第三章 7
「雷の精霊よ、我が声を聞き、我が願いに応じよ――」
冥獣がいる場所を中心に、青色に輝く魔法陣が地面に浮かび上がる。
違和感を覚えたターゲットが飛び立とうとした一瞬を狙って、リタは高速で詠唱した。
「天翔ける獅子の鉄槌、雷砰、彼の身を撃ち砕け、靂――」
限界を迎えた量産型の杖が、ばきっと音を立ててあっけなく割れる。
次の瞬間――青白い巨大な雷が冥獣の頭を直撃した。
ギャアア、という断末魔を上げながら、冥獣は大きく後ろにのけぞる。
「……っ!」
冥獣はゆっくりくずおれると、黒い砂のようになってサアっと掻き消えた。
その終幕を見守っていたリタはこくりと息を吞む。
(やっぱり……冥王たちと同じ……)
かつて倒してきた敵の最期を思い出しながら、リタは安堵の息を吐き出した。今なお残る粉塵と、落雷の焦げ臭さで目と喉がひりひりする。
(ランスロットは? 早く探さないと――)
すると突然、脇からがしっと手首を摑まれた。
「なっ⁉」
「――失礼、今の魔法はあなたが?」
(こ、この声って……)
リタはおそるおそる顔を上げる。
そこに立っていたのはランスロットだった。
「良かった、無事だった――」
「本当にありがとうございます。あなたがいて下さらなかったら、ぼくはとても無事ではいられなかったでしょう」
「へ?」
気持ち悪いほど丁寧な言葉遣いに、リタは思わず変な声を出してしまう。ランスロットはそのままリタの手を取ると、自身の両手で包み込むようにして握りしめた。
「ところで、一つお伺いしたいのですが」
「……?」
「もしやあなたは伝説の魔女――ヴィクトリア様ではありませんか?」
「――‼」
いきなり正体を言い当てられ、リタはびくっと飛び上がった。
(ど、どういうこと⁉ どうしていきなり私がヴィクトリアだと――)
リタはそこでようやく、自身の体を見下ろす。
制服のブラウスを押し上げる豊かな胸。足首まであったスカートはずいぶんと丈が上がっており、そこからすらりとした両足が伸びていた。両肩には黒くまっすぐな髪がかかっている。
(待って⁉ もしかして私――)
久しぶりに大規模魔法を使ったから、すっかりそちらに意識が向いてしまったか。
かけていた変身魔法が、何かのはずみで解けてしまったらしい。
「ひ、ひ、人違いで……」
「いいえ。ぼくの目はごまかされません。夏の夜空を思わせる美しい黒髪。稀有な宝石のように澄みきった青い瞳。そして何より冥獣を一撃で倒すことのできる、あの圧倒的な魔法の力――あなた様こそ、伝説の魔女様に他なりません!」
(ひ、ひいいいー‼)
逃げようにも、ランスロットが手をがっしりと掴んでいるので振りほどけない。
どう言い訳しよう、とリタが思考回路をフル稼働させていると、やがてランスロットがその場に恭しくひざまずいた。
「出会って早々こんなことを申し上げるのは、大変失礼なことだと分かっているのですが――」
「え、えっと、あの……」
(ま、まずい……‼)
退学。
王都召還。
文官たちの前に連れていかれ、朝から晩まで働かされる――
そんな最悪の想像をしていたリタに向けて、ランスロットははっきりと告げた。
「どうかぼくと――結婚していただけないでしょうか‼」
「なんで⁉」
どこか遠くで、夜の始まりを告げる鐘の音がカラーンと鳴り響いた。