第11話 アスリートと対決
橙子は運動神経が抜群で、そのスポーツ万能な身体能力、さらに経歴で空手の全国大会の優勝経験者としてスポーツ番組からオファーが来た。
そのために橙子はこのタイミングでボクッ子であることを公表し、男性ファンを多く獲得した。
そしてそのスポーツ番組の収録の日、両国国技館で撮影が始まる。。
「さぁお待たせしました! 『アスリートと対決!』今日も開催です! 司会は私、島田慎二がお送りします! 今日の競技は――空手です! 今日は5人のアスリート芸能人が世界空手の組手で金メダルを獲得した千葉美咲選手と戦います。ではメンバーを紹介します、どうぞ!」
橙子にとって憧れだった千葉美咲と、空手の組手で手合わせする。
大相撲が終わったころなのか土俵は跡形もなく空手の撮影用に作られたものとなっていた。
千葉選手は日本スポーツ科学大学出身で、世界中で空手の普及に貢献している。
今回そんな千葉選手に挑むのは、先鋒でお笑い芸人の小池太郎。
次鋒でお笑い芸人のミラクル岡野。
中堅で俳優の福山春彦。
そして副将でかつて全国準優勝した歌手のToshiyaと一緒に戦う。
とくに小池と岡野はコンビを組んでいて、コンビ名は『鉄拳』だ。
橙子はこの番組のレギュラーである岡野と一緒にウォーミングアップをし、試合の準備を進める。
そしてアナウンサーの旭川裕美が監督の原田大地にインタビューをする。
「原田監督はかつてオリンピックで金メダルでしたが、今回の選手層はいかがですか?」
「皆さん空手で結果を残している逸材ですからね。しかも初出場の柿沢さんはアイドルでありながら空手で全国優勝経験もあります。千葉選手を消耗させてから若い柿沢さんで一気に決める作戦です」
「なるほど、では自信があるという事ですね?」
「自信あります」
「では千葉選手の入場です!」
千葉選手が白い道着で入場すると、近づいただけで強いオーラが漂っていた。
千葉選手はまだ23歳の若さで、将来は『無敵になる』と世界中で言われている。
そんな選手と組手で戦えるなんて光栄なことだと橙子は闘志を燃やしていた。
橙子は拳を強く握り、『絶対に勝つぞ』とやる気になった。
「柿沢さん、緊張してるかい?」
「いえ、むしろ楽しみです」
「そうか、同じ空手家として一緒に頑張ろうね」
「はい!」
橙子が緊張してないか岡野が声をかける。
橙子はむしろ気合が入っていて、千葉選手にどうやって活化だけを考えていた。
「では千葉選手、今回の相手の皆さんはどうですか?」
「そうですね、やはりToshiyaさんが強い相手となりそうですね。柿沢さんはまだ中学生ですが、昨年高校チャンピオンを破ったと聞きました。でも……世界を見てきた私だからこそ負けるわけにはいきません」
「旭川アナありがとう! では試合開始までアップをお願いします!」
千葉選手は旭川アナのインタビューに答え、自信を持ってチャレンジャーに挑む。
ウォーミングアップを済ませ、ついに試合が開始される。
小池と岡野が一瞬で一本を取られ、福山も思うように動けない状態に追い込まれ、開始30秒で一本を取られる。
Toshiyaは1分も耐えることが出来たが、千葉選手の素早い身のこなしと野生の勘ですぐに見破られ、軽々と一本を取る。
そしてついに橙子の番が訪れた。
橙子と千葉選手は礼をし、ついに試合が始まる。
一方外では男女のカップルが言い争っていて、男性は何やら嫌そうな顔をしていた。
「もうお前のメンヘラはうんざりなんだわ……別れよう」
「嫌だ……嫌だ! 別れるくらいなら死んでやるっ!」
「そういうのがウザいんだよ。いい加減自分を悲劇のヒロインだと思い込んでんじゃねぇよ。じゃあな」
「………。」
両国駅周辺でカップルが別れ話をしていて、彼氏にフラれた女性は希望を失っていた。
女性は別れ際に死のうとカッターナイフを持ち出し、自分の手首を切ろうとしていた。
男性は最後の情けなのか止め、最終的に嫌気がさして押し倒した後に去っていった。
「おやおや? 随分お悩みのようですね? 何かあったのですか?」
「いいの……どうせ私は世界一不幸な女だし……。誰からも愛されない……誰も助けてくれない……。こんな私なんてこの世にいる価値はないの……」
「そうですか……お辛い心の傷ですね。ではこうしましょう、心の闇を全て解き放ち、愛してくれない人々を憎しみと怒りでぶつけるのです」
「憎しみと……怒り……! うっ……! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
女性は押し倒されて泣き崩れていると、今度は優しそうな声でありながら影がある謎の少女が女性にマイナスエネルギーを出すように促していた。
その女性は怒りと悲しみ、そして苦しみを解き放ち、胸からマイナスエネルギーを放って魔物になっていった。
一方国技館では橙子と千葉選手は何度も攻め続けていたが、なかなか一本を取ることができなかった。
千葉選手も次第に焦り始め、橙子が隙を突こうとした。
その瞬間、国技館は不自然に小刻みに揺れ、試合は一旦中断される。
「何だ……? 地震か……?」
「いや、揺れてない……。外が騒がしいから見てくるよ」
試合開始前の礼を終えた瞬間、地鳴りのような音と長く続く揺れが発生し、安全の確認が取れるまで撮影は中断された。
スタッフの人が『外の様子を見る』と言い、国技館の外へ出て行った。
しかししばらく経ってもなかなか帰ってこないので、おかしいと思った橙子は胸騒ぎがした。
「うわあぁぁぁぁぁっ!」
「何!? 何が起こったの!?」
「この魔力……それにあの悲鳴はまさか……!?」
先ほど様子を観に行った警備員の悲鳴が聞こえ、外で何かがあったことを察し、組手は一時中断となる。
人々の悲鳴に肌がピリピリするほどの気を感じた橙子は、すぐにマイナスエネルギーが発生し、魔物が現れたと一瞬でわかった。
外に行ったスタッフを助けるために橙子は道着のまま走り出し、外に向かって走る。
「柿沢さん! 今動くのは危険よ!」
「千葉選手は安全な所へ行ってください! ボク、何だか嫌な予感がするんです!」
千葉選手と共演者のを安全な所に避難するように訴え、橙子は収録中に抜け出して外に出る。
そこには腰が抜けて動けなかったスタッフと、イバラに包まれた美しい女性の魔物が悲しそうに暴れていた。
「うわぁーっ!!」
「大丈夫ですか!?」
「化け物が……あそこに……!」
「ああ……誰にも愛されない私って不幸な女……。みんな私から逃げていく……。そんな不幸をみんなにも味わってもらいたいわ……。うふふふ……みんな消えちゃえ……♡」
この魔物は先ほど男性に別れを告げられた女性で、自分は不幸なんだと思い込みながら暴れていた。
「君も早く逃げて……!」
「ボクに任せて逃げてください!」
「な、何をするかわからないけど……わかった!」
様子を見に来たスタッフを避難させ、橙子はイバラに包まれた魔物に声をかける。
「ちょっと! どうしてそんなに自分を悲観的に見るんだ!」
「あなたは女の子ね……。あなたにはまだわからないわ……こんなに愛しているのに……振り向いてもらえず捨てられる女の気持ちが……。みんなは私の事を『メンヘラ』と罵って捨てていくのよ……。どうせあなたもそう……私の事を捨てるんでしょう……? だったら不幸のイバラで叩きつけて絶望させてあげる……!」
「くっ……!」
魔物の振り回したイバラはあまりにも硬く、整備された道を粉々にするほどだった。
それなのにしなるように動くので、避けるのが精いっぱいだった。
周りには人がいないので犠牲者が出る事はなさそうだが、『国技館にイバラをぶつけられたらみんなが危ない』と思った橙子は、素手のまま魔物に体当たりをしかける。
「これ以上は好きにさせない! うおおおおおおおおっ!」
「邪魔……しないでっ!」
「うわっ!」
イバラは自暴自棄になり暴れ、近づこうもリーチが長くて近づけなかった。
魔物は何か追い詰められた顔をしていたので『魔物になったみんなは何かしら原因をつぶやいていたな』と橙子は思い出し、あえて様子を見る事にした。
様子を見ると、魔物はまた不幸を思い出したのか、独り言をつぶやき始める。
「さっきの彼もそう……。構ってほしくて……愛してほしくて近寄ったのに……。彼がいないと私……寂しくて死んじゃうのに……。昔から私は最初は愛されても……徐々にみんなは離れていくもの……。こんなにみんなに好かれたいのにどうして……!?」
橙子は『この女性は愛されたいのに誰からも愛されず、何度も捨てられてきたんだ』と思い、胸が締め付けられるほど痛くて苦しい思いをした。
同じ女の子だからこそ共感することができたが、それでも何度も立ち上がってきた橙子は『この女性を助けたい』と思うようになり、抵抗するのをやめて歩み寄りながら説得する。
「そっか……彼氏さんにフラれたんだね。ボクなんて好きな男の子に告白したのに、『男っぽいから』って玉砕したよ。すっごく悔しかったし、女として見られなかったことにショックだった。勉強がダメで先生に怒られて、空手が原因で先輩からもいじめられ、試合に負けた時にイップスに陥ったこともあって凄く辛かった」
「ならどうして邪魔をするの……?」
「あなたと同じだよ、恋も勉強も部活もうまくいかなくて、一時期はボクも死にたいと何度も思っていたよ? でも……だからこそ過去の悪かった自分を乗り越え、みんなに認められるように努力し、そしてボクはここまで来れた。あなたはただ自分が今まで愛されなかったからって、都合よく愛されようと他人を愛されるための道具にしていたんだと思う。あなたは誰かを愛し、そして誰かの悪いところも含めて許したり、相手の事を理解した?」
「……っ!?」
「やっぱりね……いくら愛されたくても、相手をより理解してから自分を理解してもらわないと、一方通行になって相手は疲れちゃうんだ。きっと過去のボクもそうだったと思う。あなたも同じ女の子なら、きっとわかってくれるはずだよ。どうしてそこまで自分に自信がないのか、そうまでして愛されたいのか……あなたの話を聞いてあげるから元気出して!」
説得すると橙子の頭上からオレンジ色の光が降り注ぎ、包まれるとやる気に満ち溢れ、元気が出るような感じだった。
ネックレスが大きく反応を起こし、ついに橙子は覚醒することに成功した。
「これだ……! これであの人を救える! いくぞ! 美しい虹色の世界よ、与える愛で私に力を与えたまえ! マジカルチェンジ!」
変身の呪文を唱えると、まばゆい光が橙子を包み、オレンジ色をベースにチャイナドレスを動きやすいようにカンフーの道着風になった。
下はボクシングをイメージさせるような白いハーフパンツになり、靴はプロレスラーがはいている黒いブーツになる。
武器こそはないけれど、手には指貫グローブが装備され、頭に空手を中心にたくさんの格闘技の技がインプットされていた。
額には空手でもたまにつけられる気合の白いハチマキが巻かれ、自分のキャッチフレーズで名乗りをする。
「オレンジパワーは元気の源! 希望を照らす太陽の光! 柿沢橙子! あなたの恋の苦しみをすぐに治してあげるよ!」
自分の取り柄である元気さを前面に出し、魔物になった女性が元気になれるように気合を入れる。
衣装は中華風ではあるが、構えは空手そのもので、橙子のスピード感溢れる格闘タイプだ。
橙子は拳を強く握り、魔物になった女性を助けるために戦うのだ。
つづく!




