第三章 3
「今から王都に行くぞ」
「へあ⁉」
「どんな返事だ。ほら来い」
くるりと踵を返したランスロットを、リタは慌てて追いかける。
リタをいじめていた令嬢たちはしばしぽかんとしていたが、ようやくリーディアがはっと意識を取り戻した。
「お、お待ちください、ランスロット様!」
「? なんだ」
「ど、どうして突然、その子と王都になんて……」
「こいつは俺のパートナーだ。いつどう過ごそうが自由だと思うが?」
(私の自由は……?)
怪訝な顔でランスロットを見上げたリタだったが、ここで口を挟むとややこしくなりそうなので、とりあえず今は黙っておく。
一方、あっさり言い返されたリーディアは唇を強く噛みしめた。
ランスロットはそんな彼女に、さらに追い打ちをかけるように続ける。
「それからさっき、俺の話をしていたようだが」
「! そ、それは……」
「悪いが俺は、情けや同情といった言葉がいちばん嫌いでな。こいつをパートナーに選んだのは、紛れもなく俺自身の意志だ。したがって、能力差を理由にパートナーを解消することはないし、他の誰かを選ぶこともあり得ない」
(ランスロット……)
力強いその言葉に、リタの胸に温かいものが込み上げる。
彼は最後に、リーディアを睨みつけて言い放った。
「今後、こいつに対する侮辱や言いがかりは、俺に向けての宣戦布告とみなす。それをふまえたうえでどう行動すべきか、自分の頭でよく考えておくんだな」
「……も、申し訳ございません……」
しん、と静まり返った回廊で、令嬢たちが一様に俯く。それを見たランスロットは再び身を翻し「行くぞ」とリタを促した。
回廊を抜け、正門に止めてあった馬車に乗り込む。
向かい合わせに座って出発したところで、リタがようやく口を開いた。
「あ、あの、ありがとうございました……」
「何がだ?」
「さっき、私を庇ってくれたのかなと……」
なんだか彼の顔を見るのが恥ずかしく、リタはそのまま手元で指先をこねる。
だが返ってきたのは、どこか呆れたような物言いだった。
「礼を言うくらいなら、もうちょっとしっかりしたらどうだ。お前、俺のパートナーだという自覚があるのか?」
「うっ……」
「大体どうして言われっぱなしで我慢できる? あそこまで見た目を馬鹿にされて。そんなことじゃ、学園を出たあとも一生舐められるぞ」
「えっ? あれは今の流行りを教えてくれていたのでは……」
「…………」
ぽかんとするリタを前に、ランスロットはがしがしと髪を掻いた。
「……まあいい。対処が遅れたのは俺の責任でもあるからな」
「……?」
微妙な空気に包まれたまま、馬車は王都へと到着した。
立派な市門を越え、大通りへ。
三百三十年ぶりの街並みを眺めながら、リタは思わず感嘆の声を漏らす。
「すごい……」
馬車の窓越しに見える人、人、人。
色鮮やかな野菜や果物が並ぶ露店があれば、向かいには燻製した肉を吊るしている精肉店。
外国から運ばれて来たのだろう、極彩色の織物やガラス細工、香辛料、工芸品などもあり、ありとあらゆるものがそこら中に売り出されていた。
どうやら市民たちが買い物をするメイン市場のようだ。
(賑わってるなあ……。昔は冥王がいたせいで、ろくに物が入ってこなかったんだよね……)
今よりずっと閑散としていた過去を思い出し、リタは一人うんうんと頷く。馬車はそのまま市場通りを通過すると、街の中央にある大広場で止まった。
「ほら、着いたぞ」
「は、はいっ!」
ランスロットにせっつかれ、リタは慌てて馬車を下りる。
まず目に入ったのは見上げるほど巨大な大噴水。その真ん中には、青銅で作られた二体の彫像が飾られている。リタが暮らしていた当時にはなかったものだ。
「これって……」
「かつて冥王を打ち滅ぼしたという、勇者と伝説の魔女・ヴィクトリア様の像だ。さすがにそれくらいは知っているだろう?」
「そりゃ知ってますけど……」
ランスロットのいぶかしむ目をよけつつ、あらためて銅像を見上げる。
勇者像の方は完璧だ。ちょっと幼いが整った顔立ち。鍛え上げられたしなやかな体つき。剣を握る姿は雄々しく、今にも動き出しそうな傑作である。
問題は伝説の魔女像の方で――
(肖像画の時も思ったけど、私のイメージ、いったいどうなってるの……?)
勇者に背中を預け、高々と杖を掲げる伝説の魔女。
だがその体格は勇者と変わらない――いやむしろちょっと大きいくらいに誇張され、髪は相変わらず四方八方に波打っていた。冥王の像だと勘違いされそうだ。
(まあ王様をしていた勇者様と違って、私はずっと裏方だったから、ほとんど人前に姿を見せたことはなかったけど……)
だが未来でここまで改変されているとは思ってもみなかった。
リタが心の中だけでさめざめと涙を流していると、先ほどからずっと魔女像に見入っていたランスロットがぽつりとつぶやく。
「やっぱり、いつ見てもお美しいよな……」
「ランスロット?」
「……っ、いいから行くぞ」
(……?)
ランスロットはそのままふいっと顔をそむけると、リタを残してどこかに歩いていく。
その背中を慌てて追いかけていると、やがて一軒の洋服店の前に到着した。かなりの高級店のようだ。さっさと入っていくランスロットに続き、リタもこわごわと入店する。
「ランスロット様、お待ちしておりました」
「先日頼んでいた分だが」
「はい。ご用意しております」
慣れた様子で応じると、店員はリタに向かって声をかけた。
「それではお嬢様、どうぞこちらへ」
「へ?」
「試着と仕上げの採寸をさせていただきます」
いったい何がとランスロットに尋ねる暇もなく、あれよあれよという間に奥にあった試着室へと押し込まれる。
そこには二人の女性スタッフが待機しており、リタを前ににっこりと綺麗な笑みを浮かべた。