第51話 ヘルバトラー
邪魔だと言ってローブを脱ぎ捨てたヘルバトラーの姿は、橙子たちにとって驚くものだった。
真の姿は橙子たちとほぼ年齢が変わらない姿で、身長はゆかりよりも高めだった。
見た目はまるで人を本当に素手で殺してそうな風格で、少し筋肉質なオールバックのスパイキーなショートヘアの女の子だった。
服装は藤沢拓海がかつて着ていた特攻服風で、いかにも喧嘩が得意という感じだ。
その姿に一番驚いたのは純子だった。
「私たちと変わらないくらいとは驚いたわね」
「それよりも恐ろしい殺気です……。本当にわたくしたちと同じなのでしょうか……?」
「嘘……!? 私の時と姿が変わらないなんて…!」
「何だって……!?」
純子の衝撃的な発言によって橙子たちは驚き、10年前に見たことがある純子は変わらない姿に橙子たちよりも驚いていた。
そんな橙子たちを見たヘルバトラーは、自信ありげ挑発する。
「真の姿に驚いたようだな! オレの真の姿を見て無事だった奴は黒田純子がはじめてだったな! まずテメェらを殺したらすぐに後を追わせてやるから安心しな! どっから出もかかって来いこの小童共!」
「アタシだってこっちからいきてぇけど……!」
「あまりの殺気に足が……!」
「怯むな! ボクたち7人全員で力を合わせればこいつにだって勝てる!」
「言ってくれるじゃあねぇか柿沢橙子! テメェだけは全力でぶっ殺してやらねぇとな! そんなに怖ぇならこっちからいくぜ!」
「うわぁっ!」
ゆかりがギリギリのところでかわし、殴られた地面に大きな穴が開いた。
この戦闘力と野生の勘、そしてこの圧倒的なパワーは四天王で恐らく一番上だろう。
橙子は気合のハチマキをギュっと締め直し、改めて深呼吸をしてヘルバトラーに波導弾で牽制する。
「そんな技が当たったとしても痛くもねぇんだよ! おらぁっ!」
「それは囮だよ!」
「だろうな!」
橙子は一人でヘルバトラーと拳をぶつけ合い、あまりのパワーに少し押される。
拳には痺れと痛みがあるものの骨折はなく、魔力によってダメージはかなり軽減されていた。
次に自慢のハイキックをするもあっさりガードされ、ヘルバトラーは橙子を背負い投げで地面に叩きつけようとする。
ギリギリで受け身を取ってすぐに抜け出し、ヘルバトラーが一気にたたみかけようとした。
「この程度かテメェ! 随分呼吸に余裕があんじゃあねぇかよ!」
「そうだよ。だってボクは囮だもん。それにボク一人じゃないってさっき言ったよね……?」
「あん?」
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
「くっ……!」
海美の切っ先とほむらの穂先が上手く胸部に直撃し、ヘルバトラーにも少しはダメージが通った。
それでも屈強な胸筋で武器を跳ね返し、千秋とみどりの遠距離攻撃も見事にかわした。
動体視力はゆかり以上、カウンターは千秋以上、パワーはほむら以上だと橙子は見た。
さくらが後ろからリボンでヘルバトラーを縛り、攻撃するチャンスが訪れる。
「サンキューさくら! これでもくらえ!」
「小癪な事をしやがるな! おらぁっ!」
「きゃぁぁぁぁっ!」
「強引にリボンを引き裂いた……!?」
さくらのリボンをヘルバトラーは強引に引っ張り、リボンを強引に引きちぎった。
ほむらたちはさくらのリボンがもう使えないとショックを受ける中で、さくらと橙子は希望を失っていなかった。
「これで桃井さくらの魔法はあまりアテにならねぇ! もうそろそろこっちのターンだ!」
「それはどうかな……? あんまりさくらをナメないでほしいな!」
「何だと……?」
「たとえリボンがなくても……杖として分離すれば遠距離だって使えるよ! ブロッサムトルネード!」
「ぐっ……!」
さくらは新たな武器として杖で魔法攻撃をする。
さくらの急成長に純子は感心し、さくらは杖でヘルバトラーに小刻みに攻撃をする。
さくらの武器は普段はリボンを魔法で操り、時にはムチとして打撃を加える。
近距離で戦う場合にはバトントワリングのバトンの形をした棍棒で叩き、そしてリボンがちぎられた時に杖として小刻みに魔法を撃って遠距離攻撃をする。
さすがのヘルバトラーも動きが鈍くなり、チャンスを見計らってゆかりの居合切りと海美の刺突、みどりの三連射でダメージを通す。
ヘルバトラーは徐々にイラつき始め、頭に血が上ったのか『殺す』と連呼する。
「テメェら雑魚の癖に小賢しい事しやがって……! ぶっ殺してやる……! テメェらの骨が粉々になるまでぶっ殺してやるっ!!」
「その調子よ! ヘルバトラーは力が圧倒的な代わりに頭がそんなに良くないわ! 彼女は頭脳戦が大の苦手で力で押し通すのよ!」
「黒田純子の入れ知恵か……クソがっ! クソがクソがクソがっ! クソがぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「随分と入れ込んでいるな。やはり少々気が短いようだな」
「ああ、アタシより気が短いとはな。だが様子がおかしい……何故キレる回数が多いんだ……?」
「わからないけど、何か怪しいかも……!」
「ここから一気に決着をつけるよ!」
「待って橙子ちゃん!」
「くらえぇぇぇぇっ!」
「ふぅ……。スッキリしたぜ……」
「何……!?」
怒り狂ってたヘルバトラーが急に冷静になり、飛び出した橙子は止まろうとした
千秋の制止もむなしく、猛スピードで近づいたので勢いのままヘルバトラーの目の前に止まってしまった。
「オレは誰よりも気が短いからな、あえてイライラを他人ぶつけて頭を整理するんだ。頭が悪いからこそテメェの性格を把握しておかねぇといけねえ。戦闘において相手に悟られちまうんでよ」
「なるほどね、今のボクみたいに無鉄砲になるわけだ……」
「だが……ぶっ殺すことにはまったく変わりねぇ! 全員まとめて死ねぇっ!」
「「「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」」」
ヘルバトラーは10年前の純子との戦いで自分の欠点を反省し、自分の性格を把握することで弱点をカバーしていた。
橙子はヘルバトラーが弱点を克服していたことに気付き、持ち前の反射神経でヘルバトラーから遠く離れた。
しかしヘルバトラーは理性を保ちつつもフルパワーで回し蹴りをし、さくらたちを全員吹き飛ばした。
しかし弱点を知っていた純子はショックが大きかったようだ。
「そんな……! 私の時はすぐ理性がなくなって暴れるだけだったのに……!」
「黒田純子、テメェには感謝するぜ。おかげで自分自身の弱点を知る事が出来た。いつまでも弱点を放置していると思うなよ? さあ、ここからが本当の殺し合いだぜ?」
ヘルバトラーは純子との戦いを反省し、自分の性格を完全に把握するまで進化していた。
純子は成長しているのはさくらたちだけじゃないことにショックを受け、傷ついた姿を見て涙を流す。
ヘルバトラーは容赦なく橙子たち近づき、もはや動くことが出来ない橙子たちに追い打ちをかけるようにささやく。
「随分あっけなかったな。テメェらに進化したオレを見せた事は褒めてやるよ。おかげで頭は冷静でいられるぜ。どうだ、これで絶望したか? 絶望したよなぁ。そのまま地獄で永遠に眠りな!」
ヘルバトラーはアルコバレーノに敬意を込めてとどめを刺そうとする。
それもライバルと認めた橙子を真っ先に殺そうと足で踏みつけようとした。
しかし橙子は僅かな力でヘルバトラーの軸足を掴み、震えながらも最後の抵抗をする。
「そうはいくか……! ボクは……ボクには夢があるんだ……! 空手でオリンピックに出て……金メダルを取って……日本のスポーツ界を支えるって夢があるんだ……! こんなところで地獄に堕ちたら……みんなが悲しんじゃう! ボクは絶対に……負けるわけにはいかないんだぁぁぁぁぁっ!」
「ぐはぁっ!」
渾身の頭突きでヘルバトラーのみぞおちに攻撃し、ヘルバトラーもついに吐血をした。
その勢いで百裂拳を放ち、回し蹴りやひじ打ち、ひざ打ちに張り手で距離を取り、最後に魔力で遠くまで吹き飛ばす。
さくらたちも橙子に続いて起き上がり、橙子はさくらたちの意識を確認する。
「大丈夫!?」
「私は大丈夫だよ……」
「ここで死ねねぇのはアタシたちもだぜ……?」
「親友が頑張ってるのに……倒れるわけなかろう……!」
「みんな……!」
「クソッ! 随分オレのプライドぶっ壊してくれるじゃあねぇか……! わかったよ、これからオレの本気を見せてやるよ! テメェらの冥土の土産に言ってやる、オレら四天王はまったく年を取らねぇ。どういう意味かはいずれわかる事だがよ、その前にテメェらを皆殺しにするから真実は見れないよな。さぁて……死にたい奴はどいつだ? 真っ先にぶっ殺してやるよ!」
「死にたくはないしぶっ殺されたくない! でも……負けるわけにはいかない! みんな! いくよ!」
「「うん!」」
「はっはっは! どこまでもおめでたい奴らだ! どうやらテメェらを見くびりすぎたようだな! じゃあ遠慮なく殺らせてもらうぜ!」
ヘルバトラーは太い肉体をさらに太くし、さらにスピードを上げていった。
橙子たちは無事に帰ることを信じている仲間たちを思い出し、ネックレスに祈りを込める。
祈りを終えると身体が軽くなり、そのままヘルバトラーへと突っ込んだ。
つづく!




