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最下位魔女の私が、何故か一位の騎士様に選ばれまして  作者: シロヒ
第三部

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第一章 2



 リタがすがるような目を向けると、ランスロットは額から滝のような汗をかいたあと、苦悶するような表情でぎゅっと強く両瞼を閉じた。しばらくしてそろそろと押し開けると、ひどく緊張した様子でリタの名前を口にする。


「リ、リタ……」

「うん」

「きょ……今日は、勝手なことをして、わるかっ……た」


 それを聞いたリタはにこっと笑うと、ランスロットの顔からぱっと手を離した。


「ありがとう」

「い、いえ……」

「これからも敬語は禁止。いい?」

「わ、分かりまし……分かった」


 まだ少しぎこちないが、これ以上詰めるのはさすがに申し訳ない。

 リタは今なお頬を真っ赤に染めているランスロットに向けて「じゃ、また今度の授業で」と明るく手を振る。背中を向けて中庭に戻る回廊を歩き始めたものの――内心、激しいドキドキで心臓がおかしくなりそうだった。


(な、なんかカッとなって言っちゃったけど、やり過ぎだったかしら⁉)


 ランスロットの宝石が割れた時、リタは自分でもびっくりするほど血の気が引いた。もしもこれが本当の戦闘だったらと思うと震えが止まらず、何としてでも彼に一言言わなければ! と息巻いてしまったのだ。


(そりゃあ、あの場に好きな人がいたら? 緊張してしまうのも無理はないけど? でも授業は授業だし、だいたい……私はランスロットのパートナーなのに……)


 入学して最初の合同授業の時ですら、ランスロットとの連携はやりやすかった。それが一気に初期値以下に――これまでふたりで積み上げてきた信頼関係がすべてゼロになってしまった気がして、リタはがっくりとうなだれる。


(それに……リタ『様』なんて……)


 想像以上にショックを受けていることを自覚し、リタは「はあああ」とため息をつきながら両手で自身のこめかみを押さえる。そこでようやく、先ほどランスロットの頬に触れていたことを思い出し――かなりの時差のあと、ボボボっと一気に赤面した。


(わ、私……無我夢中だったとはいえ、ランスロットの顔に手を……⁉)


 今になって考えてみれば、距離も相当近かった気がする。

 吸い込まれそうな青い瞳にけぶるような長い銀の睫毛。すっと通った鼻梁に形の良い唇。赤くなった頬には男性独特の弾力があり、それでいてずっと触れていたくなるような滑らかさもある。おまけに彼が呼吸するたび熱い息が指先に触れて――。


(わーーーーっ⁉)


 リタはこめかみに当てていた両手を勢いよく上げると、頭上に浮かんでいる耽美な妄想を追い払うかのようにばたばたとせわしなく振り回した。奇っ怪な一人踊りを回廊の片隅で繰り広げたあと、ぜいはあと荒々しく肩で息をする。


「お、落ち着くのよリタ……いえヴィクトリア! いったい何年生きていると思っているの! たかが男性の顔を触ったくらいで――」


 だが口にしたことで、再び鮮明に先ほどの光景を思い出してしまい――リタはまたもや謎の踊りを舞い続けるのだった。



 リタが回廊で不思議な踊りを披露していた頃。

 裏庭に残されたランスロットは校舎の壁に片手を付き、先ほどからドキンドキンとうるさい心臓を騎士服の上からぐっと押さえつけていた。


(ヴィクトリア様が俺の顔に手をっ……‼ いや、正確にはヴィクトリア様ではなくリタだがそれはそれでっ……!)


 思い起こせば一学年の終わりのこと。

 実務研修のあれそれで自分でもよく分からないモヤモヤを抱え、その違和感を解消するべくヴィクトリアとの再会を切望したはずだった。だが最終的に『俺はリタのことが好きである』という本心を認めることになってしまった。

 それだけならまだ良かった。二股男と周り(主にエドワードとアレクシス)から非難されることが無いよう、またリタに不快な思いをさせないよう、この気持ちについては大切に、それはそれは大切に温めていくつもりだった。

 だが王宮で起きた黒い植物の事件が起き、地下の研究室にいたリタを建物の倒壊から守ろうとした結果、ふたり揃って地中に閉じ込められるという事態に陥ってしまった。そこで自身の最期を覚悟したランスロットは、リタに告白まがいのことを口走ってしまったのである。


(まあ、リタはよく覚えていないようだったからそれ自体はまだセーフだ……。俺があいつのことを好きなのはまだバレていないはず――)


 しかし問題はそれだけではなかった。

 事の起こりは一学年終わりのパーティー。酔いつぶれてしまったリタを寮にある彼女の部屋に運んだ際、ヴィクトリアに宛てた手紙を偶然発見してしまった。

 そのうえ自分とヴィクトリアしか知らないであろう会話を、リタが把握していたことを思い出してしまい―-ランスロットの脳内に『リタ=ヴィクトリア?』の図式が完全に出来上がってしまったのだ。


(ヴィクトリア様よりリタを好きになったと思ったら、リタが実はヴィクトリア様で? ヴィクトリア様には俺の好意が伝わっているが、それはリタも知っていてそれはつまり――ああくそ、やっぱり何も分からん‼)


 その後、逃げるようにして寮にある自分の部屋に戻ったものの、ヴィクトリアに打ち明けたリタとのエピソードや、ヴィクトリアとのデートプランをリタに考えてもらっていたことなどを次々と想起してしまい、結局一睡も出来なかった。

 気づけば窓の外が白んできて「もし目覚めたリタがお礼を言いに、自分の部屋を訪ねてきたらどうしよう」と不安になったランスロットは、昼頃に発つ予定だった帰省のスケジュールを大幅に早め逃げるように学園を脱出したのである。


(しばらく距離を置けば、落ち着くと思っていたんだが……)


 バートレット領に戻ってからは次期公爵としての勉強・剣の鍛錬・領地の視察など精力的に取り組んだ。だがふと気を抜くと、最後に見たドレス姿のリタの寝顔が頭をよぎってしまい、おかげで普段はしない失敗を大連発してしまった。

 結果、父親からは不審な目で見られ、馴染みの使用人たちからは体調の心配をされている。


(くそっ、俺はいったいどうしてしまったんだ!)


 このままではまずいと思ったランスロットは己の初心を取り戻すべく、書庫に保管されているありとあらゆるヴィクトリアに関する書物や図録を読みふけった。

 勇者ディミトリと修道士シメオンとともに冥王を倒す、美しき伝説の魔女・ヴィクトリア――と何度読んでも変わらない感動と憧憬を噛みしめていたのだが、ここでもまたリタの姿が邪魔をしてくる。恋をすると人は愚かになると聞いたことがあるが、まさか自分がそうなるとは夢にも思っていなかった。


(で結局、登校日になってしまって……)


 本当は気持ちを落ち着けて、休みの間にリタをデートの一つにでも誘いたかった。しかし自身のポンコツぶりはいっこうに収まらず「こんな情けない姿を見せるわけにはいかない」とずるずると予定を遅らせ続けた結果、二学年が始まるギリギリになってしまった。

 こうなれば式典で、と覚悟を決めて臨んだものの――。


(あ~~っ! 思い出したくもないっ……‼)


 早朝、普段の倍以上身支度に時間をかけ、普段よりだいぶ早く式典会場となる講堂へと向かった。人が少ない方が話しかけるチャンスがあるかもしれない、という下心からだったのだが、なんの偶然か会場に到着してすぐ、回廊から走ってくるリタの姿を目撃した。

 だが駆け寄ろうと思っても、どういうわけか足がいっこうに動かない。リタは誰かをきょろきょろと捜しているようで、ランスロットは仕方なくささっと彼女に背を向けた。

 その直後、彼女がいつもの調子で話しかけてくる。


「おはようランスロット、久しぶりね」

「……っ!」


 耳がとろけるような可愛らしい声が、ランスロットの心臓を背中から一気に貫いた。

 おかしい。これまでだって詠唱とかで何度も聞いてきたはずなのに。どうしてこんなに愛らしくて可憐で胸がときめくのか。声に魅了の魔法でもかかっているんじゃないだろうか。

 ここで返事をしないわけにはいかない、とランスロットは大きく息を吸い込んだあと、錆びついた蝶番のようなぎこちなさで振り返る。しかしリタの姿を間近で目にした途端、ランスロットは「うっ」と小さく息を呑み込んだ。


(かっ……可愛いっ……‼)


 柔らかそうな茶色の髪は完璧な曲線を描いて波打っており、大きな緑色の瞳は太古の地層から採掘された希少な宝石のように輝いている。他の魔女科の生徒たちと同じ制服を着ているはずなのに、リタが着るとまるで最新のドレスのように華やかに見えた。

 気のせいか、背後がキラキラと輝いているようにすら見え――あまりの美しさにランスロットが言葉を失っていると、リタが少し照れたような顔で口にする。


「えーっと、その、二年生になってもよろしくね。かっ、夏季休暇、ずっと実家にいたみたいだけどゆっくり休めたのかしら。それでえっと、遅くなっちゃったんだけど、一年の終わりのパーティーの時――」

「……っ‼」


 その瞬間、ランスロットは敵兵から首筋に槍の矛先を向けられている錯覚に陥った。

 そうだった。自分はパーティーのあと、リタと顔を合わせるのが恐ろしくて実家に逃げ帰った情けない男だった。どうしよう。いっそのこと、何もかもすべて忘れておいてくれないだろうか――。


「部屋まで運んでくれたのってランスロットよね? ごめんね、重かったで――」


 だめだった。全部バレている。

 ランスロットの脳裏に、無防備なリタの寝顔と戸棚から落ちたヴィクトリア宛ての招待状が交互にちらつく。マイペースで可愛らしいリタとクールで凛とした表情のヴィクトリア。ふたりの幻が幾度となく重なり合い、酩酊したときのように目の前がぐるぐるしてくる。


(いかん、何か言わなければ不安にさせてしまう、何か――)


 そうやって絞り出した答えが――。


「きっ……気にしなくて、大丈夫です……」


 敬語。

 なんでだよ、と今なら自分の頬をはたきたい。だがもし本当にリタがヴィクトリア様だとしたら、いったい誰がいつもの感じでしゃべることが出来るだろうか。いや出来ない。だんだん文法すら怪しくなってきた。

 さすがに不審がられたのか、リタがけげんそうな顔でこちらを覗き込んでくる。


「……ランスロット?」

「し、失礼いたします‼」


 これ以上は無理だ、とランスロットは大急ぎでその場から逃げ出した。追いかけられるのを避けようとさして親しくもない騎士科のクラスメイトたちを捕まえて、わざとらしい大声で話し始める。その間ずっとリタの視線を背中に感じていたが、とても振り返る勇気はなかった。


(情けなさすぎるぞ、俺……)



 

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