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最下位魔女の私が、何故か一位の騎士様に選ばれまして  作者: シロヒ
第一部

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第七章 6



「おそらく、あなたこそが彼らの言う、冥王の『使徒』なのではありませんか? あの特殊な飴を使って、動物や人間を冥獣に変えていた」

「…………」

「そして今回、第二王子が視察に訪れた機会を狙って――」


 だが言い終えるより早く、リタの全身を黒い帯のようなものが縛りあげた。うごめくそれは有機物のようにも見えるが、何で出来ているのか皆目見当もつかない。

 なにより――魔法で生み出されたものではなかった。


「……っ‼」

「ふふ、すごいでしょ? 冥王様のお力があると、こんなことも出来るのよ」


 黒い何かに絡めとられたまま、リタの足がゆっくりと屋根から離れていく。

 そのままリタを宙釣りにすると、アニスは小さく首を傾げた。


「ひとつ聞きたいんだけど、さっき中庭で、びっくりするような魔法を使ったのはあなた?」

「……っ」

「成績ビリの落ちこぼれだと思ってたのに、嘘ついてたんだ? ふぅーん……」


 アニスは歩み寄ると、縛り上げられているリタのローブから杖を抜き取った。

 しばらく確認していたが、やがて「ふふっ」と嗤笑する。


「良い杖ね。馬鹿みたいに高そうだわ。一年生どころか、そこらの魔女が持っていい代物じゃないのに――お金持ちのパートナーがいると楽でいいわね」

「……返、し……」

「いやあよ」


 バキッという音とともに、杖を真っ二つに折られる。

 バラバラになった杖の上下を、アニスはこともなげに地表へと放り投げた。


「優秀な騎士様に守られて、魔法の才能に恵まれて……いいわよね、選ばれた人たちは」

「…………」

「私は誰からも、何からも選ばれなかった。親からも見捨てられて、生きていくのもやっとだった。だから今度は、私が選んだのよ」

(……?)


 恍惚とした表情を浮かべたまま、アニスはさらに続ける。


「冥王様のお力があれば、魔力がなくても自由に魔法が使える。そのうえほら、こぉんな力だって――」

「……っ! がっ……!」


 ミシミシミシ、とリタの全身を取り巻く黒いものが強く締まる。

 肋骨と背骨が、全力で悲鳴を上げていた。


「ああ、そうそう。一つだけ訂正しておくわ。あなたたちにあげた飴は、単に冥獣化を促すものじゃないの」

「……?」

「あれはね、選抜の儀式。この世界で誰にも選ばれなかった、求められなかったかわいそうな人間を見つけ出して、最後の希望を与えてあげるのよ。もちろん、誰もが『使徒』になれるわけじゃないけど……あのローラって子は、すごく惜しかったわね」

(儀式……? 希望……?)


 問いただそうにもろくに口が開けず、酸欠と痛みで意識が混濁していく。

 やがてアニスが優しくリタの頬に触れた。


「あなたも口にしていたら、『使徒』になれたかもしれないのにね。まあでも安心して。すぐに冥王様のお膝元に送ってあげるから」

「…………」

「でもその前に、あなたの正体を調べないとね。下手をしたら『三賢人』クラス、いえ……もしかしたらあの伝説の魔女、ヴィクトリアという可能性も――」


 鋭くとがったアニスの黒い爪が、リタの皮膚にぷつりと食い込む。

 一条の赤い線が引かれ、溢れた血が真下につうっと垂れた。


「これは変身魔法? こんなになっても解けないなんて、本当に見事だわ。でもこうして顔の皮を剥いでいけば、さすがのあなたも限界がくるんじゃない?」

「……っ」

「さあ、早くあなたの素顔を見せて――」

(もう、だめ――)


 だが次の瞬間、二人の間に一陣の風がぶわっと吹き上げた。


「――っ!」


 驚いたアニスは後ろに跳躍し、すぐに体勢を立て直す。

 その間リタの足元で、ぶつんと何かが掻き切られるような音がした。

 自らを取り巻いていた黒いものが一斉に落ち、浮いていたリタの体が落下する。しかし屋根に叩きつけられることはなく、そのままたくましい両腕の中にぼすんと収まった。


「大丈夫か⁉」

「ランスロット、どうしてここに……」

「! 良かった、声が出るようになったんだな……」


 そこには、瓦礫の下敷きでボロボロになっていたはずのランスロットが立っていた。

 突如現れた闖入者に、アニスは苛立ちを露にする。


「ちょっと、邪魔しないでよ」

「お前は魔女科の……。その入れ墨、冥王教の手の者だな」

「そうよ。可愛らしい騎士見習いさん?」


 アニスが片腕を動かすと、彼女の足元にあった影から何体もの使い魔が出現する。

 授業で見たのと同じ狼型だが、今は獰猛に牙を剝いていた。


「リタ、俺の後ろにいろ!」


 次々と襲いかかってくる使い魔たちを。ランスロットは鮮やかに斬り払う。だがすぐに体が再生し、どんどん立ち位置が押されていく。

 それを眺めていたアニスが、ひょいと自身の杖を取り出した。


「二人相手はさすがにちょっと面倒ね。王子様誘拐にも失敗しちゃったし、もうこの学園に用はないかなー」

「おい! 逃げるな!」

「うふふ、我ら冥王様に栄えあれ――」


 アニスはそっと杖に腰かけ、黒い靄とともに浮き上がる。

 それを見たリタはまずいと唇を噛みしめた。


(このままだと逃げられる! でもあの高さまで飛ぶほどの力は――)


 時間を置いて多少回復したとはいえ、今の魔力では初心者向けの小さな魔法を発動させるのが限界だ。魔力調整用の杖も折られてしまった。


(この使い魔たちも放置できないし、いったいどうしたら……)


 そこでリタの脳裏に、ふとある記憶が甦った。


「ランスロット、あれをやろう!」

「は⁉」


 いきなりの指示にランスロットが困惑するも、リタは構わず詠唱を始める。


「土の精霊よ、彼の者の周りを覆い尽くせ!」

「!」


 屋根の一部が変化して、ランスロットの周りに土壁がそびえ立つ。

 使い魔もろとも封じ込められる形となり、アニスは上空からそれを見て無邪気に笑った。


「あらあら、大丈夫? 敵を閉じ込めたのはいいけど、大切なパートナーも中に取り残されちゃってるわよ?」

「いえ――これでいいんです」


 リタがにやっと口角を上げる。

 その瞬間――完全に閉じられていなかった土壁の上部から、ランスロットが勢いよく空に向かって飛び出してきた。おそらく内側の壁を蹴り上ってきたのだろう。

 以前の合同授業の時に見せた、ランスロットの身体能力なしでは不可能な技だ。


「逃がすかっ‼」

「――っ⁉」


 突然の奇襲に、アニスはすぐさま反撃しようとする。

 だがそれより一歩早く、ランスロットが彼女の乗っていた杖を摑んだ。

 二人分の体重に耐え切れず、杖はあっけなく浮力を失う。


(よし、これで――)


 しかし飛んでいた位置が悪かったのか――二人は屋根の上ではなく、その遥か下にある地面に向かって一直線に落下していく。この高さからではとても無事では済まないだろう。


「――っ!」


 リタは慌てて呪文を紡ごうとしたが、さっきの一回分でもう残りはない。

 やがて二人はすさまじい音を立てて、大地に直撃した。


「ランスロット……‼」


 リタは大急ぎで落下地点へと向かう。

 めくれ上がった地面と芝生が散乱しており、相当の衝撃であることが分かった。

 ようやく二人を発見するも、ランスロットはアニスの下敷きになる形で倒れ込んでいる。


「ランスロット! ランスロット……‼」


 ぴくりとも動かない彼を前に、リタは何度もその腕を揺さぶる。

 するとその直後、ぐったりしていたアニスの体がどさっと横向きに転がった。


「――‼」


 まさかまだ、とリタはすぐさま警戒する。

 だがアニスが目覚めることはなく、代わりにランスロットが小さく呻いた。


「っ……てぇー……」

「ランスロット……?」


 おそるおそる覗き込む。

 綺麗な銀髪を土まみれにしたランスロットが、仰向けのまま眉根を寄せていた。


「い、生きてる……」

「当たり前だ。接地の瞬間、剣を地面に突き刺して、衝撃を軽減させたのが効果あったな」

「は……?」


 その言葉通り、ランスロットの脇にはぐにゃりと曲がった長剣が突き刺さっていた。

 落下の途中で逆手に持ち替え、支え代わりに使ったようだが――


(身体能力、どうなってんの……)


 リタは呆れつつも、ようやく複雑な泣き笑いの表情を浮かべたのだった。





 しばらくして、騒ぎを聞きつけた教師たちが駆けつけてきた。

 先頭にいたイザベラは、満身創痍のリタとランスロット、そして冥王教の入れ墨が入ったアニスの姿を見て絶句している。


「あなたたち、いったい何を――」

「イザベラ先生、実は……」


 事情を説明し、アニスをこの騒動の犯人として引き渡した。

 だがいまだ混乱のただなかにあるのか、イザベラは「はあ」と嘆息を漏らす。


「とりあえず、あなた方には後日詳しい話を伺います。今はとりあえず、医療担当のもとに行って、適切な治療を受けてください」


 慌ただしく去ったイザベラを見送り、リタはランスロットともに歩き出した。

 やがてランスロットがぽつりとつぶやく。


「そういえば、ありがとな」

「えっ?」

「お前が俺を助けてくれたって。アレクシスから聞いた」

「あ、う、うん……」

(アレクシス、いったいどこまで言ったのかしら……)


 ドキドキしつつ、リタもまたランスロットに問い返す。


「ランスロットこそ、どうやって私があそこにいたって分かったの?」

「裏門に向かっていたところで、上から真っ二つになったお前の杖が落ちてきたんだ。それで」

「ごっ、ごめん、その……せっかく買ってくれたのに……」

「お前が無事なら、それでいい」


 さらりと口にし、ランスロットが小さく笑う。


「エドワードも無事だったらしい。お前にずいぶんと感謝していたそうだぞ」

「えっ……でも私、何もしてないのに……」

「先陣切って突っ込んでいった奴が謙遜するな。まったく、どうしてお前はそう無茶ばかりするのか……」

「はは……」


 そこで会話が途切れ、二人は黙々と歩き続ける。

 まもなく裏門に到着するという頃になって、ランスロットが「そういえば」と発した。


「声、出るようになったんだな」

「あ、うん。なんか気づいたら」

「魔法も」

「うん。みんなが色々助けてくれたおかげだよ」

「そうか。……良かった」


 心の底からの安堵を耳にし、リタはついランスロットの方を向く。

 すると彼もまたこちらを見ており、二人は目が合うと同時に笑いあった。


「ま、いつまでもあのままでいられたら困るしな。どれだけ成績が悪かろうと、お前はこの俺のパートナーなんだから」

「はいはい。そんなこと言って、本当は『自分のせいで魔法が使えなくなったのかも』なんて責任感じてたんじゃないのー?」

「馬鹿、そんなこと俺が思うわけないだろ」


 にやにやと鎌をかけるリタに対し、ランスロットはいつもの態度であっさりと答える。

 だがふと真面目な顔つきに戻ると、「リタ」とはっきり呼んだ。


「頑張ったな、お互い」


 そう言うとランスロットは、軽く握った拳を差し出した。

 まっすぐな視線を受け、リタもまた握った拳を彼の手にごつんとぶつける。


「うん!」


 胸の奥で、ずっとくすぶっていた炎がようやく消える。

 そして再度灯った新しい光に、リタは静かに思いを巡らせた。


(これが私の、本当に最後の人生――)


 今度こそ、後悔しないように生きたい。

 リタはそう強く心に誓うと、あらためて前を向く。


 しかしその瞬間――ぐにゃり、と目の前の世界が歪んだ。


(……あ、れ……?)

「――リタ⁉」


 いつの間にか、体が地面に倒れ込んでいる。

 ランスロットの必死な叫び声がするが、返事をしようにもまったく動けない。


(どうしちゃったの、私……)


 気づけば、力強い腕に横向きに抱き上げられていた。

 走り出す、その心地よい揺れを味わいながら――

 リタは静かに目を閉じるのだった。


 

 

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