書籍版発売お礼ss④:ランスロットの憂鬱
それはリタがランスロットへの恋心を自覚してから、しばらく経った頃。
「これって……?」
実行委員会がないある日の午後。
久し振りに図書館で本を読んでいたリタは、少し離れていたうちに書見台の上に置かれていたものを見て目をしばたたかせた。
それは薄い手紙。封筒の表面には「リタ・カルヴァン様」と書かれており、リタは何も考えずに中に入っていた便箋を取り出す。
そこで「はっ」と目を見開いた。
(まさか……)
バタバタと慌ただしく荷物を片付け、足早に図書館をあとにする。だが回廊に足を踏み入れたところで、どすっと誰かにぶつかった。
「ご、ごめんなさい――あっ⁉」
「リタ、どうしたんだ。そんなに急いで」
顔を上げるとそこにはランスロットが立っており、リタは顔を真っ赤にしたままじりじりと後ずさった。
「な、なんでもないの! それじゃ――」
あはは、とごまかし笑いしながらリタは立ち去ろうとする。だかそんなリタの目の前で、ランスロットが床に落ちていた封筒と便箋をひょいと拾い上げた。
「あ、おい。忘れ物で――」
「‼」
その瞬間、リタは目にも止まらぬ速さでそれを奪い取った。ランスロットが驚きに目を見張るのも構わず、何かが書かれたそれを必死に隠す。
「あ、ありがと! それじゃ!」
「リタ、ちょっと待――」
ランスロットの制止も聞かず、リタはあっという間にいなくなってしまった。一人取り残されたランスロットはしばし押し黙ったあと、深刻な顔で自身の口元に手を添える
(あれって……まさか……)
数分後。リタはぜいはあと息を切らせながら自分の部屋へと戻ってきた。荷物を置き、隠し持っていた手紙をあらためて広げる。
「ど、どうしよう……見られてないよね?」
先ほど貰った手紙。その便箋には綺麗な文字で『今日の四時、学習棟の裏でお待ちしております』とはっきり記されている。
(これって……ラブレター?)
いったい誰が、と考えるがそれらしき心当たりはまったくない。いやもしかしたら、ランスロットファンの女の子がパートナーであるリタが調子に乗らないよう釘を刺しに来たのかもしれない。それであれば何度か経験がある。
とりあえずもうすぐ四時になってしまう――とリタはまたも慌てて外へ向かった。
ほどなくして、学習棟の裏に到着する。
普段から人気のないそこには誰の姿もなく、リタはなんとなくほっと胸を撫で下ろした。だかすぐに背後から「リタ先輩ですか?」と声をかけられた。
「は、はい……」
「良かった。手紙、呼んでくれたんですね」
そこにいたのは騎士科一年の男子生徒だった。背はローラと同じくらいと男子にしては小柄で、くりんとした目の可愛らしい顔立ちをしている。
「あ、あなたが手紙をくれたの?」
「はい。どうしてもリタ先輩と話がしたくて」
(ど、どうしよう……)
まさか本当にラブレターだったなんて、とリタはいよいよ頭の中が真っ白になる。だがどう言われようとランスロットが好きな気持ちは変わらない。
どきん、どきんとリタの心臓が大きく拍打つ。やがて男子生徒が顔を真っ赤にして頭を下げた。
「あの、リタ先輩! ぼく――」
「ごめんなさい‼」
被せ気味にしてリタがお断りの意志を示す。男子生徒はぽかんとしていたが、すぐに小さく首を傾げた。
「えっと……」
「気持ちは嬉しいけど、私――」
すると何かを察した男子生徒が突然「あっ」と小さく声を上げた。
「す、すみません! そ、そういうつもりじゃなくて」
「……?」
「実はぼく、ランスロット先輩の大ファンで! で、リタ先輩パートナーですよね? 何かランスロット先輩が好きなものとか、かっこよかった話とか教えてもらえたらなって……」
「ランスロット、の……」
(やっぱりそっち……よね……)
女子のみならず男子生徒からも人気があるなんて、さすが軍神エルディスの化身とまで謳われた男。
これまでに邂逅したランスロットのファンたちのことを思い出し、リタはがっくりと肩を落としたのだった。
男子生徒と別れ、リタが学生寮に戻ろうとしたその時、学習棟の陰にいたランスロットと突如遭遇した。
「びっ……くりした。いつからここに?」
「偶然通りがかっただけだ。お前こそ、こんなところで何してたんだ?」
「な、なんでもない!」
まさかラブレターかと思ってのこのこ会いにきたら、ランスロットのエピソードをしこたま語らされたなんて口が裂けても言いたくない。
「そうか。どうでもいいが、明日はまた実行委員会だから遅れるなよ」
「はーい……」
それだけ言うとランスロットはさっさといなくなってしまった。リタもまた歩き出そうとしたところで、ふと自身の背後を振り返る。
(偶然通りがかったって……何しに?)
奥には学習棟があるだけの行き止まりでどこかに通り抜ける道もない。いったいランスロットは何をしにこんな所までやって来たのだろうか。
(ま、いっか。久しぶりに話せたし……)
なにげないランスロットとのやりとりを思い出し、リタは幸せを噛みしめるのだった。
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学習棟に背を向けて歩いていたランスロットは、一人ほっと胸を撫でおろした。
(良かった……)
偶然目にしてしまったリタ宛ての手紙。
中身を見たという訳にも行かず、しかしラブレターだったらと思うと矢も楯もたまらず、相手がどんな男かを確かめるべくこうしてこそこそと現場を見に来てしまった。我ながら情けない。
(だが今後、本当に告白ということもあるわけで……)
そのたびに自分が出向き、リタにふさわしい男がどうか判断するつもりなのか。この――自分の気持ちに蓋をし続けたままで。
「俺は……」
本当は、リタに好きだと伝えたい。
だがそれをすれば今の関係が壊れてしまうかもしれない――。
どうしようないジレンマを抱えたまま、ランスロットは自身の胸元をぐっと握りしめるのだった。
(了)
書籍3巻発売お礼ssでした!
なろうにはない書き下ろしもいっぱい書きましたので、ぜひ本でも手に取ってもらえたら嬉しいです。





