【1】ダンジョンのWi-Fi業者~ダンジョン配信のウラ側、全部見せます~(toko_juya)
ダンジョン配信の時間だ。
「みなさんこんにちは、自称グングニル系冒険者、元具レリです~! 今日は以前からリクエストの多かったダンジョン『品川駅跡地』の攻略をしていきます! うわ~!とうとう来てしまったこの日が。逃げられない。宿命! でもね、期待して下さる視聴者の皆さんのために、頑張って、ええ、挑んでいきたいと思います~」
スマホの画面に映っているのは、アニメキャラのように派手な色の髪の女の子。女の子の背後のコンクリートの通路の先には、真っ暗闇が待ち構えている。これからこの女の子はこの闇に踏み込んでいくのだ。
「レリたそか。でもそろそろだから、準備できてる?」
「はい、今いきます」
横から声がした。この続きはアーカイブで観るしかない。イヤホンを外してスマホをスリープモードにしてズボンのポケットにしまい、私は4人乗りの軽バンから降りて後ろに積んであったリュックを背負う。
「入口はあそこだな」
私を含む3人は、真っ暗な闇が待ち構える穴を確認した。穴は、クレーターの中心で盛り上がった古墳のような小山の側面にある。このクレーターができたのは、ほんの半日前だ。それだというのに、クレーターにはもう雑草が生い茂っている。既に長い月日がったかのように。妙だ。でもそういう場所に忍び込むのが、私の仕事だ。
――みなさんこんにちは、自称鋼系冒険者、舞姫まひろです、今日の配信は…
一瞬、私の脳裏にかつての日々がよみがえる。力及ばす、何も身を結ばなかった日々。あのときの私は誰にも注目されなかった。そして今もそうだ。でも気落ちするな、これだって大切な仕事なんだと自分に言い聞かせる。誰にも見られなくたってもいい。あの私を狂わせた女の子のような存在が、その冒険譚を生配信し、業界を活性化させ続けるのに必要な仕事。
私は回線業者。ダンジョンに、Wi-Fiを設置しにいくのだ。
2017年を境に、世界各地にて「ダンジョンコア」なるものが突如降ってくるようになった。空に開いた、異次元空間に通ずる穴から落ちてくるダンジョンコアは、落下地点の周辺のものと化学反応を起こして地下迷宮…通称「ダンジョン」を生成する。
ダンジョン内には様々な魔物が生息し、未知の資源が採取できる。ダンジョンは一度に3人までの「冒険者」しか受け付けない。投入できる人材が限られる中で、いかにダンジョンを攻略するかが世界中で注目の的となった。
命知らずの冒険者は、ダンジョン内で取得した技能「スキル」を駆使してダンジョンを進んでいく。魔物を倒し、罠を回避し、そして貴重な資源を獲得する。
冒険者たちは探索を請け負うための事務所を設立し、それにスポンサー企業が資金や物資の援助をする。その見返りとして、冒険者は企業の宣伝を行って広告塔となる。いわゆる「企業案件」だ。
露出が増えるにつれ、冒険者はアイドル的な人気を博すようになった。スタイリストがつき、プロのイラストレーターがデザインした衣装を着る。そして、その冒険譚を生配信するようになった。これが「ダンジョン配信」だ。ダンジョン配信には「探索の過程を一切の編集なしで共有し、攻略情報を充実させる」という大義名分があるが、何よりも結局生のものに人々は惹かれるのだ。必ずしも冒険者が成功するとは限らず、血みどろの光景が映されることもある。それでもスポーツ中継に熱狂するように、人々はこのダンジョン配信に夢中になった。
そして私は、そんな命知らずの冒険者がダンジョンで生配信できるように、Wi-Fiを設置する仕事をしている。
ダンジョンコアはダンジョンの中心部にあり、それを加工することでダンジョンは性質を変化させる。例えば「イフリートの獄炎」でコアを加熱すると、生息する魔物が絶滅し居住区への転用が可能となる。「打ち出の小槌」で叩けば、構造が簡略化されて初心者向けのダンジョンになる。そして「ヘルメスの手帳_ver1.4」を飲み込ませることで、ダンジョン全域にIEEE 802.11ax、最大通信速度9.6Gbpsの通信網が張り巡らされる。
とにかく、通信網の構築が最優先。だから魔物との戦闘も回避したっていいし、資源が眠る宝箱も通り過ぎてもいい。配信ウケするような隠しボスもスルー。他のどの業者よりも先にダンジョンコアまで着くことが第一。
「ふっ、ルーキー、まあそんな気張らなくたっていいから、ね?とにかく終わらせよう。終わったらさ、俺が飲みにつれてってやるからな? いい店があるんだよ、安心しろって」
この男は中川さん。仕事中でもいつでもニヤニヤ笑いを欠かせない。大胆不敵な熟練の冒険者ぶってはいるが、まだ31歳で、私とは4年しか違わない。技量は高い方なのだろうが、絡み方が…その…
「はい、お気遣いありがとうございます」
敬語敬語、敬意敬意。
今回のパーティは、中川さんと私の2人だけである。パーティの最大人数は3人なのだが、他の社員は皆出払っており、残っていた3人にまわってきた。それで残りの1人はというと、ダンジョンの入り口にとどまり見張り兼待機役だ。コアの落下地点はXX県にある営業所から車で3時間の山間地。落下地点には熊や狼といった魔物化した場合とても危険な野生動物は生息していないため、中堅と若手の2人でも問題ない…らしい。まず他の業者に先んじたいというのが本社の意向だ。
「ルーキー、転ばないでよね~」
「はい、お気遣いありがとうございます」
中川さんと私のパーティは、穴からダンジョンへと侵入する。当然前人未踏の空間だから、ドラムを入口に設置し、探索を中断する際は命綱(最大10㎞。一番高額な装備だ)をたどって帰れるようにしてある。命綱には端子がついており、トランシーバーと接続することで入口との通信が可能となる。
光属性の魔法「明光」で灯りを確保しつつ、狭い穴を降りていく。ダンジョンにはレンガや木で舗装された建造物に近いタイプもあるが、どこも入口はこのような感じ…そして降り切った先には、石造りの通路が広がっていた。
「あれ、ちょっと報告と違わないですか」
私は中川さんに尋ねた。事前の情報では、この山間地に集落等は存在していない。ダンジョンの環境はコアの落下地点周辺にかなり影響される。壁の造りが建造物に近いということは、人の住んでいた痕跡が周辺に存在したということに他ならない。
「まあまあ、土砂崩れで遠い昔に埋もれたまま記録にも残らなかったということもあり得る。戦国時代には各地で砦が築かれたが位置が特定されていないものも多い。発見の価値も増す。棚ぼただ」
探索は続行だ。しばらくは一本道だったダンジョンも、開けた場所に出た。壁には火のついた松明がかかっており、いかにも地下迷宮といった風貌だ。
「荳・ュウ・∽ク・ュウ・・」
そこで待ち構えていたのは、ダンジョンに生息する魔物たちだ。鰻が二本足で立って鍬や鋤をもっている。その数8体。鰻人(今はこう呼ぼう)たちはこっちを見るや否や雄叫びをあげ、体を魚らしくビチビチと震わせながら突撃してきた。数に物をいわせようとする基本的かつ効果的な戦法だ。
「いつものヤツでいくぞ」と中川さん。
「はい」
中川さんはスキル「雷太鼓」を発動させる。これは、発動者の前に太鼓を召喚し、それを乱打することで周辺の敵に電撃を与えるスキルだ。水棲の魔物であれば効果は抜群。発動者は太鼓をたたき続けるために動き回れないのが難点だが、そこは私がカバーする。
私が念じて発動させたスキル「鉄茨」は、茨のような形状をした鋼鉄製の柵を展開させる。表面がぬめぬめした魚系の魔物をひるませつつ、帯電することで雷太鼓の攻撃範囲を広げることができる。
「荳・ュウ荳・ュウ荳・ュウ!!!!!!」
中川さんは、「音ゲで鍛えた」連打を繰り出す。何十だか何百だか、鰻人たちは雷撃を継続的に喰らい続ける。そしてもとから震えていた身体をより一層震えさせたあと、炭となって転がった。戦闘終了である。
「こちら中川、魔物と遭遇したが全滅させた。問題なし、探索を続行させる」
報告の終わった中川さんは、床に散らばる炭化した鰻人を見ては「惜しいことをしたかもな~」とぼやく。鰻は5年前に絶滅した高級魚だ。この鰻人はその代替として高額で取引できるかもしれない。しかしその検証は、また次の機会に。Wi-Fiを設置して、このダンジョンの所有権を獲得するのが先だ。
ダンジョンが各地に出現してからというもの、その所有権を巡って人々は揉めに揉めた。結果、「リスクをとったものが恩恵を真っ先に得るべき」という考えのもと、ダンジョンは最初にコアまでたどり着いた冒険者の「スポンサー企業の」私有地とすることになった。国への納税を差し引いても、とにかくダンジョンさえ確保すればそこに眠る富は独占できたも同然なのだ。
ダンジョンには「セーフポイント」と呼ばれる場所がある。魔物を寄せ付けない「マナの泉」と呼ばれる光る紋章が床に描かれており、冒険者が休息をとることのできる場所となっている。数に差はあれど、全てのダンジョンに同じものが存在する。だからダンジョンコア自体に由来するものなのだろう。
探索中にそれを発見したため、一時休息をとることになった。多くの場合、セーフポイントから進んだ先は「ボス」とカテゴライズされるような強力な魔物が待ち構える「ボス部屋」だ。だからとれるうちに休むのが鉄則。
座りながら私はふと、元具レリのことを考えていた。元具レリは、現在チャンネル登録者数400万人を超す人気冒険者にしてダンジョン配信者だ。聞き取りやすい声と奇想天外な戦法でダンジョンを攻略し、「魔導機兵エンデュミオン零式」「天地崩壊獣ギガトドス」「海老天ぷらエンペラー」といった誰もが攻略をあきらめかけていた超強力な隠しボスを倒している。「10秒に1回笑わせる女」「清楚(戦闘狂)」「初見でRTAができる女」などと様々な異名を持つほどに、その語り口は軽妙で、冒険者としての戦闘スキルも超一流なのだ。
私はそんな彼女を推していた。憧れていた。いろんな意味で、近づきたいと思っていた。だから企業主催の冒険者オーディションに参加し、なんとか審査を通ってある事務所の2期生「舞姫まひろ」ととしてデビューした。この時はまだ、自分が夢に向かって突き進む主人公で、積み重ねてきた努力は必ず報われるハッピーエンドになると信じ切っていたのだ。
だがデビューしてからは、はっきりいって鳴かず飛ばず。ダンジョン配信もたびたび行い、何回かボスの撃破と最深部への到達まで成し遂げた。それでも再生数は大して増えず、企業案件もほとんど来ることはなかった。今思えば、内容に独自性がなかったのだろう。トークも平凡…というか、印象が固い。くだけた言い回しをしようとしてもなんか面白くない。戦闘も、メインスキルが鋼鉄の植物を生やす程度では目を見張るものがない。それではウケないのだ。数年前に始まったばかりの配信者業界も今やレッドオーシャン。競争は過酷だ。
そして元具レリの出番は増え続け、私の出番はなくなっていく。ついに事務所は事業からの撤退を宣言し、私はあえなく解雇されてしまった。
私は思いあがっていた。夢に向かって努力して、実力を磨けばあの人と同じステージに立てると。でもレリの視界に入ることすらなく、私は敗れた。バトル漫画で強キャラ同士の戦闘の余波で吹っ飛ばされる雑魚キャラみたいに。なお夢にしがみつこうとした私は、バイトをしながらオーディションを受け続けた。でも、とうとう力尽きた。自分は元具レリのように輝けない。ようやく事実を飲み込んだ私は、私を殺した。
そして、今の職場にいる。こういう冒険者崩れは、この業界にはごまんといる。
「ルーキー、なに固くなってんだ?やっぱり昔を思い出しているのか」中川さんがコーヒー片手に話しかけてくる。
「すみません、今の業務に集中します」
「OK。たのむよ」
昔のことは後だ。後後。
命綱を置いて(ボス部屋の扉が閉まるときに千切れるから)、いよいよボス部屋だ。扉を開けると先程までの石造りの床は土に代わり、野外に出たかのような広い空間が広がっていた。そしてその中心には、材木や枝を組み合わせた身長10mはあろうかという人形が鎮座していた。
「やっぱここには昔、人が住んでいたんだな」
人形の構成する木材には、よく見ると札が貼り付けたれている。札に墨で書かれている文字は崩れており読めないが、おそらく何かを祭る言葉が記されているのだろう。
そして、誰もいないこの広場で、祭りが始まった。
まず、扉が自動的に締まる。
「やっぱりこいつがボスか!」
続いて、ほら貝の音が響きだした。広場を見回しても、その吹き手はいない。一体誰が吹いているのか?
更に、札という札が突然発火し、瞬く間に火の手が人形を包んでいく。ぱちぱちと破裂する音が鳴り始める。そして次第に、木々がぶつかりあう音、柱がきしむような音が大きくなってゆく。人形が立ち上がりだしたのだ。
ほら貝は鳴り続いている。そして、祝詞を読み上げる声が何重にも加わる。遠い昔の言葉で、内容を聞き取ることはできないが、この人形に関係あることは間違いなさそうだ。
「誰なの!?」
誰も答えない。
立ち上がりきった燃える人形の首がこちらを向いた。「目が合った」のだ。
「これは急がないとあかんタイプだ」
人形が歩き出す。片足をあげて、踵をこちらにむかって振り下ろす。地面に当たった踵はくだけ、引火した木材があたりに飛び散り、宙を舞う。しかしそのいくつかは、もとの踵へ引き寄せられる。攻撃そのものは、それほど速いスピードで繰り出されるわけではなかったので、私と中川さんは余裕をもって回避できた。
しかし逃げ続けるにも限界がある。このまま時間が経過すればするほど、燃え盛る人形のせいで広場の酸素は奪われ続け、窒息死は免れられない。もちろん、こちらにも酸素マスクの役割を果たす「人魚の仮面」という備えがある。ただ問題はこれだけではない。ボスが広場の酸素を使い果たして鎮火するまで待っても、出口を開けて外に出ようとした瞬間にバックドラフト現象に巻き込まれて焼け死ぬ。
この場を切り抜ける方法は一つ。広場の酸素がなくなる前に出口をみつけて脱出するのだ。そのためには…
「さあルーキー、こんなときはどうするのが定石かな?」
そう言いながらつけた人魚の仮面は、サンゴ礁のような鮮やかな色のデスマスクだ。だから表情はわからない。それでもどこか余裕ぶっているのがわかる。それがこの中川さんという男である。私も、人魚の仮面をつけ燃える人形から距離をとりつつ、今までの経験を駆使して考える。必ず攻略法があるはずだ。
「このボスはゴーレム系、あの人形の素材は間違いなく『霊木』! ダメージを与えてもすぐ直るので効果いまひとつ、今は直接戦わず逃げるのが正解です」
「正解! あいにくこっちには消火魔法のスキルがない。だから出口を見つけるしかない。できなければ…」
ゲームオーバーだ。
幸い、出口自体はすぐに見つかった。入ってきた扉と正反対の壁に同じほどのサイズの出口。ただ、巨大な岩に塞がれている。私と中川さんはまず、スキル「怪力」を使いどかすことを試みた。念じて両手で岩を押す。頼むからどいてくれと祈る。しかし岩はぴくりとも動かない。
「象眼岩か、ご丁寧にどうも!」
象眼岩は、ダンジョン探索の中で新発見された金属元素「オリハルコン」を多分に含んだ岩石だ。日本で石垣等によく使われる安山岩の約20.3倍の密度を誇り「怪力」スキルの持ち主でも運ぶことは決して容易ではない。一目見た程度では見分けがつかないのが特徴だ。
そうこうしている間にも酸素は減る。当然燃える人形も逃げようとする私たちに迫り、狙いを定めていた。人形が這いつくばったと思いきや、背中から火柱が上がる。その勢いで、引火した霊木がこちらに降り注ぐ。
「ここは私が!」
私は念じて、スキル「鉄樹」を発動させる。鋼鉄の木々は地面から伸びて攻撃を防ぐが、高熱によって溶解していく。
「すみません、このままだと防ぎきれそうになくて…」
「よくやったルーキー、まだチャンスはある」
中川さんは近づいてきて、私に余裕ぶって耳打ちした。
私は今、このひとに当てにされている。
だからこのいかすけない男に、少しの間命を預けることにした。
私は念じ、「鉄樹」を発動させる。出口の近くにいる2人と燃える人形の間に、鋼鉄の木々が再び立ちはだかった。
「はっ!ソイヤ!あ、ソレソレソレソレ‼」
雷太鼓を召喚した中川さんは、焦りと興奮から半狂乱になりながらも一心不乱に太鼓をたたき続けた。雷撃が鋼鉄の木々へと伝わる。伝わった高圧電流は木々の枝に沿って別れてゆく。枝同士に磁力が発生し、ぶるぶると震え始める。葉と枝同士がこすれ合い、ショートしては奇妙な轟音を立てる。
「まだまだ!」
「はい!」
奇怪な音は音量を増していく。ずっと響いていた祝詞をかき消していく。この燃える人形にとって、自分に捧げられた言葉に雑音が乗り続けることは相当不愉快なはずだ。
息が絶え絶えになりながらも、私は念じ続ける。鋼鉄の木々は成長を続ける。そして雷撃を受け、うなる。
燃える人形は再び立ち上がり、両腕を振りかざす。燃え盛る一撃が、鋼鉄の木々を折り、溶かしてゆく。
手ごたえありだ。私は出口にぎりぎりまで近づき、更に「鉄樹」を発動させる。燃える人形はこれ以上祝詞をかき消させまいとそちらに注意を向けたのが、頭の動きでわかった。直後、私は「鉄茨」を発動させながら遠ざかった。これで中川さんが十分に距離を置いて「雷太鼓」を使用できる手筈は整った。
「ソリャ!ソャ、ソリ、ソリャソリャソリャソリャ!!」
再び奇妙な轟音を立てる鉄樹。燃える人形は騒音の原因に攻撃を続けていく。すると、出口の象眼岩も同時に溶けていくのがはっきりと見えた。鋼鉄の倍近い強度を持ちながらも、融点がほぼ同じで加工し易いのがオリハルコンの利点なのだ。
「よっしゃ、今だ」
私は出口とは反対方向に「鉄樹」を再び発動させ、それにまた燃える人形が気をとられている間に中川さんと出口を進むことができた。ボスは直接倒せなかったが、それは次に来訪する冒険者に任せよう。
ダンジョンの中心部へたどり着いた私と中川さんは息が絶え絶えになりながらも、人魚の仮面を外し、危機を脱したことに安堵した。天井からうっすらと光の指した鍾乳洞のような空間で、その中に虹色に輝く水晶が浮かんでいる。これこそが全世界共通のダンジョンコアに他ならない。
「これで一仕事終わりっと」
「ヘルメスの手帳_ver1.4」をリュックから取り出してコアにかざす。天井から指していた光が点滅を始め、巨大なエンジンの駆動音にも似た音が響く。床が振動しはじめ、轟音はより一層強くなり…と思いきや、ふっととまった。
揺れも収まり、静寂が戻った中心部で私はスマホを取り出し「設定」「Wi-Fi」の画面を開く。
「Hermes-48txDcs-g」
早速接続し、外部サイトへのアクセスを試みる。そして…
「…っとその前に、まずは虹コメント返しのコーナーです、まずはこの方、おでんさんからです! …」
やった。配信サイトへのアクセスもできる。間違いなく、このダンジョンにWi-Fiが開通したのだ。
中川さんも「待機係ともつながった。これで間違いなく一番乗りだ」と上機嫌に話しかけてくる。
「今ここへ来られたのは、お前の努力とスキルあってこそだ。胸を張っていいんだぞ」
「はい…ありがとうございます」
かつての日々の後悔を、私はこの時はすっかり忘れることができた。
後は引き上げだけだ。中川さんと私はスキル「一念帰来」を発動させる。中心部からダンジョン入口まで必ず瞬間移動するワープスキルだ。このおかげで、来た道を戻らずに帰れる…はずだった。
私が目を覚ますと、そこはダンジョンの入り口ではなかった。真っ暗闇だ。私はあたりを見回そうとして…転んだ。手足に自由がない。もがいたが、動かない。スキルを発動させようとしても、できない。先ほどの達成感は消え失せ、冷や汗が流れる。嘘だ。ワープに失敗した!? ワープスキルの失敗事例はない筈なのに。
次の瞬間、自分の周囲で松明が灯った。松明を持っているのは、ダンジョンで倒した鰻人たちだ。表情を一つ変えず、こちらの方を見ている。
私は初めて、自分が木造の檻の中に手足を縛られた状態で閉じ込められていることに気が付いた。檻にはびっしりと札が貼られている。その絵柄には見覚えがあった。ダンジョンコアは、落下地点の周囲の情報を取り込んでダンジョンを生成する。だから鰻人も、あの燃える人形も儀式も、そして崇拝対象となる何かも、かつてここにあったんだ。
「縺顔岼隕壹a縺九↑???莠コ繧灘ョカ縺ォ縺ッ縺・▲縺ヲ繧阪¥縺ォ謖ィ諡カ繧ゅ○縺夐謨」縺ィ縺ッ髱「逋ス縺・↑」
何者かの声が聞こえる。
「誰なんですか?私をどうしようというんですか?」私は叫んだ。
「縺雁燕縺ョ謖√■迚ゥ繧定ェソ縺ケ縺輔○縺ヲ繧ゅi縺」縺溘h縲ゆク蠎ヲ縺ッ貊・s縺遘√′縺薙%縺ォ縺・k縺ョ縺ッ縲√ム繝ウ繧ク繝ァ繝ウ繧ウ繧「縺ョ縺翫°縺偵i縺励>縺ェ縲ゅ◎繧後↓蜉縺医※霑鷹・オ∬。後j縺ョ繝繝ウ繧ク繝ァ繝ウ驟堺ソ。縺縺ィ・滓ー励↓蜈・縺」縺・」
声の主が、私の耳もとで囁いた。
「中川さんはどうしたんですか、何が目的なんですか」
「縺ゅ>縺、縺ッ驍ェ鬲斐□縺」縺溘・縺ァ縲∵カ医@縺溘h」
言葉の意味は分からない。だが、その内容を絶対、絶対に理解してはいけない気がした。
声の主が、片腕で私の口を、もう片腕で目を塞ぐ。死体のような冷たい感触に恐怖するしかなかったが、私には叫ぶことすらできなかった。
「縺雁燕縺ョ閧我ス薙r菴ソ縺」縺ヲ遘√b驟堺ソ。閠・→縺ェ繧翫∵焚螟壹・蜀帝匱閠・r霑弱∴謦・▽驍ェ逾槭→縺ェ縺」縺ヲ縲√%縺ョ荳悶r謗御クュ縺ォ蜿弱a繧医≧」
奇妙な祝詞が再び響き始める。そして、ばちばちという音がする。檻に火がついたのだろう。しかし自然と、熱くはなかった。むしろ自分の身体の一部となっていくような感触さえ覚えた。視覚が奪われているのに、このダンジョンの隅々まで見えている気がした。この儀式には、確かにききめがあるんだ。
そして私の人間性は、響く祝詞と炎によって徐々に削げ落ちてゆく。幼かった日々の出来事も、何もかも思い出せなくなっていく…
こんな、こんなところで。
いや、こんなところでもいいんだ。
私にはまだ残っているものがある。あの人に手が届かなくても。それでもこの世界に踏み出したからこそ、今の自分がいる。
胸を張っていいんだ。
こんな言葉をかけてくれたのが誰だったか、もう思い出せない。それでも力が湧いてくる。あの人と同じ舞台に立てるはず。
私はまだやれる。
あの人と同じステージに立てるんだ。
Wi-Fi設置のために送り込まれた業者が行方を絶った程度では、殊更注目されたりはしない。ダンジョンの探索は、例え見世物化していても常に死と隣り合わせの冒険に他ならないからだ。それでも世界中がこの辺境のダンジョンに注目するきっかけとなった出来事があった。
それはもちろん、ダンジョン配信である。
私が配信サイトに開設したアカウント「Mahiro’s Unnamable Channel」。それは私ことダンジョンマスター「舞姫まひろ」が運営する、冒険者を惨たらしく迎え撃つ様子を生配信するチャンネルだ。生配信以外でもダンジョン各地に存在する秘宝や隠しボスの数々を紹介し、視聴者を飽きさせない。そして世界中の冒険者から「コラボ依頼」が殺到するのだ。
そして、このダンジョンに踏み込むものがまたひとり。
「…みなさんこんにちは、自称グングニル系冒険者、元具レリです。今日は話題沸騰中のダンジョン『因讐村インスマス』の攻略をしていきます!来たからには今ここで、宣言しちゃいます。…ここのラスボスの舞姫まひろさん。私は後輩達の仇を、必ずとります」
ずっと、この時を待っていた。
「みなさんこんにちは、自他ともに認める邪神系ダンジョンマスター、舞姫まひろです! 今日はなんと、なななななんと、あの元具レリちゃんが来てくれてます! ねっっっっっもうほんともう感激して。私、この業界に踏み出したきっかけが…」
うん、のどの調子もいい。今日のトークはきっと盛り上がる。
さあ、ダンジョン配信の時間だ。