第10話 理不尽
浄化をした直後に男性はぐったりと座り込み、何か追い詰められたような表情をしていた。
この男性は先ほど借金があると言っていて、それが気がかりだったほむらたちは男性に尋ねる。
「あの、非常に聞きにくい事を聞きますが……。どうして英雄くんを誘拐しようとしましたか…?」
「ああ……金だよ。子どもを世界に売って金を儲けようとしたのさ……。私はもうお金がなくてね……後がない状態だから悪い事して儲けようと思ったのさ……。本当は悪い事だとわかってたんだがね……何でだろうね……」
「さっき借金があったとか言ってたが、それはどういうことなんだ?」
「元々いた会社が社員を使い回しにしたり、残業させては帰らせなかったり、とにかく酷い職場だった。辞表出そうとすれば『家族がどうなってもいいのか?』と脅されるし、有給取ろうとすれば嘘をつかれて出勤させられる、そんなところさ。私はみんなのためにこの事を公表したんだ、これがきっかけで会社が社員に賠償することになったんだ。ところがそれを隠してきた社長が腹いせに私に借金の肩代わりを無理矢理させたんだ……。信じられるかい……? 自分がやったことを他人に罪を押し付けるなんて……。それが原因で何億の借金を抱え、妻は子どもを連れて夜逃げ、借金取りは私の命を狙うばかりさ……。会社に尽くしてたくさん建設してきたのに酷い話だよ……」
「ここまで追いつめっれたら、人間なら誰だって善悪の区別がつかなくなるものよ。彼はその被害者でよほど切羽詰まってたのよ」
「英雄を誘拐しようとしたのは許せねえが、それ以上にこんなことさせるまでに追い込んだその会社が許せねえ!」
男性は今まで勤めていた会社の事情を話し、同時に裏切られて借金を無理やり肩代わりさせられたことを話す。
あまりにも理不尽なやり方にほむらは怒りを覚えてカビを軽く殴り、海美は限界まで追いつめられたら人間なら誰もが悪事をするようになると理解を示す。
「お伺いしますが……もしかして株式会社某建設ですか?」
「何故それを……?」
「わたくしの父が国会議員をやっていまして、前から某建設の劣悪な労働環境を指摘してきました。それがここまでとは思いませんでしたが。あなたの無念を晴らすために、父のご友人である弁護士さんにお願いしてあなたの無罪と自由を取り戻します」
「ということは葉山議員の……!」
「この際だからアンタが英雄を誘拐しようとしたことは水に流すさ。そこまで追い詰められたら、誰だって必死に悪さしてでも金をもらおうとするものだしな。アタシの親父も前の会社が酷くてね、それが原因で倒産したんだ。それでもアタシたちのために再就職してトラック野郎を続けている。たまたま家族のためだったってのもあるけどさ、アンタもあの頃と同じように、社会で理不尽な事に立ち向かう強い意志を持ちなよ。そしたらいくらでも応援してやるからさ」
「君は弟くんを誘拐しようとしたのに優しいんだな……。本当にすまなかった……!」
「許す強さを持っているなんて、ほむらちゃんは強いわ。ほむらちゃんの言う通りです。確かに社会には理不尽なことばかりです。どうしようもないこともあると思います。でもそれに待ったをかけないといつまでも社会はよくならないんです。まずは弁護士と協力して証拠を掴み、裁判で潔白を証明しましょう。あなたの夢は何ですか?」
「建設を活かした工業的な会社を立ち上げる事だ……」
「それならあなたの夢は叶います。ただしあなたの努力とやる気次第ですが。でも……その目なら心配いりませんね」
「ああ、ありがとう……。私も頑張るよ」
海美が男性に将来の夢を聞き、目を見て夢は叶うと男性に助言をした。
すると男性はその場から立ち去り、新しい希望が見えてきたのか猫背だったが姿勢がよくなっていた。
ほむらは男性の背中を見て将来性を感じた。
英雄はあれから秀喜と一郎に謝り、ほむらも安心した表情で英雄の頭を撫でる。
夜も遅くなり用意された布団の上で一夜を過ごし、戦いの疲れもあってぐっすり眠った。
朝になると海美とみどりは目覚め、ほむらと一郎がいないので布団から出る。
するとキッチンから声が聞こえたので、海美とみどりは話をこっそり聞いてみる。
「ほむら姉さん、家のことは俺たちに任せてよ」
「一郎……お前まさか……!」
「あれからみんなで話し合ったんだ。『姉さんはアイドルとして活躍してもらい、のびのびと好きな事をしてもらう』って。家の事は俺とさつきが頑張るからさ、姉さんはアイドル活動をいっぱいしてよ。野球の時みたいに気を使わなくてもいいんだよ。だからさ……頑張れ!」
「一郎……みんな……! 本当にお前らが誇らしいぜ! ありがとう! これからアイドルを頑張るぞ!」
「それとね、魔法少女って事は学校や幼稚園では秘密にするよ。他のみんなを巻き込むわけにはいかないからね」
「そうだな、そうしてくれると嬉しい」
一郎たち兄妹はほむらの負担を減らすために家事を役割分担して行うことをほむらに報告する。
ほむらは一郎たちの成長の嬉しさのあまりに感動し、それでも我慢するように笑顔で頭を撫でる。
これでほむもアイドルとして活動でき、魔法少女としても心置きなく戦える。
ほむらの家を出て兄妹たちとお別れし、三人は事務所へ向かって合流する。
「まさか三人同時に覚醒するとは、僕の予想をはるかに超えるペースで魔法少女になっていくね」
「シロン! へへ、まぁな。変身はまた後でな、結構魔力使うからな」
「それもそうだね。それに橙子とゆかりはただでさえ戦闘能力が高いから相当厳しい覚醒条件になるかもしれない。だからこそ焦らずその時が来るまで前に進んでほしい」
「わかってるよ」
橙子は空手の全国優勝、ゆかりは戦国時代から続く忍術の家系で、戦闘については経験豊富だ。
それが原因で覚醒しない事へのプライドが邪魔して覚醒しないことをシロンは危惧していて、念のために橙子とゆかりに焦らないように促した。
「そう言えば橙子がレギュラー番組に抜擢したぞ」
「え? 本当!?」
「うん! ボク…じゃない! 私、柿沢橙子は『スポーツ対決番組、アスリートと対決!』の新レギュラーメンバーに選ばれたんだ!」
「すごーい! ってボク……?」
「あっ……!」
ゆかりは橙子がスポーツ番組の新レギュラーに任命されたことを報告し、橙子は興奮しながら喜びを表す。
しかし橙子は興奮のあまりにうっかり『ボク』と言ってしまったことに気づいた橙子は気まずそうに後ろを向いて顔を隠す。
海美は橙子の事情を察したのか、少しだけ相談に乗ってみる。
「もしかして、ボクっ子かしら?」
「うん……。本当は自分の事を『ボク』って言うんだけどね、あんまり女の子らしくないし、『男の子みたい』ってバカにされたこともあってね。それにアイドルだから女の子らしい方が人気出るって聞いたから、無理してでもみんなの前ではキャラを作ってたんだ。ごめんね」
話によると橙子はボクッ子だったが、女の子らしさとアイドルらしさを気にしていて、ずっと無理して一人称を私と言っていた。
橙子は黙ってたことの罪悪感と、女の子らしくない自分に失望したと思い込んで下を向く。
「大丈夫だよ。僕っ子アイドルは私の知ってる限りでは沖田つかささんを筆頭に三人はいるから」
「それに水臭えじゃねぇか、ありのままをさらけ出せばより売れるかもしれねぇぜ?」
「わたくしは橙子さんの本当の姿も好きですよ♪」
「よいではないか、その方が肩の力も抜けるであろう」
「橙子ちゃんは可愛いから、きっとファンのみんなもわかってくれるわ」
「みんな……ありがとう! ボクはもうキャラを作らずありのままでいくね!」
さくらを筆頭に橙子の個性的な一人称を受け入れられ、橙子は心置きなくボクっ子キャラを通せるようになる。
橙子の本当の姿も知り、晴れてアルコバレーノ初のレギュラー出演を果たす。
前に出会った男性はみどりの父の知り合いの弁護士によると佐久間総一郎という人で、しばらく経って裁判で借金はなくなったそうだ。
そして弁護士の協力の元、社長の今までの悪事を掴まれ、そのまま逆転有罪となり賠償金で佐久間は晴れて自由になって独立することが出来る。
夜逃げした妻については離婚となり、佐久間はようやくやりたかった仕事で起業し、純子と取引先の関係になった。
この現代社会は権力のある方だけが上に立ち、下の立場になると理不尽な事を押し付けられたり、理不尽な条件で働かされて亡くなったとしても責任を取らないなど、挙げればキリがない程に理不尽なものが溢れている。
それでもその理不尽に待ったをかけれる程の世の中になれば、もっと人間らしく生きる事ができ、新しい可能性にチャレンジしたり、何かがきっかけで新たな知識を得る事だってできるはずだ。
その可能性を潰してしまう社会の理不尽は、保身に走り無責任な上の者がいる限り、なくなるのは不可能かもしれない。
それでも悪いことに染まらないように全力で止めたり、間違ってたら素直に謝罪ができる世の中になれば、将来の子どもたちに世間を任せられるだろう。
もちろん中には思い込みで間違った正義感に溺れてしまい、無害なはずの人を陥れる事もある。
正論は時に人を傷つけ、だからと言って隠したり責任から逃げるのは自分だけでなく周りの事も不幸にしてしまう。
だからこそほむら、海美、みどりは理不尽なことに負けない心と、誰かが困っていたら可能な限り手を差し伸べ共に助け合えるような関係を築きたいと思ったのだった。
つづく!




