第26話 野球場に行こう
さくらが強くなった魔物と戦った一方、ほむらは横浜ハムスターズと東京球詠ジャイアンツの始球式に呼ばれた。
横浜スタジアムで始球式の前にライブをし、球場を試合前に盛り上げる。
ほむらはスタッフに『始球式だけは弟の一郎に投げさせてほしい』と話し、弟の赤城一郎がマウンドに立つ。
「さあ一郎、出番だぞ」
「ごめんねほむら姉さん。姉さんはハムスターズのファンなのに」
「こういうのは現役のジュニア選手がやってこそだろ、気にするな。それよりも戸山選手に全力で投げるんだぞ」
「わかった!」
「赤城さんは優しいんだね。さすがお姉ちゃんでアイドルだよ」
「筒井選手に言われると光栄ですよ! 弟の勇姿を見ててください!」
「君の弟さんの全力投球、見せてもらうよ」
ほむらの憧れの選手である筒井義智を目の前にし、ほむらは目をキラキラさせながら一郎のピッチングを見る。
それでもアイドルとして平常心を保ち、一郎の始球式を見守った。
そして一郎は渾身の一球を投げ、自己最速記録でストライクゾーンへ入る。
「やった! ストライクだ!」
「やったな! お前は将来プロになれるぞ!」
「いい投球だった。俺たちハムスターズも負けられないぞ」
「頑張ってください! それじゃあ姉さん、外野スタンドで父さんと待ってるね!」
「おう! アタシは実況席に行くぜ!」
始球式を無事に終えたほむらは一郎と別れ、実況席へ向かう。
実況にはテレビヨコハマの青葉繁、解説にはメジャーリーグにも参戦した大魔神の佐々木浩が参加する。
ほむらは特別解説というゲスト枠になる。
試合が開始され、東京詠売ジャイアンツの応援が鳴り響く。
「さぁここで一番バッターのセンター角選手、広島カープスから移籍して間もない期待の選手です。」
「しかしハムスターズの先発は期待の若きエース岩永選手ですからね、そう簡単にはいきませんよ」
「さぁまず第一球――投げました!」
「ストライクっ!」
「いきなり151キロを投げました! 赤城さん、岩永選手は調子いいですね!」
「岩永さんは去年ドラフト1位で最初は悩んでましたが、今年になってから好調をキープしてますね。彼は横浜の番長と呼ばれた三浦健輔さんが見込んで直々に教えたと聞きました」
「さぁ第二球――」
こうして試合が進み、7回ウラとなって横浜ハムスターズのラッキーセブンになる。
今は東京球詠ジャイアンツが4点、横浜ハムスターズが1点と苦しい展開になる。
双子の弟である英雄と秀喜は母親と神宮球場で東京神宮スワローズの応援していて、ほむらは双子の弟を気にかけている。
ほむらは実況席でありながら、横浜ハムスターズの球団歌である『青き星たちよ』を口ずさむ。
「赤城さんはハムスターズの大ファンでしたね、いい笑顔ですよ」
「うっかり歌ってすみません!」
「それほど僕のいたチームを愛してくれたんだね、ありがとう。今度11月に日米強化試合の実況があるんだけど、また解説してくれるかい?」
「出たいです! マネージャーさんに相談してみます!」
ほむらは三浦や青葉から日米強化試合の解説にまた呼ばれ、『野球を好きでよかった』と心から思った。
後ろで見守っている晃一郎と澄香も嬉しそうに微笑む。
ラッキーセブンが終わり、試合再開だ。
すると横浜スタジアムの上空で、またフードを被った少女が現れる。
「うふふふ、野球って面白いですね。私もすっかり野球の虜になってしまいました。ですが……負けた時の絶望はもっと虜になってしまいますね。では……人類の心の中にあるモノクロの心よ……そのマイナスエネルギーを解き放ち、全世界を絶望の淵へ落としましょう!」
ナイターで空が暗いとはいえ、いつもの暗さと違った上に、突然照明が消えたり球場が大きく揺れたりし、試合は一時中断された。
応援席からは大勢の黒い煙が空へ浮かび、上空にマイナスエネルギーが集まりだしていた。
それを見た人々は逃げまどい、球場の外へと逃げていった。
ほむらは危険をすぐに察知し、澄香と晃一郎にアイコンタクトを取ってグラウンドへ走った。
「赤城さん! 今の状況は危険だ!」
「二人は早く避難を! アタシが皆さんを安全な場所へ導きます!」
「だとしても危険だ! 君も避難しなさい!」
「待ってください! 赤城さんの事情、俺が話します!」
「あなたは甲子園で優勝した東光学園の……!?」
「そんな事よりも早く避難してください! 赤城さんの事情も話しますから!」
「わかった……詳しく話してもらうよ」
かつて甲子園で危険球で頭を痛めながらも活躍したスターである晃一郎は野球界では有名だが、晃一郎は過去の栄光よりも観客や選手たちの安全のために叫びながら避難を誘導する。
澄香も協力して青葉たちを避難させ、ほむらが戦いやすいようにする。
グラウンドへ向かったほむらは、走りながら変身をしてグラウンドに出る。
空を見上げると球場より少し小さめのワシの頭をした人型の魔物が現れ、大きな翼を羽ばたかせてこちらを睨む。
「魔法少女か。貴様は随分と頭が悪そうであるな。たった一人で我に挑もうなどと無謀にも程があるぞ」
「何とでも言いな! アタシ一人でも、みんなを守って見せるって決めたからよ!」
「面白い……やってみよ!」
魔物は獲物を狙うように急降下し、ほむらを目がけてクチバシで体当たりする。
ほむらは槍を円を描くように振り回し、体当たりを防ぐ。
その隙に槍の穂先で魔物を連続で上から連続で叩く。
「ふっ、少しは頭が使えるようだな。貴様を甘く見ていたようだ」
「それはどうも。ただ特攻するだけだと何も守れないんでな」
「なるほどな、返答に感謝する。ならばこれはどうかな……?」
鋭い目つきでほむらを威嚇し、足のツメで奇襲をかける。
遠くからの攻撃に備えていた槍は、次第に魔物の方へと長く伸び、今までなかった能力を見つけた。
しかし魔物のスピードについていけず、鋭いツメで引っかかれて左腕を負傷する。
「くっ……!」
「調子に乗りすぎたようだな。やはり貴様は特攻だけが取り柄の無鉄砲だな。何故そこまでして特攻しようとするのだ? 何が貴様を熱くさせるのだ? 野球とやらを中止にさせて怒りというものがないのか?」
「へっ……マイナスエネルギーから生まれたテメェじゃあわからねぇだろうけどよ……。確かに野球を中止にされたことはムカついているさ。だけど……アタシには大切な家族がいて、友達がいて、支えてくれる仲間がいるんだよ。今は一人で確かに戦ってるし、特攻が取り柄なのはアタシ自身も認めてるさ。だからこそみんなのことを守ってやりたいし、今は一人でも陰ではみんなが支えてくれている。そう思うと心が熱くなれるし、怒りを通り越して、命を懸けてでもみんなを守りたい! だから今ここでテメェを浄化して、みんなを守る!」
「なるほど、返答に感謝する。ならば貴様一人で我に殺され、そのみんなとやらを絶望の淵へと落としてみせよう!」
魔物は理性を保ったままもう一度素早く体当たりを仕掛ける。
先ほど負った左腕の傷が痛みだし、バランスを崩してしまい動けなくなった。
このままやられてしまうのか……そう思った瞬間だった。
魔物の方に白球が飛んで魔物に命中させた。
「むむっ……?」
「君の言葉は俺にも響いたよ…! 俺もこの球団だけでなく、野球界や応援してくれるみんなを守りたいんだ! 誰だか知らないが、俺たちの分まで負けないでくれ!」
「筒井選手……! はい!」
筒井は本来は遠投が苦手な選手だが、魔物の注意を払うために体を目掛けてボールを投げて当てる。
筒井の勇気ある行動に感化され、痛いはずの傷を堪えて立ち上がった。
ほむらは不思議とさっきまであった痛みを感じなくなり、ただ心が熱くなっているのがわかった。
これが守る力ってやつなのかもしれないと感じ、赤い炎がほむらを包み込み、さらに力がみなぎってくる。
ほむらは槍に魔力を注ぎ、最後の力を振り絞った。
つづく!




