婚約者がわたくしの実妹と不貞行為を働いて、妊娠までさせたので責任を持って『贄』となっていただきましょう
我が国には生贄制度がある。他国の人間には、なんてことをするのかと言う人もいる。けれど、我が国はその生贄制度で栄えてきた。そのおかげでみんな飢えずに済むのだ。
黒龍様の好む『魂の穢れた者』を毎月数人捧げるだけで、黒龍様のお力で不毛の大地であったこの国でも沢山の農作物が実るようになった。
罪人なんて国中探せば毎月幾人も見つかるので生贄探しにも困らない。特に、公には裁けないが罪を重ねたワケあり貴族の断罪にはぴったりだ。
一応、表向きには国の為に身を捧げた尊い命とされるので残された者たちにとってはむしろ名誉となる。残された者たちに金銭の報酬もある。アフターケアもばっちりだ。王族や貴族は生贄制度の真実を知っているから、影では色々言われるが。
しかも、冤罪だった場合黒龍様の好む『魂の穢れた者』判定から外れるので食べられない。むしろ身の潔白を証明して生還できる。
「というわけですので、『浮気ではなく純愛』『婚約者を繋ぎとめられないお姉様が悪い』と仰るなら是非『身の潔白を証明』してくださいまし」
「な、なんてことを言うんだ!証明なんて…そんな…」
「もう既に、貴方のご実家には身の潔白を証明しないと婚約は破棄すると伝えてありますわ。そうなれば当然、今までしてきた資金の援助も打ち切りですわ。ご両親は貴方の身の潔白を信じて黒龍様の元へ送り出すと仰いました。さあ、迎えの馬車が来ておりますわ。いってらっしゃいませ」
「そんな…っ!」
黒龍様を祀る教会からの迎えが来て、屈強な男たちと神官様に連れられて彼は生贄の祭壇まで強制連行されて行く。
「お姉様…酷い…っ!私のお腹の子の父親を生贄にするなんて…っ」
「わたくしはこの家の女伯爵。結婚する相手は当然婿となる。その重責を担うことが出来ない男ならばそれまで。そして貴女も。実妹とはいえ、妾腹の貴女にも限りなく慈悲を与えてきた。なのにこの裏切り。もう、慈悲は与えません」
わたくしに将来の伯爵としての仕事を叩き込んでくれた素晴らしい父を最近亡くし、妾腹の妹を可哀想だと引き取ってしまったお人好しの母も父のあとを追うように逝ってしまった。
それでも、腹違いとはいえ可愛い妹であったこの子を守り、領地を栄えさせ、領民たちを導いてきた。
でも妹は、わたくしの婚約者を唆しわたくしを裏切った。ならばせめて、愛する領地と領民たちのために利用しましょう。報いを受けるのは、覚悟の上よね?
「妹に、最高の環境を与えてちょうだい。妊娠した子を、必ず健康に産ませるのよ」
「はい!」
「え…」
慈悲は与えませんと言ったわたくし。けれど妹のお腹の子を、必ず健康に産ませるとも言ったわたくし。そこに矛盾はないのだけれど、妹は理解できずに困惑する。
「今の貴女のお役目は、子供を元気に産むこと。それ以外は期待していません」
「お姉様…!」
なんだか変な期待の目を向けられるが、そういうことじゃないといつ気付くだろうか。
「お姉様!元気な男の子と女の子の双子が生まれました!」
出産を終えて我が子たちを抱きしめる妹は、幸せそうだ。
「そう。では、お前は最期のお役目を果たしなさい」
「え?」
「その子たちは、我が伯爵家の後継者としてわたくしが大事に育てます。安心なさい」
「…!?」
絶望した顔に、やっと溜飲が下がる。そして、屈強な男たちと教会の神官が部屋に入ってきて泣き叫ぶ妹を連れて行った。
残された甥と姪を雇った乳母に預ける。
血を分けた存在は、それだけで情が湧いてしまう。それでも、わたくしはこの子たちから将来恨まれる立場。いつか贄にすらされるかもしれない。
覚悟を決めた上で、将来我が領地と領民たちを守る伯爵として完璧に育てる。
その後復讐されても、領地と領民たちにとって素晴らしい『伯爵様』にさえなってくれれば、わたくしは受け入れる。
「言葉が理解できるようになる頃には、実の両親をわたくしの指示で贄に捧げたことを伝えましょう。生贄制度についてもきちんと伝えましょう。その上でわたくしを恨むことは間違いではないと伝えましょう」
きっとそれは、この子たちにとって辛いこと。でも、伝えないのはフェアじゃない。そして、伝えるならばなるべく早く伝えた方がいい。
その上で、復讐される間際まできっちりと伯爵家の後継者として仕込む。どちらが後継者になってもいいように、そしてより強く伯爵になりたいと思った方がなれるようにする。
憎まれても恨まれても。領地と領民たちのために。そしてこの子たちがいつか、わたくしへの復讐を果たした後は幸せを求められるように。
土台は整える。どう転ぶかわからないが、それでも出来る限り多くは幸せにしたい。
わたくしが復讐をしたように、いつか復讐されるのは構わないから。それでも出来る限りのことはしたい。だって、復讐をするならばされる覚悟もしないといけないもの。
「いつか全てが終わる時、それでも元婚約者と実妹への復讐を後悔はしないのでしょうね。わたくしは…それでも、より多くを幸せにしたいと思うのも本気なの」
どうか、いつかわたくしへの復讐も遂げて伯爵としても立派になって幸せに。
そのために、わたくしの持てる全てを捧げるから。
「…ああ、あの二人の裏切りさえ無ければもっと真っ当に幸せになれたでしょうに」
それでも、それが無ければこの甥と姪が生まれる事もなかったのだから悪いことばかりとは言えないのだろうけれど。
「…それでも、もしあのまま裏切りがなく穏やかな幸せがあったなら」
きっちりと復讐はした。でも、恨み言はまだ尽きない。裏切らないでくれれば…せめて一言先に何か言って、婚約を解消した上で妹と婚約をしてくれれば。それでも手酷い裏切りだけど、贄にはしない程度にはまだ許せたのに。
「…やっぱり、復讐自体は間違いだとはどうしても思えない」
だからこそ、甥と姪がわたくしに復讐するならば受け入れるけれど。
「…ともかく。甥と姪の養育にあたって色々準備は万端。二人が育つまではしっかりしないと」
その過程で復讐された場合も、二人を守るための保険はかけた。信頼できる人に二人のことを頼んであるし、お金をたくさん遺せるようにしてある。
「…復讐されるまで、しっかり守る」
信頼していた二人に裏切られたわたくしだから。いつかわたくしに復讐する二人を、出来る限り裏切りたくない。初手でもう酷いことをしたけれど。
「…今頃、黒龍様はお腹いっぱいでしょうね」
今日も今日とて、黒龍様の加護で国は栄える。きっといつか、わたくしもその礎となるだろう。
【長編版】病弱で幼い第三王子殿下のお世話係になったら、毎日がすごく楽しくなったお話
という連載を投稿させていただいています。よかったらぜひ読んでいただけると嬉しいです。