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第二章 3



 数時間後。

 夕食の時間をとっくに過ぎた頃になって、リタはようやく図書館から出てきた。


「す、すごすぎた……」


 リタが想像していた以上に、ここ数年で魔法の世界は急速な発達を遂げていた。

 王都に召致された魔女たちによる研究。新魔法の開発。印刷技術の進歩により、『本』で知識を共有できるようになったのも大きいだろう。

 今までであれば、隠れ里に住んでいる同胞をなんとかして探し出し、必死に頼み込んで口頭で教えてもらう――といった手間暇が必要だったのに、今は必要な情報がすべて一冊にまとめられている。


(新しい魔法理論に精霊との交渉術……ああっ、早く続きが読みたいっ……!)


 だが閉館時間になってしまい、司書からあっさりと追い出されてしまった。

 夕食を食べそびれたものの、溢れ出る知識欲と好奇心とで胸をいっぱいにしたリタがほくほくと回廊を歩いていると、どこかから少年たちの声が聞こえてくる。

 なにやら穏やかではなさそうだ。


「……?」


 息をひそめ、こっそりと声のする方に向かう。

 学生寮の裏手をのぞき込むと、複数の男子生徒が一人の男子を取り囲んでいた。


「お前だろ? 今期の騎士科入試、最下位の奴って」

「…………」

「いったいどこの田舎から出てきたんだ? その制服だって貰い物だろ」

「騎士ってのはなあ、お前みたいなダセえ奴がなっていいもんじゃねえんだよ! 身の程を知れよ、クソ庶民が!」

(こ、これは……いじめ⁉)


 まさかの現場に遭遇してしまい、リタは一瞬頭が真っ白になる。

 その間にも男子たちは中央にいた男子を蹴り始め、がふっと嫌な音が漏れ聞こえた。


(どどど、どうしよう⁉ とにかくやめさせないと――この辺り一帯を焼き払う? それが雷を落として脅かすとか……。それか、いじめているあの子たちだけをどこか遠くの山にでも飛ばしたり――)


 だがそんな大規模な魔法を展開すれば、いったい誰がと犯人捜しされるだろう。万一正体がバレて、入学取り消しになったら学園生活ともおさらばだ。

 なんとか魔法を使わずに、穏便に収める方法はないものか。


(でも素手で戦って勝てる相手ではなさそうだし――そうだ!)


 もっとも平和的な解決方法を思いついたリタは、回廊に身を隠したまま大声で叫んだ。


「先生ーっ! 早く来てーっ! 火事が起きてますーっ‼」

「!」


 いち早く反応したのは、いじめていた男子生徒たちだった。

 人が集まってくることを恐れたのか、彼らは火事が真実であるかを確かめるより早く、あっという間にその場からいなくなる。

 うずくまった状態で残された男子のもとに、リタは慌てて駆け寄った。


「あの、大丈夫ですか⁉」

「……はい。でもあの、さっき、火事って……」

「私がついた嘘です。先生も呼んでないですよ」

「……そっか、良かった……」


 ほっとしたのか、男子生徒は傷ついた体をのっそりと起こした。

 長身だがやや猫背ぎみの体。黒くて癖のある髪。目は漆黒で、リタと同じように眼鏡をかけていた。ただしそのレンズには、先ほど蹴られたせいか大きなひびが入っている。


「困ったな……せっかくおじいちゃんが買ってくれたのに……」

「良かったら、ちょっと貸してもらえますか?」

「……?」


 疑問符を浮かべる男子生徒をよそに、リタは割れた眼鏡を受け取った。

 そのまま手のひらをかざすと、小さく唱える。


「――断絶した欠片たち、今一度互いの手を取り合いなさい」


 手にした眼鏡がぼうっと淡く光る。

 光はすぐに収束し、レンズに走っていた傷は跡形もなくなっていた。


「……すごい。魔女って、こんなことも出来るんだね」

「すっごく地味ですけどね。家具とか窓とか直すのに便利だったので」


 はい、と男子生徒に眼鏡を返す。

 男子生徒はあらためて眼鏡をかけ直すと、リタの方を見てわずかに目を見張った。


「君は……」

「はい?」

「い、いや、なんでもない……。それより、助けてくれてありがとう。その、君は……」

「あっ、ええと、リタ! リタ・カルヴァンと申します!」

「リタ……」


 まるで熱に浮かされたように、男子生徒はリタの名前を口にする。

 すると回廊の奥から何やら騒がしい声が聞こえてきた。


「おい! 火事があったってのは本当か⁉」

(ま、まずい……!)


 嘘をついたとバレたら、入学取り消しになるかもしれない。

 リタは急いで立ち上がると、座り込む男子生徒に向けて慌ただしく頭を下げた。


「す、すみません、失礼します!」

「ま、待って! 僕は――」


 男子生徒が止めるのもむなしく、リタはまさに脱兎の勢いで姿を消す。

 残された男子生徒はそのまま半端に腕を上げていたが、やがて諦めたようにゆっくりとその手を下ろしたのだった。




 再び、怒りの学園長室。

 昨日までのあれそれを思い出していたリタの耳に、柔らかい声が飛び込んできた。


「まあまあ学園長、そんなに怒らなくてもいいじゃないですかぁ」

「アニス先生、しかし……」

「イザベラ先生が推薦するなんて本当に珍しいことですし、試験の成績だけでは測れない、なにか秘めたる才能があるのかもしれませんよ?」

(この人は……)


 激昂する学園長をたしなめたのは、イザベラの反対側に立っていた女性だった。

 薄紅色の柔らかそうなロングヘアーとふっくらした唇。口元の小さなほくろが印象的だ。


「ねえ、イザベラ先生?」

「……彼女からは普通の魔女にはない、どこか特別な魔力の兆しを感じました。この学園で学ぶことで、きっとその能力が開花するのではないかと……」

「あーもう分かった分かった!」


 ふん、と息を吐き出した学園長は、椅子の背もたれによりかかった。


「入学式のあと、学内パートナーの選考会がある。君たち魔女はそこで、騎士候補生たちから選ばれる形となるわけだが……。まあ大体の場合、成績の良い者同士がペアを組むことなるから、あまり期待はしないように」

「は、はーい……」


 行っていいぞ、とひらひらと手で追い払うような仕草をされ、リタはへこへこと頭を下げつつ学園長室をあとにした。

 続いて教師二人も退室する。


(良かった……とりあえず入学は許されたみたい……)


 ほっと胸を撫でおろすリタを見て、イザベラが呆れたように自身の眼鏡を押し上げた。


「……リタ・カルヴァン。あの場ではあのように言いましたが――あなたの成績は、わが校始まって以来の本当に壊滅的なものでした。入学を許可してくださったのはひとえに、学園長の恩情に他なりません」

「も、申し訳ございません……」

「一学年の間は私が担任、こちらのアニス先生が副担任となります。授業では難解なものも多く出てくるでしょう。その場合は図書館で調べるか、出来るだけ早い段階で私たち教師の誰かに質問に来るように」

「は、はい!」


 しっかりと釘を刺され、リタは思わず背筋を正す。

 そんな二人を前に、最後を歩いてきたアニスが柔らかく微笑んだ。


「まあまあイザベラ先生。そんなに脅かさなくても」

「アニス先生……」

「あんまり気負わないで。まずは自分がやりたいようにやってみればいいと思うわ。勉強も、修行も、もちろん恋もね」


 隣に立ったアニスから可愛らしくウインクされ、リタはつい頬を赤くする。

 イザベラが溜め息混じりに前を向いたのを確認すると、アニスは自身のローブのポケットから、ごそごそと小さな飴玉を取り出した。


「はいこれ、みんなには内緒よ。もちろんイザベラ先生にも」

「これは?」

「応援したい子にこっそりあげてるの。お守りみたいなものかしら。学園生活でどうしてもつらいことがあったら、これを食べて頑張ってみて」

「お守り……」


 手のひらに転がる花柄の包装紙。

 どうやら魔法はかかっていないようだが、そこに込められたアニスの気持ちが嬉しくて、リタはすぐにお礼を口にした。


「あの、ありがとうございます」

「いえいえ。じゃあまた、入学式でね」


 ちょうど学生寮との分岐点に到着し、イザベラとアニスは職員室へと戻っていく。

 アニスから貰った飴をポケットに入れると、リタはよしと顔を上げた。


(授業で置いていかれるのも怖いし……入学式まで、出来る限り予習しよう!)


 決意も新たに拳を握りしめると、一人うきうきと図書館に向かう。





 こうして迎えた運命の入学式。

 成績トップの騎士候補(ランスロット)から、なぜかパートナーとして指名されたリタであった。


 



 

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