第28話 ラップバトル
四天王との接触が懸念される中で、橙子はラッパーのオレンジとしての功績が認められ、川崎のクラブチッタで行われる|ULTRA RAP BATTLEことURBURB神奈川予選のゲストライブに招待される。
そこで選手として出場する川崎駅サイファーの仲間であるサイファー主催のZERO-style、発足してからずっといるスバル、中学の後輩で橙子をヒップホップに誘った佐野圭介ことK-PICASSOも一緒だ。
この大会で勝ち残ったらURB全国大会に出場でき、テレビの放送もあるので一躍スターになれるチャンスもある。
橙子は今回の予選大会の司会を務める新兵に挨拶し、予選開始を待つ。
純子が新兵に名刺を渡している中で、サイファーの仲間たちが橙子に声をかける。
「やぁオレンジちゃん、久しぶりだね」
「お前がアイドルやってると聞いた時は驚いたよ」
「ZERO-styleさんにスバルさん! お久しぶりです!」
「いいなぁ先輩はライブで舞台に立てて。俺もライブしたいッス!」
「ピカソはまだ中一だろ? ガキにはまだ早いだろ」
「高校生ラップ甲子園で一躍有名になるんで大丈夫ッス! だから柿沢先輩もラップやめないでくださいッス!」
「あいつ本当に不良かよw」
「期待されてるなぁ。じゃあまずは全国出場しないとね!」
「はい!」
「お待たせしました! 第12回ULTRA RAP BATTLE神奈川予選を開始いたします!」
「「「いえーーーーーーい!」」」
「ルールは簡単! 8小節2本勝負でどっちがスゴいやつかを皆さんでジャッジしてもらいます。特別ゲストライブにあの小学生ラップ選手権で準優勝した、オレンジこと柿沢橙子ちゃんがライブします。皆さんでヒップホップを盛り上げていきましょう!」
「「「おー!」」」
こうしてURB神奈川予選が始まり、橙子と純子は先頭でバトルを眺める。
新兵は橙子がオレンジだったことを知っていて、自ら純子に出演してほしいとお願いしてきたが、橙子は久しぶりに仲間に会えて嬉しかった。
1回戦、2回戦と続いて準々決勝になり、スバルとKーPICASSOのバトルが始まった。
二人は橙子にとって顔見知りなので、自分自身がラップのネタにされることはわかっていた。
しかし予想をはるかに超えるとんでもないワードが飛んできた。
「ゲストのライブはオレンジ橙子♪ 俺たちを癒すかわいい少女♪ でもごめん勝ってもらうぜ処女♪ お前は負けてさ帰ってどうぞ♪」
「もらうぜ処女? 笑わせるぜ相当♪ 心折れるくらいにお前をボコボコ♪ 橙子は俺の勝利の女神♪ あの子の○内に出したい絶対♪」
下ネタラップ含め、コンプライアンスが入ったラップに、橙子恥ずかしさのあまりに下を向いて赤面した。
純子は想像を超える光景に頭を抱え、この仕事を受け入れた事を後悔した。
女性がゲストで参加すると、ラップバトルでは下ネタやエッチなネタで表現されることはよくあるけど、純子はヒップホップをよく知らなかったようで、申し訳なさそうに新兵を見つめてた。
バトルが終了し、新兵が橙子に無茶ぶりで感想を振る。
「あの柿沢さん、今のお気持ちをどうぞ。」
「もう! ボクがアイドルだってこと二人とも忘れてるでしょ!? 延長希望するけど、次こんなネタしたら絶交だからね!」
「本当にごめんなさいw では柿沢さんのリクエストで延長に入ります!」
延長の結果はKーPICASSOの勝利で、あの後二人は後で謝ってくれた。
密かに想ってくれてるのは嬉しいが、そう思われているってことに慣れていない橙子は恥ずかしくなってきた。
そして決勝に入り、ZERO-styleと優勝候補のヴァニラ・アイスのバトルが始まった。
「オレンジ見てるしカッコつけるし♪ 俺が負けるのはあり得ねぇし♪ 名前はアイス? 溶けそうでカオス♪ 優勝して刻む橙子との遺伝子♪」
「まずお前らアイドルってこと忘れてねぇか? 俺らラッパーより遠くて高いとこ行っちまったんだよ♪ ラップ、アイドル、同じ音楽だ♪ それを忘れたやつら多くて驚愕だ♪ 何? デート? 遺伝子刻む? 彼氏になったつもりかよー♪ 勘違いすんな! 俺たちの女神に触れたら祟り♪」
ヴァニラ・アイスのアイドルに対するリスペクトを込めたラップに会場は大いに盛り上がり、優勝はヴァニラ・アイスに決まった。
新兵から切符と賞金を受け取ったヴァニラ・アイスは全国でかます事を宣言し、みんなの期待に応えようとした。
こちらは川崎駅周辺、駅前なので人でにぎわっている中で、また謎の少女が現れる。
「やっぱラップは言葉の暴力とはよく言ったもんだな! よっしゃ! テメェらの負け犬による悔しさを解き放ってやるぜ! 人類の心の中にあるモノクロの心よ……そのマイナスエネルギーを解き放ち、全世界を絶望の淵へ落としやがれ!」
そう言っていつも通りマイナスエネルギーを発生させ、一人だけでなく大勢の人々からマイナスエネルギーを上空へ集めた。
すると会場が突然大きく揺れ、禍々しく低い雄叫びが聞こえてくる。
警備員が慌てて外の様子を見に行き、何があったのか安全の確認が取れるまでライブはお預けになる。
しばらくすると警備員の人が慌てた表情で戻ってきて、何かを訴えようとしていた。
「ばばば……化け物が……! 化け物が……!」
「化け物……? もしかして……!? 社長! みんなを安全な場所へ誘導してください!」
「わかったわ!」
「柿沢さん! 今外に行ったら危険だ!」
「皆さんは車いすの女性の方に従って安全な場所に避難してください! ボクは外で様子を見てきます!」
慌てて外に走り出した橙子はすぐに変身し、いつでも戦えるように準備する。
外に出てみると、土で出来た巨人ことゴーレム型の魔物が雄叫びを上げていて、逃げゆく人々を威圧していた。
川崎の街を無差別に破壊していたので、橙子は魔物の前に近づいて食い止める。
「待て! どうしてそんなに破壊をするんだ!」
「魔法少女か。どうだ、敗者を目の前で見た気持ちは?」
「ラップバトルを見ていたのか……! だからって無差別に破壊していいわけがない!」
「それもそうだな、元々貴様を呼び出すための破壊活動だ。無暗に壊しても絶望を与えることは出来ぬのだからな。貴様さえ呼べばすぐに抹殺し、生きたまま人間どもに絶望を与えられるのだからな。」
「そうか……どうやら挑発に乗っちゃったんだね……! だったら全力で食い止めてみせる! はぁぁぁぁぁぁっ!」
拳と足に魔力を溜めこみ、力いっぱい魔物の身体に打撃技を繰り出す。
ところが魔物は想像以上に硬く、橙子の渾身の一撃をガードなしで防いだ。
魔物は橙子の隙を突いて足を掴み、ジャイアントスイングで投げ飛ばした。
「ぐはぁっ!」
「この程度のものか。まったく魔法少女というものは無駄に頑張るものだな。何故そうまでして無駄な努力を続けるのか、本当に解せぬぞ。」
魔物の口から努力なんて無駄だと言われ、橙子は過去の自分を思い出す。
いくら頑張っても恋は叶わず、空手やラップでもライバルたちが急成長して追い抜かれ、何度も悔しい思いをしてきたことを思い出す。
それでも負けず嫌いな橙子は何度もライバルとぶつかり合い、そして空手でもラップでも優勝することが出来た。
その事も同時に思い出し、魔物に自分の気持ちを叫ぶ。
「何で頑張るかだって……? 確かに人はどんなに頑張っても、結果が出ず落ちていく人も中にはいるよ……。でもそこで諦めたら、今までの経験や時間はもっと無駄になっちゃうと思うんだ……。悔しい……でもその先はどうするかで人生は決まるって誰かが言ってたよ。ボクだってたくさん挫折をして諦めようと思った。でも無理だった。人は努力して成長するから元気になれるんだよ。だから――」
橙子が何かを言いかけた瞬間、ラップバトルで切磋琢磨してきた仲間たちが外に駆けつけ、魔法少女として戦う橙子を応援する。
「先輩! 俺たちがついてるッス!」
「オレンジちゃん! 負けるな!」
「お前が倒れたら、俺たちが戦うぞ!」
「やっぱり駆けつけるんだね……。みんな無鉄砲なところは変わらないなあ……。でも、だからこそ……その今までの努力の集大成として……みんなと一緒にお前を倒す!」
避難しているはずのみんながこっちに来ることは予想はしていた、でも本当に来ると思っていなかった橙子だった。
純子が事情を話してもなお、みんなジッとしていられなかったのかもしれない。
橙子は出場者たちに背中を押され、オレンジ色の光が全身を包み込み、今まで感じなかったパワーを感じた。
橙子は全身全霊で魔物に突っ込み、本当の戦いに挑んだ。
つづく!




