第五章 6
(どうして勇者様がここに? まさか私と同じ若返りを――ううん、そんなはずない。だって私は間違いなく、棺に入った彼を見送っているもの……。でもどこからどう見ても同じ人だし、声だって――)
すると『勇者』がリタに向かって深々と頭を下げた。
「お初にお目にかかります。わたしはエドワード。一応、この国の第二王子をしております」
「第二、王子……」
そこでようやく、リタの頭の中で『殿下』という単語が結びつく。
(つまり……勇者様の、子孫……?)
「驚かせてしまい申し訳ございません。ですがこの男は私の親友でもありまして。びっくりするくらい堅物で、言葉遣いもぶっきらぼうではありますが、中身はとてもいい奴で――」
「殿下! おやめください!」
真っ赤になったランスロットが、エドワードの口を塞ごうとする。
そんな二人を前に、リタの心臓は今にも壊れそうなほど激しく拍動していた。
彼は王子だ。
勇者様じゃない。別人だ。
(そうよ……よく似てるけど、勇者様とは違う……。だって勇者様はずっと昔に亡くなって、もうこの世界のどこにも、いなくて――)
一緒に冥王を倒そう、と大きな手を差し出してくれた。
恐ろしい敵の攻撃から、何度もヴィクトリアを守ってくれた。
王女様と、世界一幸せな婚礼の日を迎えた。
年老いて息を引き取った彼を、王宮の片隅からひっそりと見送った。
(違う、私は――)
目の前がぐらぐらする。
喉の奥から苦いものが込み上げてくる。
意識を飛ばしそうになったリタは、急いで立ち上がった。
「すみません、ちょっと、用事を思い出しました」
「ヴィクトリア様?」
「失礼、します」
取り乱すランスロットを残し、リタは逃げるように四阿を出る。すぐさま後方に視覚遮断の魔法をかけると、続けて変身魔法を唱えた。
ヴィクトリアの姿で王子に会いたくない。
絶対。何があっても解けないように。
そのままローブから杖を取り出し、前方に投げ出した。
「お願い、私を学園に連れ帰って」
杖は「まかせろ!」とばかりにくるりと一回転し、リタの腰辺りへと浮かび上がる。
それに横乗りすると、リタはあっという間に空へと飛び上がるのだった。
・
・
・
その日の夜。
リタは夢を見ていた。
(勇者……様?)
大好きな勇者様がこちらに向かって手を振っている。
嬉しくなったリタは慌てて駆け寄ろうとしたのだが、そんな二人の間に割り込むようにして、綺麗な女性がふわっと姿を現した。
(王女様……)
可愛くて聡明で、誰からも愛されていたお姫様。
いっそ冷たくて、性格が悪ければ嫌いにもなれたのに――彼女は『魔女』であるリタにも、とても優しく接してくれた。本当に完璧な人だった。
(だからこそ、二人の幸せを祈れない自分が、余計にみじめで……)
勇者は王女の手を取ると、嬉しそうに目を細めた。
王女もまた幸せそうに微笑み返すのを見て、リタは思わずその場に立ち止まる。
二人が結ばれるのは必然だった。
仕方なかった。
(でも、私――)
リタはこくりと息を吞みこむと、胸いっぱいに空気を吸い込む。
そのまま口を大きく開けて、勇者に向かって叫んだ。
「勇者様!」
前にいた二人が、揃ってこちらを振り返る。
怖い。逃げたい。
でも、言わないと。
もう二度と――後悔したくないんだから。
「勇者様、実は、私――」
しかしその瞬間、リタの喉奥からすべての声が失われた。
何度発しようとしても、なんの音も出てこない。
(どうして⁉ 早く、早く言わないと――)
だがリタがどれだけ必死になっても、いっさい言葉にはならず――
いつしか二人はそっとリタに背を向けた。
「……! ……‼」
(待って! 行かないで! お願いだから、話を――)
声なき悲鳴を上げるリタを残し、二人は白く輝く先へと歩いていく。
光に包まれていくその姿に、リタは一人涙を流すのだった。
・
・
・
「――っ‼」
翌朝。
リタは学生寮にある、自分のベッドで目を覚ました。
(……そうか私、ランスロットの家から帰ってきて……。そのまま……)
疲れきった息を吐き出すと、乱れた前髪を掻き上げる。
勇者の夢を見たのなんて何十年ぶりだろう。
(きっと、第二王子と会ったからね……)
かつての勇者、そのままの姿をしたエドワード。
全然違う人間だと理解しているのだが、心が追いついてくれない。
(それにしても、ランスロットには申し訳ないことをしたわ。またどこかで、ヴィクトリアになって謝りに行かないと……)
鏡に映る小柄なリタの姿を確認したあと、すぐに変身魔法を解こうとする。
だが――
「……?」
声が出ない。
口を開き、もう一度喉奥に力を込める。
しかし何度試したところで、いっこうに音は生まれなかった。
(どうしよう……。声、出なくなってる……)
再び鏡に映る自身を見る。
その顔には、深い絶望の色がはっきりと浮かんでいた。





