第二章 はじめての学園生活
街でのスカウトに捕まってから数日後。
リタは学園長室に呼ばれていた。
「リタ・カルヴァン。君は本当にやる気があるのかね!」
「は、はあ……」
なんとも曖昧なリタの返事に、苛立った学園長がバンと机を叩いた。
学園長の斜め後ろには、リタに入学届けを書かせた眼鏡の女性。そして反対側にもう一人、どこかぽわんとした雰囲気の若い女性が立っている。
「はあ、じゃないよ! 君ね、最下位だよ最下位! 入試の成績! わが校始まって以来のダントツビリ‼」
「す、すみませんっ……‼」
「まったく、イザベラ先生が逸材だというから期待していたのに……。魔力があっても、基礎が全然だめじゃないか! これまで何をしていたというんだね‼」
(一応、伝説の魔女をしていたんですけど……)
顔を真っ赤にして怒る学園長を前に、リタはしゅんと肩を落とした。
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あの魔力測定のあと、リタはオルドリッジ王立学園へと連れてこられた。
王都からもほど近く、緑あふれた広大な敷地。
四つの建物同士を結ぶ回廊には、立派な柱がいくつも連なっている。
立派な校舎や設備の数々に驚いていると、魔力測定でリタの才能を見いだした女性――この学校の教師であるイザベラが、淡々と説明してくれた。
「ここは『騎士』と『魔女』を養成するための学園です。『騎士』とは陛下に認められた、国を守る勇敢な男性のこと。そして『魔女』は私たちのように魔力を持ち、特別な技を行使する女性のことを言います」
「騎士と魔女……」
両階段がそびえ立つ玄関ホールに入ったところで、イザベラが足を止める。
「あのお二人をご存じですか?」
「あれは……」
イザベラが示した先――階段の踊り場部分には、大きな二枚の肖像画が飾られていた。
一枚は若かりし頃の勇者。そしてもう一方は――
「あちらは勇者様ですよね。隣は……」
「あの方こそ、われら魔女の始祖であり先導者、伝説の魔女・ヴィクトリア様です」
(あ、あれが、私ぃー⁉)
そこに描かれていたのは、藍色のローブを着込んだ大柄な魔女の姿だった。
黒い髪はうねうねと生物のように広がり、細い眉は山のようにつり上がっている。青い瞳はまるで何かを呪っているかのように、限界までかっと見開かれていた。
手にした長い杖には毒々しい色の蛇が絡みついており、もう一方の手には逆さ吊りにされた鶏が下がっている。なんという絵か。
(ま、まあ、髪と眼の色は合ってるけど……)
ショックで言葉を失うリタをよそに、イザベラはどこか誇らしげに話を続ける。
「勇者は魔女・ヴィクトリア様から多くの助けを得たことで、冥王との戦いを勝ち抜くことが出来たといわれています。その経験から『魔女は騎士を助け、騎士は魔女を守る』という言葉が生まれました」
「魔女は騎士を助け、騎士は魔女を守る……」
「そうです。以前はバラバラに教育されていた騎士と魔女ですが、この学園では在学中からパートナーを組んで行動するという、実践的なカリキュラムとなっているのが特徴です。卒業後も同じパートナーと仕事をしたり、あとは――そのまま結婚したりする例もあるそうです」
「け、結婚⁉」
「はい。騎士の多くは陛下への忠誠を誓う貴族の子息です。そうした男性は結婚相手として、優秀な魔女を求める傾向にあります。魔女の行使する魔法には、領地経営を助けるものも多くありますし、戦いでもとても役に立ちますので」
「な、なるほど……」
「ですから最近では、貴族の子女が花嫁修業の一環として、魔女を目指すことも多いのです。……まったく、嘆かわしいこと……」
(うーむ……時代が変わるとここまで変わるのね……)
かつて迫害されていた身からすると、嬉しいやら複雑やら。
そのあともブツブツ呟くイザベラに連れられ、リタは学習棟へと足を踏み入れた。近くにあった教室に入ると、好きな席に座るよう指示される。
「それではこれより、入学試験を開始します」
「試験?」
「今現在の、魔法に対する知識を問います。あなたは孤児だと言っていたから、そうした教育は受けていないかもしれないけれど……出来る範囲でやってみなさい」
「は、はい!」
二枚の紙を差し出され、リタは配られた筆記具をぎゅっとつかんだ。
(入試……ってことは、多分そんなに難しくはないはず……。一応私、伝説の魔女だったわけだし、ここはびしっと満点を――)
だが問題を目にした途端、リタの額からだらだらと嫌な汗が滲み出した。
(どうしよう……全然分からない……)
そもそも王宮で活躍していたのは三百年の前のこと。おまけにディミトリが亡くなってすぐ、森に引きこもっていた隠遁していたハンデもある。その間王都では、優秀な魔女たちによって様々な研究が進められていたのだろう。
(アイサイクローネの枝に含まれる鎮痛成分はどの部位に効くか? エヴァリオットの空間圧縮魔法の最初の術式は? ローランの光と呼ばれた鉱石は以下のどの儀式に使用するか? 処理方法についても詳しく記載せよー⁉)
初めて聞く素材や理論のオンパレード。
おそらくヴィクトリア時代にも使っていたのだろうが、その時は『黄色いピカピカした石』だとか『じめっとした苔の間に生えているやつ』といった覚え方をしていたので、正式な名称がまったく分からない。
「す、すみません……分かりません……」
「…………」
ほぼ空欄の回答用紙を提出すると、イザベラはわずかに片眉を上げた。
「……次は実技課題です。行きましょうか」