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第四章 2



「初めての出会いは三歳の頃、実家の書庫で見つけた勇者の物語だった。そこで彼を助けたという伝説の魔女の存在を知り、俺は一目ぼれをした」

「一目ぼれ……」

「それからはありとあらゆる文献を読み解き、肖像画や彫刻を収集し、彼女がこの世に生きていたらどんなお姿であるかを徹底的に分析した。あの時、ひと目でヴィクトリア様だと判断出来たのはそのためだ」

「は、はあ……」

「同時に、日々の鍛錬も欠かさなかった。いつか伝説の魔女・ヴィクトリア様とお会い出来た時、ともに生きることを許されるくらいの騎士になりたい――と思ったんだ。いわば俺はあの方の隣に立つために、騎士を目指していると言えるだろう」

(重っ……)


 想像以上のヴィクトリアへの愛を目の当たりにし、リタは思わず身震いする。

 ランスロットはその後も、ヴィクトリアに関する逸話や彼女のどこが素敵で、何がどう素晴らしいのかを事細かに――それはもう恥ずかしくなるくらい、真剣に説明してくれた。


「こうして伝説の魔女・ヴィクトリア様は、元勇者であった陛下に別れを告げられたあと、ご自分が暮らしておられた森へと戻られ――」

「も、もう充分だから! 充分分かったから‼」

「そうか? まだ半分くらいだが……」

(これ以上聞いてたら、恥ずかしくて私がどうにかなる!)


 鎮まらない心臓をどうどうと宥めると、リタは慎重に口を開いた。


「と、とにかく! それくらい伝説の魔女のことが、す、好きだと……」

「ああ、好きだ。大好きだ。愛している。俺のすべてを懸けても守り抜きたい」

(ぎゃーっ‼)


 まさか当のヴィクトリア本人を前にしているとは露知らず、ランスロットは真剣に愛の言葉を畳みかけてくる。なんでこっちがダメージを受けねばならんのだ。


(まあ、出会っていきなりプロポーズするくらいだから、本気なんだろうけど……)


 傲慢で、俺様で。

 誰に対しても臆することなくずばずば発言する。

 彼らしいといえば実に彼らしい。

 だが――


(……私はもう、愛とか恋とかに振り回されたくないのよ……)


 勇者と、その隣で微笑む王女の姿を思い出す。

 二人の婚礼を、王宮の隅から眺めることしか出来なかった自分。

 あの時は本当に――惨めだった。


「…………」


 ここでほだされるわけにはいかないと、リタは静かに口を開いた。


「ランスロットの気持ちは分かるけど……。でも、そのヴィクトリア様自身が『自分のことは黙っていてくれ』と言っていたんだし」

「…………」

「無理に所在を突き止めようとはせず、放っておくのも優しさじゃないかな……」


 まっとうなリタの意見に、ランスロットはわずかに目を見張った。

 しかしすぐに弱々しい声で答える。


「……そう、だよな」

「相手はほら、伝説の魔女なんですから。今もどこかにいるかもしれない、くらいがちょうどいいんじゃないですかね。多分」


 今まさに目の前にいるけど、という言葉を呑み込み、リタはランスロットを説得する。彼はしばらく不満そうにしていたが、やがて「はあ」と小さく息を吐き出した。


「確かに……そうかもしれないな」

(よしよし……)


 なんとか正体を探られることは避けられそうだ、とほっと胸を撫で下ろす。だがランスロットはしばし考え込んだあと、しごく真面目な顔でリタに尋ねた。


「もしも……もしもなんだが」

「はい?」

「確かにあの時は、偶然だったのかもしれない。だがもしも――もう一度、俺の前にヴィクトリア様が現れてくださった時は、それはもう『運命』と捉えても差し支えないよな?」

「はは……」

(この人の前では、絶対に変身魔法解かないようにしよう……)


 頬を染め、真剣な顔つきで拳を握りしめるランスロットを前に、リタは開いた口が塞がらないのだった。


 



 ランスロットと別れ、昼休み。

 食堂で簡単な昼食をとったリタは、その足で図書館へと赴いた。


(あまり大した情報はなさそうね……)


 探しているのは『冥獣』について。

 だがまだ研究が進んでいないのか、書かれている本はほとんどなかった。


(外見が大幅に異なることから、特定の種が特殊な進化を遂げたというわけではない……。それに絶命と同時に黒い砂化する……あれは間違いなく、冥王に属するものの特徴だった。でも冥王が滅んでから三百八十年も経つというのに、今さらその残党が残っているものかしら?)


 うーん、と体の前で腕を組む。

 少し頭を使いすぎた、とリタは制服のポケットに手を伸ばした。


(たしか、アニス先生に貰った飴が……)


 しかし上着にもスカートにもそれらしき手触りがない。


「な、失くした……」


 どこで、と言われたら、おそらくランスロットと王都に出た時だろう。店で一度制服を脱いだし、そのあとも冥獣騒ぎやらでそれどころではなかった。


(せっかく先生がくれたやつだったのに……)


 すみません、と心の中で謝罪しながらそっと手元の本を閉じる。タイミングよく午後の授業の始まりを告げる鐘がなり、リタは急いで立ち上がった。




 午後の授業は、実習棟での実技講習だ。

 実技の時には怪我を防ぐため、生徒たちは全員制服の上から専用のローブを羽織る。もちろん教師であるイザベラとアニスも同様だ。

 イザベラが教壇に立ち、いつものように眼鏡を押し上げた。


「今日は最初の実技ということで、精霊との契約について学んでいきましょう」


 教科書四ページ、という指示のもと、一斉に本をめくる音がする。そこには『精霊とは』という見出しが書かれていた。


「我々魔女には、精霊の存在が必要不可欠です。なぜならすべての魔法は、精霊たちの力を借りて起こすものだからです」


 カツカツ、とイザベラが黒板に白墨を滑らせる。

 一方アニスは、受講する生徒たちの様子を一歩離れた位置から見守っていた。


「精霊たちにはそれぞれ属性があります。主なところでは火、水、風、土……希少な精霊として雷、冷気、光、闇、鏡、時間、空間といったものも確認されています。ただし時間と空間の精霊に関してはあくまでも伝承レベルで、契約したという魔女の記録はいまだありません」

「…………」


 リタは口を閉じたまま、もくもくと板書を書き写す。

 静まり返った教室の中、イザベラの通る声だけがよく響いた。


「そもそも精霊との契約自体、容易なことではありません。その精霊を目視できる魔力感度の良さ、並びに精霊発声法、交渉スキル、対価の設定など――熟練の魔女でも、生涯に一体の精霊を従えることができれば優秀、と言われる程です」

「でも先生、三賢人はそれぞれ二体の精霊と契約しているって聞きましたけど」

「噂ではそのように言われていますね。真偽は確かではありませんが、確かにあの方たちくらいの実力があれば、それも可能なのかもしれません」


 へえーっという声のあと、リタの斜め前に座っていた生徒がひそひそと口を開く。


「じゃあさ、あの伝説の魔女とかだったら、めちゃくちゃ契約していたりするのかな?」

「そりゃーしてるでしょ。精霊を奴隷みたいに扱ってたりして」

「…………」


 心なしか顔をこわばらせつつ、リタはなおも講義に集中する。


「そのため、我々普通の魔女が魔法を行使する際は、一時的に精霊の力を借りる――という方法をとります。詠唱で指示を出し、魔力を対価に技を発動する。そこで人間にも好き嫌いがあるように、精霊も我々に対しての『相性』というものがあります」


 すると脇にいたアニスが、複雑な魔法陣が縫い取られた黒い布を取り出した。それを前にイザベラが説明する。


「これは、あなたたちがどの精霊と相性がいいかを判別する『レインガーテの証』という道具です。今日はこれを使って、相性のいい精霊を調べてもらいます」

「……!」

「相性のいい精霊が分かれば、おのずと習得すべき魔力の系統も絞られてくるはずです。それではリーディア・プライスト、前へ」

「はい」


 名前を呼ばれたリーディアは堂々と立ち上がると、優雅な仕草で壇上へと向かった。


「この陣の上に両手を掲げ、魔力を集中させなさい」

「大丈夫ですわ、先生。これでしたら、すでに経験がありましてよ」


 リーディアが自信満々に「ふっ」と片笑む。

 その瞬間、魔法陣の上に小さな水球――そして、わずかな雪の結晶が舞い飛んだ。



 

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