第五章 3
そして訪れたパーティー当日。
大勢の護衛騎士を引き連れて、白い礼装姿のエドワードが寮の玄関までやってきた。
「こんばんは。今日のリタはまた格別に綺麗だね」
「はは……」
なんだなんだという周囲からの視線を浴びつつ、リタはエドワードの手を取る。身にまとっているのは前回同様、首元を大きく出したデザインの夜会用ドレス。ただし色は深い赤色で、白く繊細なレースが袖口とスカートの裾に縫い付けられていた。
(うう、やっぱり派手だったかしら……)
実のところ、前回と同じ若草色のドレスでいいかと適当に準備していたのだが、またもローラが部屋を訪れ『せっかくだから今回は大人っぽさアピールで行きましょう!』と鼻息荒くコーディネートし始めたのだ。
正直、もう少し地味な色味のものが良かったのだが――あんなにキラキラした瞳で自信満々に勧められたら、誰でも断れない気がする。
(でも今回は髪もセットしてもらったし――)
さりげなくうなじに手を添える。そこでふと、ランスロットに手ずから髪を結んでもらった日のことを思い出した。大きな彼の手に髪を触れられると、すごく心地よくて――。
(ランスロット……)
彼から託されたヴィクトリア宛ての手紙は、寮にある自分の部屋に置いてきた。今日パーティーに出席するのは『灰の森』を訪れた『王族の紋章をつけた者』を特定し、『冥王教』の関係者を見つけ出すため。ヴィクトリアとして参加している時間などない。
そう決意して来たはずなのに――。
(本当に……良かったのかしら)
よくよく考えてみれば、彼との家デートでは泣き出したうえに途中で逃げだすという大失態を犯している。一応あとでフォローはしたものの、こんなそっけない態度ではランスロットからいつ愛想をつかれてもおかしくは――。
「リタ、大丈夫?」
「えっ⁉ あ、はい!」
エドワードに話しかけられ、リタは慌てて顔を上げた。
「なにか考えごとかな? ほら、足元に気を付けて」
「あ、ありがとうございます……」
数歩歩いたところで迎えの馬車に到着し、リタはそろそろと客車へと乗り込んだ。続けてエドワードが乗車し、向かいの座席に腰かける。ゆっくりと走り出したところで、エドワードがにこっと微笑んだ。
「でも良かった。ちゃんと来てくれて」
「……?」
「実は今日のパーティー、ランスロットも招待されているんだ。誰か招きたい相手はいるみたいだけど、ちょっと難しい相手みたいで……。だからもしかしたら、君にパートナーとして出て欲しいと声をかけるんじゃないかと心配していたんだよ」
「は、はは……」
ある意味誘われていたのだが――などと口にはできず、リタはぎこちない笑みを浮かべる。
やがて太陽が完全に山の向こうに沈み、周囲が夜の闇に染まり始めた。どうやら新月らしく、空に浮かぶ月の姿はない。
(月明りがないだけで、なんだか不安になるものね……)
こうして馬車は正門をくぐり、パーティー会場である大ホールの前で止まった。エドワードにエスコートされながら中に入ると、エントランスホールの隅に前回と同じ礼装姿のランスロットが立っていた。
(うっ……!)
気まずさから思わず顔を背けたリタとは対照的に、エドワードがどんどん近づいていく。
「やあランスロット。噂の彼女はまだ来ていないのかな?」
「……ええ」
「着いたらぜひ紹介してくれ。またご挨拶したいからね」
(ご、ご挨拶って……)
その言葉で思い出したが、エドワードとはランスロットとのデート中、ヴィクトリアの姿で一度顔を合わせてしまっている。だとすれば噂の彼女――ヴィクトリアのことをそうした相手だと誤解していても不思議ではない。
ランスロットの方を見ることができず、リタはただひたすらに視線をそらす。すると玄関先でまたも馬車の止まる音がし、やがて見覚えのある女性が現れた。
「あら、リタさん。あなたもいらしたのね」
「リーディア、それにセオドアさんも……」
豪華なドレスをまとったリーディア。そしてその背後にセオドアが控えていた。もしや、とリタが期待していると、それに気づいたリーディアが煩わしそうに口を開く。
「本当は従兄と参加する予定でしたけど、体調を崩したので急遽彼を呼んだだけです。勘違いしないでくださいませ」
「あ、はい……」
そう言うとリーディアはさっさと大ホールへと入っていった。それを見送っていたエドワードがリタに向かって手を差し出す。
「じゃあリタ、わたしたちも行こうか」
会場に足を踏み入れると、そこには公爵子息や侯爵令嬢など相当な数の参加者が集まっていた。彼らはエドワードに気づくと、我先にとばかりに近づいてくる。
「殿下、ご機嫌麗しゅう」
「今日はお兄様のお誕生日ということで、よければぜひご挨拶など」
「エドワード様、わたくしたちともお話してしましょう?」
「リタ、大丈夫かい? わたしの傍に――」
あっという間に取り囲まれ、リタは女性たちの波で外側に追いやられてしまう。すぐにエドワードが気づいて手を差し伸べたものの、これ幸いとばかりにリタはびしっと片手を上げた。
「私なら大丈夫です! ちょっと飲み物取ってきますね!」
「え、リタ、ちょっと」
エドワードが引き留めるより早く、すさささっとその場を離れる。エドワードの視界から完全に隠れたところで「ふう」と額の汗を拭った。
(すみません、エドワード殿下……。調査が終わったら戻りますので――)
すると突然、会場奥から大きなどよめきが沸き起こった。
思わずそちらを見ると、そこには今日の主役であるジョシュアの姿が。傍には従者であるレオン――そしてシャーロット、エヴァンシー、ミリアの『三賢人』が付き従っていた。どうやら彼女たちも招待されていたようだ。
(あの子たちも来ていたのね。あとで話ができればいいんだけど……)
もしかしたら『冥王教』に繋がる情報を得ているかもしれない。リタは彼女たちの姿を確認しつつ、さりげなく喧騒から離れて壁際に近づく。
だがそこでぽつんと立っているセオドアと鉢合わせてしまった。
「セ、セオドアさん、どうしてここに? リーディアが一緒じゃ……」
「…………」
リタの問いかけに、セオドアは無言で大ホールの中央を見つめる。そこには見目麗しい男性たちと歓談するリーディアがおり、すべてを察したリタはあらためてセオドアの方を振り返った。
「いいんですか? パートナーとして来てるんじゃ……」
「先ほどリーディア様がおっしゃられた通り、今日の私は代役に過ぎません。ですからリーディア様がどなたとお話しされようが気にしません、とお伝えしたのですが……。なぜか、ひどく気分を害してしまわれたようで」
(リーディア……)
リタはこめかみを押さえつつ、セオドアにこそっと助言した。
「あの、代役とかそんなに気にしなくていいと思います」
「ですが……」
「セオドアさんが嫌なら嫌って言っていいと思いますし、傍にいてほしかったら傍にいてほしい、でいいんじゃないかなと」
「しかし自分は……」
「もちろん無理にとは言いません。でも私はやっぱり、後悔してほしくないので」
失礼します、とリタはすぐに踵を返した。そそくさと廊下を走りながら、名状しがたい申し訳なさに襲われる。
(偉そうなこと言っちゃったけど、私も結局告白できなかったし……)
悶々とした気持ちを抱えたまま、リタは大ホールの隣にある王宮を窓越しに見上げる。窓の外には中庭が広がっていたが、明々とした光が漏れるこちらの建物とは対照的に、暗く物寂しい雰囲気に満ちていた。
唯一灯りがついているのは、中央に置かれた大噴水くらいで――と横目で流し見ていたリタは、その場でぴたっと足を止める。
(誰か……いる?)
大ホールを出て、中庭に繋がる回廊へ。
そろそろと噴水に近づいたところで、リタは「うっ」と息を吞み込んだ。
(ラ、ランスロット……!)
見ればランスロットが、たったひとりで噴水のへりに腰を下ろしていた。それを見たリタはたまらず近くにあった花垣の裏に身を隠す。
(まさか、まだヴィクトリアを待ってるんじゃ……)
もう一度こっそり確認するも、彼は両手を軽く組んだまま無言で地面を見つめていた。その切ない横顔を見た途端、リタの胸中はかつてないほどざわめく。
(ど、どうして……。ヴィクトリアに手紙を渡せたとは言ってないし、そもそも行くって返事をしたわけでも――)
だがその瞬間、リタの脳裏に前回の待ち合わせの光景が甦った。あの時も彼は王都にある大噴水の前で二時間も三時間も待ち続けていた。そういう男なのだ。
(でも一刻も早く、『冥王教』について調べないと――)
あらためて自身に言い聞かせ、リタは決意も新たに顔を上げる。しかしそこで再びうなだれているランスロットを見てしまい、「うううっ」と眉根を寄せた。
(ランスロットをこのままで置いておくのは……)
きっと彼は、ヴィクトリアが来るまでずっとこうして待ち続けるのだろう。あの華やかな大ホールではなく、誰一人気にも留めない、この物寂しい中庭の片隅で。パーティーが終わるその時まで――。
その光景を想像しただけで、リタの小さな胸がキリリと痛んだ。
「~~っ!」
リタはぐっと唇を噛みしめると、その場で勢いよく立ち上がるのだった。





