第四章 5
「あれは騎士側の采配ミスだな」
「えっ?」
「あの魔女候補の使う魔法は、今回の敵と相性が悪かった。敵の周囲を火焔で取り囲むか、剣に炎を付与効果させればまだ勝機はあったかもしれんが」
「なるほど……」
さすが、騎士科一位というのは伊達ではないらしい。
リタがひとしきり感心していると、突然背後から「あの!」と声をかけられる。
「す、すみません、お話し中……」
「アレクシス! どうしたの?」
「こ、この次の次くらいが、僕の番なんだけど、その……良かったらリタに、手伝ってもらえないかって……」
相変わらずおどおどした様子のアレクシスに苦笑しつつ、リタはすぐに快諾する。
「もちろん。頑張りましょう!」
「う、うん!」
ランスロットを見学席に残し、アレクシスとともに二回目の開始位置につく。再戦となるリタは、あらためて敵の捕らえ方を考えた。
(さっきは跳躍力を低く見積もっていた。でも最初から上まで覆ってしまうと、剣での攻撃手段がなくなる。なら――)
担任の野太い「始め!」の合図に合わせ、リタはすばやく杖を構える。
「――土の精霊よ、彼の者を取り囲め」
一戦目と同様、獣の周囲に分厚い土壁がせり上がる。
獣もまた慣れた様子で、飛び上がる予備動作を見せた――そのタイミングを見計らって、リタは新たな魔法を重ねる。
「――草の精霊よ、彼の者を縛り上げよ!」
地面から生えた植物のつたが、みるみるうちに獣の体に絡みつく。跳躍している間はそれ以上移動出来ない――それを狙っての二段階捕獲だ。
「アレクシス!」
「う、うん!」
リタの叫びに背中を押されるようにして、アレクシスが植物のつたごと獣を叩き切る。獣はあっという間に光の粒となり、背後で「合格!」という声が響いた。
「や……やった! ありがとう、リタ……!」
「どういたしまして。アレクシスも迷いない太刀筋だったと思うわ」
「リタが敵を捕まえてくれたからだよ。やっぱりすごいな……」
「そ、それほどでも……」
うっとりと尊敬のまなざしを送ってくるアレクシスに、リタは照れたように頬を掻く。そこにイザベラが訪れ、リタの魔法を素直に評価した。
「リタ・カルヴァン。実に素晴らしい魔法構成でした」
「あ、ありがとうございます!」
「その杖はあなたにとても合っているようですね。今後の授業でも期待していますよ」
「は、はい……!」
珍しくイザベラに褒められ、リタは思わず顔を赤くする。
意気揚々とランスロットのもとに戻ってきたところで、ローラたちがいなくなっていることに気づいた。
「あれ、あそこにいた二人は?」
「少し前にどこかに移動したぞ。反省会じゃないのか?」
「反省会……」
確かに、他にも何組か姿を消しているペアはある。
だが妙な胸騒ぎを覚えたリタは、ランスロットに背を向けた。
「ごめん、ちょっと探してきていい?」
「なぜだ?」
「ちょっと気になって……すぐ戻るから!」
するとランスロットは、ふむ、と顎に手を添えた。
「なら俺も行こう」
「えっ」
「どうせあとは見ているだけだ。多少席を外していても成績に差はつくまい」
「そりゃそうだろうけど……」
言い争っている時間も惜しく、リタはランスロットとともにローラたちを探す。
学習棟、実習棟、学生寮――と回っていたところで、ようやく裏庭にいる彼らを発見した。しかしどこか様子がおかしい。
「――おい、どうしてくれんだよ‼」
「ご、ごめんなさい! 次は……ちゃんと……」
「うるせえ‼」
(――‼)
その瞬間、男子生徒はローラの頬を平手で殴りつけた。
ローラはよろめき、近くにあった壁にどんっと叩きつけられる。
「なっ⁉ えっ⁉」
「あれは……ローデル子爵家の次男だな」
突然のことに取り乱すリタとは対照的に、ランスロットは静かに状況を分析する。物陰から見られているとは気づかないまま、男子生徒はなおもローラを叱り飛ばした。
「まだ殴られ足りないか? あ? 今までにも散々指導してやったのによお!」
(指導って……まさか……)
毎日のように増えていたローラの傷。
てっきり魔法の練習で付いたものだと思っていたのだが――もしや彼の暴力で出来たものだったのか。
どうしよう、とリタが動揺していると、隣にいたランスロットが剣の柄に手をかける。
「――よし、ヤるか」
「えっ⁉ さささ、さすがにそれは犯罪では」
「馬鹿、殺すとは言ってない。ちょっと制裁をくわえるだけだ」
(めちゃくちゃ怒ってるー!)
一見冷静に見えていたランスロットだったが、『騎士』としての逆鱗に触れたのだろう。今にも白手袋を叩きつけ、決闘を申し込みそうな形相で男子生徒を睨んでいる。
(でも確かに、このまま見過ごすわけにはいかない……)
リタは覚悟を決め、声をかけようと一歩を踏み出す。
だが次の瞬間――俯いていたローラが突如顔を上げ、男子生徒の手首を摑んだ。
「なっ、何を――いたたたたたっ⁉」
「…………」
そのまま男子生徒の腕を捻り上げる。
男子生徒は必死にローラを引き剥がそうとしたが、いっこうに振りほどけない。
「やっ、やめろ! 折れる――」
「…………」
「ローラ⁉ さ、さすがにそれ以上は……」
慌てて飛び出した二人だったが、ローラはなおも離そうとしない。
リタが駆け寄り、その腕を摑もうとすると「うるさい!」と乱暴に追い払われた。
「ロ、ローラ……?」
「うるさい、うるさい、うるさいっ……! もうみんな、だいっ嫌い……‼」
気が動転しているのか、あろうことかローラはリタに向かって拳を振り上げてくる。
(まずい、防御を――)
しかしリタが呪文を紡ぐより早く、間に入ったランスロットがそれを受け止めた。
「おい。怒りたい気持ちは分かるが、少し落ち着け」
「う……るさいっ!」
ローラはそのまま足を高く蹴り上げる。
ランスロットはすぐに対応しようとしたが、わずかに遅れが出てしまった。その隙をついてローラはなおも攻撃を続ける。
(ローラ……本当に魔女⁉)
蹴り技から、上体を振りかぶっての力強いパンチ。
しなやかな体の動きは魔女というより、剣を持たずに戦う『武装修道士』のようだ。
そのうえ――
(何あれ……? 全身から、黒い靄みたいな……)
冥王、冥獣――
彼らに共通する不自然な黒い霧が、ローラの全身からわずかに立ち上っていた。
(まさか冥獣? でもどうして人の体から――)
だが迷っている間も、ローラは猛撃の手を止めようとしない。
防戦一方になっているランスロットの姿を見て、リタは脳内回路をフル稼働させた。
(とりあえずローラを止めないと――)
しかしリタが迷っている間に、ローラは何ごとかをぶつぶつ唱え始めた。直後、彼女の両手から真っ赤な炎が立ち上る。
(拳に直接炎を⁉ そ、そんなことしたら後で大変なことに――)
さすがのランスロットも仰天したらしく、「おい!」とリタに向かって叫んだ。