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第五章 12



『…………』


 長い沈黙のあと、レティーリアは渋々といった風に発した。


『それ、ほんき?』

『ええ』

『お姉さんの命なんかじゃ足りない。あとかたも(・・・・・)なくなっちゃう(・・・・・・・)けど、いいの?』


 愛らしい声から紡がれる恐ろしい言葉に、リタはゆっくりとうなずく。レティ―リアの声はそこから再びしなくなり――次に聞こえてきたのは驚くほど低い男性の声だった。


『そこまで覚悟しているんなら、何が必要かもう君には分かっているはずだろう』

『…………』

『なら余すところなくすべて差し出せ。もし本当に、自分と世界を天秤にかけるのなら』

「分かっているわ……」


 最後の一言は自分自身に向けたものだった。

 ふうーっと大きく息を吐き出すと、リタはその精霊と初めて出会った日のことを思い出しながら、優しく名前を呼んだ。


『炎の精霊、アルバンテール』

『……ここにいるぜ』

『小さい頃、森に捨てられていた私を夜通し温めてくれたのはあなただったわね。おかげで私は火というものがあまり怖くなくなった。冥王との戦いの時もいちばん活躍してくれたわね。……今まで、本当にありがとう』

『ヴィクトリア? いきなりどうして――』

『私との契約を今後、永久に解除してほしいの』


 リタの鼻先に赤い光が慌ただしく舞い降りる。


『どうしてだ? どうして』

『それを代償にこの世界に炎を与えてほしい。冷たく凍えた大地を溶かし、人々に温かい食事を与える糧となってほしい。……ダメかしら?』

『……俺がお前の頼みを断れると思ってるのか?』

『ふふ、あなたならそう言ってくれると思っていたわ。アルバンテール。誰よりも優しくて暖かい、私の大切な光――』


 赤い光がリタの頬をかすめ、そのままレオンたちが落ちていった奈落へと消えていく。それを見送ったあと、リタは次の精霊を呼び出した。


『水の精霊――』

『ぜーーったい、嫌だから‼』


 いきなり拒絶され、リタは思わず苦笑する。


『エリシア、まだ何も言ってないわよ?』

『分かるもん! どーせアルバンテールと同じ頼みなんでしょ⁉』

『うん。ごめんね』


 それだけでリタの決意が固いことを察したのか、水色の光が荒々しく飛び回る。


『契約解除しなくたって、ヴィクトリアならそれくらい出来るでしょう⁉』

『そうしたいのはやまやまなんだけど、もう魔力がほとんど残っていないの。だから私があなたに捧げられるものはこの繋がりしかない』

『それは……そうかもしれないけどぉ……』

『あなたにしか頼めないの。一から作られる新しい世界にすべての生き物のゆりかごを。生きとし生けるものの命を紡ぐ水を、惜しみなく与えてあげて』

『っ……うう……』


 エリシアの泣き崩れる声がリタの耳に残る。だがすぐにふわりと浮き上がると、アルバンテールの光を追うように闇の底へと下りて行った。


(もっとも大切な火と水はこれで大丈夫。あとは――)


 風の精霊・リンドビットには瘴気が効率よく循環するように。土の精霊・プロテリンダスには作物が良く育つ肥沃な大地をそれぞれお願いする。リンドビットは過去一面倒くさそうに、プロテリンダスはいつものように何も言わず、揃って地下へと向かってくれた。

 雷、冷気、光――自身が契約しているあらゆる精霊たちの名前を読み上げ、それぞれとの契約解除と新しい世界への指示を出していく。そうしてすべての精霊との別れの挨拶を終えたあと、もう一度空間の精霊を呼び出した。


『私が持っている力はこれで全部。どう? 足りるかしら』

『ああ。それでは準備が整い次第、空間の拡大を開始する。仲間たちに別れを告げて来い』

『あら、思ったより優しいのね』

『……お姉さんのかくご、決まり過ぎなんだもの』


 突然可愛らしい男の子の声に戻り、リタは小さく微笑む。ふうと小さく息を吐き出すと、リタはすぐにランスロットたちの方を振り返った。


「こっちはもう大丈夫。さ、みんなは早く逃げて」

「みんなって……こっちはお前待ちなんだ。ほら」


 ランスロットが呆れたように手を差し出す。だがリタは視線を微妙にずらすと、「あはは」と苦笑いを浮かべた。


「えーっと、その……さっきも言ったけど、私は無理なんだ」

「無理?」

「実はこの空間を作る時に座標――ええと、基準となるものを決めないといけなくて。私……それを自分に設定したの。だから私がここからいなくなっちゃうと、この空間自体が壊れてしまうっていうか」

「壊れるって……」

「……黙っててごめん。ほら、もう時間がないから――」


 リタの言葉を裏付けるかのように、天井を支えていた柱の一つが轟音とともに崩壊する。元あった玉座の間は半分以上が奈落の闇に呑み込まれており、今いる場所も間もなく崩落するだろう。

 それでも動こうとしないリタに向けて、ランスロットが焦燥した様子で尋ねる。


「何か方法はないのか?」

「座標をずらすことが出来れば……。でも一度決めたものは変えられないし、それに私、自分の魔法の最後を見届けないと」

「なんだよ、魔法の最後って」

「冥府をね、再構築するの」


 離れた位置にいたアレクシスが大きく目を見張る。一方ランスロットは「意味が分からない」とばかりに首を左右に振った。


「冥府って……どういう意味だ」

「今回こんなことになったのも、そもそも冥王が私たちの国と戦争を起こしたのも、住むべき場所が失われかけていたからなの。だから新しく彼らが住める世界を作り上げたら、もう二度とこんな争いは起こらないんじゃないかって……」

「それは――」


 ランスロットが一瞬言葉に詰まる。だがまたも激しく首を振った。


「でも……でも、魔法には必ず対価がいるはずだ。世界を作るなんて大それたこと、魔力だけであがなえるのか?」

「…………」


 何も言わずはにかむだけのリタを見て、痺れを切らしたランスロットがついに走り出した。

 慌てて逃げようとするリタの腕を摑むと、およそ彼らしくない必死の形相で口にする。


「座標を俺に移せ」

「ええっ⁉」

「エドワード、リタを頼む」


 抵抗するリタをよそに、ランスロットはエドワードにリタを預けようとする。

 だがそこにこれまででいちばん大きな地震が起き、ランスロットの手からリタが離れた。同時に二人が立っていた間の床が割れ、リタは一人取り残されてしまう。


「リタ、早くこっちに飛び移れ! 絶対に受け止めるから!」


 だがリタは小さく首を左右に振ると、ランスロットの方を見て微笑んだ。


「ありがとう、ランスロット。でも本当に大丈夫だから」

「リタ……」


 ついに天井はすべて崩落し、残っているのは城壁と半壊した玉座、そして一部の床だけとなってしまった。不安そうにこちらを見つめるアレクシスとエドワードにも目を向けたあと、リタは静かに目を閉じる。

 最後に一つだけ。もう、同じ後悔はしたくないから。


「あのねランスロット、私……あなたのことが好きだったの」

「……!」

「こんな時にごめんね。でも今しか言えるチャンスがないかなって思ったら、どうしても伝えたくなっちゃって……。あ、その、ランスロットに他に好きな人がいることは、ちゃんと分かってるんだけど――」


 入学式後のパートナー選抜で初めて出会った。

 成績トップなのに、最下位の自分を選ぶ意味が分からなくてすごくびっくりした。

 でもその理由が私の、魔法ではない部分だったと知ってちょっと嬉しかった。今までの自分は良くも悪くも『力があるから』という理由で求められ、同時に排斥されてきたから。


「何も知らない私に色々なことを教えてくれて、それに、魔法が使えなくなった時もパートナーを解消せずにいてくれた」


 ヴィクトリアに対する愛を臆面もなく披露された時はちょっと恥ずかしかった。

 でもけっして嫌な気持ちではなかった。失恋してからずっと、心のどこかに『自分を好きになってくれる人なんてこの世界にいないのではないか』という思いがあったから。


「二年生になってパートナーを解消した時はずっと変な気持ちだった。リーディアと一緒にいるランスロットを見るのが嫌だったし、二人きりで話せた時はすごく嬉しかった」


 テラスでこっそり二人だけでダンスしたこと。旅先のホテルの庭で、綺麗な景色を一緒に見たこと。温室でアレクシスから守ってくれたこと。手を、繋いだこと――。


「危ない時はいつも助けに来てくれて……」


 アニスとの戦いでも、地下に生き埋めになった時も、ランスロットは必ず助けに来てくれた。

 私は伝説の魔女なのに。だけど――。


「誰かに心配してもらえたことが、すごく、すごく……嬉しかった」


 そうか、と口にして初めて分かった。

 きっと自分は誰かに『伝説の魔女・ヴィクトリア』ではない自分を見て欲しかったのだ。膨大な魔力と多彩な精霊との契約を果たした偉大なる何かではなく、ただ魔法を研究するのが好きで、人と接するのがちょっと苦手な、ごく普通の平凡な女性であった自分を。

 自分の心を縛り付けていてた鎖がようやくすべて解かれた気がして、リタは涙をこらえながら必死に笑みを浮かべた。


「ありがとう、ランスロット。……大好きだったよ」



 

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