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最下位魔女の私が、何故か一位の騎士様に選ばれまして  作者: シロヒ
第二部

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第五章 5



 はあっと大きく息を吐き出し、かしこまった様子でヴィクトリアの方に向き直る。


「あらためて、今日は本当にありがとうございます。まさか、来ていただけるとは思っていなくて……」

「い、いえ」

「先日は、ええと、もう随分前になりますが、学園に現れた冥獣から救ってくださりありがとうございます。で……伝言もリタから聞きました。ぼくの方こそ、なにかヴィクトリア様に失礼なことを言ってしまったのではないかと不安で――」


 彼女に伝えたいことは、それはもうたくさんあった。学園を助けてもらった感謝を述べ、前回の非礼を詫び、今度こそ最高のデートにお誘いするのだと、脳内で何度も何度も何度も練習してきたはずなのに。


(っ……だめだ、頭が真っ白になる……!)


 せめて顔だけは上げろ、とランスロットは下がってた頭を無理やりに起こす。するとヴィクトリアと間近で目が合ってしまい、一瞬でぼぼんっと赤面してしまった。心臓が異常なほど早く血液を押し出し、まるで全身で拍動しているような錯覚にすら陥る。


(しっかりしろランスロット‼ この好機を逃すつもりか!)


 胸に手を押し当て、体の震えを必死に押さえつける。緊張を増幅させるドキンドキンという音を手のひらに感じながら、ランスロットはようやく口を開いた。


「ヴィクトリア様、その――」


 だがその言葉を発しようとした瞬間、再びリタの顔が頭をよぎった。

 はじめてパートナーに指名した時の唖然とした表情。新しい制服や杖にはしゃいでいる姿。真剣に魔法を使う横顔。アニスとの戦いのあと、ぶつけあった拳。


(どうして……)


 星空の下、二人だけで踊ったこと。ホテルの中庭では、降りしきる光の雪に目を輝かせていた。温室でアレクシスから助け出した時、握った手が思っていた以上に小さくて――。


「あの……」

「――っ!」


 ヴィクトリアの心配そうな声を聞き、ランスロットはぶんぶんと首を左右に振った。


「ぼくは――」


 しかしその瞬間、大ホールからけたたましい悲鳴が響き渡った。

 急いで振り向いた途端、廊下側の窓ガラスがバリン、バリンと次から次へと割れていく。それに合わせて室内の照明も一気に消え落ちてしまった。


(――っ、何が起きた⁉)


 真っ暗になった大ホールの中で、喧騒とともに逃げまどう大量の人影が動いている。するとそれを追いかけるように、なにやらうねうねと蠢く黒い何かが――と目視したところで、ランスロットはすぐさま走り出した。


「ランスロット⁉」

「ヴィクトリア様はどうかここからお逃げください!」

「あ、あなたはどうするつもりなの」

「リタがまだ、中にいるかもしれないので……!」


 それだけを言い残し、ランスロットは全速力で割れた窓の方へと向かった。エドワードとはぐれたと言っていたが、いったい今どこにいるのだろうか。


「……くそっ!」


 残った窓ガラスを蹴り割り、窓枠から廊下へと侵入する。絨毯の上にはガラスの破片が散乱しており、奥の方はまるで視界が取れない。


(リタ……無事でいてくれ……!)


 ランスロットは近くの壁に飾られていた宝剣をつかみ取ると、暗闇のただ中に迷いもなく突き進むのだった。




 一方、ヴィクトリア――リタもまた今の状況に動転していた。


(い、いったい何が起きているの⁉)


 先に走り出してしまったランスロットを追いかけ、自身も大ホールの廊下へと転がり込む。石が砕けるバキッという建物の悲鳴を聞きながら、必死に彼の姿を探した。


「ランスロット! どこに――」


 だがその足元に、突如黒い何かがまとわりついてきた。不規則な動きをしているが、つたのような形状をしており――どうやら植物のようだ。リタは杖を振りかざすと、得体のしれないそれに向けてすばやく詠唱した。


「火の精霊よ、悪しきものを焼き尽くせ!」


 じゅわっという燃焼音とともに黒い植物の一部が消失し、残りがいっせいにざざざっとリタから距離を取る。まるでそれ自体に意思があるかのような動きだ。


(何これ? はじめて見る……)


 もっとよく確認しようと、リタは光の魔法を唱えた。


「――光の精霊よ、我が元に導きのしるべを」


 命令とほぼ同時に、りんごほどの大きさの光球が中空に生まれる。周囲が照らし出される状態になったところで、リタはあらためてその正体を確かめようとその場にしゃがみ込んだ。

 そこでいきなり黒い靄のようなものが噴出し、リタは慌てて口元を押さえる。


(これ、まさか――)


 靄を吸い込まないよう、一息に精霊への言葉を吐き出した。


「風の精霊よ、黒い靄を散らし、我が身を巡る大気、清浄なものへと変えよ!」


 足元からぶわっと風が舞い上がり、周りにあった黒い靄が一気に霧散する。リタは「ふう」と息を吐き出したあと、魔法を鼻と口だけに集中させた。これは――。


(瘴気⁉ どうしてここに……)


 気づけば黒い植物たちは姿を消しており、リタは精霊言語で光の精霊を呼んだ。


『アロランシア、いる?』

『契約者ヴィクトリア、御前に』

『さっきの植物、どこから発生しているかわかるかしら』

『あいにく建物内のほぼすべてに反応があります。特定には時間がかかるかと』

『いいわ。ちょっと調べて』


 御意、という短い応答のあと、光の玉が大小二つに分裂する。小さな方がふわんと飛び去ったところで、リタは残された灯りとともに再び廊下を進んでいった。


(この分じゃ大ホールの中も瘴気でいっぱいかも。早く助け出さないと――)


 すると大ホールに出入りする扉の少し手前にランスロットが倒れていた。その背中には先ほどの黒いつたが這い上っており、リタはとっさに火の精霊を飛ばす。


「ランスロット、しっかりして!」


 慌てて助け起こすが、瘴気を吸い込んだせいか気を失っている。リタは以前シャーロットがしていた治療法を思い出し、すぐに水の魔法を詠じた。


「水の精霊よ、彼のものの喉を洗い出せ!」


 ごぷん、と発生した小さな水の塊が、ランスロットの口に呑み込まれていく。次の瞬間、彼は激しく咳き込み、勢いよく体を起こした。


「――っ、げほっ、かはっ⁉」

「良かった、ランス――」


 だがそこでリタははたと動きを止めた。今の――ヴィクトリアの姿を見られたら、またややこしいことになるのではないか。


「土と風の精霊よ――」


 すぐさまリタの容姿とドレスに変身し、あらためてランスロットの背中をさする。幸い吸い込んだ瘴気の量が少なかったのか、ランスロットはすぐに意識を取り戻した。


「リタ、良かった……無事だったか……」

「う、うん! それより、いったい何があったの?」


 するとランスロットは、廊下の隅や天井で蠢いているそれを忌々しそうに見上げた。


「あれに襲われた。生き物のように動いているがどうやら植物らしい。攻撃したら黒い靄みたいなものが出てきて、それで――」


 そんな二人のすぐ目の前て、大ホールの扉が壁ごと一気に崩壊した。それと同時に巨大な木の根っこのようなものがホール内から猛然と這い出し、廊下の横幅いっぱいにまで根を張る。その間に絡みついている人物を見て、リタは悲鳴を上げた。


「セオドアさん!」

「!」


 すぐさまランスロットが立ち上がり、宝剣で真っ黒い木の根を叩き切る。分断された根っこはするすると縮こまり、またも瘴気を吐き出そうとした。それを見たリタがいそいで魔法を唱える。


「風の精霊よ、黒い靄を蹴散らせ!」


 あっという間に瘴気が晴れ、木の根っこは蜘蛛が這い逃げるように廊下から姿を消した。大ホールの方を見たが、瓦礫が積み重なっておりここからは入れそうにない。

 解放されたセオドアのもとに駆け寄ると、リタは再び水で喉を洗い流した。


「セオドアさん、しっかりしてください! セオドアさん!」

「……リタ様、それに、ランスロット様……」

「どこか痛むところはありますか? 息は――」

「自分は平気です、ですが――」


 そこでセオドアははっと目を見張り、すぐに体を起こした。


「リーディア様……!」

「あ、ちょっと‼」


 リタが引き留める間もなく、彼はふらつく体で廊下の奥に向かって走り始めた。慌てて追いかけようとしたリタを、ランスロットがとっさに引き留める。


「お前はここから逃げろ! あいつは俺が追う!」

「だめよ、さっきの黒い靄は人間の体には毒なの! 誰かが魔法で防がないと――」

「でもお前が――」


 なおも渋るランスロットに、リタは真正面から言い返した。


「ここで逃げ出したら、私はきっと後悔する」

「リタ……」

「お願いランスロット、助けに行かせて」

「……っ!」


 リタのその言葉に、ランスロットはぐっと下唇を噛みしめた。

 次の瞬間、リタを横向きに抱き上げる。


「ラ、ランスロット⁉」

「このままセオドアを追うぞ。息切れして、大事な時に詠唱できないと困るからな!」

「えっ、ちょっ」


 そう言うとランスロットは、人ひとり抱えているとは思えない速度で廊下を走り始めた。振り落とされないよう、リタは懸命にその体に縋りつく。天井にはいまなお黒い植物たちの気配があり、リタは不安げに眉根を寄せた。


(どうして突然、こんなことに……)


 瘴気を生み出すのは『冥獣』ではなかったのか。

 それにエドワードやリーディア、エヴァンシーたちの安否も気にかかる。


(とにかく一刻も早く、みんなを助けないと――)


 廊下の奥には、暗闇がぽっかりと口を開けて待っている。リタとランスロットは追随する小さな灯りひとつを頼りに、ためらいなく前に突き進むのだった。


 

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