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最下位魔女の私が、何故か一位の騎士様に選ばれまして  作者: シロヒ
第三部

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プロローグ



 長い夏季休暇が終わり、季節はようやく秋を迎えていた。

 残暑を感じさせる真っ白い朝日が自室の窓から差し込み、近くに立てかけていた杖がカタカタと揺れる。それを見たリタはすぐさまベッドから立ち上がった。


「……来た!」


 鏡台の前で身を屈め、ささっと前髪の並びをチェックする。ついでに制服の襟とリボンの位置を整えると、今なお振動している自身の杖を手に取った。ターゲットが講堂に近づいたことを知らせるように掛けていた魔法が解け、ぴたっとその動きが収まる。

 そのまま誰もいない廊下に出ると、慌ただしく寮の一階へと駆け下りた。


(うう、緊張する……!)


 今日は二年に進級した最初の日。魔女科と騎士科、生徒全員が講堂に集合して行われる式典の前にどうしても彼とふたりだけで話がしたかった。


(ランスロット……)


 その姿を想像し、リタは緩みかけた口元をむぐぐっと噛みしめる。

 ランスロット・バートレット。眉目秀麗。成績優秀。品行方正。由緒正しき公爵家の跡取り。軍神エルディスに生き写しとまで言われる完璧超人。この学園におけるリタのパートナー。そして――『好きな人』である。


(ニヤニヤしないの、気持ち悪がられるでしょうが!)


 気持ちを自覚したのは、一学年最後のパーティーでのこと。

 動揺のあまり手にしていた酒を一気にあおってしまい、よりにもよって意中の彼に寮の自分の部屋まで運ばせるという大失態を犯してしまった。

 翌日の昼、ランスロットが介抱してくれたということを寮母から知らされ、リタはすぐにお礼を言いに行こうとした。だがすでに学園は夏季休暇に入っており、ランスロットも実家のあるバートレット領に向けて出立していたのである。

 休み途中で帰ってくる生徒も多いため、リタは彼が戻り次第お礼を伝えに行こうと、日々そわそわと心待ちにしていた。だが結局ランスロットが帰ってくることはなく――今日ようやく顔を合わせられる、という状態なのだ。


(えっと、会ったらまずはお礼を言って、それから――)


 回廊を足早に駆け抜け、入学式の会場となる講堂へ。式典の開始時間にはまだだいぶ早く、集まっている生徒の数はまばらだ。長期休暇明け独特のけだるげな空気の中、リタは玄関ホールできょろきょろとランスロットの姿を捜す。


(――いた!)


 その背中を目にした途端、リタの心臓がどきんと大きく音を立てた。

 まとっている制服は他の男子生徒たちと変わらないはずなのに、なぜか彼の周囲だけキラキラと輝いて見える。こんなこと今までなかったのに。


(お、落ち着くのよリタ、いえヴィクトリア。変な感じにならないように……)


 いったん足を止め、その場で大きく深呼吸する。近くの窓でもう一度だけ自身の前髪を確認すると、リタはこれまでの接し方を思い出しつつランスロットに声をかけた。


「おはようランスロット、久しぶりね」

「…………」


 背後からの呼びかけに気づき、ランスロットがゆっくりと振り返る。

 銀の髪には天使の輪が輝いており、青い双眸は宝石のような美しさだ。これまでまったくぴんとこなかった抜群の美貌が今になってリタの心を容赦なくざわつかせる。ああ、好きな人というだけでここまで見え方が変わるものなのか。


(ひーっ、顔がいい……! でも動揺しちゃだめよ、今まで通りに……)


「えーっと、その、二年生になってもよろしくね。かっ、夏季休暇、ずっと実家にいたみたいだけどゆっくり休めたのかしら。それでえっと、遅くなっちゃったんだけど、一年の終わりのパーティーの時――」

「……っ‼」


 するとその瞬間、目の前にいたランスロットがさっと青ざめた。

 リタもすぐに気づいたものの、ここでいきなり言葉を切るのもおかしいかと考え、仕方なくそのまま話し続ける。


「部屋まで運んでくれたのってランスロットよね? ごめんね、重かったで――」

「きっ、気にしなくて、大丈夫です!」

「……ランスロット?」

「し、失礼いたします‼」


 そう言うとランスロットは慌ただしく礼をし、他の騎士科生徒たちが集まっているところに逃げるように走り去ってしまった。取り残されたリタがひとりぽかんとしていると、背後から聞き覚えのある声が飛んでくる。


「あらリタさん、今日はずいぶん早いんですのね」

「リーディア……それにセオドアさんも」

「ご無沙汰しております。リタ様」


 長い水色の髪をきっちりと巻き、相変わらず居丈高な態度で話しかけてくるクラスメイトのリーディア。その隣には彼女のパートナーであるセオドアが控えている。

 このふたり、幼なじみでかつ相思相愛であるにもかかわらず、お互いが自身の本心を打ち明けられなかったせいでパートナー解消の危機に瀕したことがあった。だが王宮で起きた事件をきっかけに、ようやく気持ちを通じ合わせることが出来たのだ。

 その証拠にリーディアの指にはセオドアが贈ったとされる銀の指輪が輝いており、彼女はどこか誇らしげに肩にかかる自身の髪を掻き上げた。


「ようやく二年生ですわね。まあ今まで同様、一位の座は誰にも譲りませんけども」

「うん……」

「授業ではより高度な魔法も習うようですし、パートナーとの実習頻度も――」

「うん……」


 空虚な相槌を繰り返すだけのリタを見て、リーディアが眉間に皺を寄せる。


「リタさん、あなた大丈夫ですの?」

「えっ?」

「顔色がとんでもないことになっていますわ。まるで土人形(ゴーレム)みたいよ」

「土人形……」


 それがどんな魔法であったかを思い出そうとするが、先ほどのランスロットの表情と態度が脳裏をちらついて離れない。そうこうしているうちに他の生徒たちの姿も増えてきて、硬直するリタのもとにひと際明るい声が飛び込んできた。


「おはよーございまーす! リタ、もう来てたんですね」

「ローラ……」

「部屋まで迎えに行ったんですけど返事がなくって。えへへ、久しぶりに会えて嬉しいです! 本当はもう少し早めにこっちに帰ってくるつもりだったんですけど、おじいちゃんが鍛錬不足だってすっごく怒ってて夏季休暇の間みっちり特訓を――あの、リタ?」

「な、何?」

「もしかして体調悪いですか? 顔が収穫前のリウリーエンみたいになってますよ」

「リウリーエンとは……」


 ローラの出身地である東国のフルーツか野菜だろうか。どんな物のことを指すのか分からないが、とりあえずあまりいい意味ではなさそうだ。友人ふたりから顔色を指摘されてもなお、リタは愕然としたままその場に立ち尽くす。

 やがて式典が始まるギリギリの時間になった頃、ようやく玄関ホールにアレクシスが姿を現した。寝不足なのか、あくびで半開きになった口を手で軽く覆っている。


「おはようリタ。今日からまた一緒だね」

「アレクシス……」

「次こそ君のパートナーにって思ってたんだけど、二年って特に理由がない限りペアの変更が出来ないんだって。つまんないよねえ。それで? 君のパートナーとかいう世界一幸せな男はまだ来てないのかな?」

「来てはいる、んだけど……」


 アレクシスから指摘され、リタはおそるおそるランスロットのいる辺りに目を向ける。いつものメンバーが揃ったというのにランスロットはいまだ別のクラスメイトたちと話し込んでいて、こちらに戻ってくる気配がない。

 その後騎士科担任がのしのしと歩いてきて、一年の時と同様よく通る声で叫んだ。


「全員いるなー! さっさと整列して入場しろ!」


 魔女科と騎士科に分かれ、それぞれ講堂内の決められた場所に着座する。次いで三年生が席に着いたところで、正面にある舞台にようやく学園長が登壇した。


「えー在校生の皆さん、まずは夏季休暇を終え――」


 学年が上がることへの期待や学園生活を送るうえでの戒めなどを語りつつ、式典は滞りなく進んでいく。しかしどの言葉もリタの頭には何一つとして残らず、右から左へと鮮やかに流れ去ってしまった。

 そのうち式次第のすべてが終了し、三年生たちが先に退場する。遅れて自分の周囲も立ち上がり始めた頃合いで、リタはようやく「はっ」と目を見開いた。


「ご、ごめんローラ、先に教室行ってて!」

「リタ?」


 謝罪と同時に椅子から立ち上がり、リタは急いで騎士科生徒たちが座っていたあたりに向かう。すでに半数ほどが玄関ホールに出てしまっているなか、リタはランスロットの姿を見つけ出すと急いで声をかけた。


「ラ、ランスロット! あの、私……」

「…………」


 だがランスロットはわずかに振り返ってこちらを見たあと、すぐに踵を返して講堂を出ていくクラスメイトたちと合流してしまった。

 またも取り残されたリタの背後から、心配そうな顔でローラが近づいてくる。


「リタ? あの、だ、大丈夫ですか……?」

「うん……」


 夏季休暇に入るまでは普通だった。むしろ実務研修でのひと時や王宮での騒ぎがあったおかげで、ランスロットとより打ち解けることが出来たと思っていた。パートナーになってほしいという願いだって快く受け入れてくれたのに。

 それなのにどうしてこんな、そっけない態度を――。


(やっぱり……好きな人が出来たから?)


 夏の初め、王宮で起きた黒い植物の襲撃事件。地下室の崩壊が原因でリタとランスロットは地中に生き埋めになったことがあった。そこで息も絶え絶えなランスロットから『ヴィクトリアより好きな相手が出来た』と打ち明けられたのである。


(いったい誰なんだろ……)


 リタがヴィクトリアであることを知らない彼から、ヴィクトリア様、ヴィクトリア様と求愛されていた頃はとにかく恥ずかしかった。だがそこで彼の真面目な――リタに対して真摯に接している事実を知り、嬉しくなったこともよく覚えている。


(ヴィクトリア――私より好きな人、かあ……)


 遠い昔、ともに旅をした勇者ディミトリのことを思い出す。一途に思い続けていたものの、彼もまたヴィクトリアではなくエレオノーラというお姫様と結婚した。

 ヴィクトリアは好きだと告白する勇気すら持てなかった。

 そのことに何年も何十年も何百年も後悔して、そしてようやく好きな人が出来たのに。


(また私は、何も言えないまま……)


 振り向いてほしい。この気持ちを伝えたい。

 でももし拒絶されてしまったら、今の関係(パートナー)も終わってしまうかもしれない。

 傍にいられなくなるのは、気まずくなるのは絶対に嫌だ。


(どうしよう……)


 締め付けられるように痛む胸を、リタはそっと手のひらで押さえつける。

 こうしてリタ・カルヴァンの二学年・前期が始まった。




 

最終章です。

最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。

よろしくお願いします!

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