースメーカーを付けている人に気を使い、一旦外に出て連絡を入れるという配慮を見せ、さくらたちに連絡を入れたのだ。
全員にメッセージを送り終え、すぐに受付で手続きを終えて分娩室へ向かった。
そこにはスーツ姿の男性が落ち着かない様子でウロウロしていた。
「くっ……! こんな時に立ち合いが出来ないなんて……! 純子……!」
「あの方が社長の旦那さまですね……」
「声掛けづらいな……ちょっと離れるか?」
「そうですね」
純子の夫ら式男性が落ち着かずに周りをウロウロしていて、晃一郎と澄香は気を使ってその場を離れようとする。
しかし男性は晃一郎たちに気付き、晃一郎たちの方へ向いた。
「ん……? ああ、あなた方は純子の……」
「お久しぶりです、黒田さん。お邪魔なら出直します」
「構わないですよ。僕一人だと不安で仕方がないんだ。少し話し相手になってください」
「そういうことでしたら、わかりました」
彼の名は黒田幸助、前の事務所にいた頃の取引先の芸能事務所の株主で、イベント企画会社の社長で実業家だ。
純子とは芸能事務所の立ち上げの時にお世話になり、そこから交際が始まって設立と同時に結婚した関係にある。
水野夫妻にとっては社員としてスカウトされた事で恩人の一人であり、幸助にとっても水野夫妻のアドバイスで事務所が大きくなったとお互いに頭が上がらない関係だった。
そんな純子の出産に落ち着かない幸助は、水野夫妻と話し相手になる。
「水野さんは確か、高校の時に純子と出会ったんですよね」
「はい、社長とは長い付き合いです」
「学生時代の純子を知ってる数少ない後輩かあ、羨ましいです。僕の知らない純子を知ってるんですから」
「私はただ、社長に才能を開花された一人にすぎませんよ。私以外にも才能開花した人は学園にたくさんいましたから大したことはありませんよ」
「でもあなたは純子の力で甲子園に行き、そして優勝した。それも悪しき民主党政権と共に戦ったんですから、素晴らしい功績ですよ」
「まあその……はい(かつて社長に告白してフラれたなんて言えねえよなあ……)」
純子と晃一郎は高校時代からの先輩後輩の関係で、幸助は晃一郎との関係を羨ましがった。
晃一郎はかつて純子に告白し、失恋をしているが今も慕っていてついて来ている。
幸助は澄香の顔を見て何かを思い出す。
「えっと……あなたはすーみんですね?」
「はい」
「いい男だね、水野さん」
「はい。主人はとてもイケメンです」
「よせよ……照れるじゃないか」
「本当のことですよ♪」
「僕も水野さんみたいにもっと純子に認めてもらうよう頑張るよ」
「はい、応援してます」
幸助は水野夫妻と話し相手になり、少し落ち着いたのか笑顔が戻ってくる。
澄香も夫である水野と幸助が仲がよさそうに話しているのを見て安心したと同時に、男同士の友情が羨ましく思う。
話が弾むと分娩室から慌ただしい様子で看護師が出てくる。
「黒田さん、いますか?」
「はい! それで純子は……?」
「予定よりも遅いですが順調ですよ」
「本当に大丈夫なんですか!? 僕はもう心配で――」
「黒田さん! 俺はまだ妻が出産してたわけじゃないからわからないけど、今は純子さんを信じましょう!」
「水野さん……そうですね。すみませんでした」
「大丈夫です、必ず奥さんも赤ちゃんも無事に元気にさせますから」
「水野さん……ありがとうございました」
「黒田さん、もし澄香さんが出産する時に俺がパニックになったら、さっきの俺の言葉をそっくりそのまま返してくださいね? 約束ですよ」
「はい、わかりました」
幸助は一度パニックになったが、晃一郎の励ましによって精神的にも落ち着きを取り戻し、純子を信じて待つことにした。
分娩室からは純子の激しい悲鳴が聞こえ、晃一郎でさえもあまりの苦しそうな声に胸が張り裂けそうだった。
しばらく経つとさくらとほむら、みどり、海美が到着し、1時間後にゆかり、橙子、雪子、千秋、そして妹の暁子が到着する。
アルコバレーノ全員が揃い病院は盛り上がったが、純子が出産中ということで立ち入り禁止となる。
幸助は何度も独り言をつぶやき、純子が無事に出産することを祈り続ける。
そして2時間後――
「おぎゃー! おぎゃー! おぎゃー!」
「「「―――っ!?」」」
「黒田さま!」
「今の赤ちゃんの声はまさか――!?」
「そのまさかですよ! おめでとうございます! 元気な女の子ですよ!」
「生まれた……! 本当に生まれたんだ……! 僕……パパになったんだっ……!」
「黒田さん、おめでとうございます。早く社長のところへ行ってあげてください」
「はい……! 水野さんもありがとうございます……! 純子っ!」
ついに純子は赤ちゃんを出産し、新たな命が誕生した。
さくらたちはそんな貴重なシーンに立ち合い、誕生の瞬間に涙を流した。
「命の誕生ってこんなに尊いんだね……」
「うん……。上手く言えないけど……本当に尊いよ……」
「やっぱ何度も経験してるけどさ……この感動だけは慣れないぜ……」
「そうね……ほむらちゃんは何度も誕生の瞬間を見ているものね……。命の重みは誰よりも知ってるものね……」
「先輩……どうしましょう……。私……泣きそうです……!」
「いいのだぞ……泣いても……!」
「ねえお兄ちゃん……私が生まれた時もこんな感じだったの……?」
「そうだな……。暁子が生まれた時も同じくらい感動したな……。今度は俺たち夫婦の番かもな……」
さくらたちはあまりの感動に涙をほろりと流し、晃一郎は年が離れている暁子が生まれた時を思い出す。
晃一郎はいつか澄香が出産する未来を描き、幸助がパニックになった時は自分もそうなるかもしれないと心にとどめる。
こうして純子は無事に出産し、母子ともに元気になって退院した。
そして純子は現場に復帰し、社長として再スタートを切る。
つづく!




