書籍版発売お礼ss③:新しいドレスは君の色
一学年終わりまで、あと一カ月に迫ったある日。
リタはランスロットとともに、王都にある高級衣料品店を訪れていた。入学してすぐの頃、制服を仕立ててもらったお店だ。試着室のカーテンを両手で摑み、中にいたリタがひょこっと顔だけ外にのぞかせる。
「ねえランスロット、本当に新しいドレス、作らないとダメ?」
「ダメだ」
「うう……」
頑なに否定され、リタは思わず口をへの字にした。
ここにいるのは他でもない。学年末に行われる学内パーティー用のドレスを買いに行くぞと、ランスロットからなかば強引に連れ出されたのだ。
「たしかに、この前着てた赤いドレスは土に埋まって大変な状態になっちゃったけど、洗えばまだ大丈夫だと思うし」
「どこの世界にドレスを洗って着る令嬢がいるんだ」
「わ、私令嬢じゃないし! それに前に王宮に着て行った若草色のドレスも結構良かったと――」
「まああれは確かに可愛かっ……い、いや! あれはダメだ! 一度着て行ったものを着るなんてルール違反だ!」
「そんなルールあるの⁉」
なんて恐ろしい貴族社会。
清貧を良しとする古き魔女としてはちょっとしたカルチャーショックだ。
「で、でもほら、同じのがダメでも、まだ部屋にランスロットから貰ったやつがあるし」
「ああ、それならまあ――」
だが少しだけ考え、ランスロットが首を横に振った。
「……いや、もうここまで来たしな。いいからさっさと試着しろ」
「そんなー⁉」
ランスロットの一言を受け、隣にいた女性スタッフたちがさあさあ参りましょうとばかりにリタの着替えを手伝い始める。濃い青色のドレスを試着したリタは、何とも言えない恥ずかしさとともにそうっとカーテンを開けた。
「ど、どうでしょうか……」
「……思ったより黒く見えるな。もう少し明るい青はあるか?」
「ご用意いたします」
すぐさま次のドレスが準備され、リタは動くトルソーになった気分で慌ただしく着替える。再びシャッとカーテンを開けると、ランスロットが「むっ」と眉根を寄せていた。
「明るさは良いが、緑がかって見えるな……もう少し綺麗な青はないのか?」
「少々お待ちくださいませ」
またもドレスを剥がされ、もはや何色のどんな生地かも分からないままリタは次の一着を身にまとう。
なぜか手元に小さな花のブーケまで持たされ、振り返ったところで女性スタッフが勢いよくカーテンを開けた。
「これでいかがでしょう!」
「っ……!」
正面で待機していたランスロットと目が合う。すると彼はいきなり顔を真っ赤にし、すぐにリタから目をそらした。
「ど、どうして花嫁衣裳を着ている⁉」
「えっ?」
「だってお前、そのドレスはどう見ても……」
「そう? これ、白っぽく見えるけど、近くで見るとすごく淡い水色だけど」
「水色……」
ようやくランスロットがこちらを向き、少しだけ接近して生地の色味を確かめる。やがて納得したのか何なのかは分からないが、自身の髪を手で乱しながらやれやれと息をついた。
「もういい。俺が選ぶ」
そうして着せられたのは美しい青色のドレスだった。どことなくランスロットの瞳の色と似ており、彼は満足げにうなずく。
「これでいいだろう。多少の牽制にはなるはず――」
「牽制って?」
「お前は知らなくていい。ほら、行くぞ」
「……?」
支払いのサインを済ませ、ランスロットが店の出入り口へと歩いて行く。リタは若干の疑問符を浮かべながらも、言われるまま付いていくのだった。
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そして学内パーティー当日。
男性陣を待っていると、隣にいたローラが嬉しそうに話しかけてきた。
「あのう、ずっと気になっていたんですけど……それってランスロットさんとお揃いにした感じですか⁉」
「それって?」
「ドレスですよドレス! 青いのってクローゼットの中になかったですよね⁉」
「そう……だっけ?」
以前ドレス選びを手伝ってもらった時は、ローラにすべてを任せていたのでどんな色があったかの記憶すらない。するとローラがうっとりした表情で自身の両頬に手を添えた。
「いいですよねえ……。噂には聞いたことがあったんですけど、こうして実際に揃えているのを見ると、なんかすごく素敵だなって……」
「待ってローラ、噂って?」
「えっ? たしか、貴族の社交界では親しい人同士でこっそり持ち物の色を統一するルールがあるらしいんです。例えば髪飾りとネクタイとか」
「色を統一する……」
「はい! なかでもいちばん人気なのは、男性の瞳の色と同じ色のドレスを女性に着せるってやつで『こいつは俺の女だから手を出すな!』って意味があるらしいですよ!」
「ま、まさか……」
偶然でしょ、と言い返そうとしたところで、そういえばあの時ランスロットが執拗に『青』にこだわっていたことを思い出す。
(あれって、もしかして……)
やがてエドワード、遅れてランスロットとアレクシスが会場に到着した。それぞれ入場していくのを見つつ、ランスロットがリタに手を差し出す。
「ほら、俺たちも行くぞ」
「う、うん!」
おそるおそる手を繋ぐも、先ほどローラから教えられたルールが頭をちらついてしまい、ランスロットの顔をまともに見られない。すると頭上から、リタにだけ聴こえる声量で彼がぼそりとつぶやいた。
「ドレス、よく似合ってる」
「……‼」
その瞬間、心臓が早鐘のように音を立てる。
一気に頬が熱くなり、リタは俯いたまま必死に自身に言い聞かせた。
(パートナーだから、よね⁉)
やっぱり貴族のルールは分からない――とリタは顔を真っ赤にしたまま、彼の瞳と同じ色のドレスを見つめるのだった。
(了)
2巻発売お礼ssでした!
書き下ろしもありますので、書籍版も手に取っていただけたら嬉しいです。
よろしくお願いします!