第一章 2
「ラ、ランスロット⁉」
「俺がパートナーにするのは、自分の背中を預けたいと思える相手だけです。ペアを解かれたからといって、そう簡単に他の人間を選ぶことはできません」
(っ……!)
その言葉を聞いた途端、リタは自分の頬がかあっと熱くなったことに気づいた。
律儀な彼にとってはしごく当たり前のことで、そこに深い意味などないのだろう。だがまるで『リタでないと嫌だ』と言われているかのようで心臓が激しく音を立てる。
それを聞いた教師陣は「とんでもない!」とばかりに首を振った。
「お、落ち着けランスロット! お前が組まないと、他の生徒への示しがつかんだろうが!」
「そもそも、今から組める魔女候補などいないでしょう」
「そ、それは――」
するとそこに別の女性――リーディアが割り込んできた。
「ご安心ください。わたくしがランスロット様の新しいパートナーになりますわ」
「リーディア……?」
「実は少し前に、先生から打診されておりましたの。それぞれ成績一位同士、組むには不足ない相手だと思いませんこと?」
ふふんと優雅に微笑むリーディアを、ランスロットは複雑な眼差しで見つめる。だがすぐ左右に首を振った。
「悪いが、やはり俺は成績で相手を選ぶつもりはない」
「もちろん、そのことはよく存じておりますわ。ですが決まったパートナーがいない状態で、成績上位を維持するのは少々難しいかと」
「…………」
「『騎士』として認められることは、公爵であるお父様にとってまたとない願いのはず。ランスロット様が清廉であられるのは素晴らしいことだと思いますが、上に立つ者として呑み込まなければならない事情もあるのではなくて?」
リーディアのもっともな主張を聞き、ランスロットはそのまま押し黙った。そんな彼の様子を見て、騎士科担任も強く説得する。
「ランスロット。リーディアとパートナーを組みなさい」
「しかし……」
「これは命令だ。お前は他の生徒たちの手本となるべき人間。ひと時の感傷だけで、今後の人生を棒に振るようなことがあってはならん」
「馬鹿にしないでください。正式なパートナーがいなくても、授業や試験で後れを取るつもりはありません。俺は――」
(わ、私の存在が、とても厄介なものに……!)
正直なところ、リーディアや教師の言い分は正しいと思う。
立派な『騎士』となるためには学園での成績がなによりも重要で、それには相性の良い魔女の協力が不可欠だ。決まった相手以外組みたくない、などとわがままを言っている場合ではないのも理解できる。
(他のパートナーはいらない、って言ってくれるのは嬉しいけど……。ランスロットのことを考えたら、ちゃんとしたパートナーがいた方がいいよね……)
リタだってできることなら、ランスロットとのペアを解消したくない。
だがここで自分まで一緒になってごねてしまったら、周囲にどれだけの迷惑をかけてしまうか分からない。それこそ公爵家の一大事にもなりかねないだろう。
(ここはきっと、穏便に済ませた方が……)
いつの間にか周囲の視線はリタに注がれていた。言外の圧をひしひしと感じつつ、リタはランスロットに向けて口を開く。
「私もその、リーディアと組んだ方がいいと思う」
「リタ……?」
「ほ、ほら、他の相手と組むのもいい経験になると――」
いくら頑固な彼とはいえ、エドワードや教師陣を巻き込んでいる以上、そこまで無理は通さないだろうとリタは思っていた。きっと「仕方ないな」とか「殿下の足を引っ張るなよ」くらいで終わるものだと想像していたのに――。
「……そう、か」
彼にしては珍しい口ぶりに、リタは思わず顔を上げる。
ランスロットは怒りでも呆れでもなく、ただひどく困惑したように眉尻を下げていた。
それは今までリタが見たことのない、深い悲しみの表情。
(ランスロット……?)
意外なその反応に、リタは慌ててもう一度声をかけようとする。しかしランスロットはそのままふいっと横を向くと、騎士科担任に言い放った。
「……分かりました。決定に従います」
「すまんな、ランスロット」
「いえ」
そう言うとランスロットはこちらを振り返ることなく、さっさと学習棟の方に歩いて行ってしまった。リタはすぐさま呼び止めようとしたが、その間にさっとリーディアが割り込む。
「あらリタさん、聞こえていなかったんですの?」
「あ、その……」
「ランスロット様のことでしたらご心配なく。わたくしがフォローいたしますわ」
では、と勝ち誇った笑みをリタに向け、リーディアは嬉しそうに彼のあとを追いかけた。リタがぽかんと立ち尽くしていると、事の成り行きを見守っていたエドワードが申し訳なさそうに口を開く。
「ごめんよリタ、もしかしてランスロットと付き合っていたのかな?」
「はい⁉」
「いや、ただの学内パートナーだと思っていたから、希望を言ったのだけれど……。ランスロットがあそこまで頑なになるのは珍しいな、と思って」
「珍しい……ですか?」
「うん。頑固で堅物だけど、基本的には合理主義者だからね。自分の不利益にならない限り、あまり周囲と衝突するようなことは言わないタイプかな」
「そういえば……」
ヴィクトリアにドキマギしている時の彼からは想像もできないが、基本的にランスロットが周囲と言い争っているのを見たことはない。一度だけ、女子生徒たちを強い言葉で制したことはあったが、あれは絡まれているリタを見かねての発言だったはずだ。
「だから、よっぽど君とのペアを解消したくなかったのかと思ったんだけど……。もしかして本当に――」
「ち、違いますよ⁉ 付き合ってなんか――」
真っ赤になったリタがぶんぶんと首を左右に振るのを見て、エドワードはようやくほっとしたように胸をなでおろした。
「そっか、良かった。じゃあこれで心置きなく、君にアプローチできるね」
「ア、アプローチ?」
「言ったじゃないか。わたしは君に心を奪われたと」
するとエドワードはいきなりリタの両手を取り、ぎゅっと優しく握りしめた。
その瞬間、彼の背後にぶわわっとキラキラが舞い飛ぶ。
「ここまで本気になったのは初めてなんだ、リタ」
「えっと、その」
「もしも決めた相手がいないのであれば、わたしをその候補にしてもらえないかな」
(ひ、ひいいーっ⁉)
勇者そっくりの美貌から口説かれ、リタはついパニックになってしまった。別人だと分かっているのに、どうしても本人から告白されているように錯覚してしまう。
「すみません、私、そういうのはちょっと」
「どうして?」
「い、今は勉学に集中したいといいますか……」
「そうなんだ? まあ学生だものね」
必死にそれだけを伝えると、エドワードはあっさりと手を離した。だがリタがほっとするのもつかの間、まばゆいばかりの笑顔で彼が続ける。
「でも、これからどんどんわたしの良いところを知ってもらえたら嬉しいな」
「は、はあ……」
圧倒的な陽のオーラに押され、リタは思わず一歩後ずさる。さりげなくランスロットたちが立ち去った方に再度視線を向けたがすでに誰の姿もなかった。
(ランスロット……)
こうしてリタはランスロットとのペアを解消し、新たにエドワード王子殿下と組むことになったのだった。
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再び中庭。
リタがローラの誤解を解いていると、背後から突然声をかけられた。
「失礼いたします。リタ・カルヴァン様とローラ・エマシー様でしょうか?」
「そうですけど……」
揃って振り返り、声の主を確認する。
ミルクティー色の髪と瞳。身長はアレクシスと同じくらいだが、背筋をまっすぐに伸ばしているせいかさらに高く感じる。顔もランスロットやエドワードのように分かりやすい華やかさはないが、綺麗な目鼻立ちで整っている印象だ。ただしとんでもなく無表情である。
「突然お声がけして申し訳ございません。自分は騎士科一年、セオドアと申します。その……お二人のクラスメイトであるリーディア様が何か普段の生活で困っておられたり、悩んでおられたりといった記憶はございませんでしょうか?」
「特にないと思いますけど……」
リタとローラがぽかんとするなか、セオドアは「ありがとうございます」と恭しく頭を下げた。
「あの、どうして突然リーディアのことを?」
「まあその、心配で、と申しますか……」
すると隣にいたローラが何かをひらめいたかのようにぽん、と両手を叩いた。
「思い出しました! たしか入試で騎士科二位だった方ですよね?」
「えっ、二位?」
「覚えていてくださり光栄です。ですが自分といたしましては、けして満足のいく結果ではありませんでしたので、どうかお忘れいただきたく――」
「あ、はい……」
恐縮するローラを横目に、リタもまた「はっ」と目を見張った。
「あのもしかして……前期の時、リーディアのパートナーでした?」
「はい。僭越ながら」
(やっぱり……どこかで見たことあると思ったら……)
前期最後の実技テスト。
早々に合格したリーディアがリタたちのもとを訪れた際、従者のように控えていた青年だ。あの時は声を失ったショックやランスロットに対する申し訳なさの色々があったため、すっかり意識してなかったが――。
(そっか。本来なら一位同士が組むけど、ランスロットが私を選んだから……)
するとそれを聞いたローラが「あれ?」と小首をかしげた。





