第二章 続・すれ違うふたり
放課後。魔女科二年の教室。
黒板にはこれまでに出た提案が列記されており、リタは投票の結果をその下に書き加えていた。最後の一票をカツ、と白墨で刻むと、くるりとクラスメイトたちの方を振り返る。
「えーっと……魔女科二年の展示は『異なる生育環境下におけるアイサイクローネの総合的解析、ならびに薬効・治療効果実験の報告』に決まりました。なにか意見がある人は?」
特に反論がないことを確認し、リタは手元のノートに決定事項を書き記した。
「それじゃあ研究に必要なアイサイクローネの苗木を手配しておきます。明日以降に班分けをして、それぞれの班で栽培を開始してください。育てる場所によっては許可が必要になってくるのでイザベラ先生に確認を」
長らく話し合ったクラス展示がようやく決まり、クラスメイトたちが「終わったー」と思い思いに伸びをする。そんな彼女たちを前にリタは慌てて言い添えた。
「あ、あと、学園演劇の参加希望者はあとで私の所に言いに来てください。四日後に寮の談話室で説明会があるので――」
一通りの連絡事項を伝えると、リタは自分の席に戻って決定した内容を整理する。前の席に座っていたローラがくるっと振り返り、びっしりと書き込まれたノートを見て「うわあ」と目をしばたたかせた。
「実行委員、大変そうですね」
「まあね……」
「あたしも出来ることあったら手伝うんで! なんでも言ってください!」
「ふふ、ありがと」
ローラの気遣いがありがたく、リタは思わず相好を崩す。クラス展示の詳細や演劇参加の希望者、実行委員会への質問などをまとめ終えると、リタは慌ただしく席を立った。
「これから談話室で会議だから、そろそろ行くわね」
「はい。頑張ってください!」
階段を下り、学生寮に繋がっている外の回廊へ。するとちょうど同じタイミングで騎士科側の扉からランスロットが姿を見せた。リタは一瞬足を止めかけたものの、結局行く方向が同じなので諦めてそのまま進んでいく。
それを見たランスロットもまた、リタと並走するように歩き出した。
「お、お疲れさま。そっちも今終わり?」
「あ、ああ。クラス展示……というか発表を決めるのが難航してな」
「へー、そ、そうなんだー」
ようやく敬語は無くなったものの、ふたりはどこかぎこちない会話を歩きながら続ける。
出来るだけ距離を取ろうとリタが歩幅を大きくすると、対するランスロットも負けじと大股で追いつこうとし、結果ふたりで競歩しているような速度になってしまった。
「そ、そういえばランスロットはどうして実行委員に?」
「先生に頼まれたんだ。来賓に公爵家と繋がりの深い方々が多いから、顔が知られている俺が委員になってくれるとありがたいって」
「へ、へー」
「そういうお前こそ、こういうの好きな方じゃないだろ。どうしてわざわざ」
「くじ引きで当たっちゃったの! 別にやりたくてやってるわけじゃ――」
やがて談話室の扉が見えてきて、リタは息を切らせながら無理やり先にゴールする。二位のランスロットは汗一つかいておらず、そんなふたりを委員長のエイダがにこやかに出迎えた。
「おつかれ。ふたりともずいぶん急いで来たね?」
「そ、そうですかね……」
「ヴィクターがまだ来てないから、二人とも座ってゆっくりしてて」
部屋の中央にあるいつものソファを指差され、リタはよろよろとそちらに向かう。だが三人掛けの方にランスロットが座ったのに気づき、こそこそっと逃げるようにそこから九十度の位置にある一人掛けのソファへと腰を下ろした。
ランスロットがこっちを睨んでいる気がするが、気まずさには代えられない。
すぐに一年のセシルが紅茶を出してくれて、リタは競歩と緊張でへとへとになった体を癒すかのように少しずつそれを口にする。まもなくして三年のヴィクターが「おつかれー」と入ってきて、定刻通り実行委員会の会議が始まった。
「まずはそれぞれのクラスでの展示をまとめよう。まず騎士科一年――」
王国史の研究発表、魔法陣の歴史と変遷について、馬術場を使った公開乗馬練習など教室内のみならず外で実演するタイプの催しもあり、各クラスなかなかやる気のようだ。エイダはそれらを手早くまとめたあと「ふむ」と顎に手を添えた。
「特に被りはなさそうだね。各クラス、担任に相談して事前の準備は出来るだけ早く済ませておくように。せっかくだから談話室に共有スケジュール用のカレンダーを設置しよう。貸室の予約はここに記入して。あとは屋台出店の希望者と学園演劇についてだけど――」
エイダが手際よく進行していくのをメモしつつ、リタはちらりとランスロットの方を覗き見る。真剣に話を聞く横顔は驚くほど美しく、リタは脳内で「あああ」と苦悶した。
(ダメよ見とれちゃ……。でもまさか同じ係になれるとは思ってなかったし、そのおかげで放課後しょっちゅう会えるようになったのは嬉しいけど、ランスロットには他に『好きな人』がいるわけで……)
彼の迷惑にならないためにも、適切な距離を守らなければと気合を入れ直す。そこで突然エイダから「リタ、ランスロット」と続けて名前を呼ばれた。
「悪いけど、ふたりに買い出しを頼んでいいかな」
「買い出し……ですか?」
「うん。学園祭で使う色々を店で注文してきてもらいたいんだ。一人でもいいけど、確認のため二人で行った方が間違いないかなと思って」
「そ、れは……」
リタはおずおずとランスロットの方に目を向ける。一瞬奇妙な間があったものの、ランスロットはすぐに快諾した。
「俺は構いません。明日の放課後で大丈夫ですか?」
「ああ。買い物のリストはこっちで準備しておくよ。リタはどうかな?」
「えっ、あ、はい! 大丈夫、です……」
あらためてランスロットの方を見る。すると彼は真面目な表情でこちらを見ており、そのまっすぐな視線に耐え切れず、リタはさささっと明後日の方向に顔をそむけた。心臓の鼓動がどんどん早くなっていく気がして、手にしていた筆記具をぎゅっと握り込む。
(ふたりで買い物って……。い、いいのかな……)
だがエイダから尋ねられた時、「構いません」と即答してくれた彼のことを思い出し――リタは自分がびっくりするくらい喜んでいることを自覚するのだった。
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そして翌日の放課後。
リタが正門に向かうと、馬車とともにランスロットが待っていた。
「……行くぞ」
「う、うん」
エスコートされながら馬車の客車へと入る。ランスロットが向かいに座ったところで外から扉が閉められ、馬車はゆっくりと王都に向かって走り出した。沈黙に耐え切れず、リタが勇気を出して話しかける。
「か、買い出しのリストってもらった?」
「ああ。昨夜ヴィクター先輩から預かってる」
「そ、そっか……」
「…………」
「…………」
客車内は車輪の音だけが響く空間と化し、リタは額と背中から尋常ではない汗をかいた。
(何を話したらいいか分からない……!)
思い返せば、ランスロットと王都に行くのは初めてではない。
入学したばかりの頃、きちんとした制服や杖を持っていなかったリタを見かねて連れてきてくれたのが始まりだ。あの時は何も感じなかったのに、今となってはこの狭い空間によくふたりだけでいられたものだと称賛したくなる。
(天気の話? いや晴れているのは見れば分かるか……。こないだの合同授業……は失敗を掘り返すみたいで感じ悪いよね。あーもう魔法のことなら何時間でも話せるのに、どうしてこういうときに気の利いた話題の一つも出てこないのか……)
私のバカーっとリタは頭の中だけで自身を非難する。するとさすがに向こうも気まずさを感じたのか、今度はランスロットの方から話しかけてきた。
「その……この前は悪かった」
「え?」
「合同授業と……学年初めの式典の時、なんか避けてるみたいになって……。ああいう態度はその、これからあらためるようにする。すぐには出来ないかもしれないけど、なるべく以前と同じ感じで接するように心がけるから」
「う、うん……」
「だからその、つまり……前みたいな感じに、戻りたいというか……」





