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最下位魔女の私が、何故か一位の騎士様に選ばれまして  作者: シロヒ
第二部

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第一章 3



「パートナーなら、直接リーディアに聞いてみたらいいんじゃないですか?」

「それがその……解消されておりまして」

(あっ! そういうことか……)


 今回の『再選考』でリーディアは新たにランスロットのパートナーとなった。ということは当然、今までリーディアのパートナーだった相手はペアを解消されてしまったわけで――。


「なんだかすみません……」

「いえ、リタ様が謝られることは何一つございません。これはひとえに至らなかった自分のせいですので」


 淡々としたその口調からは、彼が心からそう思っているとひしひしと感じとれた。やがてセオドアは二人に再度頭を下げ、騎士科生徒たちが集まっている方に戻っていく。その背中を眺めながら、ローラが「うーん」と腕を組んだ。


「なんだかちょっと、寂しそうでしたね」

「……そうね」


 自分のパートナー変更が別のところにまで影響していたとは。リタは行き場のない罪悪感を抱えながら、「うう……」と眉尻を下げるのだった。




 そして合同授業を終え、夕方。

 リタは図書館に行く気力もなく、寮のベッドでぐったりしていた。


(ランスロットと全然話せなかったな……)


 のっそりと体を起こし、ベッドサイドにある戸棚の引き出しを開ける。中にはシルクでできた青いリボンが入っており、リタはそろそろとそれを手に取った。

 両端には獅子を描いた公爵家の紋章が銀糸で縫い取られており――かつてランスロットと初めてデートした時、もらった花束に結ばれていたものだ。なんだか捨てることができず、花が枯れたあともこうして保管している。


(私も最後まで、パートナーを変えたくないって主張すべきだった? でも――)


 他の誰でもない。自分を選んでくれた彼のために魔法を使いたい。前期の最後に強く願ったこと。その気持ちに偽りはない。だが――。


(それでランスロットの負担になるのは、違う気がするのよね……)


 以前、精神的な原因でリタが声を失ってしまった時。

 自らの不利になるにもかかわらず、ランスロットは最後までリタのパートナーでいてくれた。あの時はすんでのところで魔法を取り戻せたものの、本当に生きた心地がしなかった。あんな思い、彼にはもう二度とさせたくない。


(王宮からの命令を無視したら、きっと公爵家にも話が行ってしまう。それでなくとも学園内での立場が悪くなったら嫌だし……。でもあの時のランスロットの表情――)


 リタは手にしたリボンをぐっと握りしめると、ゆっくりと顔を上げた。


(とりあえず、もう一度ちゃんと話がしたい。ちゃんと謝りたいし……)


 ここ最近のランスロットの態度を思い出すと、知らず心臓のあたりが痛くなる。リタは苦悩しつつも、ひとり静かに決心するのだった。




 翌日。

 午前の授業を終えたリタは、足早に食堂へと向かっていた。


(騎士科の方が早く終わるから、もういるはず――)


 案の定、食堂には多くの騎士科一年たちの姿があった。リタは小さな体を最大限に生かしながら、必死になってランスロットの姿を捜す。


(――いた!)


 他より頭一つ飛び出た長身を見つけ、リタは急いで名前を呼ぼうとする。だがその直後、背後から襲ってきた怒涛の人波に呑み込まれた。


「お前ら、急げ! 監督生がお待ちだぞ!」

「ほらほら一年、早くしろ」

(な、何ー⁉)


 どうやら騎士科二、三年の授業終わりと被ってしまったらしい。むくつけき男たちの太い腕やら厚い胸板やらに阻まれ、リタはどんどん食堂の外に押しやられてしまう。

 そうこうしているうちにランスロットの姿はあっという間に見えなくなり――結果、リタが食堂に入れるようになった頃には、騎士科一年は誰もいなくなっていた。


(だ、大丈夫、まだ次の機会が――)


 放課後。

 自分の授業を終えたリタは、すぐさま騎士科の学習棟へと駆け込んだ。魔女科生徒が来ることはめったにないのか、興味津々な目を向けられつつもリタは黙々とランスロットのいる教室を目指す。


「一年……ここね」


 教室札を確認し、こっそりと中を覗く。

 しかしランスロットの姿を見つけるより先に「リタ?」と声をかけられた。


「珍しいね。騎士科の教室に来るなんて」

「ア、アレクシス……」

「誰かに用事? 僕にだったら嬉しいんだけど」


 アレクシスがにっこりと微笑みながらどんどん近づいてくる。

 逃げるタイミングを逃したリタがじりじりと後ずさっていると、やがてどん、と背中が廊下の壁に当たった。なおも迫ってくる彼を制止するように両腕を前に伸ばす。


「あ、あの、アレクシス?」

「うん?」

「なんか最近、雰囲気変わった? 前はもっと穏やかっていうか、オドオドというか……」


 顔をこわばらせるリタを前に、アレクシスはすうっと眼鏡の奥の目を細めた。


「そう? ま、もう猫被るのに飽きてきたんだよね」

「ね、猫?」

「ああ、こっちではそう表現しないのか。まあいいや。なんかライバルも増えたみたいだし、あんまり悠長なことしている時間はないかなって」


 するとアレクシスは、とん、とリタの顔の横に自身の手をついた。彼の腕と体が障壁となり、リタは完全にその場から逃げられなくなってしまう。


「しかしまさか、あの王子様が本気で編入してくるとはねえ」

「ア、アレクシス?」

「でも、これはある意味チャンスかな」

「チャンスって――」


 するとアレクシスの手がリタの顎へと伸び、するりと輪郭をなぞった。まさかの行動にリタはパニックになり、とにかくこの状況を何とかしなければと思案する。


(ええい、かくなるうえは!)


 誰かが廊下に出てくる気配を察し、かなり大げさにそちらの方を指差した。


「あーっ! ランスロット!」

「えっ?」


 リタが叫んだと同時にアレクシスが振り返る。

 そこにいたのはランスロットではなく、なんの関わりもない一般生徒だ。だがその一瞬の隙をついて、リタはすばやく彼の包囲網から逃げ出した。


「――っ!」


 廊下を全力で疾走しながら、「はあ、はあ」と息を切らす。


(教室に行くの、もう無理かも……)


 よろよろと足を止めかけるたび、先ほど間近に迫ったアレクシスの顔を思い出してしまう。リタはかああっと赤面し、懸命に走る速度を上げるのだった。



 一夜明け、翌日。

 午後の授業を終えたリタは、学生寮の前でランスロットを待っていた。


(ここで待っていればきっと――)


 やがてランスロットの姿が見え、リタはすぐさま声をかけようとする。だがそれより先に別の誰かがランスロットのもとへと駆け寄った。


「ランスロット様、こちらにおられたんですのね」

(! リーディア……)


 リーディアはにっこりと微笑むと、手にしていた教科書を持ち上げる。


「今日は、先日あった合同授業の反省会をすると約束していたじゃありませんの」

「……そうだったな」

「さ、参りましょうか」

(……今日は忙しいみたい。また明日にでも――)


 だが進めかけていた足を戻したところで、地面に落ちていた小枝を踏み割ってしまった。パキッという小さな音がして、リーディアがすぐさまこちらに気づく。


「リタさん?」

「っ……」


 ランスロットもまたこちらを見ており、リタは慌てて事情を説明しようとした。だがリーディアが眉根を寄せ、非難するようにこちらを睨みつける。


「どうしてこちらに?」

「あの、ランスロットとちょっと話がしたくて」

「パートナーでもないのに、いったい何をお話になさる必要が?」

(うっ……)


 リーディアの居丈高な物言いに、リタは思わず言葉に詰まる。だがここで引くわけにはいかないとランスロットに向かって再度叫んだ。


「お願いランスロット、話を――」


 しかし必死なリタの様子を目にしてもなお、ランスロットの態度は変わらなかった。くるりと踵を返し、立ち去るその背中を見てリタは絶句する。

 一方リーディアは手を口元に添え、誇らしげに片笑んだ。


「これが答えですわ。元・パートナーの座にしがみつくのはやめて、さっさと新しいパートナーと頑張ってくださいませ」


 おーっほっほっほ、と小説でしか聞いたことのない高笑いを響かせながら、リーディアがランスロットのあとを優雅に歩いていく。リタはそんな二人を、ただ呆然と見送ることしかできなかった。



 その日の夜。寮の自室にいたリタは、暗い表情でベッドに腰かけていた。


「全っ然話せる気がしない……」


 あのあとも何度かランスロットの姿を見かけたが、すべて先んじてリーディアから牽制されてしまった。おそらく明日以降もあの鉄壁の守りは続くのだろう。


(パートナーじゃないと、会話することすら難しいなんて……)


 リタは戸棚を開け、中に入っていた青いリボンを取り出す。すべすべとした生地を指先で撫でていると突然コンコン、というノックの音がした。


(もしかしてランスロットが――)


 急いでリボンを引き出しにしまい、慌ただしく扉へと向かう。しかし廊下に立っていたのはランスロットではなく、エドワードだった。


「やあリタ、こんな時間にごめんね」

「は、はあ……」

「実はちょっとお願いがあって」


 そう言うとエドワードは一通の手紙を差し出した。

 封蝋には一角獣の紋章がはっきりと刻み込まれている。


「今度、王宮でパーティーを行うんだ。それにパートナーとして参加してもらえないかな?」

「パッ……」


 きらびやかなシャンデリアと豪華に着飾った紳士淑女の姿がすぐさま脳裏に浮かび、手紙を受け取ったリタは一瞬で蒼白になった。


「ど、どうして……」

「実はわたしの兄が出席するんだ。そこでリタのことを紹介しておきたくてね」

「で、でも私、貴族じゃないですし」

「そんなこと気にしなくて大丈夫だよ。私が招待するんだから」

「マナーとかも詳しくないですし、そもそもなんだか場違いな気が」

「私が教えてあげるよ。リタは隣にいてくれるだけでいい」

「で、でも……」


 なんとか回避できないか、とリタはふよふよと目を泳がせる。するとエドワードがトドメとばかりに口にした。


「そういえば、ランスロットも出ると聞いているよ」

「ランスロットが?」

「お父上の名代としてね。知り合いがいれば少しは気が楽になるかなと」

「それは……」


 リタの脳裏に、ここ数日のランスロットの姿が思い出される。


(学園の外なら、ゆっくり話す時間がとれるかも……)


 そのまましばし考え込んでいたものの、リタはゆっくりとエドワードを見上げた。


「分かりました。出席します」

「良かった。じゃあ当日、楽しみにしているね」


 エドワードが立ち去り、リタは招待状を手に自室へと戻る。慌ただしく閉めた引き出しからは青いリボンの端がのぞいており、リタはそれをじっと見つめた。


(今度こそ、ちゃんと自分の気持ちを伝えよう。それで――)


 よし、と軽く拳を握る。しかしその直後、リタは「あれ?」と眉根を寄せた。


「パーティーってことはもしかして……ドレスを着ないといけない?」


 ヴィクトリア時代にもよく舞踏会に招待されたが、何かと理由を付けて断っていた。その原因のひとつが『きらびやかなドレスで人前に出るのが嫌だったから』である。

 だが今回はそんなことを言っている余裕はない。


(仕方ない。魔法で作るしか……)


 こんなことなら、一度くらいちゃんとしたドレスを着ておけば良かった。

 後悔先に立たず――と悩みつつ、リタは昔の王宮で目にしたドレスのデザインを、今になって必死に思い出すのだった。



 

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