第36話 くノ一あやめ
ゆかりは都内のある場所で特撮映画の撮影をしていた。
1か月半も公開される大作で、同じ事務所の風間祐介と特撮映画『くノ一あやめ』の最終撮影をする。
ゆかりは忍者の衣装に着替え、最後の戦いの撮影を開始する。
「それでは紫吹さん、これが最後の戦いなので気を引き締めていこうね!」
「はい!」
「よーい……アクション!」
「ワルモノー将軍! 貴様の野望はここで終わらせる! 覚悟っ!」
「ふはははは! くノ一あやめ、貴様に何が出来るというのだ! たかが人間ごときが吾輩を倒すなど……」
「その人間をなめてると、痛い目に遭うよ」
「何っ!? ぐわぁぁぁぁぁっ!」
「佐助殿!」
「君から教わった煙玉に石灰や催涙ガスを入れてアレンジしたんだ。ご先祖様の文献だと、こいつは心の光に弱い! 清き心を解き放って斬るんだ!」
「心得た! 精神統一……! ふぅ……」
「おのれぇぇぇぇぇぇっ! 貴様のその首! 今すぐに切り裂いてくれよう!」
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「はいOKでーす! ダイナマイトの爆発もいい感じ!」
「ありがとうございます!」
「じゃあ最後のシーン、いってみよう! よーい……アクション!」
「佐助殿、どうやらここでお別れの時が来たようだ」
「そうか……そういえば君はこの時代の人間じゃないんだったね。だから戦国時代に戻るんだね。寂しいけど、君に会えたことを誇りに思うよ」
「佐助殿! 私はそなたの事……出会った時からずっとお慕い申していた。これからは私と……恋仲になってくれぬか! 離れていても私たちは――」
「それは出来ないよ。嬉しいし君と恋人になっていろんなところに行きたいさ。でも君は僕の……遠く離れたご先祖様だったんだ。あの文献に君の名前があって、僕はその血を引いているんだ。君は元の時代に戻り、本当に結ばれるべき人と結ばれ、現代までいる僕が生まれなければならない。だから君とは恋仲になれないよ」
「そうか……。それならそなたの言う通りにせねばならないな。結ばれなくて無念だが、未来の繁栄を祈ってるぞ。遠い私の愛する子孫、佐助よ……」
「はいOK! 素晴らしい! ワシは感動したぞ!」
「ありがとうございました!」
撮影を終え、最後の主人公の佐助とあやめとの別れのシーンを撮り終える。
最後はあやめが主人公の佐助に愛の告白をするも、佐助の別れ際の口から『あやめは佐助のご先祖様だ』と伝えられ、叶わぬ恋ながらもお互いに尊敬しあう関係になる。
そして彼が倉庫を整理している時に新たな文献が発見され、愛の告白と未来の子孫の繁栄を願った川柳が書かれて涙を流すシーンでエンディングに入る。
撮影をすべて終え、ゆかりはスタッフ一同集まって打ち上げに行くことになった。
「紫吹さん、あなたの演技力は凄いよ! 女優顔負けだったよ!」
「さすがリアル忍者だね!」
「僕も君の演じる姿を見て負けられないなって思ったよ」
「風間さんも若くてカッコいい演技でした。皆さんの演技や監督さんたちのご指導が素晴らしかった故です」
「相変わらず謙虚だね。それじゃあ打ち上げに行こうか。監督さんもどうですか?」
「お、いいの? じゃあワシも一緒しようかな!」
「今日は飲むぞー!」
打ち上げパーティ会場に向かい、居酒屋で打ち上げをする。
風間は酒はあまり飲まなかったが、代わりに時代劇俳優の船橋栄治、同じ事務所で俳優歴74年の大御所俳優の権田源、歌舞伎俳優の市川五右衛門座、刀による殺陣指導の川端武蔵など、時代劇や歌舞伎などの先輩たちがお酒をたくさん飲んでいた。
ゆかりがアイドルで主演を演じられたのは風間の推薦であり、忍術の経験を活かせるチャンスだと感じてオーディションに参加した経歴がある。
アクロバットな動きは橙子に、素手による武術は千秋に教わり、特訓の成果で特撮にも対応出来るようにもなった。
ゆかりが梅干しのおにぎりを注文すると、聞き覚えのある声と姿があった。
「ゆかりサン!」
「むむ!? そなたはケリーではないか!」
「お久しぶりデス!」
「紫吹さん、お知合い?」
「君がジョーカーズのマークさんのお子さんのケリーさんだね。風間祐介です」
メニューを頼むとそこにはかつてゆかりが助けたケリーがアルバイトをしていて、ゆかりとの再会を喜んだ。
風間は事務所の仲間であるジョーカーズのマークから話を聞いていて、ケリーに挨拶をする。
するとケリーもゆかりを含めて挨拶をする。
「はじめまして、ケリー・ジョンソンデス。魔物にされた時にゆかりさんに助けられマシタ」
「ケリーはここでアルバイトをしているのか?」
「ここはステイ先の友達のホームで、いつもお手伝いしてマス」
「なるほど、立派な仲間ができたのだな」
久しぶりの再開に話が弾み、一緒にいる俳優たちもゆかりがケリーの恩人だと聞き、ゆかりは優しい子だと認識した。
風間はゆかりが魔法少女であることを隠し、ゆかりは風間が話してしまわないか不安だったがその心配はないと判断した。
ここは居酒屋周辺の街商店街、海美が出会ったダークナイトがゆかりとの会話を盗み聞きし、マイナスエネルギーの呪文を唱えていた。
「初心の心か。戻る事で過去にすがりつくのもまた絶望だね。その過去の栄光ももうすぐなくなるのだ。今ここで白黒つけよう。人類の心の中にあるモノクロの心よ……そのマイナスエネルギーを解き放ち、全世界を絶望の淵へ落とすのだ!」
突然居酒屋の電気が消え、客が慌て始める。
外から人々の悲鳴が聞こえ、ゆかりはモノクロ団だと判断した。
ネックレスもマイナスエネルギーを察知し、それを見た風間はゆかりの顔を見て頷き、背中を叩いていった。
ゆかりは背中を押されるがままに走り出し、避難するように先輩たちに促した。
「やはりモノクロ団が現れたか……! すみません、急用を思い出しましたのでここで失礼します!」
「紫吹さん! 外で何かあったのに出るのは危険だ!」
「皆はここで待機してもらいたいです! 外の事は私に任せてください!」
「紫吹さん! 未成年が事件に首を突っ込むんじゃあないぞ!」
「待ってください! 彼女にしか出来ない事なんです! だから彼女を信じてください!」
「風間くん……君は何かワシらに隠し事をしているようだが、話してくれるかい?」
「実は――」
「それはワタシから説明シマス!」
「君はさっきの……」
ゆかりは外へ全力で走り、ネックレスに祈りを込めながら走り、魔法少女へと変身する。
空は昼のはずなのに暗く、人々は慌てる様子で私とは逆の方へと逃げ惑っていた。
人々の胸部から放たれたマイナスエネルギーが向かう先へ向かうと、そこには大勢の落ち武者風の生きた屍の魔物が生きる者を喰らうように歩いていた。
軍配を持った将軍の魔物は武田信玄風の格好をしており、威厳のある声でゆかりに威嚇をする。
「一人で来るとは愚かな者なり。魔法少女の貴様はワシの軍勢によって滅ぶ運命なり。今なら悪い事は言わぬ、白旗を振りワシに跪き、絶望の黒に染まるのだ」
「魔物故か武田信玄風とは随分威厳のあるものだな。だが生憎絶望に堕ちたとしても這い上がる時が来るのだからな。そう簡単に落ちはせぬ!」
「口だけならば何とでも言えよう。弓隊構え! 放て! 放ったら槍隊前へ!」
「秘儀! 幻覚分身の術!」
ゆかりは高まった魔力で幻を見せつつ分身し、放たれた矢を落とす。
前に出て攻撃を仕掛けた槍兵、矢を連続で放ち私を狙い撃つ弓兵を惑わせる。
幻覚分身ではあるが独立された意志を持つ分身の攻撃は物理的ダメージも与えられ、敵を素早く斬撃をする。
残る刀兵が将軍を守ろうと刀を構え、ゆかりに斬りかかってきた。
しかしゆかりには素早さがあり、それに比べ魔物の群れは動きが鈍く、簡単に倒すことが出来た。
ところが魔物たちの様子はいつもと違った。
「うあぁぁぁぁぁうぅぅぅぅぅぅぅ…!」
「何故生きている……!? こ奴らは私が斬ったはずなのに……!」
「ゾンビに痛みも心の弱さもないのだ。この軍勢共は不死身でな。永遠に戦い続け、いずれ疲弊して絶望するだろう。そして永遠の絶望で溺れて死ぬがいい」
斬られたはずの身体には傷が大きく開いているが、それでもゾンビに痛覚がなかった。
魔物の大群はゆかりに近づき、ゆっくりと襲い掛かった。
このままではゆかりは持久戦に持ち込まで、体力に自信があってもいつかは体力が尽きてしまうだろう。
ゆかりはこの状況を突破できるか――
つづく!




