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第三章 2



 ランスロットと別れたあと、リタは図書館へと向かっていた。

 すると途中で見覚えのある男子生徒と遭遇する。


「あなたは……」

「リタ! 良かった……。ここで待っていればまた会えるかと思って……」


 先ほどの選考会、騎士科の最後尾にいた彼だ。

 猫背なのは変わらず、もさもさの髪で目元が半分ほど隠れている。


「私も話したかったの。その……あれから大丈夫だった?」

「う、うん……。すぐに先生が来て、適当にごまかしたから……」


 長い前髪を何度も手で引っ張りながら、男子生徒はごにょごにょと言葉を濁す。

 だがすぐに顔を上げると、頬を真っ赤にして続けた。


「そ、それより、リタも新入生だったんだね」

「うん。見てのとおり、入試の成績は最下位だったけど」

「ぼ、僕も同じだから気にしないで! ……でも意外だな。てっきりリタは、先生になってもおかしくないくらい優秀な魔女だと思っていたのに……」

(すみません……全然ダメでした……)


 キラキラとした瞳で見つめられ、リタはなぜか罪悪感すら覚えてしまう。

 すると男子生徒は、こほんと小さく空咳をした。


「それであの、僕……まだ君に自己紹介していなかったなと思って」

「そういえば、あの時は聞かなかったものね」

「あらためて――僕はアレクシス。これからよろしくね」

「うん。アレクシス」


 手を差し出され、リタはそっと握り返す。

 今日はなんだかたくさん握手する日だなあ、と思った。


「そういえば、アレクシスのパートナーは誰になったの?」

「えっ……と、僕はいないんだ」

「いない?」

「うん。そもそも魔女科に入学できる子って少なくって……。そのうえ騎士科と同数であることはまずないから、毎年何人かの騎士候補は『パートナー不在』で過ごすんだよ。ほら、式のあとに先生がパートナーのいない騎士候補を集めていたでしょ?」

「言われてみれば……」

「合同授業の時だけ誰かにお願いするか、先生についてもらう感じかな……」


 たしかに並んだ時の人数に、それなりに差があった気がする。優先的にパートナーを指名できる成績上位者はいいが、騎士候補もなにかと大変なようだ。

 リタがううむと眉根を寄せていると、アレクシスがおずおずと口を開いた。


「リタはすごいね。あのランスロットから指名されるなんて」

「えっ⁉ ええと、あれは……」

「きっと、リタの才能を見抜いていたんだと思うよ。ああ……僕ももう少し入試で頑張っておけば、リタをパートナーに指名できたかもしれないのに……」

(言えない……ビリだから選ばれたなんて……)


 どんよりと落ち込むアレクシスを、リタはどうにかして元気づけようとする。


「わ、私なんてほんと、適当に選ばれたようなものだし! あっ、課題の時はパートナー必要なんだよね? 私で良かったら協力するよ!」

「……ほんとに?」

「私で良かったら、だけど……」


 口にしたあとで、ずいぶんと無責任なことを口走ったとリタは後悔する。

 だがリタの不安を知るよしもなく、アレクシスは分かりやすくぱあっと破顔した。彼の背後に、大きな犬の尻尾がぶんぶんと揺れている(幻覚)が見える――


「リタ……ありがとう!」

(っ……勉強、ちゃんとしよう……!)


 リタは眩しいものを見つめるかのように、こわごわとその目を細めたのだった。




 翌日から、本格的に授業が始まった。

 基本的なカリキュラムは『騎士科』『魔女科』で別々に行われ、合同授業や実技、学期末試験などの際にパートナーと取り組む課題が与えられるらしい。

 学期は二学期制。

 秋から始まる前期のあと二カ月ほどの冬期休暇を挟み、後期、夏季休暇というスケジュールだ。

 各期の終わりにはテストが実施され、実技・筆記の両方で成績を決める。


 ちなみに三学年まであるが、成績が足りなければ進級できないため、年数を重ねてしまい退学を余儀なくされる生徒も多い。

 こうして留年する者、また入学時の年齢もそれぞれで異なるため、学園内には十五から二十二歳といった幅広い年代の生徒たちが在籍していた。





 その日の午後。

 はじめての授業を終えたリタは、回廊を歩きながら一人喜びを噛みしめていた。


(なんか……新鮮で面白かった……!)


 最初のカリキュラムということもあり、今日は午前中だけで終了した。

 内容は正直言って基礎中の基礎――だがリタが知らなかった道具の正式名称や、なんとなくで理解していた部分がしっかりと論理的に説明されており、物事の新たな一面を見出したような感動を覚えたのだ。


「明日はどんなことするんだろう……。楽しみ……」


 うふふえへへとしまりのない顔で歩いていく。

 すると回廊の先から、数人の取り巻きと一緒に見覚えのある令嬢が姿を見せた。

 魔女科の成績一位、リーディアだ。


「あらリタさん、ずいぶん楽しそうですわね」

「はい!」


 素直に応じたリタを見て、リーディアの隣にいた令嬢がくすっと笑う。


「そんな余裕で大丈夫なの? 今日だって、あんな簡単な質問に答えられなかったのに」

「あ、あれはその、昔は名前が違っていて……」

「昔って、いったいいつの話よ」

(三百年前……)


 だが余計なことを言ってはならないと、リタは適当に言葉を濁す。そんなリタに苛立ったのか、リーディアは体の前でふんっと両腕を組んだ。


「あなた、本気でランスロット様のパートナーになるつもり?」

「え、あ、はい。なんか拒否権ないらしいので」

「……ほんっとうに信じられませんわ」


 いいこと⁉ とリーディアは人差し指をびしっとリタに突きつける。


「庶民のあなたは知らないでしょうけど、ランスロット様はすごい御方なのよ⁉」

「はあ……。確かになんかすごいですよね……圧とか」

「そうじゃなくて!」


 噛み合わないリタとの会話にわななきつつ、リーディアが高々と拳を握る。


「三百八十年の歴史を持つ、由緒正しきバートレット公爵家の次期後継者! この学園に入る前から数々の戦功を持つ本物の騎士! 剣を握れば百の軍勢を打ち倒し、弓を引けば百の敵将の心臓を射抜く! 槍を構える姿は軍神エルディスのごとしと謳われる、まさにわが国の宝! 現王子殿下とも親しくされているという、とても栄誉ある御方なのです‼」

(えええ……嘘ぉ……)


 はっ、と馬鹿にしたような目で笑うランスロットしか想像できず、リタは返答に苦慮する。

 ようやく落ち着いたのか、リーディアが長い髪をふうっと後ろに掻き上げた。


「少しは理解しましたか? 自分がどんな方に選ばれたのかを」

「は、はあ」

「……あのランスロット様のことです。きっと何か特別なご事情があったのでしょう。たとえばそう――一人だけ、あまりに貧相でみすぼらしい魔女候補がいるものだから、施しのつもりでご温情を与えられたとか……」

「……?」


 くすくす、と小さな笑い声が巻き起こる。

 取り巻きの令嬢たちは、聞えよがしにリタの身なりを指摘した。


「おかわいそうに。制服も買っていただけなかったんですのね」

「あのスカート、いつの時代? 長すぎて野暮ったーい」

「杖もイザベラ先生からの借り物らしいですわよ。まあ、庶民の方が買える金額ではありませんものね」

「それにいまどき眼鏡なんて、貧乏人しかかけてませんわ」

(そ、そうなの⁉)


 知らなかった。

 スカートが長いのはいけないのか。あったかいのに。

 それに眼鏡だって、使いやすくてとっても気に入っているのに。

 さすが王立学園。ファッションも最新なのか。

(今の若い子たちって……おしゃれ……‼)


「ふふっ、つまりそういうことですわ」


 リタが見当違いのショックを受けているとは知らず、リーディアは高らかに宣言した。


「ともかく、あなたが選ばれたのはランスロット様のお情けです! 来期には、再度パートナーを選び直す『再選考』もございます。その頃には、あまりの実力の違いに辟易したランスロット様がきっとわたくしをお選びに――」


 するとそこに、良く通る男の声が割り込んだ。


「――リタ、ここにいたのか」

「‼」


 誰のものかを悟った瞬間、その場にいた全員が硬直する。

 声の主――ランスロットはすたすたと騒動の中心に歩み寄り、リタの前に立った。



 

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