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最下位魔女の私が、何故か一位の騎士様に選ばれまして  作者: シロヒ
第一部

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第八章 2



「なっ⁉ えっ⁉ あ、愛っ⁉」

「そうだ。元々神に仕える身分であったこともあり、愛する女性は生涯ヴィクトリア様ただお一人だと心に誓っていたらしい。ただ思いを伝えるような気は毛頭なく、ただ後世に渡って永らく彼女を支えることが出来ればと」

「は、はあ……」

「それゆえ我がバートレット公爵家の人間は、生まれてすぐにヴィクトリア様のことを尊ぶよう徹底的に教え込まれる。偉業を讃え、その寛大なお心に感謝し、有事の時には身を挺してでも守り抜くよう教育されるんだ。まあ俺はそんなものがなくとも、自我が芽生えると同時にヴィクトリア様をお慕いしていたという自負があるが――」

(い、いやーー⁉)


 予期せぬ真実に、リタは思わず両頬を手で押さえた。


(しゅ、修道士様が? 私のことを、す、好きで⁉ だから結婚しなくて? 生涯私のことを思っていて、次の世代の子どもたちにもそのことを……。で、でも、あの頃修道士様からそんな感じなんて全然してな――)


 そこでふと、先ほどの夢を思い出した。

 冥王退治の旅の途中。

 焚火に照らされた彼から言われた、温かい言葉。


『……もし、ぼくなら、ずっと一緒にいた相手を選びます』

『だから自信を持ってください。あなたは優しくて、とても素敵な女性です』


(もしかして、あれって……)


 真っ赤になったリタは、耐え切れなくなり毛布を頭から被る。

 こうしてリタ――ヴィクトリアは、三百八十年越しの告白をようやく受け取ったのだった。



 数日後。

 公爵家での療養を終えたリタは、久しぶりに学園に顔を出した。

 正門を越えたところで、さっそくローラとアレクシスが出迎えてくれる。ローラは腕を広げ、軽々とリタを抱き上げた。


「リターっ! 無事で本当に良かったですー‼」

「ローラ……ちょっと苦しい、かも……」

「あああっ⁉ すみませんっ‼」


 リタの苦しげな声を聞き、ローラは慌てて抱擁を解く。

 大きな目を潤ませながら、しみじみと頷いた。


「でも本当に、本当に良かったです……。いつの間にかいなくなっちゃったから、すっごく心配していたんですよ」

「ごめんなさい。中庭の様子が気になって……」


 とそこで、向かいにいたアレクシスにちらりと目を向ける。

 眼鏡越しに視線がぶつかり、彼はいつものように穏やかに口を開いた。


「おかえり、リタ」

「アレクシス……」


 リタは「はっ」と目を見張ると、彼の腕を掴んでローラからささっと距離を取る。


「ちょっと、確認しておきたいんだけど」

「うん。何?」

「あ、あの時、その……ど、どこまで見た?」

「どこまでって?」

「ほら、冥獣が学園を襲ってきた時に、その、私が中庭で……」


 もじもじと指をこねるリタを前に、アレクシスは「ああ」と目を細めた。


「安心して。ランスロットには適当にごまかしておいたから」

「ご、ごまかしてって……」

「他の人にも絶対言わない。二人だけの秘密」


 意味ありげな回答に、リタはさあーっと青ざめる。


「も、もしかして、全部見てたの……?」

「さあ、どうだろう」

「ア、アレクシス~‼」


 彼の胸倉を摑み、ぐらぐらと激しく揺すぶる。

 アレクシスは「あはは」と軽く笑いながら、ずれた眼鏡を外した。


「ごめんごめん。でもこれくらいはハンデを貰わないとね」

「ハンデ⁉」

「だって、ぼくはまだ君の正式なパートナーになれてないからさ」

「えっ?」


 そう言うとアレクシスは顔をぐっとリタに寄せ、普段とは違う蠱惑的な微笑を浮かべた。

 眼鏡がないだけで、まるで別人のようだ。


「再選考、楽しみだな」

「ア、アレクシス……?」


 するとタイミングよく、授業の始まりを予告する鐘が聞こえてきた。


「リタ、そろそろ教室に行かないと」

「あ、うん!」

「今日は学期末の筆記試験だっけ。頑張ってね」


 いつの間にか眼鏡をかけていたアレクシスに見送られ、リタはローラのもとに戻る。二人で教室に向かう途中、ふと気になって尋ねてみた。


「アレクシスってさ、あの事件のあと、怪我とかしてなかった?」

「え? 特にそんな覚えはないけど……。次の日もいつもと変わらない感じだったし」

(……あの数の冥獣相手に、無傷だったってこと?)


 自分が場を任せてしまったとはいえ、おそらく大変な状況だったはずだ。

 それなのに平然と。

 まるで何ごともなかったかのように。


(アレクシスって……実は、すっごく強い?)


 こっそりと背後を振り返る。

 アレクシスはさっきと同じ位置に立ったまま、ひらひらと手を振っていた。




 教室に入ると、中にいた生徒たちが一斉にリタたちの方を見た。

 二人はさして気にすることなく、さっさと近くの席に座る。すると取り巻きに囲まれていたリーディアが立ち上がり、リタとローラの前に歩み出た。


「お久しぶりね、リタさん。なんだか大変だったそうじゃありませんの」

「ええ、まあ……」

「わたくしもあの時は、どうなることかと思いましたが……。やはりわが校の教師陣は優秀だったようですわね」

(やっぱり、秘密にされているんだ……)


 生徒たちをむやみに混乱に陥れないため、アニスが犯人だったことは秘匿されるらしい――とランスロットから事前に聞かされていた。

 そのためリタも、それに関することは口外しないよう固く緘口令を敷かれている。


(アニス……大丈夫なのかしら)


 ランスロットいわく、アニスは牢獄に捕らえられたあとも、しばらくは平然とした様子で過ごしていたらしい。だがその日の夜、突然頭を押さえて苦しみだしたかと思うと――翌日、これまでの記憶をあらかた失ってしまっていたという。

 歳で言うと十代後半くらいにまで退行しており、冥王教に入信した理由や『使徒』に選ばれた経緯、冥獣を生み出していた手段なども一切覚えていなかったそうだ。

 最初のうちは罪を逃れるための嘘だとされ、多くの専門家たちが彼女の精神状態を分析し、尋問を繰り返した。

 しかしやはり「本当にすべてを忘れている」としか思えない状態がいくつも確認され、彼女は今も自らの罪が分からないまま、拘留され続けているという。


(急にすべてを忘れるなんて……。まるで冥王の加護を失ったみたい……)


 アニスの問題を解決するにはまだまだ時間が必要だろう。

 だが少なくとも、冥獣を生み出していた『使徒』が捕らえられたという事実は、王国の人々に平和をもたらす、大きな第一歩となったのではないだろうか。


(それに記憶を失ってくれたおかげで、助かった部分もあるのよね……)


 複雑な心境のまま、リタはわずかに眉尻を下げる。

 実は騒動のあと、学園は「いったい誰が冥獣を倒したのか」でパニックになった。

 というのも、裏門で生徒たちを保護していた教師たちは状況を一切見ておらず、戦いに赴いていた騎士科教師と攻撃魔法系の魔女たちは、その戦闘前後の記憶だけぽっかりと欠落しているという異常事態に陥っていたためだ。


(まさか、こんな大変なことになってしまうとは……)


 原因は当然、リタが使った『時の精霊』の魔法である。

 だがそんな稀有な魔法を認知している者などいるはずもなく、中庭にいた一同は「冥獣に襲われたはずが、気づくと何もいなくなっていた」という狐につままれたような状態になってしまったのだ。

 その事実を聞いたリタは「自分がやりました」と正直に告白――

 などするはずがなく。


『ランスロットが心配で中庭に戻ろうとしたら、途中で偶然、アニスの犯行現場を目撃した。口封じに襲われかけたところを、逆に彼に助けてもらった』

――という嘘の証言をしてことなきをえたのである。

そのため誰が冥獣を倒したかについては、いまだ大きな謎のままとなっていた。


(だって正体がバレたら、せっかくの学園生活が終わっちゃいそうだし……。アレクシスがどこまで見ていたのかは気になるけど……)


 そんなことを考えているとは露知らず、リーディアは「ふんっ」と長い髪を掻き上げた。


「何はともあれ、無事で良かったですわ。ところで――」

「?」

「わ、わたくし、あなたたちに言わなければならないことが……」


 ぽかんとする二人の前で、顔を真っ赤にしたリーディアがようやく口を開いた。


「あ、あの時、助けてくださって、ありがとうございました……」

「リーディア……」

「で、でも! 勘違いしないでくださいませ⁉ わたくしはまだ、あなたをランスロット様のパートナーだと認めた訳ではありませんから‼ 今回のテストでもあなたに大きく差をつけて、後期の『再選考』では必ずやランスロット様に選んでいただけるよう――」


 すると教室に、テスト用紙を手にしたイザベラが現れた。


「静粛に。全員、試験用の席配置につきなさい」


 慌ただしく自分の席に着く。

 教壇に上がったイザベラが、いつものように眼鏡を押し上げた。



 

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