第72話 受験
桃井さくら、赤城ほむら、柿沢橙子、黄瀬千秋、そして青井海美の公立中学組は高校の受験という難関が訪れる。
その五人は最近国立になったばかりの東光学園に受験し、受験方法が独特である意味では難関校ではある
私立に通うゆかりとみどりはエスカレーター式なのでそのまま進学する。
そのため受験はないが、さくらたちの見送りに出ていた。
「それでは皆さん、受験頑張ってください」
「おう、頑張るぜ!」
「東光学園の受験法は独特と聞く。振り回されぬようにな」
「大丈夫、みんな対策してあるから♪」
「では皆さん、いってらっしゃい♪」
「いってきます!」
成人式を終えた澄香が笑顔で手を振り、さくらたちは南武線で川崎駅まで向かう。
場所は文化祭の時と同じで埋め立て地にあるのでスクールバスまたは公共のバスで終点まで乗る形になる。
受験生にスクールバスはなく、公共のバスで東光学園に向かった。
学校に着くと、いつも通りの大規模な学園に驚く。
授業で使う校舎自体は普通ではあるが部活用の設備が整っていて、全ての部に場所にゆとりがあり全国レベルの厳しい練習が課せられている。
さくらたちはスタッフの案内通りに歩き、受験生控え室に入った。
受験内容はまずは学力テストで国語、数学、理科、社会、英語、音楽、美術、保健体育、情報処理、家庭科の項目を一気に答えれるだけ答えるエンドレス式の学力テストだ。
教科が多いのは、受験生の今の学力と常識力を知るためだ。
学力テストを終えると、今度は心理テストを行う。
心理テストはその人の性格や秘められた能力、どんな人間性かを調べるテストだった。
学力テストよりも緊張し、とくにさくらは手が震えながら答えていた。
心理テストを終えると、休憩室で全員合流してリラックスした空気に包まれる。
「あー、やっと終わったよー!」
「いいえ、今日は受験の1日目よ。本番は2日目の面接よ」
「本当に独特だよね。ここの学校って」
「留学生もたくさん来るらしいよ。だから笑顔でこんにちはって挨拶したんだ♪」
「そしたらニッコリとほほ笑んで、你好って言ってたね!」
「外国人と仲良くできるなんて千秋らしいぜ!」
「明日の面接も頑張ろうね!」
「うん!」
さくらたちは2日目のために意気込み、一緒に事務所へ戻る。
学校を出る前に連絡先を職員に渡し、いつでも連絡が取れるようにする。
こうして1日目を終え、さくらたちは純子と面接の練習をする。
純子の話によると面接は学力テストと心理テストの結果を聞き『どんな人生を歩みたいか、今の自分に希望は持てるか』など自身の可能性を掘り起こす内容がほとんどらしい。
他の学校では志望動機や特技、自分の長所などを聞かれることが多いが『この学校では逆に委縮しかねないという事であえて聞かないようにしている』とも教えてくれた。
2日目になり、もう一度東光学園を訪れる。
面接の場所は数か所に分かれていて、さくらたちは終わったら全員で合流する約束を交わした。
待合室で面接の時間まで待ち、緊張しながらさくらは座る
しかし待合室では携帯を触っていたり、初対面同士で会話したり、音楽を聴いていたりなど、みんなリラックスしていた。
周りを見回していると、そこにはかつてさくらが助けた上条健太がいた。
さくらに気付くと手を招き、さくらに話しかける。
「桃井さん、こっちこっち」
「上条くん!? どうしてここに?」
「僕は義理の兄である晃一郎兄さんに紹介されてこの学校を受験したんだよ。桃井さんもここに?」
「うん。お母さんの学校でもあるけど、この学校ならアイドルとしてもっと輝けるかなって」
「そうなんだ。ここの面接前の待合室ではね、今年から受験生を緊張させて委縮させないようにってフリータイムにしているそうだよ。それに昨日帰る前に連絡先を教えたでしょ?」
「うん」
「面接が始まる時と合否発表の時に連絡しやすいようにしているんだ。わざわざ呼びに行くと余計に緊張するしね。おっと、学校から面接開始の連絡だ。僕は先に行くね」
「うん、頑張ってね」
上条からこの学校の受験方法を教えてもらい、さくらは音楽を聴きながら鼻歌を歌って発声練習をする。
受験生たちは全員リラックスしていて、面接なのに圧迫感がない空気なので安心感がある。
さくらの携帯のアラームが鳴り、ついに面接の時間が始まった。
いつもの面接マナー通りに部屋に入り、名前と通っている学校を言って席に座る。
面接官はニコニコと微笑み、さくらにいろんな質問を開始する。
「桃井さくらさんですね。なるほど、あなたは悩んでいる人に手を差し伸べ、愛を知らない人には愛を与える。そういう人柄なんですね」
「はい。私のお友達も今まで愛を与えられず、ずっと一人で苦しんでいました。『私とお友達になろう』って私から声をかけて、その人とお友達になり、今では支え合っています」
「なるほど、あなたはアイドルでしたね。元々はスカウトだと黒田純子さんから聞きました。どんなアイドルになりたいですか?」
「はい。私は世界中の人々の中には、愛を知らないまま戦争に出たり、平和を乱していても心の中では苦しんでいたりするみんなを助け、歌を通じてみんなが手をつないで輪になれるような世界を創りたいです。綺麗事かもしれませんが、私はアルコバレーノのみんなとなら、出来るって信じてます!」
「君のような優しくて愛らしく、そして勇敢で芯が強い生徒だったら、この学校もよりよくなるでしょう。今日の面接は以上です、お疲れ様でした」
「ありがとうございました!」
こうして順調に面接を終え、連絡を取り合ってみんなと合流する。
みんなも面接では緊張していて、千秋に至っては少し涙を浮かべながらホッとしていた。
あれから1週間が経ち、合否の発表の連絡が届く。
事務所の会議でさくらたちの受験結果を発表し、さくらたちは合格を祈る。
「アルコバレーノの桃井さくらさん、赤城ほむらさん、柿沢橙子さん、黄瀬千秋さん、そして青井海美さんの受験の結果発表です。まず合格者――全員です! おめでとう!」
「「やったー!」」
「アタシたちこれで同級生だな!」
「ええ、よろしくね!」
「バンザーイ! バンザーイ!」
「受かった……! 夢みたい……!」
「アホ! これからがスタートやで! でも、おめでとさん!」
「ケリーも東光の高等部に進学デス!」
「あの学校は最高にロックだからな! いい学園生活を送れよ!」
「これからは学校でも後輩……。よろしくね……」
「みんなおめでとう。受験なんて懐かしいわね、真希」
「ええ、あの学校には音楽界の天才、滝川留美先生がいるわね、沙希」
「とにかくおめでとう。僕たちも君たちに負けないよう頑張るよ」
「「はい!」」
結果は全員合格で、事務所は祝福モードに入る。
先輩たちも嬉しそうにさくらたちをお祝いし、さくらたちは受験を終えたことでホッとした。
喜んでいると晃一郎が一旦その場を落ち着かせる。
「えー! 皆さん聞いてください! 社長から新しい情報が二つ発表されます!」
晃一郎が祝福モードの空気の中で純子からの重大発表をさせるために、あえての仕切り直しをする。
晃一郎の声を聞いて全員一旦静かになり純子の方を見る。
純子は咳払いをしてからついに発表を始める。
「コホン……。まず一つ目の発表をします! 今年の年末のカウントダウンイベントで、虹ヶ丘エンターテイメントの感謝祭を開きます! 所属タレント全員で歌ったり踊ったり、演技やダンス、漫才などをするオールスターライブをします! 場所は武道館で行います!」
「おお! 感謝祭とは派手だな社長!」
「楽しみ……」
「さらに二つ目よ! なんと――新たに所属するアイドル候補二人が今日来ているわ! その子は洗徳学園中等部で世界的な声楽の歌手よ! 海外では『氷のソプラノ姫』と言われているの! 一方もう一人は今も女子野球部として女子で甲子園を目指しながらの二刀流になるけど、夜月専務のよく知る人物よ! どうぞ入って!」
『氷のソプラノ姫という異色のアイドル候補の後輩が今日この事務所に来るという情報で事務所はざわつく。
澄香はアルコバレーノの方を見て笑顔で微笑み、さくらたちはついに先輩になったんだと実感する。
事務所に入ってきた後輩の子は、白雪のような美しい銀髪で、肌も白くどこか儚げな雰囲気のある女の子だった。
もう一人は対照的に色黒の肌で女子にしては筋肉質で、さらに黒髪ショートの活発そうな女の子だった。
新人の二人は会釈をして自己紹介をする。
「今日から虹ヶ丘エンターテイメントに所属いたします白銀雪子です。よろしくお願いします」
「あなたは……!」
「青井さん……! お久しぶりです!」
「久しぶりね。心臓はもう大丈夫?」
「はい。アルコバレーノさんの歌の力で心臓は少しずつ回復しています」
「海美さん、お知合いですか?」
「ええ。聖マリア大学病院のライブイベントで当時患者さんだった子なの。まさかここで再会するなんて思わなかったわ」
「改めてよろしくお願いします。青井さん」
「ええ、よろしくね。白銀さん」
海美と雪子と名乗る新人は顔見知りで、雪子は嬉しそうに海美に挨拶をした。
元々患者だった雪子がアイドルになったのも何かの縁だと海美は喜び、優しく指導することになるだろう。
そしてもう一人は名前を聞くと事務所の人たちはまたざわつく。
「新人アイドルで今年から東光学園の女子野球部設立メンバーの夜月暁子です。野球との二刀流アイドルを目指しています。中途半端なことはしませんのでよろしくお願いします」
暁子と名乗った新人の名前に夜月とあり、事務所は大騒ぎとなった。
それお女子高校野球で甲子園を目指しながらのプロアイドルともなると、より厳しいアイドル生活となることだろう。
晃一郎は咳払いをして暁子の説明をする。
「えー、こちらの夜月暁子さんは私の年の離れた妹で『中途半端なことは絶対にしないからオーディションに受けさせてください』と本気のお願いをされ、私がスカウトしました。彼女は何をやっても全力で突き進み、何事も達成させられる行動力があります。なので中途半端なことはしないと私が保証しますので、どうか彼女を温かく見守ってください」
晃一郎の妹ということですぐに話題になり、部活をやりながらアイドルをするという厳しい二刀流の道をあえて進むという強気な新人にさくらたちは驚く。
過去にも二刀流アイドルは存在したが、どっちも成功したアイドルは未だ存在していない。
期待と同時に不安がよぎるが、純子と晃一郎だけは自信に溢れていて、もしかしたら本当に初めて成し遂げるんじゃないかとさくらたちは期待した。
こうして新年度の虹ヶ丘エンターテイメントは始動したのです。
つづく




