第90話 シオンの村
ほむらと橙子の二人が試練を突破し、シオンの村へ向かう途中で車内販売の駅弁を食べて体力を温存させる。
外の光景は中華風から和風の街並みへと変わり、ゆかりは懐かしさを覚える。
シオンの村に到着し、その様子は昔の京都や江戸のような雰囲気で、髪形こそ現代風だが衣装は和服系で袴や着物、甚平が着られていた。
「ここは古き良き日本の村って感じだね♪」
「うむ。この様な街並みは私は好きだぞ」
「ここのお団子美味しいよ!」
「お茶もとても美味しいわ」
「まるで江戸時代みたいだね」
「ああ。何だか不思議な感じがするぜ」
「桜や紅葉、雪景色などが四季折々で素敵です♪」
ゆかりたちはシオンの村の古き良き日本の街並みとお菓子を堪能し、タイムスリップしたような気分になる。
実際ゆかりたちは日本人で、こういったわびさびを感じやすいのだ。
ほむらが団子を食べ終え、サッと立ち上がってゆかりたちを鼓舞する。
「おっと、こうしちゃいられねぇな。早くご先祖様の手がかりを探さねぇと」
「それもそうだね。みんなで手分けしよう!」
ゆかり、橙子、さくら、雪子の4人で東側を探し、海美、千秋、ほむら、みどりの4人は西側を散策することになった。
人々を見ていると刀を所持していて、予備の脇差も持っている。
侍だけでなく忍者や力士、芸者に舞妓など本当に日本の文化を凝縮させた場所だった。
歩いていると大きな鳥居があったので、神社だと思ったゆかりたちは試練の突破を祈願するために鳥居をくぐろうとする。
「あなた方は確か、インボーランドをお救いになられた魔法少女ですね」
「えっと……はい」
「ずっとお待ちしておりました。いつかこの村に訪れると思いました。ここはエイレーネさまを祀る神社で、ムラサキさまの御力が宿っているパープルオーブを保管しています。ただ――」
「何かあるんですか?」
「ムラサキさまの試練はとても厳しく、1000年経ちましたが乗り越えられた者は誰もいません。ムラサキさまは精神力を重視した試練で、途中で心が折れて帰られた方が多いと聞きました。あなた方はその試練を乗り越えられますか?」
「なるほど……ならば私がその試練に挑むとしよう。ほむらと橙子も乗り越えられたのだ。私も自らの心を鍛えたい」
「かしこまりました。ではあなたのお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はい、紫吹ゆかりです」
「では紫吹ゆかりさま、この鳥居をくぐって本殿からさらに奥の森へ進んでください。そうすればパープルオーブが祀られているほこらがあります。どうかご武運を――」
鳥居をくぐって境内に入ると神社の巫女がゆかりたちに気付いて声をかけ、試練の案内を受けて神社の奥へ進む。
ゆかり以外は神社の敷地内で待機し、ゆかりのみ神社の奥にある森の中へ行き、巫女に武運を祈られて見送られる。
森の中は獣一匹も見当たらず、ゆかりは神に管理された村なんだと実感する。
奥に行くほど道が暗くなり、もし迷えば二度と帰ってくることができないくらいにまで薄暗くなっていった。
それでもプラスエネルギーを察知して真っ直ぐ向かい、ついにほこらまでたどり着いた。
ゆかりは目の前にあるパープルオーブを手にしようとする。
「お主がパープルオーブを欲する者でござるか?」
「そなたは一体……?」
「拙者はムラサキでござる。1000年前にこの地で力を封印され、死後の魂はこのオーブに宿ったでござる。お主の事は魔力でわかる、紫吹ゆかり殿でござるな」
「はい、紫吹ゆかりです」
「うむ、よい目をしているでござる。お主であればあのアンゴル・モアめなど倒せるでござろう。お主は闇の心を持つお主自身に打ち勝ち、より強き者にも臆することなく挑み、そして勝利した」
「ご先祖様にそこまで評価していただき、ありがたき幸せです」
パープルオーブを取ろうとするとまばゆく光りだし、次第に長髪で髪を後ろに結っている若い流浪の侍の男性で、声が高いが落ち着きのある声をしていた。
江戸紫色の着物で灰色の袴のその男はムラサキと名乗り、ゆかりの先祖だということがわかった。
ムラサキはゆかりの心を察していて、モノクロ団の野望を止めて強くなったことを褒める。
「しかし……拙者に勝てるかは話が別でござるよ。拙者にも勝てないようでは、恐らく恐怖の魔女アンゴル・モアの支配力を制する事は出来ぬでござる。お主は閉心術を知っているでござるか?」
「っ……!」
しかしムラサキはアンゴル・モアの復活も読んでいて、モノクロ団との戦いで乗り越えたとはいえ、ゆかりの心の弱さも瞬時にわかり、ゆかりの心を試すかのように試練を申し込む。
実際デスカーンとの戦いで親友である橙子が憑依された時に何もできず、自分の無力さを思い知ったゆかりは自分の弱さも知っている。
心を開くだけでなく、あえて閉ざすことの大切さを身をもって知っているのでムラサキの試練に挑むチャンスだった。
「昨年に親友を見てその閉心術を必要と気づき、私もその修行を積んだつもりです。今回も奴に3人ほど開心術で心を支配されました。もし試されるのであれば、私に開心術をしてください」
「心得た。では参るぞ」
「うっ……!」
ムラサキは試練を始めると目をカッと開き、気が付けばゆかりの心は支配されていた。
ムラサキは視線だけでゆかりに催眠術をかけていて、恐怖心を引き出すことで動きを止めようとしていた。
ムラサキは首元を斬りかかるも、聞き察知能力が高いゆかりはギリギリのところを刀で防ぐ。
「ふむ、なかなか精神力が強いでござるな。寸前とはいえ拙者の催眠術も効かぬとは」
「己自身の闇を制する者は闇魔法をも悪に染まらぬと聞きました。故にずっと修行を積みました」
「これは全力の開心術をしても時間の無駄でござるな。では……ここからが本当の試練でござる。拙者と本気で戦うでござるよ」
「ご先祖様とですか?」
「うむ、戦いはどんなに力や技、そして速さや頭脳、そして強大な魔力があったとしても、精神力がなければ体も思うように動けぬでござる。己の心に打ち勝ったとしても、敵に心を打ち砕かれればそれで終わりでござる。そのための実戦……受けてみるでござるか?」
「それであれば是非もない。ご先祖様の本気の試練、乗り越えてみせましょう!」
「返答に感謝するでござる。ではその心意気を全力で折るとするでござるよ!」
ムラサキは本格的に戦闘体勢に入り、ゆかりとムラサキは刀を強く握り締める。
先手はムラサキが打ち、ゆかりは千秋に教わったカウンターと受け流しで攻撃をかわし、左手でムラサキの手首を掴んで右手だけで刀で斬ろうとしする。
ところが瞬間移動で姿を消し、気がつけばゆかりは一瞬で左肩を浅く斬られていた。
「何と……!? くっ!」
「自分の弱さを受け入れて乗り越えられたとしても、敵に圧倒的強さがあれば簡単に心など折れるでござるよ」
「確かにその通りだ……。今も何度も心を折られかけた……」
「それに心は何も人間だけでないでござる。しかしこれ以上は教える事は不可能でござるよ。自分自身で見つけねば試練の意味はないでござる。では……死を覚悟するでござる!」
「くっ……!」
ムラサキの瞬間移動と力づくでの開心術相手に、次第にゆかりの心に隙ができる。
実際にムラサキの開心術はレインボーランドの誰もが恐れていて、下手に嘘をつくことができないので闇を支配するほどの王国の侍と呼ばれるようになったほどだ。
試練に訪れた多くの人の心をへし折り、1000年もの間ずっと自身の力を守り抜いてきたのだから簡単に勝てるような相手ではない事はゆかりもわかっていた。
ムラサキの圧倒的な強さに追い込まれ、ゆかりは死を覚悟した瞬間に走馬灯のようなものがよぎってしまう。
『……。』
『あれ、ゆかりまだ座禅を組んでるの?』
『橙子か、座禅というのは無心になるために煩悩を捨てるだけでなく、この自然と一体化する事によって心を整理し、頭を冷やして体まで軽くするのだ。よければ橙子もやってみるか?』
『ゆかりの修行はいつもボクの役に立ってるからね。隣、いいかな?』
『うむ、では始めるぞ』
『『……。』』
ゆかりは橙子と座禅を組んで精神統一の鍛錬を積んでいたことを思い出し、ムラサキの開心術に負けないほどの精神力を既に身に付けていた。
しかしゆかりは圧倒的強さによって押されたことで自分の無力さを嘆いてしまい、普段の鍛錬の成果を忘れてしまっていた。
精神統一することの大切さを思い出したゆかりは、あえて刀を降ろして深呼吸をする。
「死を覚悟したでござるな! 切り捨て御免!」
「ふっ……!」
「何っ……!?」
深呼吸をしては体が軽くなり、先ほどまで追いつめられていたのが嘘のように力が湧き、ゆかりはムラサキを上回るスピードで背後まで移動した。
あまりのスピードと無駄のない力に驚いたムラサキは振り返るも、既にゆかりの姿はなく探し回る。
「これほどまでに成長するとは……!」
「ご先祖様の意志は私が受け継ぐ! そなたはいつまでも現世に留まらず天に還るといい! 真・邪気退散斬!」
「うぐぅっ……!」
ゆかりは精神統一をすることで心を無にするだけでなく、余計なことを考えずに目の前のことに集中してムラサキの開心術に打ち勝つ。
同時にゆかりの得意な無駄のない力と動きでムラサキを斬撃し、ついにムラサキを超えることができた。
しかしその代償は大きく、ゆかりは疲れ果てて少しだけ座り込む。
少し休んでいるとムラサキは急に何事もなかったかのように立ち上がり、ゆかりに近づいて肩をポンっと優しく叩く。
「見事な精神力でござった。お主は先の戦闘の勝利で肩に力が入り、頭で整理しようも心が乱れ、いつしか焦っていたのでござるよ。心は何も開閉だけでなく、無にすることで無駄な力を入れずに済むでござる。お主はもう立派な忍であり、侍でござる。拙者からは教える事はもう何もないでござる。拙者の力とパープルオーブ、受け取るでござるよ」
「ご先祖さま……感謝致します。その御力、正しく使います」
ゆかりはムラサキに認められ、ついにパープルオーブを手にする。
ムラサキの心の強さに感銘を受けたゆかりは戻る前に座禅を組み、気持ちと呼吸を整えてからみんなに合流することにした。
呼吸が整ったところで立ち上がり、来た道に目印をつけて辿り、ついに神社へ戻ってくる。
パープルオーブに気付いた巫女がゆかりに近づいてくる。
「それはまさしくパープルオーブ……! ということはムラサキさまの試練を乗り越えたのですね」
「はい、おかげで心の強さとはどのようなものかを教わりました」
「ムラサキさま……ついにムラサキさまを超える逸材が現れたのですね……。では紫吹さま、パープルオーブはもうあなたのものです。どうかお役に立ててください」
「心得ました!」
ゆかりは巫女に試練突破を報告し、神社を後にしてさくらたちと合流をする。
さくらたちは正座で長い間待っていたのか、足が痺れていて足を崩してゆかりを出迎える。
「ゆかりちゃん……長かったね……!」
「うむ、しかし皆の衆、足が痺れるほど待たせてすまなかった」
「相当厳しい試練だったんだね。ボクでもそれくらいはわかるよ。だからボクたちはどんなに待たされてもゆかりを責めたりしないよ」
「橙子、その心に感謝する。それから皆に待たせた謝罪として車内販売で買ったおむすびを食べてほしい」
「ではありがたくいただきますね、紫吹さん」
さくらたちと合流し、ゆかりは感謝を込めて車内販売で買ったおむすびを分ける。
おむすびを食べて腹ごしらえになったさくらたちは鳥居に一礼をし神社を後にした。
「あの……少しいいだべか?」
「あ、はい」
「さっき巫女さんから聞いただが、あんだらはオーブを探してるんだべな。ならこの村がら東にあるレモニカの町に行ぐどいいべ。汽車からは少し遠いげども、頑張るだよ」
「はい! ありがとうございます!」
「じゃあ私が別行動してるみんなに駅に集まるようにテレパシーで伝えるね」
通りすがりの男性にレモニカの町を教わり、次の行先が決まってほむらたちと駅で合流するように伝える。
駅で待っているとほむらたちがお土産を買っていて、数々の和菓子や扇子を持ってくる。
こうしてアルコバレーノは少し遠くの東にあるレモニカの町へ向かったのだ。
つづく!




