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第四章 3



 その日の夕方。

 変装を解いたリタは、疲れ果てた様子でブリジットの部屋へと向かっていた。


(『冥王教』について聞いて回ったけど……さっぱりね)


 エヴァンシーの言っていたとおり、過去にここで大規模な暴動があったことは間違いなかった。だが王立騎士団によって鎮圧され、アジトなどもすぐに解体されたため、めぼしい情報は残っていないようだ。

 念のため『冥王』自体についても確認してみたが、この土地が彼の支配下に置かれていたのは四百年も前のこと。今の住民たちにとってはおとぎ話のような存在らしい。


(何かこう、手がかりになるものはないかしら……)


 やがて立派な扉の前に到着し、リタはコンコンとノックをする。部屋に入ると、椅子に座ったブリジットが高々と足を組んでおり、房飾りのついた扇子を片手に微笑んでいた。


「あなたが最後よ? まさか、できませんでした~なんて言わないわよねえ」

「はい。一応全部終わったと思います」

「……は?」


 課題が終わらなかった、と泣きついてくる想像をしていたのだろう。ブリジットは口をあんぐりと開けると、手元にあった呼び鈴を鳴らしてメイドたちを呼びつけた。


「ちょっと、城中の客室を確認してきなさい!」


 数十分後、バタバタと慌ただしく戻ってきたメイドたちからの報告を受け、ブリジットは悔しさを押し隠しながらリタに告げた。


「た、たしかに、一応はやり終えたようね!」


 でも、とブリジットは手にした扇子をパンと打ち鳴らす。


「明日はこうはいきませんわ。今日の課題に加えて、冬に使う薪の準備もしてもらいます。うちの使用人の手を借りたら、すぐにわかるようになっているからズルはできないわよ」

「薪ですね。分かりました」

「……?」

(『冥王教』に繋がりそうなもの……うーん)


 リタはあっさりと受諾し、「失礼します」と部屋をあとにする。

 その直後、ブリジットの部屋から特大の「きいいいーっ!」が響き渡ったが、明日の調査について考えていたリタの耳にはいっさい届いていなかった。



 その日の夜。

 夕食を終えた女性陣は、リタの部屋に集まり『ブリジットへの愚痴大会』を繰り広げていた。


「ほんっとーに信じられませんわ! このわたくしが! 土いじりだなんて‼」

「こっちの方の馬ってあんなに大きいんですね……一日中飼い葉運びさせられました……」

「二人とも、おつかれさま」


 ぐったりとソファにもたれる二人の前に、リタはそっと紅茶を差し出す。そのうちリーディアががばっと体を起こし、リタの方を指差した。


「あなたの方こそ大変だったじゃありませんの! 城中の掃除だなんて、とても『魔女』にさせる仕事だと思えませんわ!」

「そうですよね……リタ、大丈夫でした?」

「あ、うん。夕方までかかっちゃったけど、なんとか」

(本当は早々に終わったんだけど、説明しようとすると街に調査に行っている話までしないといけなくなりそうだし……)


 適当に言い濁したあとで、リタは自分用の紅茶を手にぽつりとつぶやいた。


「でも、先生としてはある意味正しいのかもね」

「リタさん、何をおっしゃいますの?」

「あ、ええと……ほら、今でこそ魔法って、派手でなんでもできる奇跡の力みたいになっているけど、本来はもっと生活に基づいた地味なものだったなって」


 ヴィクトリアの――『魔女』が忌避されていた時代では、その怪しげな力を人前で披露するなどもってのほかだった。そんなことをすれば直ちに捕らえられ、処刑、監禁、どんなことになるかもわからない。


「畑の野菜を害虫から守る魔法とか、凍えそうな冬の日に部屋を暖かくする魔法とか……。もちろん仕組みは今と変わらないんだけど、なんていうか、自分や誰かを助けるために存在していたというか……」

「誰かを助けるため……」

「だからその、こういう経験も意外といいのかなって思っ、て……」


 そこでリタはようやく、二人がじっとこちらを見つめていることに気づいた。何か変なことを言ってしまった⁉ と冷や汗をかいていると、リーディアが「ふふっ」と目を細める。


「入学した時から思ってましたけど、あなた、やっぱりちょっとずれてますわね」

「えっ?」

「ランスロット様のことを知らなかったり、わたくしたちの嫌がらせに気づかなかったり……。そのうえ、まるでおばあちゃんのようなことを言うなんて」

「お、おばあちゃん?」

「知らないんですの? ヴィクトリア様をはじめとした(いにしえ)の魔女たちは、質素倹約を美徳とし、戦いや国益のためではなく、ともに暮らす人々のために魔法を用いていたとされていますのよ。この時代になっても、そうした古い考えの魔女の方は大勢いらっしゃいますし」

(古い考えの魔女ね……)


 しかし自分の大切にしていた考え方が今も残っていることが判明し、なんだか胸の奥が温かくなる。やがてリーディアが、「はあ」とため息をつきながら紅茶のカップを手に取った。


「あの高慢女……社交界ではみてなさい、ほえづらをかかせてやりますわ」

「そ、そろそろ明日に備えて休みましょうか! ほらローラもそこで寝ない!」


 意外とぶっそうなリーディアの発言にぎょっとしつつ、リタはそそくさと二人を自分の部屋へ戻らせるのだった。



 実務研修二日目。

 リタは昨日と同じ魔法を唱えたあと、城の裏手を歩いていた。


「えーっと、薪、薪と……」


 それらしき小屋を発見し、近くに歩み寄る。小屋の周囲には切り出したままの巨大な木材が横倒しにして積み上げられており、リタは「うーむ」と眉根を寄せた。


「これを切り分けるところから、ってことね……」


 風の魔法で適当な長さに切り分け、薪として使いやすいサイズにまで加工していく。だが十分もしないうちにリタは「あれ?」と手を止めた。


「ちょっとやり過ぎたかも?」


 置かれている丸太を次から次へと割った結果、小屋の中に納まらないほどの薪ができあがってしまった。このまま外に置いていてもいいのだろうが、乾燥させるためにはどこか屋根のあるところに移動させたい。


(仕方ない、誰かに聞いてみよう……)


 いったん小屋を離れ、城の中央にある中庭へと足を踏み入れる。誰かいないかとリタがキョロキョロしていると、ひと際立派な温室が目についた。ぎいっと扉を開けて中に入る。


「すみません、誰かいますか――」

「!」


 すると入り口のすぐ傍に、見覚えのある女性が立っていた。昨日廊下で出会った女性――今日は設計図のような大きな羊皮紙を手にしている。


「あなた、昨日の……」

「あ、すみません。実はちょっとお願いが」


 かくかくしかじかと事情を説明すると、女性は「まあ」と驚いた声を上げた。


「あそこにある木を全部? あなたひとりで?」

「あ、はい。えーと、なんかその、調子に乗っちゃって」


 若干言葉の選び方を間違えた気がするが、女性はさして気にした様子もなく「ふふっ」と上品に笑った。


「小屋に入らない分は、あとでわたしが何とかしておくわ。それより疲れたでしょう。午後は少し休んでいなさい」

「あ、ありがとうございます……」


 親切な女性に頭を下げ、リタはそそくさと温室を出ようとする。だが彼女の持っていた羊皮紙がどうしても気になり、くるりとその場で振り返った。


「あ、あの」

「? まだ何か」

「それ……魔法の術式ですよね。おそらく、かなり高度な」

「!」

「か、勝手に見てごめんなさい! でも何の魔法か気になっちゃって……」


 昨日は分からなかったが、どうやらこの女性も魔女らしい。リタの言葉を聞き、女性は手にしていた羊皮紙の端をぐっと握りしめた。


「……そうね。あなたも魔女なら聞いてみようかしら」


 そう言うと女性は羊皮紙をリタの前に広げた。そこに描かれていたのは、いくつかの術式を組み合わせた非常に高度な機構だ。


「新しく造る温室の設計図よ。火の魔法で気温を一定に保つ仕組みなんだけど――」


 リタは女性の説明をふむふむと聞いたあと、気づいた問題点を指摘する。


「もしこの部屋とこの部屋で温度差をつけるなら、ここの術式をこう書き換えた方がいいと思います。でないと気圧差で歪みが出てしまいますし」

「本当ね。気づかなかったわ」

「あと空気を直接温めるのは効率的には良いんですけど冷めるまでの時間も早いから、温めた水を流すパイプを壁や床に張り巡らせて、建物全体をゆっくりと温めた方が総消費魔力量的には優れているかなと」

「そ、そうね……」

「それからもし氷の精霊との契約者がいれば疑似的な冬の再現も出来るので、いままで温室栽培に適さなかったアイサイクローネ系の薬草もここで種から育てられる可能性が出てきます。必要であれば私の方で調整しても――」

「ちょ、ちょっと待ってちょうだい、いったんメモをとるわ!」


 次々と提示されるリタからのアイデアを、女性は必死になって書き留める。持っていたメモ帳がいっぱいになったところで、女性は「ふう」と額を拭った。



 

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