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最下位魔女の私が、何故か一位の騎士様に選ばれまして  作者: シロヒ
第一部

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39/113

書籍版発売お礼ss①:その手の温かさは、誰のもの?



「……ア、ヴィクトリア――」

(……?)


 誰かから名前を呼ばれ、リタはゆっくりと瞼を持ち上げた。

 どうやら大きな木の根元で寝てしまっていたらしく、目の前には牧歌的な春の草原が広がっている。暖かい日差しにぼーっとしていると、隣にいた誰かが「ふふっ」と笑った。


「随分、気持ちよさそうに寝ていたね。昨日あまり寝ていないのかな?」

「ええと、たしか図書館で借りた本が面白くて、それで……」


 おぼろげな記憶を手繰りながら、リタは声のする方を向く。

 だがその姿を見て、思わず言葉を失った。


(ゆ……勇者様……⁉)


 そこにいたのは三百八十年前、ともに冥王を倒した勇者その人だった。突然の思い人の登場に、リタは訳が分からないままパニックになる。

 そんなリタの様子を見て、勇者がぱちぱちと瞬いた。


「どうかした? まるで悪い夢から覚めたみたいな顔して」

「い、いえ……そ、それより、どうして勇者様がここに……」

「どうしてって……デートの途中だからかな。君との」

「デート⁉ 私との⁉」


 驚愕の単語が飛び出てきて、リタはガタガタと震え始める。

 一方勇者はにこっと微笑むと、すぐ隣にあったリタの手をそっと取った。


「冥王も倒したことだし、たまには二人で出かけて来たらって修道士が」

「しゅ、修道士様が……」

「言われてみればずっと二人きりになれなかったし、ちょうどいいなと」


 ぎゅっと手を握られ、リタはたまらず赤面する。

 だがすぐに首を振ると、彼の手を振り払った。


「ちょっと待ってください⁉ お、王女様のことは……」

「王女様?」

「だ、だって、お好きなんですよね、王女様のこと……」


 口にしたあとで、リタの心臓がわずかに痛む。

 しかし勇者はきょとんとした顔つきのまま、不思議そうに首を傾げた。


「いや? まあ、立派な方だなーとは思うけど……僕の恋人は君だけだし」

「ほあぁ⁉」

「まさか、それまで忘れちゃったの?」


 不安そうに眉尻を下げる勇者を見て、リタはダラダラと冷や汗をかく。


(ど、どういうこと……? 王女様とは何もなくって? 勇者様が私の恋人で? 今はデートの途中で?)


 いよいよ意味が分からなくなり、リタは自分の周囲を確認する。

 艶やかな黒い髪、女性らしい体つき、長く愛用してきた杖――そのどれもが懐かしいようで、ひどく違和感を持つものにも見えた。


(間違いなく私……。だけど……本当に、これだったかしら……)


 今朝、鏡越しに見た自分の姿は今と同じだったか。

 魔法を使うときに振るっていた杖は、こんなに古いものだったか。

 それに――。


(私、もっと別の名前で呼ばれていた気がする――)


 ヴィクトリア、ではなくて、もっと簡単な。

 でも『彼』からそう呼ばれることは、意外と嫌ではなくて――。


(……彼?)


 頭の片隅に靄がかかっているかのようで、リタは必死に振り払おうとする。

 銀の髪に青い瞳。融通が利かなくて、馬鹿がつくほど真面目で、でも恋愛ごとになると途端に少年のように動揺するのが可愛くて、なによりも――。

 だが懸命に思い出そうとしているリタの顔を、勇者が心配そうにのぞき込んでくる。


「ヴィクトリア? 大丈夫?」

「だ、大丈夫です。でも、あの――」

「戦いばかりで疲れただろう? もう少し寝ていいよ」


 そう言うと勇者は手を伸ばし、リタの頭をよしよしと撫でた。まるで本当の恋人のようなその仕草に、リタはいよいよ真っ赤になる。

 だが同時に「このままではいけない」と心の中で警鐘が鳴った。


「だ、ダメです! わ、私には今、大切なパートナーが――」

「パートナー? それは一体何なのかな」

「それはええと、その――」


 とっさに口にしたものの、リタ自身もよく意味が分かっていない。しかしとにかく拒絶せねばと、頭に置かれた彼の手を振り払おうとした。


「ですから、パートナーは私の――」




「――私の、なんだって?」

「はっ‼」


 次に目が覚めた時、リタは学園の中庭にあるベンチに座っていた。

 季節は秋。少し肌寒いくらいの気温だ。


(ここは……)


 ゆっくりと顔を上げる。その直後、大きく目を見張った。


「ラ、ランスロット⁉ どうしてここに」

「どうしてって……お前が寝ていたのをたまたま見つけただけだが」

「寝て……」


 リタはそこでようやく、自分が夢を見ていたことを思い出した。内容を振り返ったところで、かああっと頬を赤くする。


(夢……夢かあ~!)


 なんて都合のいい夢だろう。勇者様とお付き合いしているなんて。自らの厚顔さと恥ずかしさとがない交ぜになり、リタは「うわあああ」と声なき悲鳴を上げる。

 ランスロットはそれを呆れたように見つめたあと、はあとため息をついた。


「どうでもいいが、こんなところで寝ると風邪ひくぞ」

「う、うん、ごめん……」

「いい加減、俺のパートナーであるという自覚を持て。じゃあな」


 そう言うとランスロットはさっさといなくなってしまった。一人残されたリタは苦笑したものの、ふと自分の体に見覚えのある上着があることに気づく。


(これ、ランスロットの……)


 まさか、風邪を引かないようにわざわざかけてくれたのだろうか。

 ぽかぽかと体温の残るそれを手繰り寄せながら、リタはとても幸せな気持ちになるのだった。





(……気づかれて、ないよな?)


 ランスロットは歩きながら、じっと自分の手を眺めた。

 その手に残る暖かさを意識すると、かあっと頬が熱くなる。


(しかしどうして俺は、あんなことを……)


 中庭のベンチでリタが寝ているところを、偶然発見した。

 どうせまた本の読みすぎで寝てしまったのだろうと近づくと、上着も着ていない無防備な状態だったため、つい自分の上着を着せてしまった。

 そこまでは良かったのだが――。


(さっさと立ち去れば良かったというのに……)


 くうくうと眠る彼女がリスか子ウサギのようで、ついその小さな頭を撫でてしまった。ふわふわとした髪が想像以上に柔らかく、しばらく手を乗せているとリタが突然目を覚ました――という次第だ。


「まったく……そこいらでほいほい寝ないよう、ちゃんと言っておく必要がありそうだ」


 眉間に皺を寄せ、ランスロットが「うむ」と頷く。

 冬の訪れを予感させる木枯らしが吹き、彼はひとり「くしゅん」と肩をすくめるのだった。



(了)


書籍版発売お礼ssでした!

明日ももう一つ更新します。

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