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最下位魔女の私が、何故か一位の騎士様に選ばれまして  作者: シロヒ
第二部

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第三章 6



 一階にあるダイニングに向かうと、そこからさらに奥まった場所にある特別室に通される。ランスロットやリーディアといった他の面々が集まったところで、中央の席に座ったエドワードが楽しそうにグラスを掲げた。


「さ、遠慮なく食べてくれ」


 六人掛けの倍はありそうなテーブルの上に前菜、スープ、サラダに魚料理、肉料理にパンと次から次へと食事が運ばれてくる。ちらっと向かいを見ると、ローラがこれまで見たことがないほど幸せそうな表情で、柔らかい牛の頬肉を噛みしめていた。

 そうして食事を終え、それぞれの部屋に戻ろうとしたところで――ローラがぽん、と胸の前で両手を合わせる。


「そういえばここ、大浴場が有名らしいんですよ!」

「大浴場?」

「はい! 別棟にあるらしいので、良かったら今から行ってみませんか?」

(お風呂かあ……ちょっと気になるかも)


 王宮暮らしの時は週に二、三度浴槽を使える日があった。

 だが学園に入ってからはシャワーを浴びるだけのことがほとんどで、それすら決められた時間内に済ませる必要がある。ゆっくりお湯に浸かれるのは久しぶりだ。


「そうね、行ってみましょうか」

「やったー! 楽しみです!」


 はしゃぐローラとともに、中庭を横断するように作られた外の回廊へと向かう。空はいつの間にかすっかり夜の様相を呈しており、小さな一番星がきらりと輝いていた。




 夕食を終え、外がすっかり暗くなった頃。

 部屋にいたランスロットはコンコンというノックの音を聞き、慌てて扉を開けた。


「リタか⁉」

「リタたちなら、先ほど大浴場に向かったようだけど?」

「……殿下ですか」


 廊下に立っていたエドワードの姿を見て、ランスロットは分かりやすく顔をしかめた。


「いったい何の用です」

「いやちょっとね、確認しておこうと思って」

「確認?」


 いぶかしむランスロットの前を通り、エドワードは遠慮なく部屋の中に足を踏み入れる。そのまま中央にあったベッドにどかっと座り込んだ。


「リタのことなんだけど、本当に恋人じゃないんだよね?」

「……そうですが、それが何か」


 仁王立ちしたまま腕を組み、ランスロットは苛立った様子で答える。エドワードはそれを見ながらにっこりと微笑んだ。


「いやなに、それならいいんだ。さすがに親友と争いたくはないからね」

「争う?」


 するとエドワードは、膝の上に置いていた両手を体の前で軽く組んだ。


「突然パートナーを解消させたりして、君には本当に悪いことをしたと思っている。でもわたしは本気でリタに惹かれているんだ」

「本気でって……」

「もちろん、国益のことを考えたらもっと適した相手がいるだろうね。でも――そのうちの何人が自分の身を挺してまで、わたしを守ろうとしてくれるだろうかと思ってさ」

「…………」


 前期最後の『冥獣』襲撃事件を思い出す。

 教員や生徒たちが逃げまどうなか、リタはエドワードを助けるのにためらいなく駆け出した。あとから聞いた話では『冥獣たちが集まっているのが見えたから』と言っていたが、それだけであの恐ろしい敵たちに立ち向かえるものだろうか。

 そう考えた途端、ランスロットの中にもやっとした気持ちが込み上げる。


(もしかしてあいつ……エドワード殿下のことが好きなのか? いや、だがアレクシスの時も何も考えずに飛び込んでいった感じだったし、一概にそう言えるかは――)


 なぜか胸が痛み、たまらず服の上からその場所を押さえる。

 ランスロットが悶々と考え込んでいる傍で、エドワードが静かに続けた。


「わたしはね、結婚というのは一生涯をともにするパートナーを選ぶことだと思っている。だからこそ家柄や受益関係で繋がったよく知らない相手ではなく、お互いの命を預けられる伴侶に隣にいて欲しい、と考えてしまうんだ」

「…………」


 親指の先同士をとん、とん、と軽く触れ合わせる。そんなエドワードをランスロットが黙って見つめていると、彼が苦笑しながら顔を上げた。


「しかしごめん、よく考えたら君には愚問だったな」

「……?」

「だって、すでに心に決めた相手がいるんだろう? ほら、以前庭で一緒にお茶をしていた黒髪の美女だよ」

「!」


 突然ヴィクトリアのことを引き合いに出され、ランスロットはびくっと身構える。一方エドワードはその正体など知らぬまま、どこか嬉しそうに話を進めた。


「思えば君は昔から、『ヴィクトリア様』『ヴィクトリア様』と伝説の魔女に夢中だったからね。正直どうなることかと思っていたけど……。あの時ようやく、他の女性にも目を向けられるようになったのかとほっとしたものだよ」

「で、殿下、あの方はそうした相手ではなく――」


 だがそこまで言いかけて、ランスロットはすぐさま口をつぐんだ。彼女こそがその『ヴィクトリア様』であることを打ち明けたいが、それを知るのは自分とリタの二人だけ。

 おまけにその存在を秘密にしておいてほしいと言われている以上、エドワードにも真実は明かすことはできない。


(すみませんヴィクトリア様……。この誤解はいつか必ずッ……!)


 ランスロットが逡巡していると、エドワードがようやくベッドから立ち上がった。


「急に変なことを聞いて悪かったね」

「い、いえ……」


 エドワードが「それじゃあ」と立ち去ったあと、ランスロットはひとり窓辺へと近づいた。室内の明かりを反射する窓ガラスに近づくと、ある程度の距離からひやりとした夜の冷たさに襲われる。

『青の魔女』がデザインしたという中庭も、この暗さでは見えそうにない。


(心に決めた相手……か)


 ランスロットの脳裏に、長い黒髪と青い瞳の女性が浮かぶ。

 勇者たちとともに『冥王』を討ち滅ぼした、伝説の魔女・ヴィクトリア。書庫で彼らの物語を見つけたその日から、『いつか彼女の騎士になりたい』『彼女にふさわしい男になりたい』と脇目もふらずに努力してきた。

 そして奇跡的に、本物の彼女と出会えたというのに――。


(どうして俺は、あいつのことばかり気にしてしまうんだ……)


 魔女科一年、リタ・カルヴァン。

 入試の成績は見事なまでの最下位。ヴィクトリアとは似ても似つかぬ癖の強い茶色の髪に、ありふれた緑色の大きな目。

 小動物みたいにちょこまかしてて、ちょっと走ったら息を切らすほど体力がなくて、馬鹿にされていることにすら気づかない鈍感のくせに――アレクシスに突っかかっていた男子生徒たちを追い払おうとする、謎の正義感を持っている。


(まあ、あまり身近にいなかったタイプなのはたしかだが……)


 驚くべきことに、次期公爵の自分を前にしても彼女はいつも自然体だった。変に卑屈になることもなく、かといって傲慢でもなく。ヴィクトリアとのデートに悩む自分に真剣にアドバイスをくれ、時には呆れながら笑ってくれた。

 年下のはずなのに、時々自分よりずっと年上に感じたこともある。だからこそパートナー、親友、戦友――呼び名は違えど、そうした信頼関係で結ばれていると信じていた。


(だから、別の相手と組んだ方がいいと言われた時は、ショックで……)


 親しみを覚えていたのは自分だけだったのかと、リタとまともに会話できない日が続いた。結局、それは自分の早とちりであると判明したのだが――それが逆に、どうして自分はあんな頑なな態度を取ってしまったのだろうか、という疑問を生じさせるに至った。

 普段の自分ならもっと合理的に、冷静に対処できたはずなのに。


(リタの言う通り、今後他の魔女と組むこともあるだろう。あいつだって別の……エドワード殿下と組んだ方が――)


 だがそう考えた瞬間、ランスロットはいつぞやのパーティーを思い出してしまった。エドワードと手を繋いで現れた、ドレス姿のリタ。普段の制服とは全然違う。可憐で愛らしい佇まいはまるで春の妖精のようで、ランスロットは人前であることも忘れて見惚れてしまった。

 幸い、彼女が話しかけてくれたのですぐに平静を装うことができたが――そのあともずっと、胸がざわついていたのを覚えている。


「いったいどうしてしまったんだ、俺は……」


 彼女に抱いているこの感情は、友情や親愛なのだと思っていた。それなのにテラスで彼女を抱きしめた時、自分でも理解できないほどの罪悪感があった。


(俺はずっと、ヴィクトリア様を愛していて――)


 あの美しい黒髪に触れたくて、貴婦人の髪結いについて猛勉強した。どんな場でも恥をかかせることがないよう、あらゆるダンスをマスターした。

 すべては尊敬するヴィクトリアのために。


(でも気がついたら、あいつが喜んでいることが嬉しくて……)


 見慣れていたはずの茶色の髪は、手に取ると驚くほど柔らかくていい匂いがした。夜の中庭を背景に、あのままずっと二人だけで踊っていたいと思った。

 あの無邪気で、素朴な彼女とともに。


「リタ……」


 ヴィクトリアで想像していた光景が、彼女の笑顔によってどんどん上書きされていく。肖像画に描かれた通りの、静かな微笑みしか知らない伝説の魔女ではなく。すぐそばにいる、ころころと表情の変わるリタによって。

 なにより彼女から言われた――。


『でも私、ランスロットの戦い方、好きだよ』

「――っ‼」


 気づけばランスロットは自身の頭をゴン、と窓枠にぶつけていた。眉間がズキズキと激しく痛み、脳内をかき乱していた雑念が一気に吹き飛ぶ。


「何を考えているんだ、俺は……」


 主語を見誤るな。好きなのは戦い方だ。

 ランスロットはそう強く言い聞かせると、痛む額を押さえたまま踵を返す。鞄の脇に置いていた剣を摑むと、そのまま自身の部屋をあとにした。



 

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