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最下位魔女の私が、何故か一位の騎士様に選ばれまして  作者: シロヒ
第三部

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第一章 5



「だいたい、この前の研修の時から気に入らなかったんだ。リタが困った顔をするからあまり言わないであげたけど、本来、彼女の婚約者でも恋人でもない君からどうこう言われる筋合いはないはずだよね?」

「それは……」

「パートナーだから? 学生時代の相手なんて麦の殻より薄い絆だよ。それとも持ち前の正義感とやらが許さないのかな」


 太陽の下だというのに、まったく光を宿していない漆黒の瞳。アレクシスはその目を細めながら口元に小さく笑みを刻んだ。


「僕は本気だ。だからくだらない理由ならもう関わらないで欲しいんだけど――」

「……一体いつ、誰が本気でないといった?」

「……?」


 ランスロットの手が木剣に伸び、その切っ先を強く握りしめる。アレクシスはすぐに引き戻そうとしたが木剣は微動だにしなかった。


「確かに最初は、リタのことをパートナーとして守らなくてはと思っていた。でも――」


 ランスロットの脳裏に、かつて一度だけ見た彼女の泣き顔がよぎる。

 次いであきれ顔、疲れきった顔、気丈にふるまおうとする顔、安堵した顔、そしてはにかんだ可愛い笑顔。ああもう、いつからなんて覚えていない。


「ペアに対する責任感でも正義感でもない。俺は――リタのことが好きだ」


 口に出した瞬間、その言葉は驚くほどあっさりランスロットの奥に沁み込んだ。

 頭の中で考えていた時はどこか懐疑的で、本当は違うんじゃないか、単なる執着心なのではないかと悩んだりもした。でも違う。これが俺の嘘偽りのない気持ちだ。


「リタがお前を選んだなら、俺も喜んで祝福しよう。だが彼女が嫌がっていたり、その気持ちを無視したりするのであれば容赦はしない」

「なるほど。それは宣戦布告と捉えていいのかな?」

「好きにしろ。だが勘違いするな。いちばん大切なのは俺たちの気持ちじゃない。リタ自身が誰と一緒にいたいと思うか、だ」


 摑んでいた剣先を乱雑に払いのけ、ランスロットがゆっくりと立ち上がる。以前とは明らかに変わったその態度を見て、アレクシスが「へえ」とさらに目を細めた。


「どうやら本気のようだね」

「ああ」

「でもそれ……『どっちの彼女』に対してなのかな?」

「⁉」


 アレクシスの予期せぬ回答にランスロットは一瞬我が耳を疑った。


(まさかヴィクトリア様のことを知って――)


 どこでそれを、と問い詰めようとする。だがその時、騎士科担任がふたりのもとを訪れ「ランスロット」と切り出した。


「休憩中にすまない。悪いが少し、頼みたいことがあるんだが」

「は、はい……」


 ランスロットが不承不承応じている間に、アレクシスはその場から離れていく。


(アレクシス……いったいどこまで……)


 ランスロットは騎士科担任の言葉を聞きながら、離れていくアレクシスの背中を複雑な気持ちで睨みつけるのだった。






 学園祭の実行委員にくじで選ばれてから一週間後。

 放課後、リタはとぼとぼと学生寮に向かって歩いていた。寮の談話室で行われる実行委員会初めての会議に参加するためだ。


(うう……ちゃんと出来るかなあ……)


 一応、ディミトリがいた頃の王宮で人並みに働いていたことはあった。だが基本的に魔法の研究や助言ばかりであり、こうした人の集まる大きな催しごとや集団間の調整・交渉といった仕事はまったくやったことがない。


(……まあでも、忙しくしていた方が余計なこと考えなくていいかも)


 ランスロットの顔がチラッと頭をよぎり、リタは未練がましさを振り払うかのようにぶんぶんと左右に振る。ダメだダメだ。彼とはしばらく距離を置いた方がいいと、あれだけ自分に言い聞かせたではないか。


(もうこれ以上、わざわざ傷つく必要もないし……)


 やがて目的の部屋に到着し、リタは控えめにノックをする。


「失礼しまーす……」


 予定時間より少し早いためか中には誰の姿もなく、リタはおそるおそる足を踏み入れた。

 寮の一階にある談話室は男女共用の施設で、普段は生徒たちの社交場として使われている。ただリタ自身は一度も入ったことがなく、中に入るのは今日が初めてだ。


(うわー……すごい……)


 室内は想像していた以上に広く、王宮の離れにあるサロンを思わせる重厚な造りだった。

 小ぶりだが繊細な細工のシャンデリアに幾何学模様で彩られた天井。壁際には立派な暖炉も設えられている。カーテン付きの大きな窓からは白い陽ざしが差し込んでおり、わずかな埃がそれに照らされてキラキラと輝いていた。


(さすがお金持ちの集まる学校……豪華だわ)


 さらに生徒たちが自由に使える茶器のセット。流行の小説が置かれた書棚。また談話室という性質上、椅子やテーブルも多数配置されている。

 特に目を引くのが中央に置かれた高価なソファセット。長方形のローテーブルの長辺側に三人は座れそうな長いソファが向かい合わせに二つ、短辺側には一人掛けのものが一つずつ置かれていた。座面には驚くほどフカフカの生地が張られており、リタはこくりと息を吞む。


(これ……寝たら気持ちよさそう……)


 試してみたい欲に駆られ、リタは大きなソファの端へこそこそと腰かける。

 しかしいざ横になってみようと体を傾けたその瞬間、ノックもなしにガチャっと出入り口のドアが開いた。驚いたリタが飛び起きると、ドカドカと大きな足音を立てて大柄な金髪の男性が入ってくる。男性はリタの存在に気づくと「お」と目を見開いた。


「早いな、もう来てたのか」

「え、ええっと……」


 リタが狼狽していると、男性に続いてローブを着た女性が姿を見せる。緑がかった黒髪を適当に結い上げており、銀縁眼鏡のフレームを指先で押し上げながら前を歩く男性を叱った。


「こーら、怖がらせるんじゃないよ。ごめんね。二年生?」

「は、はい」

「そう。これからよろしくね」


 一見冷たそうに見えた彼女だが、にこっとした笑い方が年相応で可愛らしい。

 すると再び扉が開き、今度は小柄な男女二人が部屋に入ってきた。着ている制服は騎士科・魔女科それぞれの物だが、当人たちの髪の色がまったく同じで容姿もほとんど見分けがつかない。どうやら双子のようだ。


「あの、実行委員の会議ってここで良かったですか?」

「うん。君たちは一年生かな」

「はい!」


 ほぼ同時に発された声が重なり合い、女性が楽しそうに微笑んだ。

 ローテーブルを中心とした長いソファの片方に一年生の双子、反対側のソファに大柄な男子生徒が腰を下ろす。リタが一人掛けのソファに着座したのを見て、女性はもう一方の一人掛けソファの前に立った。


「ひとり遅れているみたいだけど、時間も来たことだしとりあえず自己紹介から始めちゃおうかな。私は魔女科三年のエイダ・ラクラーエン。今回の学園祭実行委員長を務めるよ。ついでに寮の監督生もやってる。じゃ、そっちから時計回りで」

「あいよ」


 エイダに命じられ、ソファに一人で陣取っていた男子生徒が座ったまま片手を挙げた。


「おれは騎士科三年のヴィクター。同じく監督生でそこのエイダのパートナーだ。なんでも聞いてくれ――と言ってやりたいが、あいにくおれも学園祭ははじめてでな。まあ先輩方の資料は残っているらしいから、みんなで少しずつ頑張っていこう」


 はい! という双子の緊張ぎみの返事を聞き、ヴィクターが満足げにうなずく。そういえばこの学園に来たばかりの頃、職員から『監督生』という単語を教えてもらった。それに選ばれているということは、どうやら三年の中でもかなり優秀なふたりのようだ。

 そんなことを考えているうちに「どうぞ」とヴィクターから手と眼で促され、リタは慌ててその場に立ち上がった。


「魔女科二年のリタと言います。よろしくお願いします」

「うん。よろしく」


 向かいに座るエイダの笑みに、リタはほっとしながら元のソファに腰を下ろす。すると斜め前に座っていた一年生二人が同時に立ち上がり、いっせいに「ぼくは」「わたしは」と話し始めた。被ってしまったことに気づき、揃ってあわあわと取り乱す。


「え、えっと、ぼくは騎士科一年のセシルです。で、こっちが」

「魔女科一年のユーリスです。お役に立てるよう、頑張ります……!」


 事前に練習してきたかのようにきっちり同じ角度でお辞儀した二人を見て、向かいにいたヴィクターが「おおー」と拍手する。リタもそんな二人を微笑ましく見ていたものの、ふと遅れている二年の実行委員のことが気になった。


(イザベラ先生からは何も言われなかったけど、この調子だと多分二年の騎士科から選ばれてくるのよね?)


 正直なところ、騎士科の生徒とはランスロットとアレクシス以外ほとんど接したことがない。

 セオドアなら何度か話したことがあるので気が楽だが、リーディアが立候補しなかった以上、彼が自ら望んでこの仕事をすることはないだろう。


(誰が来るんだろ。うーん、ちょっと緊張する……)


 そんなリタの心配をよそに、委員長のエイダが「さて!」と手にした書類を掲げた。


「それじゃあ、簡単にこれからの流れを説明しよう。学園祭が行われるのは二カ月後。当日は王族関係者も来園し、生徒たちの研究発表をご覧になる。我々が担当するのは開催までの全体的なスケジュールの調整・各クラス展示の進捗共有・有志による演劇・屋台の衛生管理、あとは招待客リストと招待状の作成、その他諸々の事務作業と――」


 手にした書類を読みあげるエイダを眺めつつ、リタはその膨大な仕事量に内心「うえー」と舌を巻く。すると外の廊下からやたらと慌てた足音が近づいてきて、談話室の扉の前でピタッと止まった。コンコンと折り目正しいノックを受けて、エイダが「どうぞ」と返事をする。

 すぐにがちゃりと扉が開き――。


「すみません、遅くなりました!」

「なっ⁉」


 遅刻したその人物を見て、リタは思わずソファから立ち上がった。


「ど、どうしてランスロットが……」

「リタ……?」


 こちらに気づいたランスロットもまた、信じられないという表情で目を見張る。

 こうして今回の学園祭実行委員がようやく全員揃ったのだった。



 

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