第75話 罠
事務所で暁子と雪子が順調なデビューを飾り、アルコバレーノも徐々に勢いがつく。
社長である純子にとっても嬉しいことで、晃一郎は暁子と雪子の二人をプロデュースを、澄香がマネージメントをすることが決まり、暁子も知ってる人たちがお世話をするので気が楽になる。
もちろんアルコバレーノのプロデュースやマネージメントも続け、純子の社長としての経営力も上がってきた。
そんな中でいい知らせが届き、純子はアルコバレーノの全員を社長室へ集める。
「みんな集まったわね! 早速いい知らせだけど、アルコバレーノは夏のアイドルサマーライブの出演が決まったわ! 世界一の夏のアイドルフェスだから世界中から集まること間違いなしのイベントよ! おめでとう!」
「マジっすか!? アタシたちそこまで大きくなったんですか!?」
「やったー!」
「夢みたいですね♪」
「うむ、私たちもとうとうここまで来たのだな」
「そこであなたたちには宣伝として、|UTAU STATIONに出演してもらうわ!」
「UTAU STATIONって、あのUTAU STATIONですか!?」
「ナモリさんが司会をしているあの伝説の歌番組ですね」
「今から緊張してきた……」
「よーし! みんなで頑張るぞ!」
「だけど残念なお知らせもあるの。それは高飛車きららも共演するわ。あの子自身は最近では表では傲慢だけど裏では努力家で素直じゃないけど優しい子だってモノクローヌとの戦いの後でわかったけれど、父親の高飛車会長がバックにいる以上は妨害が入ると思うから決して挑発に乗らないことよ。念のために夜月くんと水野さんも一緒に来るわ。気を引き締めていきましょう」
さくらたちアルコバレーノは伝説的歌番組であるUTAU STATIONへの出演が決まり、夏のアイドルサマーライブに向けた宣伝を行う。
その番組は30年間続いている人気番組で、司会のナモリが今売れているアーティストの特集をしている。
収録日が訪れ、有明テレビのスタジオに入り準備を進める。
「君たちがアルコバレーノだね。会えて嬉しいよ。ささ、楽屋はこっちだよ」
「ありがとうございます」
ナモリの案内で楽屋に入り、さくらたちは用意されたセーラー服の衣装に着替える。
この歌番組に出るという事はとても凄い事で、今ブレイクしているという事になる。
他の出演者は紅白歌合戦ではお世話になったガールズバンドの生徒会役員、同じく紅白歌合戦で励ましてくれたアイドルグループのSaturn、同じ事務所で先輩のロックバンドのPhantomも出演する。
『同じ楽屋に来る出演者が少し遅れてくる』との連絡があり準備が終わるまで待つ。
しばらく経つと同じ楽屋の人が到着し、何だかスタジオがピリピリした空気になっていた。
「何かスタジオの様子がおかしくね?」
「凄い大御所の方がいらしたとかですか?」
「いいえ? 大御所アーティストが出るなんて聞いたことないわ」
「誰なんだろう……?」
大御所アーティストが来るのなら事前にその情報が出ているので、このピリピリした空気はあり得ない。
本当に大御所のアーティストならピリピリしてても雰囲気は暗くなるわけではないが、今回のピリピリは暗くてスタッフも何かに怯えていてやりづらそうだった。
「入りますわよ。あら皆さまごきげんよう」
「何だね? このボロボロの楽屋は。高飛車財閥を何だと思っているのだ」
「高飛車きらら……!」
「貴様……! 何故ここにいるのだ!?」
「そんなの出演するからに決まってますわ!」
このピリピリとした空気の正体は高飛車きららが来ることが原因だった。
きららはいつも通り傲慢な態度で有明テレビのスタジオをバカにし、見下しながらも楽屋に入っていった。
そして純子にとって深い因縁を持つ人が楽屋に入る。
「あなたは……! 高飛車会長!」
「おや黒田くん、久しぶりだね。相変わらず貧相な面構えをしているね」
「ナモリはパパの古い付き合いでしてね。わたくしが出るのは当然ですわ」
「自慢をするなきらら。相手にする価値など微塵もない」
「申し訳ございません……パパ……」
純子の因縁の相手であるきららの父こと高飛車会長が楽屋に入り、きらら以上の傲慢な態度だった。
しかしここで逆らえば圧倒的権力で干されてしまうことをわかっていて下手に逆らうことができなかった。
ほむらは澄香が引退に追い込まれた原因が高飛車会長だというのを晃一郎から聞いていて警戒するほど厄介な人物だ。
きららは父がナモリと知り合いでコネで出演することを自慢するも、高飛車会長に叱られて得申し訳なさそうな顔をする。
一瞬だがさくらの顔を見て何かを訴えかけるように見つめ、さくらはそれに気づくも高飛車会長に震えて何もできなかった。
「それでこいつらがアルコバレーノか。ふむ、どいつもこいつも貧相で下民のような顔ぶれだな。まぁせいぜい楽しむがよい。せいぜい……な」
「では皆さまごきげんよう。わたくしはこんなとこにいるつもりはございませんので」
高飛車会長はアルコバレーノを見下し、何か企んでいそうな笑みを浮かべて楽屋を去る。
きららは自信ありげの態度だったが、さくらはきららの悲しそうな表情を見て『助けてほしい』と思っていると考えるようになる。
収録の準備を終えて出演者が全員揃うはずだった。
収録時間になっても生徒会役員のメンバーが誰もいないのだ。
「生徒会役員さんがいないと先頭を仕切れないのにどうすれば……」
「それならアルコバレーノを先頭にしてはどうかね? 生徒会役員たちなら『事務所の社長が倒れた』って言って一時的に戻っていったよ」
「そうか……。そういう事なら仕方ないな。黒田さん、アルコバレーノさんを急遽先頭でお願いできますか?」
「わかりました。念のために生徒会役員さんに連絡をお願いします」
「わかりました」
高飛車会長はディレクターに生徒会役員が遅れて来ることを話し、アルコバレーノを先頭にするという大案を提案する。
しかし生徒会役員は着いた頃は楽屋にいたが、突然姿を消したことにゆかりは不自然に感じた。
不穏な空気の中でアルコバレーノの収録時間が訪れ、各自スタンバイをする。
「桃井さん、ちょっと話があるんだけど……いいかな?」
「え? あ、はい」
スタンバイしようとするとディレクターがさくらのみを突然呼び出し、別の場所へと移動した。
「何だろう……?」
「不吉な予感がするのですが……」
「そうね、何もない事を祈るわ……」
ディレクターはさくらを個人的に呼び出し、スタジオの外にある休憩室で面談を行う。
さくらは急に呼びだされたので何が起こるのか想像がつかず、軽くパニック状態に陥った。
ディレクターが申し訳なさそうな態度でさくらの顔を見ながらため息を吐く。
「あの……私に何か用ですか?」
「突然だけど――君だけはこの番組に出すわけにはいかなくなったんだ」
「え……!? どういうことですか!?」
ディレクターからさくらだけは番組に出せないと言い、さくらはどうしてこうなったのか理解ができなかった。
一体何が起きたのか確認を取ろうとさくらは言葉を失った。
「このネットの記事を見てくれ。この男の子を抱きしめたのは本当の事かい?」
「それは……!」
なぜさくらだけ番組に出演できないか、それはかつて上条が魔物になり暴れた時、必殺技で心の浄化をさせて泣いていたところを背中から安心させるために抱きしめたところの写真が記事になっていた。
その記事には熱愛報道と『偽善者ぶったさくらの正体、チェリーブロッサムと純子の父の因縁という嘘の記事で悪く書かれていた。
『桃井さくらは人の心を踏みにじる悪魔だ』『愛を与えると言いふらして自分だけが可愛いのを利用している性悪女だ』などネットの掲示板で大きく悪口が書かれていた。
「あの……何かの間違いです……! 私はただあの男の子を助けるために――」
「どんな事情であれ、君は炎上している立場だ。これ以上口出しすればこの番組にも支障が出る。悪いけど楽屋で待っててほしい」
「そんな……!」
嘘の報道によってさくらは悪者にされ、ついに収録に参加できなくなってしまう。
さくらが必死に誤解だと説得するも、炎上している以上は番組に出せないと言われて楽屋で一人で待機することになる。
さくらは楽屋で悔しさと悲しさで胸が苦しくなり、息ができないほどに過呼吸状態になる
「ふっ、残念だったな。性悪女よ」
「高飛車……会長……!」
「君のような世界をたぶらかす魔女は目障りなのでね。君の母親も親族も世間を魅了し、人の心を惑わした魔女なのだよ。すまないが君には、我が娘のために消えてもらうよ」
「嘘……? そんな……! どうしてそんなことをするんですか!?」
高飛車会長の策略によってさくらは貶められ、この炎上は明らかな高飛車会長の嘘だというのがさくらはすぐにわかった。
しかし時は既に遅く、何を言ってもさくらには不利で発言をするほど炎上していくことを瞬時に理解して高飛車会長に迫った。
「残念でしたわね……。あなたの出る幕はもうないのですわ……。さっさと引退して……世間から嫌われて隠居……なさい……」
「きららちゃん……」
「馴れ馴れしく呼ばないで! あなたのような魔女は邪魔ですわ!」
「ううっ……!」
きららは悲しそうにしつつも、高飛車会長の前だからいつも以上に傲慢な態度でさくらを振り払う。
さくらは我慢していた感情が溢れ出てしまい、泣き崩れれてしまう。
「桃井さん! 大丈夫か!?」
「夜月……さん……」
「しっかりしろ、俺たちがついている。とりあえずここにいたら何されるかわからない。一旦事務所に戻ろう。後のことは社長と澄香に任せてある」
「はい……」
心配した晃一郎が真っ先にさくらの元へ駆けつけ、さくらを車で事務所まで送ることになる。
さくらは車の中でも泣き続け、晃一郎はどう励ませばいいかわからなくなった。
そしてアルコバレーノは嘘の記事によって炎上し、テレビから完全に干されてしまった。
一方こちらは高飛車きららの様子。
「はい。桃井さんにはパパの前だからあんなこと言ってしまいましたが……彼女の元へどなたかいらしてくださいまし。本当に申し訳ございませんでした」
さくらが連れていかれた直後、きららは生徒会役員のこともあって明らかに様子がおかしいことに気付き、高飛車会長の動きを見ると何者かに電話していたことがわかった。
内容までは聞こえなかったが、その直後にさくらが番組に出れないとスタッフの会話から知り、高飛車会長が仕掛けたと確信した。
しかしきららは高飛車会長に娘として愛されて育てられた恩があり、逆らうことができずにいたのだ。
アルコバレーノが干された以上、きらら一人では高飛車会長の悪事を広める活動を始める。
「灰崎記者でしたわね……?」
「あなたは高飛車財閥の……!」
「そう警戒しなくても大丈夫ですわ。凄腕の記者であるあなたに依頼がありましてよ」
「それは何かしら?」
「わたくしの……パパとママの過去を調べてほしいんですの。ママは昔アイドルだったと聞きましたわ。そしてパパは、そのママのプロデューサーだったと聞きました。そこで――」
「純子の父と因縁が絡んでいる可能性があるということでしょ?」
「どうしてそれを……?」
「あなたの言いたいことはすぐにわかったわ。あなたの依頼を快く受けてくれる探偵を知ってるの」
「感謝いたしますわ。報酬ならわたくしの――」
「その必要はないわ。必ずあなたの依頼を成功させてみせるわ。あなたも怪しまれないよう、気を付けなさい」
「感謝いたしますわ」
きららは灰崎に両親について相談をし、灰崎は知り合いの探偵にきららの依頼を申し込む約束をする。
しかしきららは元々努力家だったので、自分でもできることは何かと考えていた。
警備員に見つからないように会長室の外まで忍び込み、高飛車会長が何か企んでいるのではないかと踏んだきららは盗聴を始める。
「高飛車勝利、お前は強欲で執着心の強い人間だな」
「ははっ、あなたのおかげでここまでのパワーを得る事が出来ました。全てはアンゴル・モア様の仰せの通りでございます」
「お前が今まで集めた負の感情がマイナスエネルギーとしてこの世界に集まり、妾がようやく降臨できる時が訪れる。モノクロ族による召喚によって世界を絶望に陥れたが、邪魔な賢者共に地獄界に再封印された。そしてその因縁を利用してモノクロ団を操ったが失敗に終わった。お前がマイナスエネルギーをあまりにも放っていたので利用させてもらった。桃井さくらの戦意を喪失させ、世界がマイナスエネルギーに満ちた時、お前が世界の帝王となるのだ」
「ははっ、アンゴル・モア様。今に見ていろ下等生物な人間共……。貴様らの醜い心を利用して、この世界中を牛耳って私の世界を創ってみせる。そして――新世界の神となって人間共に復讐をするのだ!」
「そんな……! パパが悪魔に魂を……!? こうしてはいられませんわ……! 桃井さくらの居場所を見つけないと……!」
きららは高飛車会長がアンゴル・モアと契約をしていたことにショックを受け、さくらだけでなく純子のいる虹ヶ丘エンターテイメントに知らせないとと全力で走っていった。
高飛車財閥は登戸にあり、きららは焦りすぎて電車を使うことを忘れ、登戸から武蔵溝ノ口駅まで走って向かった。
武蔵溝ノ口駅に着き、虹ヶ丘エンターテイメントに向かおうとした瞬間、きららは男の子と強くぶつかった。
「痛たた……! 大丈夫かい?」
「ええ……。大丈夫ですわ……」
「あっ! 君は……!」
「あなたは確か……桃井さくらの――」
「君か! 桃井さんを陥れたのは!」
「あなたにお願いがありますわ! 桃井さくらを助けてくださいまし!」
きららとぶつかった男の子は上条で、きららのしたことに怒りの感情をぶつける。
しかしきららは緊急事態で、上条に助けを求めた。
「どういう事だ……? 詳しく話してくれないか?」
「ええ、全てお話いたしますわ――」
きららは高飛車会長がアンゴル・モアと契約したこと、全て高飛車会長の単独の策略であったこと、もう両親のやり方についていけないことをすべて話す。
「なるほど……わかった。桃井さんに全てを話すよ」
「感謝いたしますわ」
「それにしてもアンゴル・モアか……そんな悪魔が高飛車財閥に協力をしていたのか……」
「信じられないのも無理はありませんわ。わたくしだって信じられませんもの……」
「じゃあ君はそれを目撃して、離反するために桃井さんを助けようと一人で逃げてきたんだね?」
「ええ、その通りですわ」
「今まで一人で抱え込んで、よく勇気を出してここまで来たよ。殴られるかもしれないのにさ……。わかった、僕も全力で協力する」
「ありがとうございます……!」
「その前にまずは矢向駅に向かって、桃井さんに謝らないといけないね」
「そうですわね……。彼女、許してくれるのでしょうか……?」
「わからないけど、やらずに後から苦しむよりはマシだと思う。僕が案内するよ、家ならクラスメイトから聞いているんだ」
「感謝いたしますわ……」
きららは上条との出会いによってさくらに謝ることを決意する。
二人は南武線で矢向駅まで乗ってさくらの家に向かった。
つづく!




