第73話 雪子と暁子デビュー
雪子と暁子に早速テレビデビューのオファーが来た。
それは新人アイドルたちによるお菓子作り対決の番組で、デビューして3年未満の二人一組のアイドル3組による企画だ。
お菓子作りが趣味のさくらは、その番組に出る事になった雪子と暁子を本番に向けて指導をする。
そしてさくらは教育係として二人のデビューを見守ることになった。
純子は歩けるようになって車の免許を取るために忙しく、代わりに晃一郎がプロデューサーを、澄香がマネージャーを務める事になった。
収録当日になり新人の二人はパティシエの制服に着替えてスタジオに入る。
そこには二人と同じくデビューしたてで実家が和風メイド喫茶の今川あずき、今川ことりの双子姉妹の今川メイドリーミングがいた。
さらに番組の手違いで三人組になった私たちの同期であるトリオアイドルで、沖縄から来た南国アイドルの知念ひびき。
北海道で花屋を経営しているアロマセラピーアイドルの野原菜々。
見た目は幼い雰囲気なのに趣味が日曜大工な名古屋から来たアイドルの古手川渚のプロジェクト・パステルも出演する。
プロジェクト・パステルの渚がさくらに気付き、大きく手を振って声をかけていた、
「桃井さん! この子たちが新しい後輩?」
「うん。彼女が新しく入った――」
「白銀雪子です。よろしくお願いします」
「夜月暁子です!」
「わぁー! 白銀さんは雪の国のお姫様みたい!」
「南国な私と似てる!」
「噂の女子高校野球との二刀流アイドルって暁子ちゃんのことだったんだ~♪」
「ウチら今川姉妹もこの番組でメジャーデビューしたんだ!」
「そうなんだ。はじめまして、桃井さくらです」
「わたくしは今川あずきでございます。お嬢さま方よろしくお願いいたします」
「お嬢さま……?」
「ウチらの実家がメイド喫茶で、お店のお手伝いをしていてメイドをやってるからクセみたいなものだよ。ウチは今川ことり、よろしくね」
「皆さま、よろしくお願いいたします」
「よろしくね!」
「皆さん収録始めまーす! スタンバイお願いしまーす!」
「「「はーい!」」」
ルールは審査員が指定したお菓子の三品を作り、完成したお菓子を三人の審査員に食べてもらって審査の得点が高いチームが優勝というシンプルなものだ。
司会は大の甘党とも言われているアキバ系アナウンサーの森永達也。
審査員はプロのパティシエの杉崎美作を筆頭に、トクナガ製菓社長の徳永芳男。
ベルギーから来日してきたヨーロッパで一番のパティシエと言われているアンナ・ベッツィーだ。
司会の森永が楽しそうにマイクを握り、番組の収録が始まった。
「さぁ待ってました! 新人アイドルによるお菓子作りの番組! 『おいしくなぁれ♪ あまあまグ~♪』を始めます! 今回の出場者はこちらです! どうぞ!」
「「「きゃーーーーーーーーっ!」」」
「これはこれは桃井さん! 先の戦いはお疲れ様でした!」
「ありがとうございます。皆さんのおかげで守れました」
「今回は新人の後輩を二人も連れてきたんですね?」
「はい。彼女が氷のソプラノ姫と呼ばれている――」
「白銀雪子です。今日はよろしくお願いいたします」
「儚げなその雰囲気……まるでスノープリンセスだ! そして女子高校野球との二刀流アイドルの――」
「夜月暁子です! よろしくお願いします!」
「珍しい苗字ですね! それに夜月ってもしかして甲子園で優勝した高校のキャプテンの妹さん?」
「はい! 夜月晃一郎は私の兄です!」
「野球のサラブレッドでアイドルかー! 将来が楽しみですね! 続いてこちらも今日の番組でデビューしました! 今川メイドリーミングの――」
「妹の今川ことりと――」
「姉の今川あずきでございます」
「二人のご実家がメイド喫茶だと聞きました。今日はあずきちゃんは和風メイド服ですか?」
「はい、わたくしの要望で和風に致しましたでございます」
「ウチは洋風のメイド服だよ。ウチたちの実家は和菓子と洋菓子の両方を作ってるんだ。」
「なるほどー! では最後の3組である唯一のトリオ! 三人は元々はそれぞれソロでしたが、事務所の案で急遽ユニットになったプロジェクト・パステルの三人です!」
「ハイサイ!」
「やっほー♪」
「こんにちは!」
「三人は急遽ソロからユニットになってどんな気分ですか?」
「ソロでは出来なかった歌が出来て楽しいです♪」
「ひびきちゃんは沖縄から出てから少し肌が白くなったよね!」
「冬の東京は南国の沖縄より紫外線がないからさー」
「個性的なグループですねー! では審査員の皆さんです!」
「コンニチハ、二ホンのお菓子楽しみデス」
「我が社にも新しいお菓子の案が出るのを期待しているよ」
「アイドルとお菓子……うーん、美しい! この美しい僕が審査するよっ!」
「では最初のお題は――バレンタインのチョコレートです!」
バレンタインのシーズンは過ぎているがアイドルソングでは永遠の定番のテーマであるバレンタインのチョコで作るだけじゃなく審査員への渡し方も審査される。
さくらは家族だけでなく、最近は上条にもチョコを渡すようになっていて、よくアルコバレーノのみんなにいじられていた。
雪子のお菓子作りの腕は普段から父の料理やお菓子作りのお手伝いをしていてとても手際がよかった。
暁子はずっと野球と歌とダンスばかりだったので手際がよくなかったが、さくらの優しくてわかりやすい指導の結果、持ち前の純粋さで吸収力と学習能力が早く、簡単にお菓子を作り上げた。
全員チョコが完成し審査員に提出する。
「さぁチョコレートを審査員に渡してください!」
「夜月さん、私がコーラスで歌いますので桃井さんが渡してください」
「オッケー!」
「では夜月さん、どうぞ!」
「あなたのために一生懸命チョコを作ってきました……。絶対においしいと思うから、食べてくださいっ///」
「ふむ、君はスポーツばかりと思っていたが、恋する乙女となるとスポーツ女子も可愛くなるね。百戦錬磨の僕に相応しい」
「杉崎シェフ、それはいいから早く受け取ってあげなさい」
「二ホンはジョークが面白いデスネ。ではイタダキマスーー」
審査員は雪子と暁子のチョコを美味しそうに食べ、杉崎シェフは雪子の歌声に惚れたのか君の天使の声に癒され、『僕と世界を回ろう』と声をかけるなど好評だった。
次のテーマであるどら焼きでは、あずきが和菓子の魅力を見せ、ことりのサポートもあって高評価を得た。
そして最後のパンケーキではアレンジも可能で、雪子と暁子はホイップクリームと白桃、そしてはちみつでアレンジした。
プロジェクト・パステルチームはホワイトチョコとバナナを入れ、今川メイドリーミングチームはつぶあんとサツマイモクリームでアレンジした。
審査員はそれぞれの個性があって素晴らしいと評価し、結果はわからなくなった。
そして結果は――
「では結果発表です! 杉崎審査員長、お願いします!」
「今日のベストパティシエは――今川メイドリーミングです」
「おめでとうございます!」
「やったー! あずきちゃん! 優勝だよ!」
「嬉しいでございます……! ことりちゃん……やりましたでございます!」
「君たちには僕のお店であるジャン・ピエールのロサンゼルス支店のCMに出てもらうよ。美しい姉妹愛を見せてくれたまえ」
「私の徳永製菓の看板商品であるビスチョコの新CMにも出てもらいたい」
「ワタシがプロデュースするEUトリートコンテストの客席に招待シマス。ベルギーのブリュッセルで待ってマス」
「では今川メイドリーミングのお二人、一言どうぞ!」
「わたくしたちの実家である今川メイドリーミングにお越しいただきましたら、たくさんおもてなしを致します」
「ウチたち以外のメイドさんも全員可愛いから、みんなをいっぱい愛してね」
「ありがとうございました!」
雪子と暁子の結果は3位と残念だったが、野球ばかりというイメージがある暁子はお菓子も作れるというギャップ萌えで知名度が上がった。
さくらは後輩たちの共演者とお菓子の話をし『こんな作り方もあるんだ』と勉強になった。
さくらは楽屋で私服に着替えて休憩をすると、雪子と暁子がさくらに頭を下げる。
「「桃井先輩の足を引っ張ってしまい、すみませんでした……!」」
「ううん、大丈夫だよ。負けちゃったのは悔しいけど、それよりも白銀さんも夜月さんもはじめてのコンビなのにすごく息が合ってたよ。だから二人とも自信を持っていいんだよ」
「はい!」
「それから白銀さん、私の事はさくらって呼んでいいよ。せっかく距離も縮まったし、先輩後輩なしで仲良くなりたいな」
「わかりました。では私の事も雪子って呼んでください。さくらさん」
「うん♪ 雪子ちゃん♪」
「あの、さくら先輩……」
「えっとね、暁子ちゃん。私は確かに芸能界では一年先輩だけど、学校では同級生で同じクラスだよね。『体育会系だから上下関係は気になるかもしれない』って夜月さんから聞いてるけど、やっぱり友達として接してほしいな」
「いいの? 私、遠慮しないよ?」
「大丈夫だよ。社長からも許可はもらってるからね」
「さくらちゃん……ありがとーっ!」
「きゃっ! 抱きつくところは夜月さんから聞いた通りだね!」
さくらの優しい言葉によって雪子と暁子の距離も縮まり、先輩後輩という大きな壁はすぐになくなった。
とくに暁子は高校では同級生で同じクラスなので、先輩としてではなくクラスメイトとして接することで暁子もリラックスすることができた。
元々体育会系の暁子は上下関係に敏感だと聞かされていたので、同級生なのにかしこまられるとさくらはやりづらさを感じていた。
だからこそ暁子には学校で接している時と同じにしてもらった。
さくらはそんな後輩二人と接し、先輩としてもっとリードしなきゃと心に誓った。
一方こちらは虹ヶ丘エンターテイメント。
澄香と純子は社長室でこんな話をしていた。
「社長、白銀さんの事ですが――」
「ええ。わかっているわ。全部夜月くんから聞いたわ」
「まさか彼女が余命1年あまりだったなんて……。何故彼女にそこまでの試練を?」
「彼女は余命を気にしすぎて焦っているのよ。彼女の歌声、聴いたでしょ?」
「はい、音程も発声も声量も、何もかもプロ顔負けでした。ただ彼女は表現力はあるのですが、どうも歌声に感情を感じないんです」
「水野さんも気付いてたのね。彼女は歌う事を義務だと思い込んでいるせいか歌が機械的なの。その白銀さんがアイドルをきっかけに目覚め、歌声に感情が大きく芽生えれば……声楽とアイドルの二刀流も夢じゃないって思えるの。だから少ないチャンスを活かして伝説を残してほしいわ」
「もしその前に亡くなられたら……」
「いいえ、私が彼女を世界に導いてみせるわ。ただ焦ってばかりでは目的を見失うわ。覚醒せずに亡くなったとしても、私たちに出来る事をしましょう」
「そうですね、社長の言う通りです。私たちで精一杯支え、白銀さんを覚醒させましょう」
「夜月くん、アルコバレーノの臨時プロデューサーも兼ねさせて申し訳ないけど、彼女のプロデュースを任せてもいいかしら?」
「元々彼女をスカウトしたのは自分です。お任せください」
「妹さんの世話やプロデュースも兼ねるから同時に三つと大変だけど、よろしくね」
「かしこまりました。私にお任せください」
「本当に頼りになるわ。でも休む時はしっかり休んでちょうだいね。あなたほどのプロデューサーが倒れたら、あの子たちは引きずってしまうから。それともし私が夫との子を妊娠したら、あなたに社長を任せようかしら」
「その時はゆっくりお休みください。俺も頑張りますから」
「私も全力で晃一郎さんをサポートします!」
「水野さんもありがとう。それじゃあ今日の会議は終わりよ。お疲れ様」
「「お疲れ様でした」」
つづく!