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第三章 5



「終わったか?」

「あ、はい! すごいですよこれ、眼鏡なしでもばっちり!」

「貴族の間では常識だ。気が済んだら出るぞ」


 女性に頭を下げ、先に店外に出たランスロットを追いかける。

 王都の空は美しいオレンジ色に染まり、すっかり夕方の様相を呈していた。秋の涼やかな風が、二人の間をさあっと駆け抜ける。


「とりあえず、これくらいで問題ないだろ」

「ありがとうございます、何から何まで……」

「お前は俺のパートナーなんだ。それにふさわしい恰好をするのは当然だ」

「はは……」


 相変わらずの高慢、傲慢さだ。

 だがリタの身なりが整っていないことを気にして、こうしてわざわざ王都まで連れてきてくれたのだろう。


(いい人なんだろうけど、言い方がね……)


 苦笑しつつ、迎えの馬車が来ているであろう大広場へと移動する。

 その途中、黒いローブを着た集団が目に留まった。

 魔女の一行かとも思ったが、どうやら大半が男性のようだ。ローブの下から見える太い腕にはおどろおどろしい模様の入れ墨が刻まれている。

 すると彼らは突然、通行人に向けて叫び始めた。


「冥王の復活こそが、この世界を救う唯一の道である!」

「勇者のしたことは間違いであった。冥王の支配こそが、この世の運命だったのだ!」

「修道士は神に背いた異端者、伝説の魔女は呪われし力の持ち主!」

「今こそ、我ら冥王様に栄えあれ‼」

(な、何……⁉)


 突然の口上に、リタは思わずランスロットを振り返る。

 すると彼は忌々しげに眉根を寄せ、はあと大きいため息をついた。


「またあいつらか」

「あ、あの人たちはいったい……」

「冥王教だ」


 ランスロットいわく、十年ほど前から突如現れた新興宗教らしい。

『冥王に下れば、すべての人類が平等なものとなる』という教義を持ち、勇者が冥王を滅ぼしたのは間違いだった、冥王に従っていればもっと幸せな世界になった――という過激な主張を繰り返しているそうだ。


「とんでもないですね……」

「ああ。北部の方では騒ぎになって、王立騎士団が出兵した例もあるらしい」

「ひえ……」


 ランスロットの背中に隠れるようにして、信徒たちの前をこそこそと通過する。リタの正体が見抜かれることはないだろうが、なんとなく視線が怖かった。


(冥王の支配なんて、絶対ない方がいいと思うけどな……)


 あの当時、大陸中に飢餓と貧困が蔓延していた。

 勇者と修道士が生まれ育った村も、冥王の配下によって燃やされたと聞いている。


(……あの頃は本当に、この国がいつ消えてしまうかというギリギリの状態だった……。罪のない人たちが何人も亡くなって、子どもたちが取り残されて……)


 冥王討伐に向かう道中、そうした町や村をいくつも見てきた。

 そのたびに勇者とヴィクトリアは懸命に埋葬し、修道士が弔いの言葉を唱え続けた。あの静寂とした光景を思い出すだけで、リタの鼻の奥がつんと痛む。


(でも仕方ないか……。昔のことを知っている人なんて、もう私くらいだろうし……)


 きゅっと唇を噛みしめる。

 するとすぐ前を歩いていたランスロットがぼそりとつぶやいた。


「……何も知らないというのは、幸せなことだな」

「えっ?」

「俺の家は古く、始祖は冥王が存在している時代を生き抜いてきた。それもあって、冥王の行いがいかに恐ろしく非道であったかを、嫌というほど聞かされてきたんだ」

「そうなんですね……」

「ああ」


 ランスロットが、ぐっと拳を握りしめる。


「冥王を倒した勇者たちは命を懸けて戦った。それも知らずに……」

「ランスロット……」

「……悪い。お前には関係のない話だったな」


 不安そうなリタに気づいたのか、ランスロットはようやくわずかに口角を上げた。


「そういえば知っているか? 勇者が冥王を倒すのに、力を貸してくれた魔女様について」

「し、知っているというか、まあ……」

「伝説の魔女、ヴィクトリア様――」


 途端にランスロットの表情が柔らかくなる。


「そのお姿は残されている文献や肖像画によってだいぶ異なるが、夜闇のような黒髪と宝石のような青い瞳という点だけは共通している。生まれながらにして強大な魔力を持ち、ありとあらゆる精霊を従えたという伝説の魔女様だ」

「ソ、ソウデスネ……」

「彼女は冥王の支配に苦しむ人々を救うため、その慈愛に満ちた美しい御心に従い、進んで勇者に協力を願い出たという。まさに選ばれし力を持つ者としてふさわしい、本当に素晴らしい女性だと思わないか?」

(ごめんなさい……。下心満載でした……)


 大好きな勇者と少しでも一緒にいたくて志願したなどとはとても言えず、リタはぎこちない笑みを顔に張りつけたまま、背中からだくだくと汗を流す。

 だがランスロットの語りは止まらず、ますます口調に熱が籠っていった。


「資料では冥王討伐当時、二十歳前後と記録されていたから――もし今生きておられたら、およそ四百歳になるのだろうな」

「そ、それじゃあもう、さすがに生きてないですねー」

「いや、そうと断言するのはまだ早い」

「⁉」

「実は、優れた魔女は『不老長命』だと言われている。事実、ヴィクトリア様は御年七十歳を迎えられても、二十歳の頃と変わらないお美しさだったと文献にいくつも残されているからな。その後みずからの生まれ育った森に戻られ、後進の魔女の育成に励み――その最期を知る者は、誰もいないという話だ」

「で、でもさすがに四百歳は……」

「そうか? 先ほど話に上がった『三賢人』もみな、百歳に近いのではないかと言われている。俺も直接お姿を拝見したことはないが、噂ではそこいらの貴婦人と変わらないほど若々しく、輝くような容姿をされていると」

(おおう……私クラスの魔女がそんなに……)


 いったいどんな魔女なのだろうという興味はあるが、これ以上詳しく聞いたらどこでぼろが出るか分からない。

 どことなく活き活きとしているランスロットを仰ぎ見ると、リタは「ははは」と曖昧に笑う。

 その直後――とんでもない轟音が二人の背後から飛んできた。


「な、なに⁉」

「――っ‼」


 びっくりするリタをよそに、ランスロットはすぐさま騒ぎの方へと駆けだす。


「ラ、ランスロット⁉」


 今すぐ逃げ出したい気持ちを押しとどめ、リタもまたこちらに流れてくる人の波に逆らうようにしてランスロットを追いかけた。辿り着いたのは市場通りで、破壊されたテントや商品が路上のあちこちに散乱している。

 そこでリタは、頭上で飛び回る『怪物』に目を奪われた。



 

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