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第五章 4



 自慢の、と冠するにふさわしく、たしかに素晴らしく手の込んだ庭園だった。

 丁寧に刈り込まれた庭木と芝生。遊歩道沿いには赤や白、黄色といった多彩な薔薇たちが植えられており、そこを歩く人の目を楽しませていた。

 道の終わりには立派な噴水――中央に伝説の魔女像らしきものが飾られている。


「あの噴水は、王都にある大噴水と同じ建築家にデザインさせたものです。ヴィクトリア様の像も忠実に再現してもらいました」

「す、すごいですね……」

「我が一族は、古くからヴィクトリア様をお慕いしておりますので」


 やがてランスロットは近くの四阿にリタを招き入れた。

 中に準備されていたのは、金で縁取りをされた白磁の茶器一式。ガラス製の花瓶に生けられた摘み立ての白薔薇。顔が映り込むまで磨き上げられた銀食器に、三段のタワー状に積まれたお菓子と軽食の盛り合わせ――


「本当はフルコースをふるまいたかったのですが、ヴィクトリア様のお時間がどれほどいただけるか分かりませんでしたので、シェフに頼んで簡単な食事とデザートを用意させていただきました。あっ、もし何かご希望がありましたらすぐに」

「い、いえ! 大丈夫です‼」


 ランスロットが慣れた様子で椅子を引き、リタはおずおずとそこに腰かける。


「今、お茶をお淹れします」

「あ、それなら自分で」

「とんでもない。ヴィクトリア様は、ただそこにいてくださるだけで十分です」


 あまり人がいない方が、というリタのアドバイスを覚えていたのだろう。世話を焼いてくれるメイドの姿はなく、ランスロットが一人で紅茶を準備していた。

 ソーサーに乗せられたそれを受け取り、一口カップを傾ける。


「お、おいしいです」

「本当ですか⁉ 良かった……」

「……でもちょっと意外でした。貴族の方は自分では淹れないと思っていたので」

「うちは始まりが平民のようなものなので、ある程度のことは一人で出来るよう色々仕込まれるんです。それに戦場でも、気分転換にお茶を飲むことがありますしね」

「へえ……」

「何か食べたいものがあれば、すぐにおっしゃってください。ぼくがお取りします」

「じゃ、じゃあ適当に……」

「はいっ!」


 まるで専属執事のようになったランスロットが、ウキウキと皿に盛りつけしていく。

 普段、リタが食堂で適当に食事を選んでいると「またそれだけか? いいからちゃんと栄養を取れ!」と無理やり皿に肉をのせてくるのとはえらい違いだ。

 完璧に取り分けられた皿を受け取り、リタは少しずつフォークを動かす。

 その間、ランスロットはじいっとこちらを凝視していた。


「…………」

「…………」

(すっごい食べにくいんですけど⁉)


 昨日まであれだけ「いったい当日は何を話そう」「聞きたいことが多すぎて整理しなければ」と息巻いていたランスロットはどこにいった。今が絶好の会話時ではないのか。 


「あ、あのー」

「はっ、はいっ⁉」

「そんなに見られると食べにくいので、一緒に食べませんか?」

「――っ、し、失礼いたしました!」


 ランスロットは耳の端まで真っ赤にした状態で、慌ただしく軽食を皿に取る。かと思えば次から次へと口に運んでいき、その勢いの良さにリタは目を丸くした。


(きょ、極端な……)


 やがてランスロットが「げほっ」と喉を詰まらせる。


「だ、大丈夫ですか⁉」

「す、すみません、お見苦しいところを……げほっ! も、申し訳なく……」

「いいからお茶を飲んでください!」


 ランスロットの前に置かれていたカップを手に取り、すばやく彼に渡す。ごくごくっと飲み干したあと、ランスロットは赤面したまま口元を手で覆った。


「あ、ありがとうございます……」

「そんなに急がなくても大丈夫ですよ。どうか落ち着いてください」

「は、はい……」


 情けないところを見られたのがよほど恥ずかしかったのか、ランスロットはばつが悪そうな面持ちでわずかに俯く。

 それを見たリタは、思わず「ふふっ」と笑ってしまった。


「ヴィ、ヴィクトリア様?」

「あ、いえ……ふふっ……なんか、可愛いなって」

「――っ⁉」


 いつもの俺様な彼からは考えられない言動の数々に、リタはつい本音が抑えられなくなってしまった。

一方そんなこととは知らないランスロットは、おろおろと動揺するばかりだ。


「かっ、可愛いとは、どういう意味ですか⁉」

「ごめんなさい。からかっているつもりはないんだけど」

「ヴィクトリア様からのお言葉でしたら、どれもありがたく頂戴したいところですが……。ぼくも一応、騎士を目指す一人の男ですので……」


 それ以上は強く言えず、ランスロットはむむむと口元を複雑に歪める。

 リタはそんな彼を見て、もう一度小さく微笑んだ。


「そういえば、今は騎士候補として頑張っているのよね」

「は、はい!」

「学園生活はどう?」


 ちょっとした好奇心もあり、リタはランスロットに尋ねる。

 彼は熟考したあと、やや緊張した様子で語り始めた。


「思っていたよりは簡単なカリキュラムが多いですが、同じ学園に通う魔女候補とパートナーになって課題をこなす取り組みは、とても有意義だと感じています」

「あら、そうなの?」

「はい。彼女たちの力は戦術を多彩にし、勝利の確率を大幅に上げてくれます。それを学生の時分から体得できるということは、騎士として非常に有益なことです。もちろんこれらはすべて、勇者を陰ながら支え続けたという、ヴィクトリア様のご偉業あってのことですが……」

(うっ……隙あらば賛美してくる……)


 だがふと気になったリタは、それとなく続きを促した。


「パートナーの魔女候補がいるのね。その子とはどんな感じなの?」

「どんな、とは?」

「出来が悪くてイライラしてるとか、頼りないから本当はパートナー解消したいーとか……」

「…………」


 だがランスロットはそれらの問いかけに乗ることなく、はっきりと口にした。


「いえ、そう言ったことは考えたこともありません」

「そ、そうなの?」

「はい。彼女(リタ)はとても優秀な……あ、いえ、ヴィクトリア様にはとても及びませんが――素晴らしい魔女候補だと思います」


 今度はリタが真っ赤になる番だった。


「す、素晴らしいって、どういう……」

「まず何より努力家です。入学当初、あまり魔法について詳しくないようでしたが……学園生活を送り始めてから、彼女は毎日図書館で夜遅くまで勉強しています」

(な、なんでそれを……!)


 まさかランスロットに見られていたとは。


「あとは……そうですね。誰に対しても態度が変わらないところに好感が持てます」

「態度が変わらない?」

「はい。……お恥ずかしい話、ぼくは今まで人から距離を取られるか、媚びへつらわれるかのどちらかしか体験してきませんでした。でも彼女は、まるで普通の友人のように接してくれる。だから他の人には言えないことも、彼女にだけはつい話してしまうんです」

「…………」


 苦笑しながらの彼の言葉に、リタは思わず唇を引き結んだ。


(そういえばリーディアが言ってた……)


 ランスロットは名家の出身で、王子様とも知り合いのすごい御方なのだと。リタのような庶民では、本来口も聞けない相手なのかもしれない。

 実際、クラスメイトたちも遠巻きに見るだけで、最初のリーディア以外、ランスロットに声をかけようとする子はいなかった。


(それに成績一位っていうのも、要はそれだけの人の上に立つってことだし……)


 もちろん、彼の努力を素直に讃える人もあるだろう。

 だが当然、そんな純粋な人間ばかりではなく――きっと中には優秀なランスロットをやっかむ生徒や、家柄だけで評価されているとうそぶく者もいたはずだ。

 逆に、その恩恵にあずかろうとする輩も――


(だからランスロットは、私に親切だったのかな……)


 リタが「最下位」だと馬鹿にされていた時も、彼だけは一貫した態度で接してくれた。

 元々の性格ゆえだと思っていたが、もしかしたら成績や家柄といった評価で周囲の見る目が変わってしまうことを、彼自身が痛感していたのかもしれない。

 上に立つ人間の孤独と、傲慢さ。

 ああ、だから――


「だからあなたは、わざわざ成績最下位のリタを選んだのね」

「えっ?」

「あ、ええと、リタから聞いたの。自分は一年生の中でいちばん成績が悪いって。だから指名されたんだって――」

「あいつ……」


 ランスロットはしばし微妙な顔をしたあと、「はあ」と小さく息をついた。


「誤解なさらないでください。学園の成績など大した意味はありません。どんな相手と組むか、どんな戦い方をするか。それこそが肝要であって、どれほど優秀な魔女候補と組んだところで、相手の力を引き出せなければそれは『騎士』として失格です」

「は、はあ……」

「ですからぼくは、自分が真に『騎士』としての研鑽を積めるよう、あえて成績が最下位の相手を選んだ――」


 とリタには言っています、とランスロットが曖昧に言葉を終える。


「……? 『言っています』って……今説明してくれたことが理由じゃないの?」

「そ、それは……」


 突如言いよどんだランスロットに対し、リタはじっと視線を向ける。

 憧れのヴィクトリアを前にして限界だったのか、ランスロットはお手上げとばかりに片手で顔を覆い隠した。



 

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