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最下位魔女の私が、何故か一位の騎士様に選ばれまして  作者: シロヒ
第三部

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第三章 アレクシスの反撃



 学園祭開始まであと一カ月と迫った頃。

 リタのクラスはなかなかまとまらない展示制作にてんやわんやになっていた。


「どうしましょう、また失敗してしまいましたわ」

「ねえこれ借りていいかしら?」

「あ、わたくしの班にもあとで貸してくださいませ」

「リタ、この結果はどこに書いたらいいの?」

「えーっと、こことここ、効能はこっちで集計しているから――」


 魔女科二年の展示はアイサイクロ―ネという植物の研究発表だ。薬を作る際の材料や杖の原料としても使用され、魔女であれば知らない者はいないメジャーな代物である。


「このアイサイクローネ、どうして黒くなっちゃったのかしら」

「それは多分、光に十二時間以上当たっていたからよ。葉脈のところが白いでしょう? 黒化病だったらここも黒くなってしまうはずだから――」

「本当ですわ。リタさん、詳しいんですのね」

「え? まあ、え、えへへ……」


 クラスメイトたちから口々に称賛され、リタはなんだか恥ずかしくなる。ようやく古き魔女時代の知識が役に立った……とじんわり噛みしめていると、廊下から現れたリーディアに声をかけられる。


「リタさん、試薬の残りがもう無いそうですわ」

「え⁉ ごめん、倉庫から取ってくるね」


 とりまとめをローラに任せ、急いで外に繋がる回廊に向かう。

 するとそこで偶然アレクシスに遭遇した。この前の合同授業の時はランスロットとのあれこれでバタバタしていたので、こうして顔を合わせるのは二学年最初の式典以来だ。


「あ、リタだ。久しぶり」

「アレクシス」

「最近全然会えなくて寂しかったよ。ね、良かったら少しふたりで話さない? この前の返事も聞きたいしさ」

「返事?」


 はて、と首をかしげかけたリタだったが、ふとアルバ・オウガで行われた実務研修のことを思い出す。

 冥王教のことを探るため城を抜け出し『灰の森』に行った日の夜。温室にアレクシスが現れ、どうしてあんな場所に行ったのかと追及された。そのうえ――。


(こ、告白? されたんだった……)


 遊びではないパートナーになってほしい、と言われた。

 二人で生きていきたい、とも。


(あれってやっぱりプロポーズだったの⁉ す、好きって言われた気もするし……。あの時はランスロットが来てくれてうやむやになったけど、そういえば結局何も答えてないような――)


 リタがパニックになっているのを察したのか、アレクシスが静かに目を細めた。


「やっと思い出した?」

「え……ええっと……」

「ふふ、いいよ。急だったしね」


 するとアレクシスはリタの目の前にすっと手を差し出した。


「あの時はランスロットに邪魔されちゃったけど……リタ、君の気持ちが知りたい」

「アレクシス……」

「こう見えて僕、結構本気だよ?」

「……っ!」


 黒曜石のようなアレクシスの瞳が眼鏡越しにリタを射抜く。

 そこに入学したばかりの頃の怯えた彼は存在せず、まるですべてを暗闇に呑み込んでいきそうな、名状しがたい不思議な妖しい魅力に溢れていた。

 知らず鼓動が早まる。なんだろう、この懐かしい(・・・・)感覚。


(これって――)


 それは遥か昔、ヴィクトリアだった頃に味わったもの。リタが必死になって思い出そうとしていると正面にいたアレクシスがにっこりと目を細める。


「ねえリタ。返事を聞いても?」

「えっ、あの」


 彼の手がリタの顎に伸びてくる。

 リタはすぐに身構え、逃れるようにその場で一歩後ずさった。


「ご、ごめん。アレクシス」

「……?」

「私今、好きな人がいるの。だからあなたの気持ちには応えられな――」


 そう口にした途端、湿った冷気の塊がぶわわっとリタの背中に落ちてきた。

 慌てて顔を上げたが、そこではアレクシスが変わらぬ笑みを浮かべているだけ。しかしその後も悪寒が止まらず、全身の血が恐怖で引いていく。


(これっ、て……)


 杖を取り出そうとするが手が震えて上手く握れない。みるみる血色を損なっていくリタを見て、アレクシスがにいっと口の両端を持ち上げた。


「好きな人かぁ。ねえ、もしかしてそれって――」

「――リタ‼」

「!」


 よく通るその声が、リタの全身を縛っていた冷たい鎖を一瞬で弾き飛ばした。

 すぐに足早な靴音が背後から近づいてきて、リタの正面にいたアレクシスの腕を乱暴に捕らえる。突如割り込んできた邪魔者の姿を見て、アレクシスが「はあ」とため息をついた。


「ランスロット、もうちょっと空気読んでくれないかな」

「それなら空気に『邪魔するな』とでも書いておけ」

(ランスロット……)


 ほどなく体の感覚が戻ってきて、リタは安堵の表情で胸を撫で下ろす。するとそれに気づいたアレクシスがランスロットに摑まれていた腕を引き戻した。


「怖がらせてごめんね。でも、どうしても返事を聞きたくてさ」

「ご、ごめん。その……」

「気にしないで。それじゃ」


 あっさりと立ち去っていくアレクシスをリタはランスロットとともにじっと見送る。やがて彼の姿が完全に見えなくなったところで、操り人形の糸が切れたかのようにその場にへなへなと座り込んだ。それを見たランスロットが慌ててしゃがみ込む。


「大丈夫か⁉」

「うん……ありがとう、ランスロット」

「顔色が悪いぞ。医務室に行くか?」

「う、ううん……大丈夫……。ちょっと休めばよくなると思――」


 その時、リタの目の前をきらっとした輝きが通り過ぎた。よく見るとランスロットの襟奥に銀色の何かがのぞいている。


(……?)


 ぼんやり眺めていると、その視線を察したランスロットが首をかしげた。


「どうした?」

「それ、どこかで見たことある気がして……」

「これか?」


 そう言うとランスロットは自身の襟元に手を伸ばし、首にかけていた物を服の中から引っ張り出す。チャリ、と音を立てるそれを目にした途端、リタの脳裏にある光景が甦った。

 それは冥王討伐の旅の途中、焚火の前で彼と話していた時――。


「ランスロット、それって……」

「代々バートレット家に引き継がれているものだ。バートレット公爵家の始祖であり、冥王を打ち滅ぼした修道士シメオン様が持っておられたもので、これに触れると神の加護を得られると言われている」


(やっぱり……)


 シメオンが身に着けていた銀の護符。敬虔だった彼はそれをたいそう大事にしており、暇さえあればいつも丁寧に磨いていた。まさかこの時代まで引き継がれていたなんて。

 いつも穏やかだった彼のことを思い出し、リタは懐かしむように目を細める。するとランスロットは護符を外し、そのままリタの首へとかけてくれた。


「ラ、ランスロット?」

「気になるなら、しばらく貸しておいてやる」

「でも大切なものじゃ」

「それより、またアレクシスから何か言われたらすぐに俺を呼べ。いいな?」

「あ、ありがとう……」


 なかば無理やりに押しつけられ、リタはおそるおそる護符に触れる。

 その瞬間、体内にわずかに残っていた違和感が嘘のように引いていった。つるつるとしたその感覚を指先で確かめながら、リタは静かに唇を噛みしめる。


(この感じ、やっぱり……)


 やがてリタの顔色が戻ったことを確認し、ランスロットが立ち上がった。


「とりあえず立てるか?」

「う、うん」


 そっと手を取られ、そのままゆっくりと引き上げられる。謎の悪寒や震えもなくなってほっとしたところで、リタは自分がランスロットと手を繋いでいることに気づいた。

 恥ずかしくなってしゅばっと手を離すと、ランスロットが微妙に眉根を寄せる。


「……なんで」

「え? いや、その」

「……まあいい。それより実行委員に緊急招集がかかった」

「緊急招集?」

「俺も詳しいことは聞いていない。ただ全員、大至急学園長室にとのことだ」

「……?」


 いつもなら談話室なのにどうして学園長室? と疑問を浮かべつつ、リタはランスロットとともに学園長室を目指す。その途中、普段なら学園祭準備に追われる生徒たちとすれ違うのだが、なぜか今日に限ってひとりも姿を見ない。

 やがて明らかにただ者ではない顔つきの大人――白と金を基調とした護衛騎士の一団が学園長室の前に整列しているのを見つけたあたりで、リタは扉の向こうにいる人物をなんとなく察した。ランスロットも気づいたようで、すでに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。


「し、失礼します……」


 ノックをし、おずおずと学園長室に入る。扉を開けた壁沿いには出入り口同様、ずらりと護衛騎士たちが立ち並んでおり、この部屋の主であるはずの学園長は部屋の片隅で居心地悪そうに縮こまっていた。

 すると向こうから「やあ!」と朗らかに話しかけられる。


「リタ、元気にしていたかな?」

「エドワード殿下……」

「君に会いたくなって来ちゃった。あ、ついでにランスロットにもね」

「ソレハドーモ」


 第二王子・エドワードの軽口にランスロットが無味乾燥な態度で返す。するとエドワードの隣に座っていた第一王子・ジョシュアが丁寧な態度でお辞儀した。



 

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