第六章 運命の赤い糸は複雑に絡み合う
まもなく本格的な夏を迎える直前。
オルドリッジ王立学園では、全学年合同の学内パーティーが開かれていた。一年間のカリキュラム修了を祝うもので、夕方から日付が変わるまで夜を徹して騒ぐというものらしい。
上品な青色のドレスに身を包み、茶色の髪を丁寧に編み込んだリタは、同じく絢爛な衣装をまとった女子生徒たちを追い抜きながら足早に回廊を歩いていた。
(ああ~! 思ったより時間かかっちゃった……)
やがてパーティー会場である大ホールへと到着する。
入り口付近はパートナーと腕を組んで入場する上級生たちや、相手の到着を待つ男子生徒の姿でごった返しており、そんな中、リタの姿を見つけたローラが「こっちですー!」とぶんぶんと手を振って叫んだ。
彼女もまたいつもの制服ではなく、目が覚めるようなオレンジ色のドレスだ。
「ごめんね、遅くなっちゃって」
「いえいえ! それより素敵なドレスですね」
「ローラも。それにしても、全校生徒が集まるとこんなに賑やかなのね」
「生徒だけじゃなく、先生もいますよ。ほら!」
そう言って示された先には、一年担任のイザベラの姿があった。
いつもは黒一色のローブを着ている彼女だが、今日は深紫のドレスで着飾っている。襟元には黒い羽飾り、肩まで露出した両腕の先には黒いレースのロンググローブをはめており、『彼女こそが伝説の魔女』と言われても過言ではない佇まいだ。
実際、合同授業でよく一緒になっている騎士科一年の担任が、ぽうっと頬を染めてイザベラのことを見つめていた。
「そういえばあたし、成績がまた上がってたんですよ! 筆記テストはいまいちだったんですけど、実務研修の評価が良かったみたいで」
「あら、私もよ。クラリッサのおかげね」
授業最終日の今日、魔女科全員に総合成績が通知されていた。
一年間の成果とあって、本来はもっと一喜一憂するものなのだが――そもそもリタは例の事件の後始末や退院前検査などがあり、評価の要となる学年末テストを受けられなかったのだ。
(まあ全身ボロボロだったし、受けたところで点を取れたかどうか……)
そのため最下位だろうと、今回は完全に諦めていた。
だが実務研修の評価が最優秀にあたる『S』。それに加えてクラリッサからのお褒めの言葉があったとのことで、結果として前回よりも良い真ん中の順位を貰うことができた。
最下位、ビリから五番目からにしてみれば、なかなかの躍進である。
(まあ、学年一位への道はまだまだ遠そうだけど……)
するとそんな二人の前に、淡いピンク色のドレスをまとったリーディアが現れた。その隣にはブラウンの礼装を着たセオドアが付き従っている。
「あなたたち、まだそんな成績で満足していますの?」
「リーディア」
「わたくしはまた一位でしたわ。このまま卒業まで主席を取り続けますわよ」
「はは……」
誇らしげに胸を張るリーディアを前に、リタは思わず苦笑する。
あの日、リタと同じく騒動に巻き込まれたリーディアだったが、なんと学年末試験を受けるため無理やり退院していた。入院中も勉強を欠かさなかったらしく、そんな努力の甲斐あって今回も学年一位を死守したようだ。
そこでふと、リーディアが真剣な顔つきになる。
「それにしても、まさか『三賢人』が『冥王教』に手を貸していたなんて……」
「…………」
その言葉を聞き、リタはあの日の告白を思い出していた。
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黒い植物襲撃事件が起きたそのあと。
地中から掘り出されたリタとランスロットは、そのまま王宮内にある療養施設に入院した。
そこに今回の重要参考人となるシャーロットも搬送されていたのだが、彼女は最初に受けた頭部への挫傷が原因で、深い昏睡状態に陥っていたのだ。
そのため事情聴取は不可能と思われていた――が、それから一週間ほど経ったある日「シャーロットが目覚めた」とミリアが駆け込んできたのである。
リタがいそいで彼女の病室へと向かうと、そこには頭に包帯を巻いたシャーロットと付き添い兼見張りのエヴァンシーの姿があり、シャーロットはリタを目にした途端「ごめんなさい」とその場で泣き崩れた。
「わたしのせいで、みんなを危険な目に……」
「大丈夫。亡くなった人はいないわ。それより……全部話してくれる?」
「はい……」
ようやく呼吸が落ち着いたところで、シャーロットはゆっくりと語り始めた。
「初めは……手紙を貰ったんです」
「手紙?」
「はい。『死者をも蘇らせる力が欲しくありませんか?』と書かれていて……。最初のうちは怖くて無視していたんですけど、同じような手紙が何通も、何通も届いて……」
「差出人は?」
「分かりません……。でも気づいたらいつも、王宮にあるわたしの部屋にあって……」
何か良からぬものが動いている気がする、とシャーロットはずっと警戒していた。
だがある日、彼女の決意を揺るがす出来事が起こってしまった。
「お母様が眠られていた間に、西部のロアゾという村で大規模な暴動が起きました。法外な納税額に対する抗議が発端だったとされていますが――その鎮圧に、当時村に住んでいた多くの住民が巻き込まれたのです」
被害者の中には子どもも大勢おり、知らせを聞いたシャーロットはすぐにでも助けに行こうとした。だが王宮からいきなり『待った』がかかったのだという。
「暴動の矛先となった領主は、王族たちと敵対していました。そのため、わたしが行って治療することをよく思っておらず……」
なんとか制止を振り払い、シャーロットはたった一人でロアゾへと赴いた。そこに広がっていたのは目をそむけたくなるほど凄惨な現場だった。
「……光の精霊を呼び出して、彼らを助けたいと懇願しました。ですがわたしの魔力量では無理だと断られてしまって……。その時、どこかから声がしたんです。……『死者をも蘇らせる力が欲しくありませんか?』と……」
「まさか、それで……」
「わたしは……欲しい、と答えました。それが何かも分からずに……」
返事をした瞬間、自分の体の中に何かが入り込んだのが分かった。今まで学んできた魔法の体系がすべて破壊され、代わりにどす黒く醜穢なエネルギーに全身を書き換えられていく。
「その時からすべての魔法が発動できなくなりました。精霊の声も聞こえなくなり、契約を破棄されたのだと感覚で分かって……。その代わり――魔法のように行使できる『新しい力』を得たのです」
それは常識では考えられない『異常な性能の治癒魔法』であった。
「それを使えば……それこそ、失った命を取り戻すことさえ可能でした。わたしはその力でロアゾの住民たちを助けたあと、ひっそりと王宮へと戻ったのです……」
さすがに恐ろしくなり、それ以降、蘇生だけは行わなかった。だが治癒魔法の名手という噂がいっそう広がってしまい、以前よりも多くの病人や怪我人がシャーロットのもとを訪れるようになった。
そしていつしか『白の魔女』として崇められるようになってしまったという。
「これが、常軌を逸した力であることは理解していました。ですが……生きることを諦めていた患者さんが元気になるたび、回復した子どもが両親と抱き合っている姿を見るたび、どうしても止められなくなってしまって……」
魔法を失ったことは誰にも言えず、シャーロットは『偽の治癒魔法』を使い続けた。そんなある日、ある植物と手紙が部屋に置かれていたそうだ。





