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第四章 4



「……驚いたわ。あなた、とても優秀な魔女なのね。最近こちらに来られたのかしら」

「あ、いえ、今はまだ見習いでして」

「見習い?」


 信じられないとばかりに目を見張る女性に、授業の一環でここに滞在していることを説明する。女性はしばし無言でそれを聞いていたが、やがて困ったように肩を落とした。


「なるほどね。ブリジットが……」

「一応、まだ課題の途中ということになっているので、ここで会ったことは秘密にしておいていただけると……」

「分かったわ。でも良かったら、また相談に乗ってくださるかしら」

「はい、もちろん!」


 思いがけぬところで高度な魔法の話ができ、リタは満足げに破顔する。そこでふと、『冥王教』の調査について思い出した。この地で長く暮らしている魔女のようだし、何か詳しいことを知っているかもしれない。


「逆にお尋ねしたいんですが、『冥王教』について何かご存じありませんか?」

「『冥王教』?」

「はい。以前こちらで大規模な暴動があったと思うんですが……」


 リタの問いかけに、女性は「ああ」と両眉を上げた。


「王立騎士団が派遣された事件ね。覚えているわ」

「あの、それについて詳しく教えていただけませんか?」

「詳しくと言ってもそれなりに前のことだし……。アジトも騎士団の方が調べたあと、潰して更地にしたそうだから、現地を見たことはないのよね」

「そうですか……」


 昨日散々聞かされたのと同じような回答が返ってきて、リタはしょぼんとうつむく。それを見ていた女性が「でも」と付け足した。


「『冥王教』の信徒が、聖地として崇めていた場所は聞いたことがあるわ」

「聖地……ですか?」

「ええ。街の近くにある『灰の森』よ。元々は『青の森』と呼ばれていたそうだけど、『冥府』と繋がった忌まわしき場所として、誰も立ち入らなくなってしまったの。一応、今はただの森だと思うけれど……行くのはやめておいた方がいいかもしれないわね」

(『灰の森』……)


 貴重な情報を得たリタは、女性にお礼を言って温室をあとにする。

 久し振りの魔法談義に夢中になってしまっていたのだろう。気づけば夕方になっており、リタは急いでブリジットのもとに今日の報告に向かうのであった。



 その日の夜。

 疲労困憊したローラとリーディアがまたもリタの部屋を訪れていた。シルクの寝間着姿のリーディアがソファにあったクッションをぼふんと殴る。


「ほんっとーに信じられませんわ! このわたくしが! 二日も! 畑仕事ですって⁉」

「あたしもです……。というか、完全に馬に舐められている気がします……」

「馬なんてまだいい方ですわ! わたくしなんて、地中深くに埋まっている芋を自力で掘り出せなんて言われていますのよ⁉ 名産だかなんだか知りませんけど、労力の無駄すぎます!」

「た、大変そうね、二人とも……」


 荒ぶる二人を前に、リタはぎこちなく眉尻を下げる。それを見たリーディアがきっと眦を吊り上げた。


「あなたこそ! また課題を増やされたですって⁉ どうして何もおっしゃらないの‼」

「いやまあ、大した量じゃないしいいかなと」

「そんな弱気な態度だから、あの高慢女に付け込まれるのです! ああもうっ……‼」


 ギリギリと苛立ちを露わにするリーディアに、リタは思わず「くすっ」と笑った。


「ありがとうリーディア。心配してくれて」

「ちっ、違いますわ‼ わたくしはただ、あの女の言いなりになるのが嫌なだけで……」


 リタの返しに、リーディアは一瞬で真っ赤になる。だがすぐにいつものように腕を組むと「ふんっ」とそっぽを向いた。


「す、好きにすればよろしいのですわ! ま、まあ、どうしても無理なようでしたら、助けに行って差し上げてもよろしいですけど?」

「早く終わった時は、あたしも手伝いに行きますね!」

「二人とも……」


 ヴィクトリア時代――まだディミトリたちとも出会う前、暗い森の中で孤独に暮らしていたことを思い出す。あの頃と今では魔法のあり方も、魔女としての生き方も変わってしまったが――こうしてお互いに助け合える時代になったことは、素直に喜ぶべきことだろう。

 新しい世代の魔女たちに感謝しつつ、リタは「ところで」と口にする。


「二人が困っていること、もう少し詳しく聞かせてくれないかしら。もしかしたら、何か私も手伝えることがあるかもしれないし」

「……?」


 それぞれに与えられた課題をあらためて確認し、問題点を洗い出す。リタがそのうちのいくつかに魔法が使えないか提案すると、二人は少し驚いたような顔で聞いていた。


「リタ、すごいです! よくこんなこと思いつきますね」

「たしかに、できなくはなさそうですわね……」

「授業とかではあまり習わないやり方だけど、ちょっと工夫するだけで応用できるかなと思って。実際に機能するかは何度か試してみないと分からないけど……」


 やや自信なさげなリタを前に、リーディアが快活に微笑んだ。


「ともあれやってみましょう。このまま毎日泥まみれになるなんてごめんですもの」

「あたしも頑張ってみます! みんなで課題、乗り越えましょー!」


 ローラがぐっと拳を突き出し、チラチラッと二人に視線を送る。それを見たリタとリーディアは苦笑しながら、それぞれの拳をそこに押し当てるのだった。



 実務研修三日目。

 昨日までの課題に加え、窓ガラス磨きを命じられたリタは杖を手にして廊下に立っていた。すでに魔法は発動しており、砂や雨で汚れた窓ガラスがみるみる綺麗になっている。

 いとも簡単にやってのけているが、ブリジットが見たら目を回す高難易度の魔法だ。


(よし、今日は『灰の森』に行ってみましょう)


 杖に腰かけ、人目につかない窓からふわりと外に出る。誰かから見られないよう注意して上空を飛んでいくと、やがて足元に鬱蒼とした針葉樹林が見えてきた。少しずつ高度を下げていき、比較的開けたところに着地する。


「ここが『灰の森』……」


 何年も人の手が入っていないせいか木々が密集しており、ちょっと中に入ると陽光はほとんど差し込んでこない。地面は足跡がくっきり残るほどじっとりと湿っていて、そこらじゅうに苔が生え広がっていた。


(生き物はいそうだけど、不気味な感じ……)


 かつてディミトリたちと『冥王』討伐に訪れた時は、今滞在している城が彼らの本拠地となっていたため、実際に『冥府』と繋がったとされるこの森には足を踏み入れていない。したがって現地を見るのは今回が初めてだ。

 リタは周囲に警戒しながら、慎重に森の奥へと足を踏み入れる。だがすぐに違和感を覚えた。


(さっきから耳を澄ましているけど……精霊の声が全然しないわ)


 規模や地域にもよるが、森には少なからずいくつかの精霊が生息しているものだ。しかしこの森は異常なほど静謐で、そうした魔力のざわめきや揺らぎがまったく感じられない。リタの方から呼びかけても梨の礫だ。


(こんな場所があったなんて……)


 ぬかるんだ地面に足を取られながら、リタはなんとか前に進んでいく。こうしてかなりの距離を歩いてきたところで、木々の奥に光り輝いている場所が見えてきた。


「ここは……」


 そこには巨大な水面――何かの外的要因で地表がえぐれ、そこに地下水が滲み出る形で溜まった池が広がっていた。周囲に木が生えていないせいか、そこだけ柱のようにまっすぐな光が降り注いでいる。

 リタはおそるおそるその場に近づくと、しゃがみ込んで水面に手を差し入れた。


『水の精霊、草の精霊、いたら返事をして――』


 精霊にだけ聴こえる声で話しかけるがやはり反応はない。リタは小さく息を吐き出すと、ゆっくりその場に立ち上がった――。


「――⁉」


 その瞬間、名状しがたい何かの気配がリタの背中に触れた。

 防御姿勢を取りながらすぐさま振り返る。だが背後には林藪(りんそう)とした暗がりが広がっているだけで、人はおろか動物の気配もない。普通の人間、いや魔女であっても「気のせいか」で終わらせる程度の違和感だったが――リタはあらためて澄み切った池の底を眺めた。


(今、精霊がいたような……)


 

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