書籍版発売お礼ss②:その手の小ささは、誰のもの?
「ット、ランスロット――」
(……?)
誰かから名前を呼ばれ、ランスロットは目を覚ました。
場所は自宅の中庭にある四阿の中。まさかこんなところで、無防備に寝てしまったなんて。
自分でも驚きながら、名前を呼ばれた方を振り返る。
そこで再び、大きく目を見開いた。
「ヴィ、ヴィクトリア様⁉」
「ああ、やっと起きたのね。なかなか目覚めないから心配したわ」
隣にいたのは、長い黒髪と青い瞳を持つ絶世の美女。ランスロットが敬愛してやまない、伝説の魔女・ヴィクトリアその人であった。
一気に心臓の動きが早くなり、ランスロットは赤面したまま問いかける。
「ど、どうして、こちらに――」
「どうしてって……デートの途中、だから?」
「デ、デート⁉」
ヴィクトリアの言葉に、ランスロットは愕然とする。
一方ヴィクトリアはその美しい美貌に笑みをたたえたまま、そっとランスロットの髪に手を伸ばした。
「きっと疲れていたのね。気にしないで」
「ほ、本当に申し訳ございません! その、まさか、こんな状況であるとは思わず……」
「ふふ。寝顔、可愛かったわ」
「――っ‼」
憧れのヴィクトリアから微笑まれ、ランスロットの心臓はいよいよ限界を迎えようとしていた。だがこのままでは情けなさすぎる、と勢いよく顔を上げる。
「大変失礼いたしました! ですがその、自分も男ですので、可愛いと言われることは本意ではなく……」
「あら、そうなの?」
「当たり前です! だってぼくはずっと、あなたの騎士に選ばれることを夢見て訓練を――」
そこまで口にしたところで、ランスロットははたと言葉を区切った。
(あなたの、騎士に……)
その言葉に偽りはない。彼女のことを知ったその日から、ヴィクトリアを守り、支えられる男になりたいと努力してきた。
だが――。
(俺はいま、誰の騎士だ……?)
選ばれたのではなく、自分で選んだ。
茶色い髪と緑の瞳。小さくてふわふわしていて。オドオドしている時もあるのに、いざという時にはびっくりした行動をとる。
ランスロットを前にしても、その態度は他の誰とも変わらない。
それがとても嬉しくて――。
(俺はいったい、誰の話を……)
胸にわずかな罪悪感が宿る。
だがこんな機会はもう二度とないかもしれない、とランスロットはヴィクトリアの手を取った。
思っていたよりもずっと小さい――とひそかに驚きつつ、彼女に向けて必死に思いを伝えようとする。
「ヴィクトリア様、どうか自分と――」
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「ひいっ⁉」
「――‼」
短い悲鳴を聞き、ランスロットはぱちと目を開けた。
そこにはパートナーであるリタがおり、今はその小さな顔をなぜか真っ赤にしている。
「……リタ?」
「ち、違うの! 別にいたずらしようと思っていたとかじゃなくて、前髪が邪魔そうだったからどかそうとしただけで……」
「髪……」
ランスロットはそこでようやく、自分がリタの手をしっかりと摑んでいることに気づいた。一気に羞恥心が込み上げてきて、振り払うようにして離す。
よく見れば場所も実家の四阿ではなく、学園の中庭に置かれたベンチだった。座っているうちに、つい居眠りしてしまったのだろう。
「悪い。ちょっと夢を見ていてな」
「夢?」
「ああ……幸せな夢だった……」
ヴィクトリアの神々しさをうっとりと思い返す。
そんな彼を、リタはややあきれ顔で眺めるのだった。
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ランスロットと別れてしばらく歩いたところで、リタは再びかああっと赤面した。
(バ、バレてないよね……?)
ベンチで寝ている彼をたまたま発見し、興味本位で近づいてみた。
起きている時は何かにつけてガミガミとうるさいランスロットだが、寝ている姿はなんだか可愛らしく、リタは無意識にその綺麗な銀髪に触ろうとする。
しかし目が開く前に、がしっと手を摑まれてしまい――その場から逃げられなくなってしまった。
(びっくりした……。寝ていても、気配には敏感なのね……)
摑まれた手をあらためて見つめる。
剣を握る彼の手は男の人らしくごつごつしていて、リタのものよりずっと大きくて――。
「……っ」
なぜか急に恥ずかしくなったリタは、いまだ感触の残る手をぶんぶん振りながら、目的の図書館へ急ぐのだった。
(了)
お礼ss②でした。
書籍版には二人が冬季休暇を過ごす書き下ろし番外編が収録されていますので、手に取っていただけると嬉しいです!





