第108話 最後のカウントダウン
アイドルオリンピックを制覇したアルコバレーノは事務所の地元である溝の口で凱旋パレードを終え、それ以降は東京ドームで行われるファイナルライブに向けての準備に取り掛かる。
サクマ大道具の佐久間総一郎は最後の勇姿を見ようといつも以上に張り切っていて、大道具担当のどの社員もいつもより張り詰めていた。
「佐久間さん、お疲れ様です」
「おお、黒田さん。お疲れ様です」
「随分張り切っているわね。やっぱりあの子たちの最後のライブを成功させたいのかしら?」
「まぁね。彼女たちに助けられた恩があるからね。社員たちにはそれがかえってプレッシャーになると思って、私が自ら指揮を執って率先して働いているんだ。もちろんちゃんと休暇も取らせているし、心のケアも忘れてないよ」
「それならよかったわ。そういえば再婚なさったのね、おめでとうございます」
「ありがとうございます。黒田さんも上手くいってるみたいで何よりだよ」
佐久間と純子は社長同士でファイナルライブをどんなライブにするかを話し合い、晃一郎は企画部出身としてライブの演出やセットリストの考案を任され、その他大勢の著名人や世界の有名人からも惜しまれつつもお祝いの手紙なども送られている。
さくらたちはスタッフたちの役に立ちたいと思い、シートを敷いたり椅子を並べたりとライブ会場の設置を手伝う。
清掃員の方々もとても優しく指導し、さくらたちを緊張から助けてくれる。
「それにしても随分みんな張り切っているね」
「皆さんわたくしたちのためにそこまでしてくださって嬉しいです」
「そうなると今まで以上に最高のライブにしないといけないわね」
「そうだね。それじゃあ控え室で少しだけレッスンしようか」
「うむ、それがいいだろう」
時間が空いたさくらたちは控え室で少しだけダンスと歌の調整をし、どうやってファンに魅せていくかの確認をする。
アイドルオリンピックの初代王者だからと驕ることなく、出来る事をひたすら続けるのが彼女たちのポリシーだ。
本番までに怪我や病気をしないように健康にも気を使い、心のケアや疲れのリフレッシュ、そして他のアーティストのライブの見学を続ける。
SBY48やスマイリング娘。、月光花にシンデレラロードなどのライブ映像を見て、どんなパフォーマンスをするかを確認する。
アイドル以外の他ジャンルのライブでもそれぞれの得意な音楽を全部見て、いいと思ったものを取り入れる。
ところがライブまで1か月を切った時、さくらたちを襲うアクシデントが起こる。
「大変だ! サクマ大道具の社長が倒れた!」
「早く彼を医務室へ運んで!」
「アタシが行きます!」
「うう……!」
「しっかりしてください! アタシが運びます!」
「すまない! みんな手が離せなくて……」
「いいんです! アタシたちも彼には助けられてますから!」
大道具の責任者である佐久間が倒れ、現場の指揮を執る人がいなくなってしまう。
佐久間のピンチにほむらが真っ先に駆けつけ、誰も手が出せないくらい忙しい大道具の人たちは自分たちの作業に集中する。
ところが災難はまだ続く。
「うわっ!?」
「赤城さん!」
運んでいる途中でほむらは照明のコードに引っかかり、転んで足首を捻ってしまう。
それでもほむらは右足首を庇うように佐久間を運びきる。
しかし足を捻ったほむらも念のために医務室で応急処置を受ける。
「先生、佐久間社長の容体は……?」
「うーん……寝不足と低血糖だね。今まで飲まず食わず、さらに睡眠をとってないから今までの疲労が出てしまったんだろう」
「ほむらはどうですか……?」
「赤城さんは捻挫だね。全治は1か月程度ですが、ライブでの全力パフォーマンスは厳しいかもしれない」
「そんな……!」
「へへ、心配すんなよ。アタシはライブに出れなくなるわけじゃねぇんだぜ? こうなった以上は無茶はしねぇが、さっさと治してファンにアタシの全力を見せるよ」
「ええ、ほむらちゃんも無理しないでね?」
「一応テーピングで固定し、アイシングもしましたので腫れは多少出ますが抑えられるでしょう。念のためにふくらはぎなどもほぐしてあげてくださいね」
「はい!」
「佐久間社長……! 俺たちのために……!」
「すまないね……。私は最後の仕上げには参加できないようだ……。現場の指揮は誰に任せようか……」
佐久間は自分の不甲斐なさを責め、現場を誰に任せるか悩んでいた。
管理職レベルの社員は全員他の現場に行っており、もはや誰も指揮をする人がいない状態だ。
大道具の社員たちが下を向いていると、さくらは何か決意をしたのか顔を上げる。
「あのっ! 私たちにやらせてください!」
「桃井さん……?」
さくらは希望を捨てず、やれることを最後までやる気持ちで佐久間に大道具の手伝いをすると提案する。
その大胆な提案に医務室はざわつく。
「大丈夫かよさくら? アタシたちは大道具どころか、現場の設置なんてはじめてだぞ?」
「これでもアイドルになるために裏方の勉強もしてきたんです。佐久間さんほどの経験はないですが、私たちのためのライブを成功させたいって気持ちを無駄にしたくないんです!」
「さくらちゃん……私もライブを成功させて、みんなの笑顔を見たいです! 私たちにも手伝わせてください!」
「力仕事ならボクだって出来ます!」
「設置の計算や図形の理解ならわたくしが致します!」
「高所の作業ならば私にお任せください!」
「私なら微調整をすることが出来ます。佐久間さんはゆっくり休んでください」
「みんな……すまない……。最後まで君たちに助けられたね。社員たちの事は頼んだよ」
「「「はい!」」」
佐久間の意志を無駄にしないためにさくらたちは大道具の手伝いをすることになり、現場は少しだけ遅れるものの順調に進んでいく。
花道の設置に橙子と千秋が活躍し、みどりの頭脳で計算された舞台装置になり、海美とゆかりも細かいところの作業を進めていった。
企画を終えた晃一郎と純子も率先して現場を仕切り、とくに晃一郎は社会人野球の試合が近いにも関わらず大道具の力仕事を自ら引き受けて高所の作業もする。
さくらは最後の仕上げに取り掛かり、そして1か月が経って完成した。
「皆さん、おかげさまでステージが完成しました!」
「音響と照明、スクリーンなども完成です!」
「ありがとう!」
「アルコバレーノのみんな! 本番は私たちが全力でサポートするよ!」
「佐久間さん!」
「もう歩けるんですか?」
「うん、1か月間休養をもらって、先生からも『動いてもいい』って言われたんだ。ライブ当日はよろしくね」
「はい!」
「もう一人、回復した人がいるんだ」
「もしかして……!?」
「へへっ、この通りだ!」
「ほむらちゃん!」
「完治予定日より早かったのね!」
「ああ! 気合と根性、そして栄養管理と整体、家族のサポートもあって予定より早い回復になったぜ!」
「よかった……! スタッフの皆さん、明日はよろしくお願いします!」
ファイナルライブは東京ドーム、3月の中旬の日曜日とわずか1日のみのライブで、本当にお別れの卒業式ライブになる。
いろんなアクシデントがあったが、それでも完璧に仕上げてベストの状態にまで間に合った。
そしてついにファイナルライブが始まる――
つづく!