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第五章 10



(これって……)


 やがて首にかけていた護符が鈍く光り始める。かろうじて動く方の手で引っ張り出すと、リタはそれをぎゅっと握りしめた。詠唱も方法も分からない。でも――。


「助けて……!」


 その瞬間、リタを中心にした光の輪が床に広がった。

 それは魔法陣――だが普段魔法で描くものとは明らかに文字が異なり、リタは何が起きたのかと目をしばたたかせる。するとリタの前に二人の人影がゆっくりと現れた。


(もしか、して……)


 信じられない、と頭の中が真っ白になる。

 だが心のどこかで『彼らである』ことを確信しており――振り返ったその顔を見たリタはたまらず声を絞り出した。


「ディミトリ……シメオン……」


 そこに立っていたのは遥か昔に亡くなったはずの仲間――勇者と修道士だった。

 彼らは冥王を倒した時と同じ青年の姿でこちらに微笑みかけており、放心状態のリタのもとに修道士がしゃがみ込む。


『ヴィクトリア、大丈夫かい?』

「シメオン……」

『すぐに治してあげよう。そっちの君も。腕は難しいけどね』


 肩に手を置かれたかと思うと痛みの大元が燃えるように熱くなる。しかしすぐに引き、先ほどまでの激痛が嘘のように消え去った。シメオンは小さく微笑むと、そのまま近くにいたアレクシスの方へと移動する。

 するとそれを阻止するようにレオンが飛来してきた。


「亡者が、何を――」

『おっと、悪いけどオレの相手をしてもらおうかな!』


 間に割り込むようにしてディミトリが剣を向ける。エドワードと瓜二つの顔をしているが、実践で鍛え上げた剣技は比べ物にならず、レオンからの攻撃を次々と受け止めた。

 その光景を見ていたリタは、鼻の奥がつんとなるのが分かる。


(ふたりが……来てくれた……)


 かつてともに冥王を倒した唯一無二の仲間たち。その圧倒的な安心感にリタが涙をこらえていると、アレクシスの治療を終えたシメオンが戻ってきた。


『あっちの彼も一命はとりとめたよ。あとは――』

「! お願い、ランスロットたちが」

『分かっているよ。今の君の、大切な仲間たちだからね』


 昔と変わらない柔和な笑みを見せたあと、シメオンがその場から姿を消す。リタはそれを見て、ゆっくりとその場に立ち上がった。


(魔力、少し戻ってきた……。今なら――)


 ランスロットから貰った杖をリタはぎゅっと握りしめる。

 小さく息を吐き出すと、戦い続けるディミトリのもとに向かっていくのだった。




 突然、背中に炎を落とされたかのような熱さを覚え、ランスロットは目を押し開いた。眼前に広がるのは土と泥で汚れた絨毯。崩れた天井の瓦礫。誰かと戦っているレオン。


(……?)


 朦朧とする意識のなか、すぐに体を起こそうとする。するとどこかで見たことのある男性から優しくたしなめられた。


『ああ、まだ動かない方がいいですよ』

「あなた、は……」

『はじめまして。君が次のバートレットみたいだね』

「次、の……?」


 その瞬間、ランスロットの脳内に実家の玄関ホールが甦った。

 二階に続く階段の踊り場に掲げられた初代バートレット公爵――シメオンの肖像画。だいぶ若いようだが間違いなく同じ顔だ。


『よし、これでいいね。悪いんだけどあまり時間がないんだ』

「時間がない……とは?」

『ぼくたちはあまり長く存在出来ない。だからどうか、彼女を助けてあげて欲しいんだ』

「彼女って……」


 シメオンは近くに転がっていたランスロットの剣を手に取ると、両手で高く掲げるように持ち上げた。静かに目を閉じ、神への祈りの言葉を丁寧に紡いでいく。


『我らが神よ、汝の子どもたちに守りの加護を――』


 一節が終わるごとにどこからともなく光の玉が落ちてきて剣に宿る。

 そうしてすべての祈りが終わった頃、ランスロットの剣は今まで見たことがないような、ゆっくりと流動する虹色の輝きに包まれていた。


『これで攻撃が通るようになるはずだ』

「…………」

『大変な役目を任せて、本当にごめん。……でも、うらやましいな』

「うらやましい……?」

『ぼくはずっと……戦える人間になりたいって、思ってたからさ』


 そう言うとシメオンは揺らぐ蜃気楼のように姿を消した。死ぬ間際に見るという走馬灯かと自身の目と頭を疑ってみたが、全身の怪我もきちんと治っているし、何より虹色に輝く剣がこの手に残っている。


(リタ……)


 治療の熱は収まったはずなのに、なぜか体の奥がふつふつと熱くなっていく。ランスロットは神の加護を受けた剣を握りしめると、すぐに瓦礫の中から走り出すのだった。





 ディミトリがレオンの攻撃を防いだ隙を狙って、リタは炎の魔法を繰り出した。


「炎の精霊よ、彼のものを捕らえよ、足を奪い、目を覆え!」


 足元に深紅の魔法陣が一瞬だけ浮かび、リタの周囲から剛速球の火球が放たれる。それらはレオンを執拗に追尾し、移動と視界を奪うように襲いかかった。畳みかけるようにしてディミトリが剣を振り上げる。


(このままなら……いける!)


 だがリタが勝利を予感した刹那、突如ディミトリの体が薄くなった気がした。見間違いか、とあらためて目を見張るが、やはりうっすらと向こう側の景色が透けて見える。


(もしかして……時間切れ……?)


 そもそも亡くなったはずの二人がこうして現れてくれたこと自体、アレクシスの力を借りたことによる奇跡なのだろう。次第にディミトリがレオンに押され気味になり、リタは再度援護の魔法を紡ごうとする。

 するとそこに、見覚えのある姿が割り込んできた。


「ランスロット⁉」

「リタ、少しの間だけでいい、こいつを足止めしてくれ!」


 彼の手にはオパールのような色合いで輝く剣が握られており、すべてを理解したリタは杖を床に突き立てて大きく息を吸い込んだ。


「雷の精霊よ、我が声を聞き、我が願いに応じよ」


 崩壊した天井から見えていた空に、どす黒い雷雲が集まり始める。

 きっとこれが最初で最後のチャンス。だから絶対に成功させないと。


霹靂(へきれき)、悪しき者の枷となれ、猛き獅子よ唸れ、吼えよ――」


 杖を持つ手から、パリ、バチッと白い火花が飛ぶ。まだだ。もう少し。


「大帝、焔、夜人(よひと)(せき)夭夭(ようよう)坤儀(こんぎ)、響来、伏――八種雷(やくさのいかづちの)(かみ)!」


 溜め込んでいた息をすべて吐き出し、リタは魔力の出力を最大限にする。

 刹那、神が振り下ろした鉄槌のように次々と雷が落ちてきて、レオンの頭、胸、腹へと確実にダメージを与えていった。右手、右足――と被雷するのを見て、リタが大声で叫ぶ。


「ランスロット、お願い!」

「――っ!」


 その時リタの視界に、あの日の光景が甦った。

 冥王との最後の戦い。こちらはもう限界なんかとっくに超えていて、いつ誰が命を落としていてもおかしくなかった。でも――。


(諦めなかった……)


 ランスロットの剣がレオンの体を貫く。

 冥王になれなかったその男は、ゆっくりと音もなくその場に倒れ込んだ。


「…………」


 はあ、はあ、とランスロットが息を吐く音。それ以外は誰ひとりとして言葉を発さず、完全な沈黙がその場を支配する。リタの心臓はうるさいほどに音を立てており、床に伏したレオンの動向をひと時も逃さぬよう見守った。


(終わった……の?)


 確かめようにも疲労でリタの足は動かず、浅く息をするのがやっとだ。

 するとうっすらとした輪郭だけになったディミトリがレオンのもとに近づき、こちらに向かってひらひらと嬉しそうに手を振った。


『もう大丈夫そうだよ。みんな、無事?』

「は、はい……」


 すぐ近くにいたランスロットが「信じられない」という顔でディミトリを見る。やがて奥にあった瓦礫の向こうからもう一つそっくりな顔――エドワードが姿を現した。背後にはシメオンの姿があり、どうやらこちらも治療が終わったようだ。


「あれ、もうなんか終わってる? うわっ、わたしがいる!」

「殿下……そっちは殿下ですよね?」


 エドワードが感心した眼差しでディミトリを見つめ、ランスロットが二人を交互に見返している。あれだけの戦いのあとだというのにいつも通りの二人がおかしくて、リタは思わず「ふふっ」と笑いを漏らした。

 するとそれに気づいたディミトリがこちらを振り返る。


『久しぶりだね、ヴィクトリア』

「ディミトリ……」

『ごめんね。冥王を倒したと思ったら、まさかこんなことになってたなんて……。でも君がいてくれて本当に助かったよ』


 記憶の中となんら変わらない、屈託のない太陽のような笑顔。

 ああそうだ。これが私の好きだった人。初恋の人。


(まさか、もう一度会えるなんて……)


 胸の奥に懐かしい痛みが戻ってきて、リタはたまらず彼のもとに歩みよろうとする。するとリタの目の前で、ディミトリとシメオンの体の一部がぼろりと崩れた。欠片は光の粒となって空へと舞い上がり、壊れた部分から砂糖菓子のようにどんどん分解されていく。

 自らの体が消えていくのを眺めながら、ディミトリが口を開いた。


『そろそろ時間みたいだね。また会えて嬉しかったよ』

「…………」

『それじゃあ――』


 ついに声も聞こえなくなってきた。無邪気な笑みを浮かべたまま、ディミトリが消え去ろうとする。そんな彼に向かってリタは懸命に口を開いた。


「ディミトリ、私ね」

『……?』

「私……ずっと好きだったの、あなたのこと」


 言えた。やっと言えた。

 もう絶対、二度と、何があっても伝えられないと思っていたのに。


「それだけ。……ありがとう」

『…………』


 それを聞いたディミトリは最初、大きく目と口を開いたまま固まっていた。

 そのあと分かりやすく赤面すると、はわはわと口元に手を当て、やがてはにかむように指で片頬を掻く。やがて『ありがとう』という口の動きだけを残して消えた。

 ディミトリがいなくなったあと、リタはシメオンの前へと歩いていく。


「シメオン、助けてくれてありがとう」


 気にしなくていいよ、とシメオンが首を小さく左右に振る。リタはそれを見て、先ほどより多めに息を吸い込んだ。



 

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