第一章 第二位の男、セオドア
よく晴れた春空の下。
中庭で行われていた後期最初の合同授業で、騎士科担任が叫んだ。
「エドワード、リタ、前へ!」
二人が揃って歩み出ると、どこかから「きゃーっ」という高い声が上がる。
隣に立っていたエドワードがそちらに向けてひらひらと手を振ったあと、リタの方を振り返って朗らかに笑った。握っている剣には一角獣をあしらった王族の紋章が入っている。
「さ、頑張ろうか」
「は、はい……」
頭上ではターゲットとされる鳥型使い魔が数匹、悠然とした様子で飛び回っている。
やがて「始め!」という合図が聞こえ、リタはすばやく杖を構えた。
「土の精霊よ、礫となりて彼のものを撃ち落とせ!」
地面の一部がぼこっとひび割れ、親指の先ほどの土塊がリタの周りに浮かび上がる。そのまま意思を持つかのように、勢いよく上空に向かって飛んでいった。
リタはそれを目で追いながら、こっそりと込める魔力の量を調整する。
(やりすぎると粉砕しちゃうから、適度に力を抜いて――)
びし、びしっという着弾音とともに鳥が落下してきて、エドワードが器用に一羽ずつとどめを刺した。どうやら上手くいったらしい、とリタは「ふう」と息を吐き出す。
(よし、これで――)
だが魔力の調整に尽力していたせいか、一羽だけ攻撃を逃れたものがいた。鳥型使い魔はすぐさま向きを変え、リタに向かって猛スピードで突進してくる。
「あっ……!」
とっさに杖を構え、リタは防御魔法を展開しようとする。
だがそれより早くエドワードが間に割り込み、鮮やかに剣を振り抜いた。
「それっ!」
ぱしゅん、と軽い音を立て、鳥型使い魔が目の前で霧散する。リタがぱちぱちと瞬いていると、振り返ったエドワードが爽やかに微笑んだ。
「リタ、大丈夫? 怪我はない?」
「は、はい……」
王宮で剣を習っているとは聞いていたが、思っていた以上の腕前だ。ランスロットに勝る――かは分からないが、かなりいい勝負をしそうな気がする。
(でもこの戦い方、どこかで……)
その瞬間、リタは昔の出来事を思い出す。
冥王を倒しにディミトリ、シメオンの三人で旅をしていた時、それはもうたくさんの敵に襲われた。だが最初のうちはヴィクトリアも戦いに不慣れだったため、何度も勇者に庇ってもらっていたのだ。
(そっか、ディミトリの戦い方と似てるんだ……)
まさか顔だけでなく、行動まで似てしまうとは。
リタがそんなことを考えている間に、あっさりと戦闘は終了した。ほっと胸を撫で下ろすリタの手を取り、エドワードは溌剌とした笑みを浮かべる。
「さすがだね。やっぱり君をパートナーに選んで正解だったよ」
「そ、そうでしょうか……」
「うん。よければこのまま生涯の伴侶に――」
「ああーっと! 早く離れないと、次のペアの邪魔になるんじゃないですかねー‼」
これ以上あの勇者フェイスに見つめられてはたまらないと、リタは急いで手を引き抜く。するとすぐ傍に、険しい顔をしたランスロットが立っていた。
「ラ、ランスロット……」
「…………」
なぜかいたたまれない気持ちになり、リタはその場で硬直する。さらにリタの耳に、呆れたような声が聞こえてきた。
「あらリタさん、終わったのならさっさとどいてくださいませんこと?」
「リーディア……」
「さ、参りましょう。ランスロット様」
遠くから「ランスロット、リーディア、前へ」という声が聞こえ、リタは慌てて道を空ける。ランスロットはこちらをちらりと一瞥したものの、無言でリタの前を通り過ぎた。そのあとを追うリーディアが、リタに向かって勝ち誇ったように片笑む。
「ふふ、本当に言ったとおりになりましたわね」
「…………」
「心配なさらなくても、ランスロット様のことはわたくしがちゃあんとお支えいたしますわ。これから先もずっと、ね」
きっちりと巻いた後ろ髪をさらりと掻き上げ、リーディアがさっそうと去っていく。エドワードと別れ、魔女科生徒たちが待機している場所に戻ってくると、先に実技を終えていたローラが駆け寄ってきた。
「リタ、お疲れさまでした! ……どうかしましたか?」
「え? あ、うん。なんでも……」
すぐに取り繕おうとしたリタだったが、ローラは即座に状況を理解する。
「ランスロットさんとのペア解消、残念でしたね」
「えっ?」
「あんなにお似合いだったのに……」
「な、なんか誤解してない⁉ そりゃびっくりはしたけど、仕方ないというか――」
ぎこちなく答えるリタをよそに、ローラは顎に手を添え「うーん」と考え込む。
「まあ、先生からあんなふうに言われたら従うしかないですけど……」
「そ、そうよ! それに、誰と組んでも動けるっていうのも必要なスキルだと思うし」
「でも……」
「たしかに、急な話ではあったけど……」
不満げなローラをなだめつつ、リタはあの日のことを思い出していた。
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一学年・後期の始まり。
エドワード王子のパートナーになかば強制的にリタが指名されたあと、中庭では新しいパートナーを選ぶ『再選考』を行うことになった。
あらかじめ相手に打診しておき円満にペアを交換する者。いきなり申し込んであっさりと断られる者。さまざまなケースが散見されたが、現状維持が半分、パートナーを変えた者が半分といったところか。
(みんな結構、新しい相手と組むのね……)
ぼーっと観察していたリタだったが、現実から目を背けることはできないと、あらためて視線を自分の現場へと戻す。
目の前ではエドワードがニコニコと満面の笑みを浮かべており、一方のランスロットはこめかみに青筋を立てたまま、苛立った様子で口を開いた。
「先生、これはいったいどういうことですか」
「そのままの意味だ。現在のペアを解消し、リタはエドワード殿下についてもらう」
「現パートナーである自分はどうなるんです?」
「それはまあ、その……」
「先生! しっかりしてください!」
今にも掴みかかりそうなランスロットを見て、リタもおずおずと片手を上げた。
「あの、私もちょっと納得が……」
「リタ、お前もか……」
「パートナー指名というか、要は合同授業とテストの時にだけお手伝いすればいいんですよね? でしたら別に、無理にペアを変えなくても大丈夫じゃないでしょうか。そういう騎士候補は他にもいますし」
「むむ……」
だが教師はしばし押し黙ったあと、ばっさりとリタの意見を却下した。
「いや、やはりそれはできない」
「ど、どうしてですか?」
「編入ということもあって、エドワード殿下は魔女と組んでの戦い方にあまり慣れておられない。早く授業に追いつくためにも、兼任ではない専任のパートナーをつけてほしい、と王宮から依頼があったんだ」
「でもそれなら私じゃなくても、他に組みたい魔女候補はきっとたくさん――」
「そこがまたややこしくてな……。魔女科生徒のほとんどはどこかのご令嬢だ。王子であるエドワード殿下と長い時間を共に過ごされるとなると、王族からの寵愛を受けているだので貴族間の勢力図に余計な軋轢を招きかねん」
「ええー……」
「それもあって、家柄的に影響の少ない魔女候補から選抜しようとしたところ――」
教師の言葉を受け、エドワードが誇らしげに自身の胸に手を当てた。
「わたしが『リタがいい』とお願いしたんだよ」
「……ということだ」
「なるほど……」
げんなりするリタの隣で、ランスロットは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。だが学園側の事情を汲んだのか、「はあ」と大きく息を吐き出す。
「……分かりました。それであれば従いましょう」
「良かった。分かってくれたか」
「ただし俺は、他の魔女候補とは組みません」
さらりと口にした衝撃発言に、リタの方がぎょっと目を剥いた。





